パイロット
「シフトの変更を行う」
 そう言われて滝川はきょとんとした顔になった。
「…あのさ。なんでおまえがそこに座ってんの?」
 机の向こうの司令の椅子には速水が座っている。
 早朝呼び出されて司令室に来てみれば速水がシフトの変更だという。話の展開がさっぱり見えない。
「今日付けでこの5121小隊の司令は僕になった」
 滝川はあんぐりと口を開けた。
「……嘘」
「嘘じゃない」
「……だって、善行司令は?」
「善行千翼長はもう司令じゃない。僕に押し出される形で無職になった。出きるだけ早く配置を考えたいと思ってはいるが」
「……そんな……」
 なんで、そんなことになるんだ?
 昨日まで同じパイロットで、ちょっと差はつけられていても間違いなく同じ視点にいた人間が。
 なんでいきなり自分たちのボスになっちまうんだ?
 その疑問に答えてというわけでもないだろうが、速水は微笑んで一言だけ言った。
「…生き方を変える、って言っただろう」
「………」
 何を言えばいいのかわからず、口篭もる滝川。
「本題に入る。滝川戦士。君は本日付けで三番機パイロットに配置換えになる。僕と入れ替わる形でね」
「へ……?」
 しばしあっけにとられたのち、滝川はほとんど恐慌状態になって速水に噛みついた。
「な…なんだよっ、それ!」
「決定事項だ」
「決定事項って……なんでそーいうことになるんだ!? いきなりパイロットから司令にって……俺、やっと二番機に慣れてきたとこなんだぜ!? それがいきなり三番機にって…なんなんだよ一体!」
「これは舞の希望なんだ」
「え……」
 滝川は硬直する。
「芝村、の……?」
「うん。僕の後釜は誰がいいか、って聞いたら滝川って答えたんだ。…文句は、ないだろう?」
「文句っていうか……」
 滝川は硬直したままぼうっと言葉を紡ぐ。
「困るよ、俺……」
「話は以上だ」
 速水は立ち上がって、司令室を出かかりながら言い捨てる。
「もう帰っていいよ」

 滝川は顔を硬直させたまま、教室に向い歩いていた。
 ―――なぜ?
 その言葉が頭の中でぐるぐる回る。
 なぜどうやって速水はいきなり司令になったのか。生き方を変えるとはどういうことなのか。なぜ自分がいきなり三番機パイロットになるのか。
 ―――なぜ、芝村は自分を三番機パイロットに推薦したのか?
 わからない。さっぱりわからない。
 ――自分は一体、どうすればいいんだろう。
 堂々めぐりする思考を押さえつけながら、プレハブ校舎の階段を上る――と、自分よりやや小さい誰かにぶつかった。
「あ、ワリ! …って…」
 そこにいたのは舞だった。いつものごとくの倣岸な表情でこっちを見ている。
「……よ……よお、芝村」
「言ったはずだ、芝村に挨拶はない。教室に行くのだろう? 私もだ」
 言うや、すたすたと先に立って歩き始める。
「あ、待てよ!」
 とっさに滝川は舞の肩をつかんだ。舞は顔だけ振り返って怪訝な顔をする。
「なんだ」
 その顔で自分が女の子の体に触れているのだということに思い至った。
「あ、あ、ワリ!」
 慌てて手を離す。舞はさらに妙なものを見るような顔になった。
「用件を言え」
「いや、あの、実はさ……」
 しばし逡巡してから心を決め、顔を上げて言う。
「……お前、速水に俺を三番機パイロットに推薦したんだって?」
 舞は眉を寄せた。
「そうだが」
「…なんでだ?」
「理由を聞いているのか?」
「うん」
「別にない」
「……は?」
 滝川はぽかんとした。
「なんだよ、それ」
「ただ三番機パイロットを速水の他に選べと言われたらお前がいいと思っただけだ」
「な…」
 顔がかあっと熱くなった。
「なんだよ、それ……」
 どういう意味だろう。
 どんな顔をすればいいのかわからなかった。自分をわざわざ選んでくれたのかと思うと気恥ずかしいような申し訳ないような、胸がドキドキするような気分になったが、速水の他に、というのがちょっと引っかかるというか面白くないような気分になったりして――
 舞が少し考えるように、首を傾げた。
「そうだな……あえて言うならば、そなたはよくわからん奴だからな」
 なんだそりゃ。
「ワケ、わかんねーよ……」
 滝川の力のない声に、何を思ったのか舞はちょっと微笑んだ。
「ならばこう考えるがいい。お前はパートナーとして私に認められるだけのことをしている――だから私に選ばれたのだと。別に間違ってはいない」
「選、ばれたって……」
 もうどうしようもなく顔が熱い。どうしていいのかわからない。さっきの舞の小さな微笑みが、頭の中を侵食していく。
「さ、先行くから!」
 教室に向けて駆け出す。
 選ばれた? 自分が? 芝村に?
 なんだか顔がにやけるようで、胸がやけに苦しいようで、どうすればいいのかわからなかった。


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