ファイト
「なんだ、あいつ……」
 滝川は頭をかきながら、首を傾げた。なんだか顔を赤くしてたけど、熱でもあるんじゃないだろうか。
 ちょっと心配になったが、ああ全速力で走り去られると錘をつけた今の自分では追いつくのは難しい。しかたなく、誰か他に訓練に付き合ってくれる人を求めて滝川は歩き出した。
 今日は首輪がないので、体は重いがわりと余裕がある。速水は『どうせ舞がついているなら、どんなロックをかけても解除されてしまうものね』と言っていた。
 『だから別の方法を使う』とも言ってたけど。
 だが余裕があるといってもあまり長い時間ただうろうろしていたくはない。なんだか時間を無駄にしているようで、ひどく嫌な気分になるのだ。自分がとても悪いことをしているような気がして、怖くなってくる。
「……なんにせよ、訓練はしといた方がいいもんな」
 滝川は一人うなづいた。
 自分は速水に今攻撃されている。そのこと自体ははっきりいってすごく嫌な感じがするけど――でも自分としては負けるわけにはいかない。いや、負けたくない。
 自分は舞が好きだし、みんなにも死んでほしくない。絶対に。だから、がんばっている。
 そのためにがんばることを始めたんだ、その気持ちは絶対に嘘じゃない。否定されたくない。
 だから。速水が何を考えてるのかよくわかんないけど。
 速水が何したって、自分は負けるもんかってふんばってやる。
 自分と、舞と、みんなと――歌の文句じゃないが、それこそどこかの誰かの未来のために――だ。
 それに、がんばったらがんばっただけみんなが俺のこと認めてくれるわけだし、と滝川は照れ笑いをした。
 嬉しかった。
 それは本当に、すごく嬉しいことだ。
 思い出したらまた嬉しさがこみ上げてきて、滝川はわしゃわしゃと頭をかいた。
 と、滝川は靴の紐が解けているのに気づいた。大きく体を折り、紐を結びなおそうとする。半ばまで折った体を起こすぐらいなら、人の手を借りなくてもできるようになった。
 滝川が体を曲げた瞬間、タンという軽い音がした。
 何かと思って辺りを見回してみるが何もない。
 やがてポトッと木の枝が落ちる音がしたが、滝川は気にもとめずグランドはずれへと向った。

 グランドはずれでは来須がサンドバッグを叩いていた。
 滝川は顔を明るくした。来須は自分がここに来た時からずっと憧れの先輩だ。
 最初は話しかけるのさえ緊張してままならなかったが、何度も訓練に付き合ってもらったりしているうちに弁当のおかずを交換するぐらいには親しくなった。
「センパーイ! 訓練ですか? よかったら、一緒に訓練しませんか?」
「………」
 来須が黙って頷いたので、滝川は嬉しくなって来須の横に並んだ。
 と、来須が小さく口を開き、滝川をぐいっと引っ張った。
「え?」
 きょとんとした滝川にかまわず、来須は滝川を引っ張り終えると目の前の校舎の壁に近寄った。
 そこから滝川を手招きする。
「……なんスか?」
 滝川が近寄っていくと、来須の示す先に穴が見えた。何かが壁にめり込んでいる。
「……なんスか? これ……」
「銃弾だ」
「銃弾!?」
「……多分、お前を狙ったものだろう」
「………」
 滝川はあっけに取られて壁を見ていた。何か、ひどく不穏な空気が自分に忍び寄ってくる気がしていた。


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