ヒーロー・1
「我らは、ただ単にヒーロー″と呼んでいる。他に適当で宗教的でない存在を、我らは知らぬからだ」
 今日も朝から晩まで滝川は舞とずっと一緒だった。
 一日中ずっと一緒に訓練と仕事、そしてそれと並行して技能の教授。
 その合間に、舞はぽつぽつと、いろんな話をしてくれた。
「主義も主張もなく、別に特別な力を持つわけでもない。だが、間違いなく最強。間違いなく人類の命運を決める存在。善も悪もなく、ただ人類の存続のために、己の意思と意図を全て無視して戦う絶対存在」
 立て板に水の舞の喋り方に、滝川は口を挟めず、ほとんどただふんふんと聞いているだけだったが、それでも楽しかった。舞と話ができるというだけで。
 ただの人間″の話、これから何をするかという話、親父さんの話。
 そして、今話しているヒーローの話。
「人類で、ただ数人。世界で、ただ数人。一代につき数人だけが、種としての人類の総意として出現する。決戦存在として」
 正直、舞の話は難しくて何を言っているかわからないところも多い。
 ただ、舞が自分のことをすごくしっかりと見て、真剣に話しているのをきいていると、『こいつ、やっぱりすげえなあ』と思えるのだ。
 ものすごく物事を深く考えて、それを心から信じて実行しようとしている。目の前のことでいつもいっぱいいっぱいな自分とは全然違う。
 舞はやっぱり、すごい奴なのだ。
 彼女がそんなにすごいということに、ちょっと劣等感を覚えたりもするけれど、そんなすごい舞が自分を一人前の人間としてしっかり見据えて話してくれているのを感じると、すごく嬉しくなる。
 『私には、そなたがいる。そなたに私がいるように』と言われた時は、ちょっと泣けた。慌てて目をこすってごまかしたけど。
「それが、あまりに強すぎるゆえに、人は、その存在を証明するのに、神秘的な力を使う。運命とか、神とか、死を告げる舞踏とかな。父は言った。理由があって結果がある。もし、この地にヒーロー″が出るとすれば、それは我らの近くだと。それだけが我らの存在理由だと」
 そこまで言うと、舞は口を閉じた。滝川も、つられて息をつく。
 難しくてわからないところも多かったが、ヒーロー″という言葉の響きにはちょっとドキドキした。
 それは、自分がずっと憧れていたものだからだ。
 人類の中で最強のヒーロー。人類の守護者。世界で一番強い人。自分が、なりたかった存在。
「ヒーローかあ……」
 なんだかすごい話を聞いてしまった気がして、滝川はもう一度息をついた。
 ヒーローがそんなふうに生まれてくるものだなんて、全然知らなかった。芝村の親父さんって不思議な人だな。
 決戦存在って、なんかカッコイイな。響きが。世界で一番って感じがする。
「……どんな人なんだろうな、そのヒーローって」
 ずっと憧れてきた存在。そういうものが本当にいるとしたら。
 ロボットアニメの主人公みたいなヒーローが、本当にいるとしたら。
 自分はその存在に、どれくらい近付けてるんだろう。
 そこまで考えたら、なぜか急に、ぞっとした。
 怖い。
 妙な不安感と恐怖感が自分の心の中に入ってくる。
 なんで? 何が怖いんだろう? 別に怖いことなんか考えてなかっただろ?
 理由はわからないのに怖いという気持ちだけがじわじわと膨れ上がっていく。
 なんだろう。なんなんだろうこれ。
「……ふっ。案外、そなたかも知れぬぞ」
 舞が突然言葉を発したので滝川は一瞬びくりとし、何を言っているのか一瞬理解できなかった。
 それがさっき自分の言った言葉に対する答えだとわかったら、心臓が一気に跳ねあがった。
 舞は、わずかに口の端を吊り上げて微笑んでいる。
「ヒーローは、性別も年齢も無視して出るそうだ」
「……んなわけないじゃん、俺なんかヒーローにはまだまだだよ」
 そう言うと、なぜかちょっとホッとした。
 舞はそう言ってもただ微笑んでいるだけだ。
 滝川はぽりぽりと頭をかいて間をもたせようとしたが、そんなことを延々と続けているわけにもいかない。
 ふと、思いついたことを聞いてみることにした。
「……あのさ、芝村。さっき言ってたことなんだけどさ、ヒーローがさ、おのれの……なんだっけ、ほら、えーと……」
「『己の意思と意図を全て無視して戦う絶対存在』か?」
「そう、それ! そんでさ、それってえーと……よくわかんないんだけどよーするにやりたくなくても戦わなくっちゃならないってことだよな?」
「まあ、そうとも言えるな」
「なんで? なんで嫌でもやんなきゃならないの?」
「強すぎるからだ」
 舞の答えは、いつもながら簡潔過ぎてわけがわからない。
「それだけじゃわかんねーよ」
「つまり、強すぎるがゆえに性質として人類の敵を放置しておくことができないのだ」
「ふーん……」
 やっぱりよくわからない。
「でも、嫌でも戦わなきゃいけないって、なんかヤだな。可哀相じゃん、なんか」
「ヒーロー″はそう思われることなど望んではおらんだろうがな」
「そんなもんかな……」
 アニメで見たヒーローたちは、みんな自分から進んで敵と戦っていた。後ろを振りかえることなんか絶対なかった。
 ヒーローだからなのかな。ヒーローだから、戦うことのほうが当たり前なんだろうか。
 そりゃ、俺だって今戦ってるし、逃げるつもりなんかないけどさ。怖いって思うことなんか、しょっちゅうだけど。
「………ん?」
 滝川と舞が二人っきりで仕事をしていたハンガー二階パイロット仕事部署に、猛烈な勢いで走りこんでくる音がした。
 見てみると、それは茜だった。
「なんだよ茜、どうかしたのか?」
 声をかけると、ぎっ、とすごい目でこちらを睨みつける。
 滝川は思わずびくついた。俺、何かしたっけ?
 茜はそれに構わず、滝川に食らい付くような勢いで話しかけてきた。
「滝川。ちょっと、顔貸せ」
「へ? ……い、いいけど……芝村、ゴメン。いいか?」
「……まあ、よかろう。だが、私がいなくても自分で訓練するのだぞ」
「うん。へへっ……って、耳引っ張んなよ、茜っ!」
 茜にむりやり引っ張られて、滝川はハンガーの階段下の人の目の届きにくい場所に連れてこられた。
「なんだよ、茜……いきなり」
「お前、速水のことどう思ってる」
「へっ?」
 思ってもみない質問をされて滝川はうろたえた。
「なんだよ……やぶからぼうに。急にんなこと聞かれたって――答えらんねえよ……」
「いいから答えろ。速水のことどう思ってる」
「……マジで聞いてんのか?」
「これが冗談に聞こえるんならお前の耳は飾りだな。――答えろ」
 滝川は、うつむいた。速水のことは、滝川のなかで、一番言葉にしにくい場所にあることだった。
「わかんねぇよ、そんなの……あいつ、俺のこと嫌ってるしさ。芝村のことで殺したいくらい恨まれてるみてぇだし、実際、ひでえことたくさんされたしさ……」
「芝村がどうとか速水がお前をどう思ってるかなんてことはどうでもいい! お前が! 今! 速水のことをどう思ってるかって聞いてるんだよ!」
 茜にまくしたてられて滝川は混乱した。何をどう言えばいいのかわからない。必死に考えよう、考えようとしたが、その前にぽろっと口から言葉がこぼれ出た。
「………ともだち」
 茜は深々と息をつくと、きっともう一度こちらを睨んだ。
「じゃあ、ついてこい。お前のその言葉にかけて」
「……なんだよ? どこに連れていく気だ?」
 茜はふん、と鼻を鳴らした。
「速水のところだ」

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