『滝川機、ミノタウロスを撃破!』 『滝川機、きたかぜゾンビを撃破!』 補給車の中に瀬戸口とののみの声が交互に響く。備え付けの小さなテレビからも戦場の音が聞こえてくる。 補給車の中で聞こえるのは、それらの音だけだった。整備員たちは全員、息を詰めるようにしてテレビとレーダーマップを見つめていたからだ。 報告されるのは滝川機の撃墜報告ばかり。小隊はおろか、友軍の被害報告すら一つも出ていない。 圧倒的な力。人とは思えぬほどの戦闘能力。 常人は、それに圧倒され、そして――畏れる。 「……………」 狩谷は他の整備員たちと同じようにじっと、ひたすらテレビとレーダーマップを見つめていた。他のなにも目に入らないように、じっと。 狩谷を注視していた人間は誰もいなかったので、気づかれなかったが―― その顔には、はっきりと至福の笑みが浮かんでいた。 「……足回りもほぼ異常なし。当然だよね、ほとんど動いてないんだもん」 新井木が整備用のチェックシートに印をつけながら、半ば独り言のように言った。 「結局……あいつさえいれば勝てちゃうんだね。僕たちがどんなに頑張っても、そんなの全部無視してさ……バカみたいじゃん、僕たち」 「新井木サン……」 困ったように笑うヨーコに目もくれず、新井木はひたすらにぶつぶつ呟いている。 「あいつには本当は誰も必要じゃないんだ。僕たちも、一組の連中もみんな。だって、あいつは――」 「新井木さん! 報告書がまだ提出されてませんよ!」 森の苛立たしげな声に、新井木はきっとそちらを睨んだ。 「ちゃんとできてる。すぐ出すよ。……でも、こんな風に一生懸命仕事して、本当になにか意味あるの?」 森はさっと顔色を変えた。 「新井木さん、あなた自分がなにを言ってるかわかって――」 「わかってるよ。戦ってるパイロットを死なせないために、戦争に勝つために、僕たちは仕事をしてるんでしょ? ――けど、この小隊で戦ってるのって、実質滝川だけじゃん!」 「――――」 言葉に詰まる森を睨みながら、新井木は喚き散らす。ほとんど切れた≠謔、な状態だった。周囲の整備員たちも思わず二人のやりとりを注視してしまっている。 「滝川がいたら他の奴らなんて必要ないじゃん。パイロットも、スカウトも、支援射撃だっていらないじゃん! だって出てくる幻獣はみんな滝川が殺しちゃってるんだから! 機械みたいに平然と、遊んでるみたいに楽々とさぁ!」 「ゆ、勇美ちゃん、落ち着いて……」 なだめるように後ろから触れる田辺の手を振り解いて、新井木は我を忘れたように喚き続ける。 「あいつがいれば他の奴らなんて必要ないじゃん! 僕たちだって本当は必要ないじゃん! あいつは誰もいらないんだよ、本当は! だって、あいつ、普通じゃない――普通の人間じゃないもん!」 パシィッ! 平手打ちをかまして、森はぜいぜいと息を荒げながら新井木を睨んだ。お互い顔を真っ赤にして、ともすれば潤みそうになる眼を見開いて相手に視線をぶつける。 「新井木さん、あなたって人は――一緒に戦ってる人に、なんてことを――」 「なによ! モリリンだって本当はそう思ってるんでしょ!? あいつ、絶対普通じゃないって、異常だって!」 「―――!」 再びばっと上がった森の手を、後ろからすっと伸びた手が掴んだ。 「離して!」 「少し落ち着きなさい、森」 「―――原先輩……」 へたへたとその場に座り込んでしまった森を一瞥すると、原はうつむいている新井木を見つめて言った。 「――ここはもういいわ。少し頭を冷やしてきなさい」 新井木は一瞬泣きそうな目で原を睨んだが、すぐに駆け出して整備テントを抜け出していってしまう。息詰まるような沈黙の中、原は森を引っ張って立たせた。 「……新井木の言ってることもわかるよな。滝川の戦い方見てると……なんか、俺たちとは違うものを見てるって気ぃするし。俺たちが仕事しても意味ないんじゃないかって思えちまう」 「田代さん!」 ぼそりと呟いた田代を慌てて遠坂がたしなめるが、その声は思いのほか大きく響いた。 原がゆっくりと整備員たちを見渡して言う。 「……通常外の戦力がいようがなんだろうが、私たちが仕事を休んでいいということにはならないのよ。パイロットがなんであろうが、私たちは全力で整備をするのが仕事なんだから」 その声には今ひとつ力がなく、しかも聞きようによっては滝川が普通でないということを肯定しているようにも聞こえるのだが、それを指摘する声はどこからも上がらなかった。 それを見届け、狩谷は一人、ひどく楽しそうな、悦楽に浸った笑みを浮かべた。 誰もいなくなった整備テントで、狩谷は一人、士翼号を見上げながら笑う。眼を赤くしながら。嬉しそうに、楽しくてたまらないというように。 「お前は一人だ、滝川。これからもどんどん一人になっていく。――僕と同じように」 くくく。声を立てて笑う。 「僕は君を僕の真の友達にしてあげようと思っているんだよ。君が一人になった時、本当に一人になった時――君の得たものを僕が奪ってあげる。そうすれば君と僕は本当の友達だ」 小さな笑いは次第に哄笑に変わっていく。くくく、がははは、になり、くはははは、とひどく大きい笑い声になっていく。 「殺すがいいさ! いくらでも殺すがいい! だがその先に待っているのは孤独だけだ! 君は僕のいる場所から離れることはできないんだ、哀れむことはもう絶対にできない――僕と君は同じ存在になるんだからね!」 狂ったような狩谷の哄笑が、整備テント内に響いた。 |