「――それではネットワークセル作成の手順を最初から説明してもらおうか」 「え、えーと……多目的結晶体とリンクさせたコンピュータに意識野を展開して、コンピュータ内のデータバンクにあるネットワークセルのデータと接続、そんで士魂号と同調するのと同じ要領で自分の結晶体の中にデータを再構成する……んだったと思う、けど」 一瞬の間をおいて、舞は重々しくうなずいた。 「正解だ」 「はあああ……」 ホッとしたあまり気が抜けて、滝川はヘタヘタとハンガーの床に座りこんだ。 今日は朝起きた時からずっとこの調子だった。 訓練や仕事しながら情報技術についての講義をし、それが終わったら滝川がちゃんと理解したか質問を飛ばす。 肉体的にはともかく、生まれてこのかた自主的に勉強などしたこともなく、授業時間を睡眠時間にしか使っていない滝川には精神的にかなりこたえた。 「なんでこんなことしなくちゃなんないんだよ? 戦車兵に頭の良さはいらないんだろ?」 滝川が抗議すると、舞はじろりとこちらをにらんだ。 「ただの戦車兵ならそれでいい。だがお前は私のカダヤとなったのだ。自らのありとあらゆる能力を磨き、その全てをもって状況を有利に導け。私と共に在るつもりなら、ただの戦車兵のままでは死ぬことになるぞ」 「はあ……」 「それにお前は戦いの時反射行動に頼ることが多い。獣のようなものだ。それで正しい行動を行えているのはたいしたものだが、その特性を失わぬまま人類の知恵――戦術を我が物とすればより効率的に動けるようになる」 「俺も、一応ちゃんと考えて戦ってるつもりなんだけどなー……」 「つもり″ではいかん。完全に自らを自らの意思の制御下に置け。――そのための第一歩としてまず情報技術を教える。実用的な技術だし、専門的な知識を真に身につけることは思考の訓練になる。どうもお前は思考することを惜しむ傾向があるようだからな。むろんその他の訓練も怠るわけにはいかんし、おまえが今まで行ってきた訓練と同質なものだということを体に覚えさせるためにも技能の教授は訓練をしながら行う。それとこれからは授業も真面目に受けろ。それも訓練の一環だ」 「うへ……」 これまで避けに避けてきた知力関連の訓練までさせられそうな気配に滝川は正直うんざりしていた。 だがそれでも逃げ出そうと思わなかったのは、舞の言うことももっともだと思ったのと、知力方面は全て舞に守られっぱなしというのは情けないと思ったのと、それと―― 「………」 ふと、こちらを見つめて微笑んでいる舞と目が合った。舞はパッと顔を赤く染め、慌てて目をそらす。 滝川はへへへっ、と顔を笑み崩した。 そう。舞は、自分が舞の出した問題をクリアすると、とても嬉しそうに微笑んでくれるのだ。それを見られたと感じるとすぐ目をそらすのだが、それでも顔は赤い。 それを見ると、舞はたぶん、自分のことが好きでいてくれるんだろうなあ、と思えるのだ。自分のことが好きだからこんなに頑張って自分を訓練してくれるんだろうなあ、と思えてとても幸せな気分になる。 昨日まで嫌われちゃったんじゃないかと泣きそうな思いをしていたから、舞は自分のことが好きなのだ、と思えるたびに幸せでしょうがなくなってしまう。 この笑顔のためなら、大嫌いな勉強さえいくらでも頑張れそうな気がする。 ――それに、ずっと舞と一緒にいられるというのは、理屈抜きでひどく嬉しいことなのだ。 「い、いいか、プログラムの作成というのは基本はどれもそれと同じだ。データの質と量の違いのせいで再構成の難易度が変化するだけだ。電子妖精のような高難度のプログラムは時間もかかるし、私でも成功率は五割程度なのだから、お前はまだ手を出すでないぞ」 「うん。へへっ」 「………! 何をにやにやしている! 仕事はまだ終わっていないのだぞ!」 「いて、いてて、いてーよ芝村!」 と、そこに冷徹な声が聞こえてきた。 「まったく、こんな色ボケがウチの小隊のエースパイロットとはな。先行きが不安になってくるぜ」 「あ、茜っ! 色ボケってなんだよ、色ボケって!」 ハンガー二階の入り口に茜の姿を認め、滝川は慌てて立ちあがった。自分たちが――その、なんだ、世間一般で言ういちゃいちゃ″というのをしてるのかも、とかぼんやりと(嬉しく)思っていたのでこういう言い方をされると過剰反応してしまう。 茜は大げさに肩をすくめてみせた。 「説明しなきゃわからないのか? お前みたいな女にうつつを抜かして仕事をおろそかにするような奴を世間では色ボケ″って言うんだ」 「ンなこと説明しなくていいっ! お、俺は別に仕事サボってなんかいないぞ、二人でちゃんとやってたもん! お前こそちゃんと仕事しろよ、今仕事時間だぞ!」 「お前に聞きたいことがあるんだ」 「へ?」 ふいに真剣な声を出されて滝川はたじろいだ。 「お前のところに、速水からなにか連絡はなかったか?」 「……ねえけど?」 「瀬戸口からも、なかったか?」 「うん。……速水と師匠が、どうかしたのか?」 なんだか急に不安になって訊ねた。茜は速水と滝川、双方の友人だ。前はよく三人で一緒におしゃべりしたり、昼食を食べたりした。 速水と滝川が今のような状態になってからは、どちらにも積極的に味方をせず、中立を保っていた。 それがなぜ? 滝川に問われて、茜は肩をすくめた。 「なんでもない。お前は黙って真面目に訓練してろ」 そう言うとあっさり踵を返す。 「茜!」 「ま、お前がいまさら頭を磨いたって手遅れだけどな。まあ努力っていうのは美しいからな、たとえ無駄な努力でも」 「……てめェッ!」 滝川ががうっ、と吠えると茜はふんと鼻で笑ってハンガーを後にした。 |