滝川機が右手のアサルトライフルを連射した。マズルフラッシュが閃き、目標となったキメラの頭がたちまちにはじけ飛ぶ。 『滝川機、キメラを撃破!』 オペレーターの声に全機動きを止めた。敵幻獣の掃討が完了したことがビューのはしっこに映る配置図でわかった。 『任務完了。全機帰投。カーゴで機体の点検を行ってください』 「了解」 耳元の通信機から響く善行司令の声に応え、速水はゆっくりと機体を後方のカーゴに向わせる。 今日も大勝だった。戦端が開かれてから三週間近く、敵の中には中型幻獣の切り札ミノタウロスも出現し始めているが、幸いにして今のところ小隊に被害は出ていない。 実を言うと、小隊はほとんどミノタウロスとは戦っていない。鈍重なミノタウロスが主戦場に出てくる前に、敵幻獣の20%を撃破し撤退を開始させてしまうからだ。 それがたとえたまたま戦場の前方に小物が集中していたという偶然の産物に過ぎなくても、小隊はとりあえず、今日も生き延びている。明日はどうなるかわからないが。 速水はにっこりと笑って、前を向いたまま舞に話しかけた。 「とりあえず、今回も勝てたね」 「今回も勝てた″などという言葉は全くの無意味だ。我らは戦う、そして戦うからには勝つ。それが当然の理だろう」 「あはっ、そうだね」 速水はわざわざ声に出して小さく笑った。実際舞のこの可愛さは自分を惹きつけてやまない。 「次の戦闘も勝てると思う?」 「くだらんことを聞くな。やるべきことは決まっている、あとはそれをやるだけだ。努力が足りれば勝てようし、足りなければそれで終わりだというだけのことだ」 「ごめんごめん――僕も、次も全力を尽くすよ」 君を守るために。 声に出さなかった最後の部分には当然気づくこともなく、舞は語調を変えずに言った。 「当然だ」 舞の答えに、また口元に笑みが浮かぶ。舞といると自分の構造がどんどんシンプルになっていくような気がする。すごく楽で、心楽しいことだ。 ――ずっとそうなら、どんなに楽なことだろう。 「ふは――っ!」 滝川が荒い息をつきながらタラップを飛び降りた。その場にへたりこんで呼吸を整える。 ふいに、こちらを見て手を上げた。 「よお速水! ……よ、芝村」 わかりやすい反応の分かれ方に内心笑いながら速水も手を上げかえす。 「滝川。どうしたのフラフラしちゃって」 「悪かったなー、フラフラしてて。おまえらよく平気だなー、あれだけあっちこっち動いてて」 「そんなことないよ。それに動いてるって言うなら滝川のほうがずっとたくさん動いてるじゃない」 それは事実だった。滝川は小刻みな移動を繰り返しつつ戦場を縦横に駆けて、斬り込む壬生屋の脇から敵を攻撃するという戦法を使っている。基本的に突っ込んでミサイルを撃てばあとは少しの移動で終わる速水達よりよほど運動量は激しいはずだ。 「そ、そうか?」 滝川が照れたように頭をかく。 とたん、速水の中にほとんど怒りに近いほど熱い感情の波が盛り上がった。滝川に踊りかかって首の骨を折りたい。心臓をズタズタに引き裂いてやりたい。犯しまくって泣き叫ぶ滝川の四肢をバラバラにしたい。 このどうしようもなく激しい切実とも言える衝動を、速水は手の平に爪を立てて必死にやり過ごした。 この滝川に対する衝動は、もうどうしようもないほど強くなっている。滝川をこれ以上ないほど残酷に殺してやりたい――と思うと同時に自分の存在を完全に消してしまいたいような自己に対する攻撃衝動を覚える。 この感情がなんなのか、自分でもさっぱりわからない。ただ日に日に激しくなるムズムズするような感覚にあえぎながら耐えるしかできない。 これをどうにかしたくて、滝川にぶつけたくてたまらない――だが実際にやるかどうかとなると、とたんに気が進まなくなる。この混乱を、速水はどうにも扱いかねていた。 舞とは正反対だ。滝川が側にいると、自分はどんどんややこしく、わけがわからなくなってくる。混乱して、何をするかわからなくなる。 しかし、速水はその葛藤を全く表面に出すことなく微笑んだ。 「もう戦場でのチェック、終わったんでしょ? 早く席につかないとダメだよ」 「へーい」 滝川は肩をすくめて、歩き出した。速水と舞もその後に続く。 「滝川、何回目の出撃だったか覚えてる?」 歩きながら、衝動を誤魔化すために話しかける。 「…えーと、確か…五回目だったと思うけど」 「五回か。じゃあもう慣れたでしょ」 少なくとも傍から見る限りでは、滝川の出撃、戦闘時の動きに遅滞はまったく見られなくなっている。 が、そう問われて滝川は一瞬、横目で見てもわかるほどはっきりと硬直した。 一瞬の後、へらりと笑ってこちらを小突く。 「そーいうお前はどうなんだよー」 「僕? 僕は少なくとも戦場では滝川よりも先輩だからね。滝川が戦場に出たころにはもう馴れてたよ」 「ちぇっ、よく言うぜ」 声を立てて笑う滝川。 速水の脳内で、さっきの一瞬硬直した滝川の顔が鮮やかにリピートされていた。 まさか――まだ、馴れていないのか? まだ、戦うことに恐怖を感じるなどとぬかすのか、こいつは? ざわっ、と音が聞こえるほど強く、速水の中で衝動が燃え上がった。 滝川は、そんなことなど知らぬげに笑って、やたらと頭をかいた。そして一瞬ちょっと目を見開いて、小声で話しかける。 「なあ、速水」 「なに?」 熱いほど胸の中で燃える衝動を必死に押さえて速水は笑う。 「……俺たち、今ンとこ負けたことないけどさ……戦況って、あんまりよくないんだよな」 「うん」 速水はうなずく。確かに、5121小隊は大勝を続けているがそれは自分の戦場でだけの話だ。熊本全体の戦況はむしろ悪くなる一方で、各地の戦力はぐんぐん幻獣比が高くなっている。 滝川は、ちょっと困ったように眉根を寄せて、頭をかいてから、速水を見た。 「俺、どうすればいいのかわかんねーけどさ……やっぱ、頑張らなくちゃダメなんだよな」 「…え」 「戦争に勝つにはさ。やっぱ、もっと頑張って勝たなくっちゃダメってことなんだろうな」 ――何を言ってるんだ。 こいつは、自分が頑張れば戦争に勝てるといっているのか。 まだ戦うことが――殺し、殺されることが恐ろしいなどとほざくガキが、この戦争の行方を左右できるとぬかすのか? ごうっ、と先刻に数倍する勢いで衝動が胸の中で燃え盛る。 滝川を殺してやりたい。 ズタズタに引き裂きたい。 これ以上ないほど苦しめたい。 ――と同時に、自分をも引き裂きたくなる。 滝川は、またちょっと困ったような顔をして頭をかいた。 「…ワリィ、ヘンなこと言って。じゃーな!」 手を上げて、自分の席に向う。 速水は、その後もしばらくその場に立って滝川の方を見つめていた。 カーゴを降りて、ウォードレス置き場に向い走り出した滝川に速水は小走りになって追いついた。 「…なんだよ、どうかしたのか?」 足をゆるめる滝川に、速水はにっこり笑いかけた。 「滝川。僕はこれから、生き方を変えることにするよ」 「え?」 「歴史の波に埋もれるのもいいかっていう気でいたけどね。君を見ていたら、気が変わった」 「…なんだよ、それ」 「…すぐにわかるよ。すぐにね。それじゃ」 速水は立ち止まった滝川を追い越して走っていく。 ふいに、声がかけられた。 「……本当に、あの子供を見てたら気が変わったのか?」 「…瀬戸口か」 声は沈黙で問いに答えた。 「本当だよ。あいつと一緒にいたら、そんな気になったのさ」 「なんでまた……」 「あいつが本当に戦況を変えられる気でいるならやってみせてもらおうと思っただけだよ。なんの力もないガキがどれほどのことができるのか。お膳立てはしてやる。僕の力を見せてやるよ」 速水はにっこり笑った。 「やれるものならやってみせてもらおう。もう我慢の限界だ。本当に苦しいってことがどういうことなのか、厳しい現実っていうものがどういうものなのか、身をもって味わってみるがいいさ。あいつの望むやり方で、それを与えてやる」 「…本当にそれだけか?」 「…何か言いたいことがあるのかい?」 「…いや、別に」 声は静かに、その場から消えた。 |