4/12〜アルガナ・瀬戸口V
「……もう撃墜数二百体超えてるのにアルガナって、なんか今更って感じするよな」
 後ろの席から身を乗り出して言う瀬戸口に、滝川は首をかしげた。
「なんでっスか?」
「なんでって……お前はそう思わないわけ? もともと一昨日の熊本城戦の前にほとんど百五十体いってたんだぜ。ここまでオーバーしてから渡すなんて、なんか馬鹿みたいじゃないか?」
 滝川は瀬戸口の言葉にぽりぽりと頬をかきつつ答える。
「うーん、そう言われても……俺別にアルガナ狙ってたってわけじゃないし」
「へえ?」
「そりゃ認めてもらえるのは嬉しいけど……俺としては目の前の敵をやっつけてたら二百体超えてたってだけで。勲章も節目だとは思うけどそれ以上のもんじゃないっていうか。それに……」
「それに?」
「俺、勲章貰えるだけのことしてきたって自信あるから。なんつーか、前芝村が言ってた……」
「『貰って当然のものを貰うだけ』か?」
「そー、そんな感じで」
「おーおー、さすがにアルガナの英雄ともなると言うことが違うね。なまいき〜」
「てっ! もー、やめてくださいよー!」
 頭を腕でロックされ、滝川はジタバタと暴れた。

 熊本城決戦から二日目、月曜日。丸一日の休養で決戦の疲れを何とか癒し、現在5121小隊は全員で市民会館に向かっていた。
 滝川と舞の黄金剣翼突撃勲章授与式に出席するためである。
 舞は黄金剣のときと同じく熊本城の前の戦闘ですでに百五十体撃墜を達成していたが、そんなことは些末事だった。
 あれだけの激戦を何とか生き延びたという興奮もさめやらぬうちに小隊初の、いやおそらく熊本でも初めてのアルガナ授与、それに加えての全員昇進。ほとんどの小隊員が少しばかり浮かれ気味になるのも当然と言えるだろう。
 そんな中、当事者である滝川と舞は思いのほか冷静だった。舞はともかく滝川はゴールドソードを受けたときかなり緊張して舞い上がっていたのだが、と奇妙に思って瀬戸口が軽くかまをかけてみると――
 さっきのような答えが返ってきたわけである。
『……こりゃ、本格的に向こう側へ行っちまったかもな』
 しかし言動からはそれらしき雰囲気はみじんも感じ取れない。
 そこらへんがどうも読み切れん、と瀬戸口が内心首をかしげていると、滝川はいつのまにかあっさりロックを外して隣の席の舞と話しこんでいた。
「……マジ? そんなにいっぱいマスコミの人とかいんの?」
「当然だろう。二百体撃墜のアルガナ、それも学兵がとなれば英雄扱い、戦意昂揚にはうってつけだ。熊本城戦という一大イベントの主役として軍は我々を使い倒すつもりだろう。覚悟しておけ」
「うへ……でも、なんかやだな、そういうの。戦ってたの俺たちだけじゃないのにさ」
「その通りだ。心しておけ滝川。我々は人に褒められるために戦うのではない。我らは我らが好き勝手するために戦うのだ」
「素直に『みんなのために』って言えよー……」
 芝村なような、そうでないような。
 速水は今のこいつをどう思っているのかな、と様子をうかがってみると、速水は無表情のままひたすらまっすぐ前を向いている。
 意識が滝川たちの方を向いているのは感じるから、関係ないと決めこんでいるわけでもあるまいに。何を考えているんだ、と眉を寄せた時、カーゴが止まった。
「……着きました。どうやら外にはかなりの数のマスコミがいるようです。我々がガードしますから、滝川くんも芝村さんも他のみなさんも、マスコミをいちいち相手にしないように」
 坂上がそう告げ、教師たちが先にカーゴの出入り口に立つ。
 そして一気に扉を開けると、わっとばかりにマスコミが押し寄せてきた……。

「……っはー。つっかれたー」
 滝川がカーゴの一番後ろに乗ってカキコキと肩を鳴らした。
「ホント、すげえ数だったな、マスコミ。注目されんのがあんなに疲れるもんだとは思わなかったぜ」
「なーに情けないこと言ってんの! んっとにだらしないねーこのバカゴーグル! まがりなりにも英雄なんだからもっとシャキッとしなよシャキッと!」
 新井木が滝川の隣に陣取って、べしべしと滝川を叩きながら嬉しそうに叫ぶ。新井木なりに滝川がアルガナを獲って嬉しいのだろう。
「……別に、俺英雄なんかじゃねえよ」
「……たとえ英雄と人に呼ばれなくても、そう誇っていいぐらいの努力をあなたはしてきました。みんなも……私も、それは知っています」
 原に押されながら滝川のもう一方の隣に座った森がぶっきらぼうに言う。最初滝川は驚いた顔をしたが、すぐに笑って「サンキュ、森」と言った。
 とたんにぼっと顔を赤らめる森。その様子を原が冷やかし、滝川が慌てる。そこに新井木が田辺の制止も聞かず割りこんで騒ぎたて、その間に石津がそっと「おめでとう」と書いた紙を渡してよこし――
 そういう女子に囲まれた滝川を据わった目で見ている舞を見て、瀬戸口は苦笑した。
「姫さん、姫さん。恋人なんだから嫉妬したなら素直に割って入っていけばいいと思うぜ?」
 舞は飛び上がらんばかりに反応して、真っ赤な顔で瀬戸口をにらんだ。
「たわけっ! 誰が、し、嫉妬などしておるものか! ただ私は私のカダヤであるにも関わらず他の女に囲まれてでれでれしておる滝川に怒りをつのらせておっただけだ!」
 そういうのを嫉妬と言うと思うんだがね、という台詞は口の中だけにとどめておく。
 舞は顔を赤くしたまま、うつむいて一人ブツブツとなにやら呟いている。
「大体、まがりなりにも私のカダヤであるならばそのくらいのことは事前に察して私のそばに来るのが当然ではないのか? マスコミに押されて離れ離れになったとはいえよそ見をするとは……第一、私に告白してきたのはそなたの方ではないか! それなのに私以外の女に目をやるとは、一体どういうつもりだ!」
 やれやれ、と思いつつ瀬戸口は舞を放っておくことにした。そういう感情ときちんと向き合うのも自己制御のいい経験になるだろう。
 男どもは、多少のやっかみも混じってはいるが、おおむね好意的な視線を女子に囲まれる滝川に投げかけている。
 滝川と舞がアルガナを獲ったことを素直に祝福しているようだ。速水に死ぬほどのシゴキを課され、謀殺されかけたのを乗り越えての受賞だ、普通は素直におめでとうと言いたくなるだろう。
 普通じゃないやつ――速水はどうかな、と頭を巡らせてみる―――その直後、多目的結晶体からサイレンの音が鳴りだした。
『201v1、201v1……』
 全員の顔色がさっと変わる。速水が落ち着いているがよく通る声で言った。
「全員席につけ。シートベルトを装着しろ。全速力で学校に向かう」
『了解!』
 返事しつつ全員が席に座ると同時に、運転席の坂上はフルスロットルで加速し始める。
 座席に押し付けられながら、瀬戸口は思った。
『どんな奴らが出てくるかしらないが、今のこいつらはそう簡単には止められないぜ』

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