デス・イン・バトル
「幻獣の反応が消えたあ?」
 すっとんきょうな声を上げた滝川に対し、速水はあくまで冷静だ。
『そうだ。一時はv2まで行っておきながら、我々が到着する以前に急速に反応が弱まって消えてしまった』
「そんなことあんのかよ」
『めったにないが前例がないわけじゃない』
「はー……」
 なんか妙な話だなー、と思いつつ滝川は首をかしげた。そこに善行の落ちついた声が聞こえてくる。
『では、どうなさるおつもりですか、司令。このような場合は一定時間待機後は帰還してよいことになっているかと思いますが』
『その通りだ。友軍と合流して待機、降車を許可する。こちらからの指示に従って動くように』
「……そっか。友軍がいるんだ」
 口からポロっとこぼれた言葉に、舞は即座に頭を蹴ってきた。
「ってぇ……」
「たわけ。戦場に向かう途中に送られてくる情報をチェックすればすぐわかることであろうが」
「そ、そりゃそーだけどさ。こういう風に言われるとなんか実感が違うじゃん。ここんとこずっと俺たちだけで戦ってきただろ? 一緒に戦う奴らがいるんだ、って急に実感しちゃってさ……」
 舞は滝川の言葉にふんと鼻を鳴らす。
「だからと言ってやることが変わるわけでもあるまい。いつも通り敵を倒すだけだ。何を気負うことがある」
「別に気負ってるわけじゃねえけどさ……」
 ただ、なんとなく嬉しくなっただけだ。
 自分たちだけで戦っているのではなく、他のところには他のところで戦っている奴らがいるのだ、と実感できて。
 ただそうはっきり主張するのも恥ずかしかったので、口の中でもごもごと呟いてみるだけにした。
「何をぶつぶつ言っている。指揮車から合図がきたぞ」
「へーい」
 滝川は合図に従い士魂号をカーゴに乗せた。神経接続を切って、舞の後ろから士魂号を出る。
 カーゴの外に降りて、深呼吸した。
「……戦場で士魂号の外に出るなんて、ひさしぶりだな」
 いつも学校から士魂号に乗ってくるし、帰りもわざわざ乗り降りするのが面倒なので乗ったまま帰っていってしまうからだ。
「見晴らしいいや。やっぱ外と中じゃけっこう違うもんだな」
「どこが違う」
「え、ほら、風が当たる感じとかさ、緑の匂いとかさ。違わねえ?」
「ふむ」
 舞はそう言ったきり黙って滝川のそばに立っている。もしかして何か怒らせちゃったのかも、と思って一瞬滝川は慌てたが、すぐにこういう風に黙っている時の舞はむしろ機嫌がいいのだ、ということを思い出した。ちょっと前まではそこらへんの加減がよくわからずに本当に舞を怒らせていたが。
 と、少し向こうに固まっていた別の小隊から、ウォードレスに身を包んだスカウトらしき兵士がこちらに走り寄ってきた。
 なんだなんだ? まさかこんなとこでケンカ売ってきたりはしねえよな、見ず知らずの人間に。
 そう思いつつもとりあえず一歩前に出て舞をガードするように立つと、相手の顔を見やった。
 近くまで寄ってきたらわかったのだが、その兵士は滝川と年も背丈もほとんど変わらないであろう少年だった。ウォードレスの頭部を小脇に抱え、顔を真っ赤にして息を荒げながら走りよってきて、滝川から五歩ほど離れた場所で止まり、びしっと敬礼した。
「お初にお目にかかりますっ! 自分はストレンジ・ヴァニラ小隊所属、相沢誠戦士でありますっ!」
「……あ、はい。どうも」
 間の抜けた挨拶を返して、滝川も遅い敬礼をする。
 それにかまわず、相沢は一気にまくしたてた。
「あのっ、滝川千翼長閣下ですよねっ?」
「へ?」
 千翼長閣下″ぁ? なんだそりゃ。
 とにかくまずあっけにとられた滝川の様子に気がついているのかいないのか、相沢は必死の形相で口を動かす。
「あのっ、自分、アルガナの授章式テレビで見ました。すごくご立派でした! ゴールドソード受賞の時からお名前は存じ上げておりましてっ、自分は勝手ながら閣下の事を……同じ学兵なのにすごいってご尊敬申し上げておりましてっ……それで、その、同じ戦場で戦えるなんてめったにない機会と思い、そのっ、僭越ながら……」
 ここで相沢は真っ赤になって口篭もり、何回か深呼吸をしてから、バッと手を差し出した。
「握手を、していただけませんでしょうか」
「はあ!?」
 滝川は思わずすっとんきょうな声を出してしまった。
 握手って、握手って、俺とぉ!?
 そんなこと言われたって俺は単なるフツーの学兵で。そりゃアルガナ獲ったりはしたけどあれは別に……なにもそんな敬語使われるような奴なわけじゃ。
 めいいっぱい泡を食って慌てる滝川の背を、舞がそっと押した。
「してやるがいい、滝川」
 オロオロとみっともなく左右を見回し、誰も助けてくれないことを確認してしまい、他にやりようもなくておずおずと手を伸ばした。
「じゃ……じゃあ、どうぞ」
「………」
 がしっと手を握り合って、三度軽く上下に振る。
 相沢はゆっくりと手を離し、ぎゅっと握手をした手を握り締め頭が地面につきそうなくらい深いお辞儀をした。
「ありがとうございましたっ!」
 そう言って満面の笑顔を見せるとくるっと背を向けて自分たちの小隊に向かって走って帰っていく。その足取りは飛ぶように軽く、時々本当に飛び上がっていた。
 その様子を見ながら、滝川は半分は舞に、半分は自分に向けてぼそっと呟いてみる。
「……なんで、あいつ俺なんかと握手したがったんだろ」
「お前に憧れておったのであろう」
 あっさりと答えられ、滝川は思いきり動揺した。
「はあ!? 憧れるって……俺にぃ!?」
「他に誰がいる」
「そ、そりゃ俺アルガナ獲ったけどさ。世間的には英雄って言われてるかもしれないけど、なにもそんな憧れるだなんて……え? ええぇ!?」
 混乱して頭を抱える滝川に、舞は冷静に言ってきた。
「世間的に英雄と祭り上げられれば、それを素直に信じ憧れるものも現れる。当然のことだな。覚悟しておけと言ったであろう。これはその中ではむしろ、楽な部類に属することだと思うが」
「ううう……」
 なんと言っていいのかわからずへたりこむ滝川だったが、はっと気付いて舞に言う。
「そ、それ言うならさ。お前だってアルガナ獲ったじゃん。俺より撃墜数多いし」
 だから俺に憧れるなんてなんかの間違い、と言いたかったのだが舞は冷静に切り返した。
「私は芝村だ。憧れる対象にはなりにくかろう」
「け、けど、けど……」
 うまく言葉にできなかったのだが、とにかく滝川には壮絶な違和感があったのだ。
 注目されるだけでなく、目標として憧れられる。自分が昔からアニメのヒーローにしてきたように。
 今までの滝川の人生とは逆の立場に立つ。その他大勢として思いを送る側でしかなかった関係で。
 目の前で敬語使われて握手してくれって言われて頭下げられて――
 確かに憧れてきた、望んできたことかもしれない。だけど、なんて言うか――
「嫌だったのか?」
「え……いや……」
 口篭もりながら、滝川は自分の心情をなんとか言葉にしようとした。
「俺、こういうのに憧れてたとこもあって、だから嬉しいっていえば嬉しいんだけど……なんつーか……その、困る。俺、別にそんな大したことしてきたわけじゃないし、ただ必死に目の前のこと頑張ってきただけで……勲章貰って当然とか言っても、それは軍とか世間とかそういうでっかいものとの話で……ああいう風に言われちゃうと、恥ずかしいっていうか、照れるっていうか。それに……」
 必死に言葉を探していると、ふいに舌にごく自然に言葉が上った。
「怖い」
「なにがだ」
「……なにがだろう。わかんないんだけど、ああいうふうにやられた時に、心のどっかが怖い怖い怖いって言ったんだ。自分でもよくわかんねーんだけど……」
 舞はふん、と鼻を鳴らした。
「恐ろしいものは乗り越えればすむ。簡単な話だろう」
「……そうだけどさ……」
 怖さの小隊がわからないのに、何を乗り越えればいいのだろう。
 と、多目的結晶体がコール音を発した。
『v3だ! 幻獣が出現してくるぞ!』
 指揮車から拡声機で瀬戸口が怒鳴る。
 滝川と舞は顔を見合わせもせず走り出した。

『スキュラ2、ミノタウロス4、ゴルゴーン4、きたかぜゾンビ4、キメラ4、ナーガ2……いつも通りにやれば倒せる陣営だ。平常心でいけ』
 瀬戸口の言葉を聞きながら、戦場マップを目の端で見る。
 瀬戸口の言う通り、いつもと大して変わらない布陣だ。熊本城決戦で熊本市中の幻獣が一掃されたというのに勢力が変わらないのは、その直後に熊本中で幻獣が空前の大発生を起こしたためだろう(舞が言っていた)。
 ふと、あの相沢という学兵がどこにいるかチェックしてみた。
 戦場の中ほどに大きく広がっているスカウトたちの中心辺りにいた。これなら本格的な戦闘地域に入る前にカタをつけられる、と滝川は内心ほっとした。
 やっぱり、せめて同じ戦場にいる人間くらいはだれも死なせたくない。
 今回は速水の指示はないようだ。熊本城の時のように、自分の考えで機体を動かさなくてはならない。
 一瞬だけ深呼吸すると、滝川は士魂号を大きく跳躍させた。
 くっ、と舞がGに耐える声が聞こえる。
 悪い、芝村。あともうちょっと我慢してくれ。
「あと二回跳んで煙幕を焚く! そんで幻獣の真ん中に突っ込んでいってミサイル!」
「……了解!」
 滝川は言葉通りに士魂号を動かした。
 煙幕を焚くと、さらに二回跳躍し、敵陣のど真ん中に突っ込む。そして防御姿勢に入ると同時に舞が素早く敵をロックオンしていく。
 滝川はミサイル発射までのわずかな時間で、敵の位置の再チェックを行う。
 このミノタウロス近いな……殴りにきたらヤバい。装甲を信じるしかねーか。スキュラは一体がうまい具合に前にいる。ミサイルが外れなければ次の攻撃で仕留められるはず。
 一瞬で半ば言語化していない情報を必死に頭の中で検証する。
「ミサイル発射」
 舞の静かな声と同時に、機体を大きく揺らす衝撃。
 それがまだ治まらないうちに、滝川は行動に出ていた。
『ミノタウロスを撃破! ゴルゴーンを撃破! きたかぜゾンビを撃破! スキュラを撃破!』
 スキュラを落とせたか、ラッキー、とちらりと考えつつ前に跳び、跳躍の降り際にスキュラのどてっ腹に大太刀を突き入れる。
 そのまま斬り下ろして地上に到達。スキュラが爆散するのは見なくても手応えでわかった。
 残りはほとんどザコばかり。それも数少ない。じきに撤退を始めるだろう。
 勝った、と頭のどこかがそう判断する。
「油断するな。的確に動いて一体でも多く早く敵を倒せ」
「へいへい、わかっております」
 んっとに、芝村も速水も人遣い荒えよなー、と一人ごちつつ少し先のキメラに向けて機体を跳躍させた。
 ―――その瞬間。
『……敵増援出現! スキュラ3、ミノタウロス5、ゴルゴーン2、キメラ3、ナーガ3!』
「なっ……!?」
 とんでもない報告に、一瞬絶句するしかなかった。
「なんだよそれ!? 敵増援なんて接近してなかったはずだろ!?」
『俺に言うな! いきなり幻獣反応が強くなって、警告する間もなく出てきたんだ!』
「滝川。友軍を助けに行くぞ。キメラは後回しにしてミサイルの予備弾倉を装填する」
「……っ、了解っ!」
 戦場マップを見て状況を見て取り、滝川は歯噛みしながら舞の言葉に従った。
 まだ撤退は始まっていない。始まっていても今の増援で帳消しになっただろう。
 そしてその増援は戦場のど真ん中、ミサイルが討ち漏らした敵を討ち取ろうと勇んで突進してきた友軍たちと団子になるような場所に出現している。
 急がなければ―――助からない!
 急かす心を必死になだめてほとんどやったことのないミサイルの弾倉交換を行う。焦らず、けれど素早く。
 増援は友軍を攻撃し始めていた。ミノタウロスやゴルゴーンの遠隔攻撃がどんどんと友軍の耐久力を削っていく。
 きちんと装填されたのを確認してから、全力で走り出す。とにかくまずスキュラやミノタウロスを潰さなければ。
 煙幕が切れた。キメラやナーガが攻撃を始める。そしてスキュラもゆっくりとこうべを巡らし、戦車に向けてレーザーを発射した。一撃で戦車の装甲をぶっこ抜かれ、パイロットたちが慌てて逃げ出す。
 幻獣の塊のギリギリ直前まで走ってきて、跳躍に切り換えた。幻獣の群の中心に行ってミサイルを発射すれば、とりあえずなんとかなる。
 それまで保ってくれ。滝川は必死にそう祈った。全力で機体を動かしたら、あとは祈るしかできなかったからだ。
 スキュラがゆっくりと巨体を動かす。この空中要塞に友軍の攻撃は無力だった。
 やめてくれよ。たのむから、やめてくれ。
 スキュラの周囲の目が光る。
 俺の目の前で、人を殺さないでくれよ!
 レーザーが発射されて、スカウトの一人に命中。スカウトは悲鳴も上げずに一瞬で蒸発した。
『相沢誠戦士、戦死!』
 ………あいざわ?
 あいつだ。待機時間に、俺に話しかけてきた奴。
 ふいに、ほんのわずかな時間交わした会話の中で取得した情報が、大量に頭の中に蘇ってきた。
 あいつが茶髪で目の色もとび色だったこと。敬礼した手も、声も、体もみんな小刻みに震えてたこと。必死に言葉を連ねた時の頬の赤さ。頭を下げた時に後頭部につむじが見えたこと。
 そして、最後の満面の笑顔。
 そんなものが、一瞬で蘇って、消えた。
 ――――体が震えた。
「あいつら……!」
 さっき、喋ってた奴を。さっきまで元気で走ってた奴を。まるで俺に憧れてるみたいなそぶりをして、嬉しそうに笑ってた奴を。
 殺した。この世から消した。もう、絶対に会えなくした。
 ほんの一瞬のことだった。別に親しくなったわけでもなんでもない。そんな時間もなかった、ただの通りすがりの一人。
 でも、間違いなく生きてた奴。生きてるって体と心で認識した奴。そこにいて、会って、話をした奴。
 それが、全部消えた。
「許さねえ……」
 怒りで体が震えるのはすごくひさしぶりな気がした。人が殺されたというのを心底から認識したのは初めてだった。だから、それを目の前でやられた時にこんなに腹が立つということも初めて知った。
「絶対に許さねえっ!」
 がつん、と力を込めて後頭部を蹴られた。
「たわけ! 許せぬと憤るのなら一秒でも素早く冷静に操縦して敵を倒せ! お前が熱くなるのは勝手だが、そのせいで動きが遅れればその分友軍たちが死んでゆくのだぞ!」
「うるせえっ!」
 滝川は舞の言葉に怒鳴り返した。こうもきっぱりと舞の言葉に逆らったのは多分初めてかもしれなかった。
「全員、ぶっ殺してやる!」
 そう叫んで機体をもう一度跳躍させる――
 ――瞬間、声が聞こえた。
 声を聞いて。
 え?
 滝川はあっけにとられた。
 今、なんて?
 その一瞬後、滝川の中に大量の情報が流れこんできて―――
 滝川は絶叫した。

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