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「――ってワケで、そりゃもうド修羅場って感じやってん」
「うっわー……でもさ、なんかそれって昼メロよりは少女漫画って感じだよねー。恋人同士の仲を引き裂く新たに登場した二人目の男ってやつ」
「あー、うんうん。そーいやあの無茶な訓練方法は昔のスポ魂少女漫画に近いもんがあるかもしれへんなあ」
 早朝、HR前の一組教室。
 加藤と新井木はめいめい勝手に椅子に座ってお喋りしていた。
 話題は滝川と速水の確執と争い。何せ一昨日わざわざ戦場で派手に痴話喧嘩を繰り広げたのだから、衆人の好奇心はいやがおうにも集まる。
「てーかさ、んな訓練させるほうもさせる方だけどはいそーですかってするほうもバカだよね。超バカ。バカだバカだと思ってたけど、本当救いようないバカだねあのバカゴーグル」
「あはは……でも芝村さんには健気っつーことでポイント稼いだんと違う?」
「えー、でも僕はバカだとしか思わないけどなー。まあ芝村って感覚おかしーからそう思うかもね」
「なにせ数百kgの錘つけて遅くなったら電気ショックやもん、普通同情するって」
「何言ってんの、それ絶対フカシだって。本当に数百kgの錘なんてつけてたら動けるはずないじゃん」
「いや、そうでもないんだなこれが」
 喋っている二人の上に、ひょいと赤紫の頭が現れた。
「わ、瀬戸口くん!」
「盗み聞きなんて趣味悪いよ!」
「そういうお嬢さん方こそ一組教室で速水の噂話とはいい度胸してるじゃないか。司令に目をつけられても知らないぜ」
「いーの。まだ登校してないもん」
 フン、と鼻を鳴らすと、新井木は瀬戸口に詰め寄る。
「それより、そうでもないってなにさ。数百kgなんて重さがかかったら普通の人間が動けるわけないじゃん。昔漫画で百kgの重しつけて動けるのは人間外だって読んだことあるよ」
「漫画で読んだ、か。そりゃいいな」
 瀬戸口はくすっと笑うと、そばにあった椅子をもってきてまたがるようにして座り話しはじめた。
「だがそりゃちょっと認識不足だよ。体の動かし方さえわかっていれば、オリジナルヒューマンだって六十kgの板金鎧着て行動できるんだぜ」
「六十kgと数百kgじゃケタが違うじゃん」
「性格には二百kgだ。こいつは速水に聞いたんだけどな」
「なに? 瀬戸口君って速水君と仲いいの?」
 意外そうに聞く新井木に、瀬戸口は苦笑を返した。
「俺は愛の伝道師だからな。あいつも愛に悩む迷える子羊だったりするわけだし」
「ぶっ……」
「なんやそれ!」
 新井木が吹き出し、加藤が左手でツッコミを入れる。
 瀬戸口は小さく咳払いした。
「あー、とにかくだ。俺達第6世代はオリジナルヒューマンの数倍の筋力を持っている。単純計算で10/3、無理のある数字じゃないだろう?」
「えー、でもさ、あのバカゴーグルだよ? あのチビがそんな筋肉あるわけないじゃん!」
「第6世代は筋肉の組成からして違うんだ。どんなに小さくても鍛えれば鍛えるほど強くなっていく……物理的な限界はあるがな。滝川はパイロットだから小柄な方が何かと有利なんだよ」
「……だけど、さあ……」
「あいつ、強くなってるよ。スカウト達と勝負しても、今ならけっこういいとこまでいくんじゃないかな」
「嘘だあ! そんなの絶対嘘だよ! あのバカチビが来須先輩にかなうわけないじゃん! どーせ訓練しても途中でめげて投げ出すに決まってんだから!」
「……それならあいつも楽だったんだがな」
 ムキになってまくしたてる新井木に、瀬戸口は苦笑するふうを見せた。
 加藤が首を傾げる。
「どういうことなん?」
「いくら動けるって言ったって、体に激しい負担をかける事は確かだからな。しかも速水のやつ、到底一日じゃ終わりそうもない量の訓練メニューを滝川に押し付けたんだよ。それを馬鹿正直にこなそうとしたもんだから……」
「どうなったの?」
 強い調子で訊ねる新井木。瀬戸口は肩をすくめた。
「朝までに気絶すること6回。電気ショックをかなりの回数食らってスカウト達が何度も助けに行ったらしい」
「……本当にもうどーしようもないバカだねあいつは! 一人でできないくらいなら最初っからやんなきゃいいのに!」
 怒る新井木を苦笑気味に眺めてから、加藤は瀬戸口に向き直った。
「でも、なんでそこまで詳しく知っとるん? まさかずっと見てたわけちゃうやろ?」
「ずっと見てたやつに聞いたのさ」
「誰、それ?」
「……妖精さん。かな?」
「なんやそれ!」
 加藤がツッコミを入れたとき、新井木の表情が変わった。瀬戸口もワザとらしい無関心な表情になる。
 速水が教室に入ってくるところが見えた。
「僕、もう二組の教室行くから。またね、まつりん」
 新井木は立ち上がって加藤に手を振ると、教室を出ていく。速水と目を合わさないようにしているようだった。
 加藤もできるだけ速水をしらんぷりするようさりげなく別の方向を見る。瀬戸口はというと、ワザとらしいとぼけたような表情で速水の方を見つめていた。
 速水はうっすらと微笑みながら席について鞄を置く。
 HRの時間まで後2、3分。三々五々他の生徒も教室に入ってくるが、速水の姿が目に入ると大抵一瞬びくりとして無言のまま自分の席に向う。
 8:45ジャストに舞が入ってくる。一瞬速水と目があったが、舞はにっこりと微笑む速水に返事を返すこともなくしばし無言のまま速水を見つめ、そしておもむろに席についた。
 瀬戸口はこっそり速水の表情をうかがったが、速水は相変わらず薄い微笑みを浮かべたままだ。
 HR開始時間を超えても本田はまだ来なかった。ままあることではある。だが気が抜けることおびただしい。
 しかし、全員妙にピリピリした雰囲気で座ってHRの開始を待っている。
 と、教室の入り口でカタンと音がした。
 滝川がゼエゼエと荒い息をつきながらそこにへたり込んでいる。
 教室内に一瞬ざわめきが走った。
 滝川が喘ぎながら口を開く。
「…セ、センセー、まだ、きて、ないよな?」
「……ええ、まだですよ」
 そばにいた善行の答えに、滝川ははーっと息をつきながらその場にひっくり返った。
「よかったぁぁ……セーフぅ……」
「……大丈夫ですか?」
 ややおそるおそる訊ねる善行に、滝川は寝っ転がったまま荒い息の下から答える。
「やーもう、起きたら、8時半、ぎりぎりで、さー……もう、必死なって着替えて走ってきたから……バテたー!」
 走ってきたからというより昨日の疲れがまだ残っているのであろうことは善行には容易に想像がついたが、口にはしなかった。代わりに少し気になったことを訊ねる。
「起きたところは、寮だったんですね?」
「うん。昨日帰った記憶も着替えた記憶もなかったから、びっくりしたけど。多目的結晶体見た時5時だったところまでは覚えてんだけど、そっから先がなー……無意識にだったら、ちょっとスゴくねェ?」
「……そうですね」
 訓練の途中で気絶したところを運ばれたのか。おそらく同じ寮にいるスカウトのどちらかだろうが。
 しかし、そこまで無茶な訓練をして曲がりなりにも元気に学校に来れる辺り、滝川の基礎体力も既に尋常なレベルではない。
 滝川は息が落ち着くとむっくり起き上がった。
 席に向う。舞と目が会うと、にっと笑って片手を上げた。
「よ」
「芝村に挨拶はない」
「お前、そればっかだな」
 滝川がくすっと笑うと、舞もつられたように微笑んだ。
 と、速水が席を立った。
 しん、と教室が静まり返り、視線が速水と滝川に集中する。
 速水は滝川を見た。
 滝川もきっと見返す。
 しばしぶつかり合う二つの視線。
 ――先に動いたのは速水だった。
 すたすたと滝川に歩みより、首を指差す。
「首輪。外してるね」
「え? ……あ」
 言われてはじめて滝川は首輪が外れていることに気づいたようだった。おそらく滝川を運んだ者が外したのだろうと善行は思った。
 速水は薄く微笑んだ後、今度は腕を指差した。
「錘も、外してるね」
「………」
「寝てる時もずっとつけてるようにって、言ったよね?」
「……悪かったな」
 滝川はブスッとした顔で速水を睨んだまま言う。
「速水……」
 立ち上がる舞を見やって、速水はにっこりと笑った。
「まあいい。どっちにしてもすぐに苦労してもらうことになる」
 全員の多目的結晶体からサイレンが鳴り響いた。同時にスピーカーから坂上の声が流れ出る。
『201v1、201v1……』
 速水は全員を見渡して、朗々とした張りのある声で言った。
「出撃だ」

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