アプローチ・ラン
「……本気か?」
「うん」
 滝川は茜の問いに、静かにうなずく。
 ハンガー二階左側。二番機――士翼号の前で、二人は話をしていた。茜は最初滝川の話など誰が聞くか、というくらい腹を立てていたのだが、滝川が何度も訥々と話しかけると、根負けしたかぶつぶつ言いながらも「なんだよ?」と答えを返してくれたのだ。
 だが、滝川が話を持ち出すと――茜は絶句した。
「武装を超硬度大太刀二本だけにするって? しかも盾もなしで?」
「うん」
 滝川がうなずくと、茜はきゅっと眉をしかめて怒鳴った。
「馬鹿かお前は!? 壬生屋じゃあるまいし、そんな特攻仕様の武装で生き残れると思ってるのか!? ちゃんと士翼号のスペック表示を見たのか、お前は! 確かにこいつは士魂号とは桁違いの移動能力と攻撃能力を持つ。だが装甲は軽装甲よりも薄いんだ。それこそ一発食らっただけでお陀仏ってことにもなりかねない機体なんだぞ! なのに盾を持たないなんて……」
「それが一番いいと思うんだ。あの機体には」
 滝川に似つかわしくない静かな声に、茜は一瞬気圧されたように黙り込んだが、すぐまた早口で喋りだす。
「どういう理屈でそんなことが言えるんだ。根拠を言ってみろ根拠を。『なんとなく』だの『そっちの方がカッコイイから』だのなんて理由だったら殴るからな」
「相手の攻撃は、一発も俺に当たらないからだよ」
「……は?」
 一瞬唖然として、すぐ猛烈な勢いで怒り出す。冗談だと思っているのだろう。
「お前は僕に喧嘩を売っているのか! 曲がりなりにもパイロットのお前がそんな戦場をなめきった台詞を……」
「なめてない。俺にはそれができると思うんだ。戦場では、相手に一発も撃たせない」
「な……滝川?」
 茜の呆然とした顔を見て、滝川はちょっと苦笑した。
「あとさ。俺、二番機を色変えしたいんだけど」
「……なんだ急に? お前は千翼長だから変える権利はあるが……何色にする気だ」
「赤」
「赤?」
「幻獣の目の色。そして――血の色だよ」
「滝川……?」
 訝しげにこちらを見る茜に小さく微笑んで、士翼号の調整をしようとハンガー二階右側に移った時、声がかかった。
「やはりあなたは幻獣を殺すことが正しいことだとは思っていないのですね?」
 遠坂だった。辺りに誰もいないのは確認済みなのだろう、すっかり自分の世界に入りきって滝川を見据えて話しかける。
「そうだと思っていました。幻獣は本当は敵ではない、地球の意思です。あなたは心のどこかでそれを感じたのではないですか? あの前々々回の戦いの時に」
 ぴくり、と滝川は体を震わせたが、遠坂はそれに気づきもせずに話を続ける。
「あなたはもう分かっているはずです。幻獣を殺すことがすなわち正義というわけではない。幻獣は自然を蘇らせるために母なる地球が創り出した自然の代弁者です。あなたも共に……」
「遠坂」
「はい?」
 目が覚めたように震えてこちらを見る遠坂に、滝川は笑った。
「幻獣はそんな、地球がどうとかいうようなたいそうなものじゃないよ」
「あなたは何を……」
「あれは人だよ。ただの、弱い、人なんだ」
 そう言うと滝川は士翼号に向けて走っていった。

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