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「……今日はアツいわねえ」
 仕事に一区切りをつけて、肩をぐるぐる回しながら言った原の一言に森がちょっと首を傾げて答えた。
「そうですか? 今日はどっちかって言うと涼しい方だと思いますけど?」
「なにボケかましてるのよ。気候の話じゃないわよ。アレよ、アレ」
 原はハンガー二階の士魂号三番機のハッチの前でなにやら話しこんでいる二人組を指差した。
 滝川と舞だ。
「昨日あんなことがあった後だから当然といえば当然なのかもしれないけど。朝は一緒にご登校、お昼休みもずっと一緒、授業が終わったらハンガーに来ていっしょに仕事……仲睦まじいのは結構だけど、もー少し周りのことも考えてほしいわよねえ?」
 戦場で滝川が高熱を発して倒れるという前代未聞の事件が起きてから一日が経っていた。
 死に至るのではないかという高熱を出したのにも関わらず、滝川はけろっとした顔で登校してきた。それもそのはず、戦場で意識を失いはしたものの熱は致命的な温度に達する直前に急に下がり始め、平熱に戻ってしまっていたのだ。
 寝ている滝川は念のため病院に運ばれ、舞は病院に泊りこんで付き添った。
 なぜ出撃前は何の異常もなかったのに急にあんな熱を出し、そしてすぐ治ったのかは医師の診断を受けても謎のままだ。
 原の言葉に森はきゅっと唇を引き結び、無言で装甲板と人工筋肉の接続部分をいじり始める。
 その姿を見て原はぷっと吹き出し、班長席から立ちあがってぽんぽんと森の肩を叩いた。
「そんなに心配しなくてもいいわよ。はっきりいってあの二人、まだ全然進展ないから」
「……別にそんな心配なんかしてません」
 ぼそりと言う森に、分かった分かったと手をヒラヒラさせてほとんど井戸端会議のノリで楽しげに口を開く。
「いや、ほんとの話よ。あの二人がずっと一緒にいるのは確かだけど、全然色気のあることしてないもの」
「………」
「一組のコに聞いたんだけど、あの二人一、ニ時限目一緒に授業サボったらしいの。その間ずーっと一緒にいたのは確からしいんだけど、目撃証言によるとその間ずーっと二人で訓練してたらしいのよ」
「……訓練? 授業サボってですか?」
 まだ表情が硬いながらも一応話に乗ってきた森に、原はにんまりと笑いかける。
「そうそう。それで昼休みも猛烈な勢いでお弁当かっこんだ後、色っぽい話の一つもせずずーっと訓練してたわよ。私たまたま見てたんだけど」
「……何をしてるんですか、先輩……」
 顔をしかめて溜め息をつく森に、原はぱたぱたと手を振ってみせる。
「やあねえ、心配しなくても二人がアレとかソレとかしはじめたらさっさと離れるわよ」
「アレとかソレ、って……!」
「まあまあ。……でね、凄いのよそれが。見てたらただ訓練してるんじゃなくて、メニューこなしながら勉強してるの」
「……? どういう意味ですそれ?」
 怪訝な表情をする森に、苦笑してみせる原。
「だから、そのまんまよ。滝川くんが懸垂してる横で芝村さんが『プログラム構築時の基本的な注意点とは何か?』とか『ネットワークへの接続方法について説明せよ』とか問題出してるの。滝川くんはほとんど『えーと、えーと』って答えられないんだけど、芝村さんはそのたびに『たわけ!』って怒鳴りつけて答えを説明した後もう一度同じ問題を出題するの。その間滝川くんはずーっと懸垂しっぱなし」
「はあ……」
 森は半ば呆れたような声を出した。そりゃ確かに勉強するのは結構なことだろうが、何もそんなせわしない方法をとらなくてもいいんじゃないだろうか。
「それでね、昼休みの終わりに芝村さん捕まえて、私聞いてみたのよ。なんであんなことしてるのかって」
「はあ……」
 この人の野次馬根性も筋金入りだな、と思いながら森は頷く。
「芝村さんがいうには、『滝川に私の全てを伝えねばならんのだ』ですって」
「……なんです、それ」
「詳しいことは聞けなかったけど。『私が今まで積み上げてきた知識と技術の全てを滝川に渡す。まずはそこからだ』とか難しい顔で言ってたわよ」
「相変わらず、言っていることがよくわからない人ですね」
「そうねー。ノリとしてはあれね、昔のスポ魂ものの鬼コーチ。言ってることは理不尽なんだけど迫力で通っちゃうの。仮にも恋人同士なのに色気がないことったら」
 原はくすっと笑ってもう一度滝川と舞のいるハンガー二階を見上げた。
「でもまあ、しばらく一緒にいるとこ見なかったからああもずっとくっついてられると仲良し光線発射されてるみたいな気になるわね。微笑ましいようなうっとーしいような」
「……してるじゃないですか」
「なに?」
「進展。してるじゃないですか」
「………」
 ただ一緒にいるようになっただけで進展とは言わないでしょう、と原は内心思ったが、この潔癖な後輩の心中をおもんばかって微妙に話題を変えた。
「でも、変よねえ。あの二人が一緒にいたら、某腹黒司令が邪魔しにくるのがこれまでのパターンだったんだけど」
「……そう言えば、速水司令、今日見ませんね」
 森が話題に乗ってきたので、原は話を続けた。
「て言うか、昨日出撃した後見てないわよ私。戦闘後に滝川くんが病院に運ばれて、残った機体をカーゴに乗せて帰ってきて……いつもみたいに戦闘後の機体状況を提出しようと思って隊長室に行ったらいなかったもの。司令部への報告はちゃんとしてあったみたいだから、私も報告書だけ置いて帰ってきちゃったんだけど。妙よね、滝川くんがあんなことになったんだから管理責任不行き届きだってかさにかかって攻め立てそうなもんなのに」
「……何か、あったんでしょうか?」
「速水は瀬戸口が連れて行った」
 ふいに脇から声をかけられて原と森は声の方を向く。
 そこには茜が立っていた。いつものごとく、小さな身体を思いきりふんぞり返らせて傲岸不遜な態度でこっちを見ている。
 だが、まがりなりにも義姉である森は茜の目にひどく苛立ったような色が浮かんでいることに気づいていた。
「どういうこと?」
「速水は戦場からこっちに帰ってはいない。戦闘後、瀬戸口がどこかへ連れて言った。今日は学校を休んでる」
 そっけなく、しかし偉そうに答える茜。
「どこかってどこよ。大体報告はどうしたの? 戦闘後にこっちに帰ってこないなんて職務放棄もいいとこじゃないの」
「昨日の報告は僕がした。どこに行ったかまで僕が知るか」
「司令不在時の作業代行は私がやることになってるはずだけど?」
「僕と違って、あんたは隊長技能資格を持ってないだろ? 僕のほうがうまくやれたはずだ。事実なんの問題も起こらなかったんだからな」
「……それはいいとして。司令に何があったのよ」
「……」
 茜は苛立たしげに肩をそびやかした。
「そんなことはどうでもいい。僕は聞きたいことがあるんだ。滝川はどこにいる?」
「………」
 原は無言でハンガー二階を指差す。茜の顔が一瞬羞恥で赤く染まるのを見て、森はこっそり溜め息をついた。


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