「上層部は、僕たちが生き残れる可能性は0.01%と見ている」 演説ののっけからとんでもないことを言い出した速水に、隊員のほとんどが絶句した。 「僕の計算でもそれとさして変わらない数字が出た。僕たちは北から攻めてくる全幻獣を包囲網が完成するまでほぼ一部隊だけで相手しなければならない。死んで当然、死なないほうがおかしい、と思ってるんだろう。上層部はね」 ほぼ全員が沈んだ顔になった。その通りかもしれない。確かにそんな雰囲気は感じ取っていた。だがそれをこれから戦闘する、というまさにその時に言わなくても。 暗い顔を見合わせる小隊員たちを、速水は苛烈な瞳で見回した。 「だから僕たちは、全員死にもの狂いで戦おう。自分の運命を他人に決められるなんて、そんな理不尽なことに従ってたまるか。死ぬ確率なんてくそでもくらえだ。自分の能力の全てを尽くして戦って、そして勝とう。――自分と、仲間たちと、ついでに世界のためにね」 意表を突かれた顔になった隊員たちをもう一度見回すと、速水はあどけないと言ってもいいほどの顔で微笑んで、優しく言った。 「それにね。僕は僕たちを信じてるんだ。僕たちが全員するべき事をすれば、全員生きて帰るなんて簡単だ、ってくらいにね」 「けっこ、いい演説だったよな。俺、ちっと感動しちゃったよ」 三番機のコクピット席で、滝川は舞に話しかけた。 「まあ、及第点というところではあったな。……あやつにすれば、だが」 出撃前にできたわずかな空白。幻獣は着々とこちらに近づいてきている。あと数分もすれば出撃しなくてはならない。 おそらく歴史上に残る大決戦。熊本市中の幻獣とこれから相対しなければならないのだ。 「……なあ、芝村」 「なんだ」 冷静なその声に滝川は少しばかり逡巡した様子を見せたが、やがて思いきったように言った。 「……怖くないか?」 「む?」 舞はやや戸惑ったような声を上げる。今更そんなことを聞かれるとは思っていなかった。 たわけ、と言おうとして思い直し、舞は静かに訊ね返した。 「そなたはどうなのだ」 「俺? 俺は怖いよ」 あっさりと答えられて正直舞は拍子抜けしたが、滝川は静かな声で続けた。 「熊本中の幻獣を俺たちだけで相手すんだぜ。死なないほうがおかしいって速水も言ってたし、俺まともに考えたら死にそうなくらいビビってるよ。なんかヘマすんじゃないかとか、俺のせいで誰か死んじゃうんじゃないかとか考えたらプレッシャーに押し潰されそうになる。幻獣見たらまた逃げ出したくなるかもしれない。けど……」 いったん言葉を切って、吹っ切るように、 「なんか、負ける気はしない」 「…………」 「怖いけど、どっかで大丈夫だって安心してるんだ。俺バカだけど、この一ヶ月むちゃくちゃ頑張った自信ある。それは絶対ホントだし、お前や速水に言われたことも、全部頭の中に叩きこんである。だから―――俺のできること全部やったから、何が来ても、負けないって気がするんだ」 そう言うと滝川は照れたようにちょっと笑った。 「実を言うと俺、もーめちゃくちゃビビりまくって、手ぇ震えるくらいで、怖くてしょーがねえんだけど、ちょっとだけわくわくしてんだ。ドキドキもしてんだけど。……ゲームのラスボスと戦う時の気持ちをめちゃくちゃ強くしたみたいな、自分が今までやってきたこと試せる時、みたいな。変だよな」 「たわけ、それは武者震いというのだ。……それでよい」 舞は倣岸に微笑んで、きっぱり言い放った。 「口だけではないということを証明してみせろ。死力を尽くせ、滝川。私もそうする」 きゅっと真剣な顔になって滝川の頭を上から見つめた。 「――不可能を可能にしよう。そうすれば、多くの者を助けられる」 「……芝村、なんか、カッコいいな」 「たわけ」 ガツンと滝川の頭を蹴った。 「痛えなー、もう……」 『はーいみんな、聞いてくれ。いよいよ出撃だよ。俺がばっちり誘導するから、根性入れて頑張ってくれ』 ふいに瀬戸口の声が通信機から聞こえてきた。指揮車からの強制通信だ。 『一番機は一時の方向に進んで道を歩いてくる幻獣を斬りまくってくれ。二番機は高台に立って突出してくるきたかぜゾンビを叩く。三番機は――好きに動け、とさ』 「どうやら今日はあの小うるさい司令の細かい指示に悩まされずにすみそうだな」 「……信頼してくれてるってこと……なのかな」 「今日動きを決めるのはお前と私、二人だけだ。準備はいいか?」 「……おう」 幻獣配置を見て、敵陣営を確認する。 「……第一波にはスキュラはなしか。煙幕は必要ねえな」 「最初のミサイルで少なくともほぼ全滅にまではもっていくぞ。こんなところで人工筋肉を疲弊させてはおられん」 舞は前を見た。出撃の前の一瞬の間。 吸って、吐いて、吸って、吐いて。自分と滝川の呼吸が一つになっていくのを感じる。 「―――行くぞ!」 「おうっ!」 三番機は指示と同時に、凄まじい勢いで走り出した。 |