温まるまで
6.狩谷夏樹(圭吾のオブザーバー)の証言。
「……そうですか。騒がしいと思ったら、彼は死んだんですね。
 感想? 別に。
 ……なにかおかしいですか? オブザーバーをやっていたらその相手に深い関心を抱いていなければ不自然だとでもいうんですか。相手に心酔して、失ったら錯乱して泣き喚かなければおかしいとでも?
 冗談じゃない。僕は確かに彼の相談相手を務めてましたけどね、僕は彼にどんな類の関心も一切抱いていませんでしたよ。
 嫌っていたのかって? ご想像にお任せしますよ。
 昨日は占いが終わったあと部屋に戻って、そのまま寝ました。場所は彼の部屋の右隣です。証人はいません」

7.新井木勇美(遠坂家メイド)の証言。
「うっわ、お兄さんたち刑事? ホントに? 見えなーい! そこの帽子のお兄さんは超イケてて舞台とかの刑事さんそのものだけどさぁ、他の二人がムキムキマッチョとヒゲオヤジじゃねー!
 でもさでもさ、刑事さんたちが出てきたってことはやっぱ圭吾さま殺されたんだよね!? すっご、舞台みたーい! 僕も取材とかされちゃう? ねぇねぇ誰が殺したの? 動機はなに? やっぱ痴情のもつれ? それとも遺産がらみ?
 え、僕はどう思うかって? うーん、そーだなー。やっぱ痴情のもつれじゃない? 圭吾さまさ、実はさる名家のお嬢さまと内々に婚約が成立してたんだよ。やっぱそこのウチもお金持ちでさ、共同事業の話も進んでたんだよね。
 だから圭吾さまを今殺したって誰も得しないと思うんだよねー。圭吾さまには妹がいるけどそっちはまだ結婚話は出てないし。
 えー、感想? ショックだったりしないかって? うーん、圭吾さまってさ、僕あんまり好きじゃなかったんだよね。悪いけど。鈍感でさー、周りの人の気持ちに全然気づかないの。親切なのはいいけどさ、それってあくまで上の立場からの親切なんだよね。さも私は親切ですよって顔してお恵みを下さるわけ。まー金持ちだからそれもありかなとは思うけど、そーいう人が殺されてもあんまり悲しくないなぁ。僕は遠坂家に雇われたメイドで、圭吾さまが死んでも別に困らないしね。……内緒だよ?
 アリバイ? うわ、すっご! ホントにそーいうこと聞くんだー! アリバイだって!
 うんうんわかってるよー。えっとね、昨日は占いが終わった後お客様を客間に案内して、サロンの後片付けして、お皿洗ってー……そんでマッキーとメイド室に戻って寝たかな。
 茜大介? あー、あーあーあーあのクソ偉そうな金髪半ズボン! 会ったよ。普段僕一回寝たら朝までぐっすりなんだけどさ、なんか目が覚めちゃって。水でも飲もうと思って部屋出たんだよね。
 そしたら圭吾さまの部屋のあたりでなんか明かりがちらつくのが見えた気がしたんだよ。一瞬で消えちゃったけど。
 圭吾さまの部屋って僕たちの部屋から長い長い廊下を挟んで反対側なの。正確に言うと……僕たちの部屋がお屋敷の隅っこにあって、そこから廊下をえんえんと歩くと圭吾さまの部屋とあの狩谷とかいう眼鏡の部屋の境目あたりに来るわけ。眼鏡はね、圭吾さまの部屋の僕たちの部屋から見て左隣、お屋敷の一番奥まったとこにでかい部屋をもらってるんだ。
 で、なんか気になってさ。マッキーもうぐっすりだったから起こすのも可哀想かと思って一人で圭吾さまの部屋の方へ行ったんだけど。しばらくうろうろしてたけど、別になんにもなかったよ。
 そんで圭吾さまの部屋の前うろうろしてたらあの半ズボンと出くわして、部屋まで案内しろとか偉そうに言われたワケ。
 まーお仕事でしょ? しょーがないから部屋まで案内したの。圭吾さまの部屋の中? なんにも聞こえなかったよ。まあ、昨日は風が強かったから聞こえなかっただけかもしれないけど。のぞこうにも圭吾さまの部屋って外からだと中が見れないようになってんだよねー」

8.田代香織(圭吾の護衛)の証言。

「っとに、参ったぜ。俺はあの坊ちゃまの個人的な雇い人だからな、あの坊ちゃまが死んだらお役御免なんだよ。おまけに曲がりなりにも護衛がいるのに死んだなんてことになっちゃあ再就職も難しいし……ったく、死んだ後まで面倒かけてくれるぜ。
 坊ちゃまが殺されてどう思うか? 個人的な感情で? んー、まーそーだな。気前のいい奴だったからちっと惜しい気もするが、悲しいってほどじゃねぇな。別に嫌いだったわけじゃねぇけどよ、こっちの都合とか全然考えねぇ奴でいい奴ってワケでもないし。
 自殺か他殺か? 自殺であってほしいね。他殺だったら再就職がますます難しくなる。
 あ、でもな、言っとくけど外部からの侵入者ってセンはまずないと思うぜ。俺坊ちゃまの部屋の向かいに部屋をもらってるんだけどよ、これでも護衛だから坊ちゃまの部屋の前を誰かが通る度にすぐ目覚ましてたからな。
 当然あの金髪も新井木も見たよ。部屋の中から覗き窓でな。すぐに立ち去ったからまたすぐ寝たけど。
 それにこのウチは夜になると庭に番犬を何匹も放すし、敷地の周りにはガードマンも巡回してるしな。不法侵入はまず無理だ。俺としては俺の希望を抜きにしても、やっぱ自殺だと思うね。
 ……そりゃ、あの坊ちゃまが自殺するような奴かって言われると、考えちまうけど」

9.加藤祭(銀行員)の証言。

「……ウチはなにも知りません。ウチはただの銀行員なんです。ここのお家のことなんてなんにも知りません。
 昨日は占いのあと、案内された部屋に案内されて……そのまま、寝ました。証人は、いません。
 ……え? 狩谷夏樹とどういう関係か?
 知りません。ウチは、知りません。知りません、知りません、知りません……」

10.田辺真紀(遠坂家メイド)の証言。

「圭吾さまについて、ですか……。
 ………っ、ごめんなさい。私、まだ……ごめんなさい……。
 (その後しばらくうつむいてしくしくと泣く)
 ごめんなさい。圭吾さまがどうしてお亡くなりになったか、お調べになられるんですものね。なんでも聞いてください、私、頑張って答えますから。
 圭吾さまがどんな人だったか……? ……とても優しい方でした。私たちみたいな使用人にも優しく声をかけてくださって、苦しんでいる時にさりげなく手助けしてくださって。あんないい方……あんな素敵な方、いません……なんで、なんでお亡くなりに……。
 (またしばらく泣く)
 昨日の夜ですか。仕事が終わってから、メイド用の部屋に戻って寝ましたけど。勇美ちゃんと一緒の部屋なので、証言してくれると思います。勇美ちゃんも私と一緒に寝ました……え、それは確かに、私が寝たあとに勇美ちゃんが起き出したかどうかは私にはわかりませんけど」

「……それで全部? ふうん……」
 速水は考え深げに右手の指先で髪を弄った。自分のではなく、滝川の。
「まあ、大して役に立たないものばかりではあるが。最初の聞き込みというのはどれもこんなものだからな」
 若宮は言いながらも滝川の様子が気になってしょうがなかった。なにを考えているのか、速水はさっきから当然のような顔をしてずっと滝川の髪を弄っている。考え事をする時に速水が滝川を様々なやり方でおもちゃにするのはいつものことではあるが、そういう行動はいつ更なるいぢめに発展するかもしれないのだ。
 滝川もそのことは当然熟知しているのだろう、硬直してひたすらされるがままになっている。速水の様子をうかがうとかせんのかな、とちらりと思って、抵抗するだけ無駄だってわかってるってことか、とその考えを打ち消した。
「そうでもないんじゃない? まあ、確かにこれだけで犯人を断定することはできないけど。とりあえずの目星はつけられるでしょ?」
 速水に表情を変えることなくあっさり言われ、若宮と滝川は思わず立ち上がった。
「本当かそれは!」
「速水、マジで!? 誰だよ犯人、誰誰誰!?」
「……そんなことは善行さんもとっくのとうにわかってることだと思うけど」
 言われて若宮はばっと善行の方を向いた。ふう、と息をつきつつ、小さくうなずく善行。来須も横で帽子を被りなおす。
 わかってなかったのは俺だけか(滝川は員数外)、と情けないため息を吐き出す若宮――その耳に滝川の悲鳴とも笑声とも突かぬ声が飛び込んできた。
「わは、わは、わははひぃ、わひひひはははひぃっ! はっ、速水っ、悪かったっ、俺が悪かったからっ! そっ、ひひひぃっ、そこ、やめてっ! あひ、あひぃ、俺くすぐられんの駄目なんだよ、ぎゃははははひぃっ!」
「へぇ? 本当に悪かったと思ってるの? 悪いと思うなら素直にお仕置きされるべきじゃない? なにせ君は雇い主に触られている時にいきなり立ち上がって雇い主の指に痛みを与えるという大罪を犯したんだからね。おまけにこんな簡単なこともわからないお馬鹿ちゃんだし」
「わは、わはは、ぎゃはは、ぎゃははははひぃっ、も、そこ、駄目っ、ぎゃははははっ、おねが、お願い、ぎゃはわははひぃっ、もう勘弁してーっ!」
 ……この場合、とにかく速水の部下でないことに心底感謝すべきなんだろうな、と思って若宮はさっきとはまた違うため息をついた。

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