カップを取って
「幾万の敵を打ち破る〜♪ 強いぞぼくらのバンバンジ〜♪」
 滝川は機嫌よさげに最近子供たちの間ではやっている「超辛合体バンバンジー」の歌を歌いながら運転していた。
 出発前まであれこれいぢめられていたなごりなど露ほども見せない。というか忘れているのである。
 滝川が毎日のように手を変え品を変えいぢめられているにも関わらず速水とつきあっていけるのは、この一つの物事にこだわらない――というより覚えていられない点によるところが大きい。
 ふいに、助手席にいた速水がにっこり笑って滝川に指を差し出した。
「ん、なんだ速水?」
「滝川口寂しくない? アメあげるよ」
「おーっ、サンキューっ!」
「はい、口開けて。あ〜ん」
「あ〜ん♪」
 ぱくっ。
 嬉しげに滝川はアメを口に入れた――
 次の瞬間、車が跳ねた。
「………! ………!! ……………!!!」
 口と舌に当たる痛いほどの熱さに必死に口をパクパクさせてあえぐ滝川。そこに速水がにっこり笑って言う。
「芝村で開発されたタバスコ十本分の唐辛子をつめた激辛キャンディだよ。それを舐めて少し黙っててくれない? うるさいから」
「………!! …………!!!」
 うるさいなら最初に口で言えー! と言いたいのだがキャンディの辛さが強烈すぎてしゃべることすらできない。
「あ、それから今車揺らしたからおしおきポイント+1ね。これで累積ポイントは296、あと4ポイントでスペシャルおしおきコース決定だから」
「…………!!! ……………!!!!」
 鬼ー! と言いたいが(以下略)。
「こら、いいかげんにせんか速水。そろそろ遠坂家の敷地内だぞ」
「あ、そう? じゃあ僕も準備しないとね。滝川、気をつけて運転してよ」
 時々揺られながらも速水の愛車ロータスヨーロッパスペシャルはクマモト・シティの郊外につづく田舎道を着実に進んでいた。
 と、車が道を塞いでいる場所に行き当たった。警察の検問らしい。
 警察の合図に会わせて車を止めた滝川に、警察が近寄ってきた。
「ここから先は私有地だ。それに今は通行止めになっている。ひき返しなさい」
「あ……う……」
 今だキャンディの後遺症でまともに喋れない滝川の横から、速水がぐいっと顔を出した。
「あの、でも……僕たち、善行警部にとっても大事な情報を持ってきたんですぅ」
 ぶりぶりv と音がしそうなほどかわいこぶって、瞳に星バックに花を撒き散らしながら上目遣いで速水が言う。警官たちは気圧されて思わず一歩下がった。
「善行警部に事件解決に役立つとっても大事な情報をもってきたんです、聞いていただければ絶対通していただけると思うんですけどぉ」
「……まあ、そうまで言うなら一応聞いておこうか。君の名前は?」
「はい、速水厚志って言います」
「………!!!」
 速水が名を告げたとたん、警官たちは硬直した。
「は、速水……厚志……?」
「って……まさか……あの……」
「ぽややん探偵の……!?」
「はい、そうですv」
 すざざざっ! と警官たちは後ずさり、大急ぎで車をどけた。そして全員脇に避けて最敬礼をする。
「失礼いたしましたっ! どうぞお通り下さいっ!」
「ありがとうv」
 明るく手を振る速水と目を合わせようともせず、警官たちは速水たちが走り去るまで最敬礼を解かなかった。
「………」
「ん、なあに滝川? またいつものように『いつもながらすげえなあ。なんでお前そんなに有名なんだ?』って聞きたいのかな?」
「………」
 口に出せぬままこくこくとうなずく滝川。
 速水はにっこり笑って人差し指を上げた。
「それは秘密です」

「うわー……でっけえ……」
 検問を受けてから三十分以上車で走りようやく遠坂家の屋敷にたどりついた。
 道には整然と植木が何十本と植わっていて、屋敷の広さと言ったら間近に立ったら端っこが見えないほどだ。
「言っておくが……これは離れだそうだぞ。母屋はこのさらに奥にあるもう一回り大きい建物らしい」
「うわー……想像できねえ」
 ようやく激辛キャンディの衝撃を乗り越えた滝川は車を回しながらのんきに舞とお喋りしていた。
 車を正面玄関の脇に寄せると、速水は瞬く間に車からおリ、迷いのない歩調で屋敷に向って歩き出す。
 滝川は慌ててその後に続いた。舞は後ろからゆっくり歩いてくる。
 バン! と呼び鈴も鳴らさず玄関のドアを開ける。そして許可も得ていないのにすたすたと奥に近づき応接室と思しきドアを開ける。
 驚いて中にいた人々が振り返る――そこに速水はにっこりと可愛らしい微笑みをかました。
「こんにちは、探偵です」


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