「……これが、新型か」 「綺麗ですね」 早朝、そんな会話がハンガーでなされた。 「ねえねえ、マッキー。配置表、見た?」 新井木が授業の始まる前、田辺に話しかけた。 「……え、見ましたけど……何か変わったことありましたか?」 「んもー! マッキーほんっと鈍いねー! あのバカゴーグルの部署が二番機パイロットになってたでしょ!」 「え……そうでしたっけ?」 田辺は首を傾げた。配置表を見たとはいっても目に入った瞬間眼鏡を落っことして踏まれ割ってしまったので、自分の部署ぐらいしか確認していないのだ。 「で、でも……それじゃ善行さんは? それに三番機はずっと滝川くんと芝村さんだったじゃないですか。最大の戦力なのに、いきなりそんな配置換えして大丈夫なんですか?」 「だからさ! あのバカ、昨日の戦闘来なかったでしょ。それに一昨日の戦闘はなんか戦闘の途中でパニクってたし。そのせいであいつ、三番機パイロットクビになったんじゃないかと思うわけ、僕は。マッキーはどう思う?」 「どう……って……」 田辺は口ごもった。新井木は口調はいつもの噂話の時のごとく軽いが、目はひどく真剣で、切羽詰った色をたたえている。新井木なりに滝川のことを心配しているのだろう。 なんと言えば彼女を安心させられるのかわからず、田辺は必死に頭を回転させたが、何か言うことを思いつく前に上からヤカンが降ってきてひっくり返った。 「クビ、ねえ。どうなのかしらね」 原は教室でテキストをめくりながら苦笑した。隣には森が座っている。 新井木の声があまりに大きいせいでクラスの全員が二人の(というより新井木の)朝の教室でするにはあまりに際どい会話を聞いてしまっている。 「……まさか。それは、確かに滝川くんの行動は自衛軍だったら禁固刑ものですし、事情がさっぱりこちらにも伝わってこないっていうのも納得いきませんけど……でも彼は二百機撃墜のアルガナのエースです。彼ほどのパイロットをそんな簡単にクビにするとか閑職に追いやるなんてこと、あの計算高い司令がするはずありません」 「まあ、それは私も同意見だけど」 やや私情が入った意見のような気がしたが、原は肩をすくめるにとどめた。 「それより、森さん。司令から内示があったんだけど、もしかしたら近々整備員が異動するかもしれないわよ」 「え?」 きょとんとした顔をする森に、原はまた苦笑してテキストに目を落とした。 「あの司令、整備員にも苦労させてくれるわね……なかなかの難物だわ、この機体」 「……ですから、狩谷くん。僕は滝川くんは、きちんと話せばわかってもらえる人ではないかと思うのですよ」 教室の隅で、遠坂が狩谷に話しかけていた。だがその内容は本来人のいる場所ではしてはならないほど不穏当だ。 「あの滝川くんの叫びを聞いた時、僕は確信したんです。彼は幻獣を殺すことに痛みを感じることのできる人だと。彼ほどの有名人が味方についてくれれば幻獣共生派に対する見方も少しは変わるかもしれません。僕は信じてみたいと思うんです。彼の人間としての心を。狩谷くん、そう思いませんか……」 立て板に水の口調でぺらぺらと喋りまくっている遠坂に言葉を返しもせず、狩谷はじっと宙を見つめていた。その眼には何も映っていない。 何も映っていない、無表情な瞳で、ひたすらに宙を見つめている。 見ているようで何も見ていないその姿は、まるで何かを待っているように見えた。 「やれやれ……いきなり三番機パイロットですか。毎度のことながら唐突ですね、速水司令は」 善行が自分の席について、複座型の仕様についてテキストを読んでおさらいしながらそう呟いていると、前の席に人影が座った。 「あんたも苦労するね、元司令?」 「……瀬戸口くんですか。ええ、おかげさまで」 瀬戸口は椅子にまたがるようにして座り、善行をすくい上げるようにして見た。顔は笑顔だが、目は笑っていない。 「率直に聞こう。速水は何でいきなりこんな風に配置を動かしたんだ?」 「なぜ私が知っていると思うんですか」 「知っているとは思わない。ただ、わかるんじゃないかと思っただけさ。司令さまの考えなんていうのは一オペレーターには想像もつかないところがあるからなぁ」 そう言って瀬戸口はにやり、と口の端を吊り上げた。だが相変わらず目は笑っていない。 「彼と私は違いますよ」 「……それが答えか?」 「いえ……私ならいかに感情の行き違いがあるとはいえ、これだけの戦果を上げているペアを壊すのには躊躇するでしょう。私の操縦では、はっきり言ってこれまでの半分の戦果も出せるかどうか。彼が彼らの間のことをどこまで知っているかは知りませんが、そこまであの二人の感情を慮っているのか――もしくは」 善行は眼鏡を押し上げた。朝の光が眼鏡に反射して小さく光る。 「あの機体が、それをも上回るほどの戦果を叩き出せると思っているのか」 「……士翼号。ウイング・オブ・サムライか」 瀬戸口は椅子を二本足で立たせるように揺らし、天井を見上げた。 「そんなにすごいのか、あの機体。新型ったって、単座だろ? ミサイルもないしさ」 「私も公開されているデータ上のスペックを知っているだけですが。ある意味、あの機体は人型戦車の究極体かもしれません。これまでの機体とは、明らかに設計思想からして違う。データ通りの性能を発揮するなら、あれを乗りこなせるのは少なくともウチの小隊では滝川くんしかいないでしょう。ただ……」 「ただ?」 「それが本当に期待されているだけの戦力になり得るのかどうか。私にはなんとも言えません」 「ふーん……」 しばし、お互い顔を見合わせもせず善行と瀬戸口は黙り込んだ。 数分経ってから、ふと瀬戸口が口を開く。 「あ、姫さんだ」 舞が教室に入ってきたのだ。それを見ると、善行はさっと立ち上がって舞のところへ向かった。 「おはようございます、芝村さん」 「……芝村に挨拶はない」 「はい。それはわかっていますが一応挨拶しておこうと思いまして。今日から三番機のパイロットに異動しました。これからもよろしくお願いします」 そう言った瞬間、舞は完全に表情をなくした。 「……お前が三番機のパイロットになったのか?」 「はい」 「つまり、滝川とお前が入れ替わる形になったのか。滝川は二番機パイロットになったのだな?」 「はい」 「これは、司令の考えによる配置換えか?」 「おそらくそうだと思います」 「…………そうか」 舞は無言のまま自分の机に向かった。席につく。 そしてじっと教室の入り口を見つめる。そのまま小揺るぎもしない。 だが、舞の後には始業時間まで誰も教室に入っては来なかった。 |