まだ見てる。 滝川はぜえぜえ荒い息をつきながらも速水がこちらを見ているのを意識した。 一つメニューがすむと、またすぐ若宮が次のメニューを言い渡す。若宮の訓練は本当に、休む間もないという言葉がぴったりくる。 荷物を担いでのランニングから始まって、腕立て、腹筋、ロープ登攀、スクワット各種などなどをやはり全て荷重をつけてやらされる。授業が終わってからぶっ通しで8時間。足腰はフラフラしてくるし、頭はグラグラして横になって休みたくてたまらなくなってくる。 だが、当然若宮が休んでいいなどと言うわけがない。昨日さんざんしごかれて、それはしっかり理解した。 次から次へと言い渡されるメニューを、あえぎながら一心にこなしていく――そんな自分の姿を、速水がじーっと見ていた。 最初はチラリと目の端に止めて、ああ速水がいるな、と思っただけだった。だが一時間前から訓練の合間に周りを見渡す度にグラウンドのはしっこからこちらをじーっと見ている姿が目に入るとなると、『なんかヘンだな』と思ってしまう。集中していなければまともに動けないような訓練をしているので、自然速水のことは頭から追い出されていったわけだが、やはり少し気になった。 あいつ、なんでこっち見てんだろ。 速水とどういう関係なのか、と聞かれたら、滝川は友達″と答えるだろう。 だが、その実速水の方はどう思っているかということについては今一つ自信がなかった。 初めて会った時からそのぽややんとした雰囲気になんとなく好感を持って、何くれとなく話しかけた。目線が自分と同じくらいの高さに思えたのも、かなり大きな要因の一つだと思う。 速水はいつもにこにこと笑いながら、自分がバカなことを言うのにいちいち答えてくれた。それがすごく嬉しくて、自分は速水にいっぱい話しかけて、(自分の方は)なんとなく友達と思えるようになった。 ただ、相手の速水がどう思っているかがわからないので、滝川はそれがいつも少し怖かった。 そういうのは別に速水に限ったことじゃないが、滝川は速水に少しコンプレックスというか、わだかまりみたいなものが――同じ男で同い年で既に自分の目指していたパイロットだとか目下小隊のエースと目されているとか――あって、それでちょっと速水は余計に怖かったかもしれない。 でも、速水は友達だ。 滝川は聞かれたらそう言うだろう。 が、何がでも″なんだ? と言われると――滝川はどう答えればいいかわからなかっただろう。 「…よし、今日の訓練はここまで!」 「ありがとうございましたぁっ!」 やけくそ気味に叫んで頭を下げる。 若宮が小さくうなずいた気配がしてその場を立ち去っていく。完全にこの場から立ち去ったのを目の端で確認して滝川はその場にヘタヘタと両膝をついた。 若宮の前では膝をつかないというだけで何か意味ができるわけではないが、そうしてやりたいくらいには滝川も『ちくしょう、やってやろうじゃんか、見てろよ』という気概を持っていたのだ。 膝をついたまま、しばらくぜえはあ言いつつ息を整える。 俺、ちょっとは成長してんのかな? そんな問いかけをしてみる。 最近、自分はいくら訓練をしてもし足りないような気分になる時がある。物足りないというわけでは(全くもって)ないが、普段は普通に訓練頑張っとかなくちゃと思えるのに、いくらやっても追いつかない気分になるというか、いくらやってもムダなんじゃないかと思いながらも怖くてじっとしてられなくって、溺れそうになりながら必死に喘いでいる感じというか―― あーもう、考えんのヤメッ! なんとなく気分が暗くなってきたので滝川は立ち上がった。辺りを見まわすと、速水がまだグラウンドの端っこからこっちを見ている。 こいつがこんなに長い間ボーっとしてるなんて珍しいな、と滝川は思った。いつも熱心に仕事してるのに。 速水は見ているだけで、一向にこっちに近寄ろうとも声をかけようともしないので、仕方なく滝川のほうから近寄っていった。 声をかける。 「よう」 「やあ」 速水は笑った。もっとも、自分が話しかける時、速水は大抵笑っている。 「何やってんだよ、こんなとこで」 「仕事に疲れたから、ちょっと休憩」 一時間も? と聞きそうになったが、その前に速水が言葉をついだ。 「滝川ずいぶんがんばってるみたいだね、あの若宮さんの訓練についていくなんて」 「だーもうそれ言うなよー! 思いだしたくねー……死ぬかと思ったんだぜマジで!」 「とかなんとか言いながら、しっかりついてってたくせに」 そう言われて滝川はちょっと顔が赤くなるのを感じた。 そうなんだろうか。傍から見ても、自分はちゃんと若宮の訓練についていけてるように見えるんだろうか。 もしそうなら、ちょっと……いや、かなり嬉しい。 顔が照れでゆるむのを隠すつもりで脇を向いて頭をかいた。 「いやー、そりゃまあなー。俺やっぱパイロットでいてえしー。なんたって俺、初陣でとんでもねえポカやっちまったからなー。ちゃんと司令の言うこと、聞いとかないと」 脇を向きながら言っていると、ふいに速水が滝川の首をつかんだ。 滝川は驚いてちょっと目を見開いた。 「……何やってんだよ、バカ」 そう言って首にかかった手を外させる。 「…やっぱりまだ細いね。これからまだまだ鍛えないと」 「…なんだよー、お前だって俺より細いくせに」 滝川はなぜかちょっとホッとしながらも、まだまだ訓練が足りないとあからさまに言われて面白くなかった。だがかえってちょっとスッとするような気もした。 その時ふと、『こいつは怖くなる時があるんだろうか?』と思った。 訓練をやりながらやってもやってもまともなレベルまで達していないような気がして叫びだしたくなったり、相手が自分のことをどう思ってるのかわからなくて不安でしょうがなくなったりする時があるんだろうか? 聞きたい、と強く思った。 頭をかき、口を開く。 「あのさ、速水――」 『お前は怖くなる時がないのか?』 そう聞くだけのことだ。別におかしいことじゃない。聞いてみればなあんだって言われるようなことなんだ。だからなんの気なしに聞いてしまっていいことなはず―― 「――一緒に訓練しねえか?」 でも聞けない。 やっぱり聞けない。 なんで聞けねーんだよ。ちょっと聞いてみるくらいいいじゃんか? そう心の中で問いかける自分に、ひょいと答えが下りてきた。 だって……こんなちっちゃなことで怖がったりしてるなんて女々しいこと、やっぱ速水にだって知られたくねえもん。 その答えはひどく納得できるものだったので、滝川はそうなんだよな、やっぱりこんなこと聞くのやめとこう、と思った。 「大丈夫なの、滝川? さっきまで若宮さんにしごかれてたんじゃない」 「あ、俺大丈夫大丈夫。もうちょっとぐらいなら」 嘘ではなかった。さっき少し休んだお陰で体力が回復してきた気がする。もうちょっとぐらいなら別にどうってことないだろう。まだ訓練もしておきたかったし。 「…嫌なら、別にいいぜ?」 ふいに不安になってそう付け加える。 「いいよ。僕も頑張らないとね」 速水がにっこり笑ってそういったので、滝川もほっとして笑った。 「よっしゃ! それじゃ、どこ行こか?」 「祈りの泉でいいかな?」 「おう!」 さっき感じた不安が心の別の部分に伝染しないように苦労しながら、滝川は速水の先にたってふらふらと走り出した。 |