これは、ハム太郎本編とはまったくもってなんの関係もない、二人のロベルト萌えな双子の一日を描いた物語である。 「あ! 見て見て有ちゃん、ロベルトだよ!」 「え!? ウソ、どこどこ!?」 「ほらあそこ、グランド走ってる! 今日はサッカーボール肩に担いでるよ」 「ホントだぁ……!」 ロベルトの隣のクラスの男女の双子、八頭有と八頭洋は昇降口に向かい走ってくる朝のロベルトをうっとりと眺めた。 『………カッコイイよねー………』 「やっぱスタイルいいよねー。足長いし、腰の位置高いし。さすが帰国子女って感じ……すらっとした手足がきびきび動くとこなんてもうサイコーカッコイー……」 「顔だってカッコイイよー。男らしい眉毛に切れ長の瞳。あんな神秘的な緑色に輝いてる目に見つめられたら僕絶対どうにかなっちゃうよー……」 「髪型もいいよね。オレンジ色のつんつん頭がすごくイメージに合っててさぁ、スポーツしてる男! って感じで爽やかだよねー」 「それをさらにグレートにしてるのがあの褐色の肌だよ、やっぱり。健康的でワイルドで、男の魅力を120%全開にしてるって感じー」 『ホント、カッコイー………』 「………ねー、二人ともー。毎日毎日いーっつもロベルト観察しててよく飽きないねー」 二人の友人である女子が呆れた目を向けるが、二人は全く気にした様子を見せない。 「飽きるわけないじゃん、だってこんなにカッコイイんだもん」 「素敵な人は何度見たって素敵なの。あ、校舎入っちゃった……」 「……ほんっとに、どこがいいんだか。あいつ言葉遣いは乱暴だし腹立つことばっかり言うし、そりゃサッカーはうまいけど、同じサッカークラブなら木村くんとかの方がずーっといいじゃない」 脇からもう一人の友達の女子がうかつにもそう漏らす。最初の女子は「バカ!」と言いつつ止めようとするが、時既に遅し、八頭姉弟の瞳がぎらりーんと輝いた。 「どこがいいかだってぇ!? どこもかしこもいいに決まってるでしょーがっ!」 「木村ぁ? あんな外面がいいだけのガキンチョとロベルトを比べないでくれる!? ロベルトはねえ、もう本気でメチャクチャサイコーに男らしくてカッコイイんだからっ!」 「ご、ごめん有ちゃん洋ちゃん、あたしが悪かったってば」 「これはロベルトがいかに素敵か、僕たちとロベルトの出会いから話さなくちゃいけないようだね」 「そう、あれは思い起こせば三ヶ月前、学校の帰り道!」 「あーん、二人とも人の話聞いてよー!」 有と洋は道に座り込んで、泣きそうになっていた。 熊ほどもある(と二人には思えたのだ)大きな犬に吠えかけられて、壁際に追い詰められてしまったのだ。 犬はなにが気に入らないのかほとんど噛み付きそうな距離から何度も吠え立てる。恐怖を誘う低い声、血のような真っ赤な色をした口の中、今にも噛み付いてきそうな鋭い牙。二人はもう怖くて怖くて立つこともできず、必死にお互いにすがりつきながら震えていた。 ―――そこに、声がかかった。 「Sit! Sit Down!」 少年期特有の少しばかりハスキーな、でもやはり高く澄んだ声。 二人の視界は勢いよく走りこんできた、ジャージ姿の細い背中に覆われた。 「お座り! お座り!」 何度も繰り返すその声に、犬の吠え声は少しずつ小さくなり、やがて完全に治まってしまった。 そこにその背中から笑みを含んだ声が発せられる。 「よーしよし、いい子だ……お前、ご主人様はどこだ? はぐれたのか? しょうがないな……すぐご主人様のところに連れてってやるからちょっと待ってろよ」 どうやら自分たちは助かったらしい、と認識した二人は、助けてくれたらしき人におずおずと声をかけようとした。 「あ、あのう……」 が、きちんと言葉を投げかける前に、くるりと振り返ったオレンジ頭で褐色肌の少年は二人をじろりと睨むと呆れたように言った。 「お前らなー、犬に吠えられたくらいで泣いてんなよな。簡単に怯えたそぶり見せるからこいつも引っ込みつかなくなっちゃったんだよ。人間なんだからそれらしくちゃんと対応してやれっつーの」 馬鹿にされた、と思ってかっとなった有は、きっとその少年を睨んで怒鳴った。 「何よ! 人の気も知らないで! あたしたち、ホントに怖かったんだからね! こんなおっきな犬に吠えられて、噛み付かれそうになって! こっちの事情も知らないで、勝手なこと言わないでよ!」 「ゆ、有ちゃん……」 洋が慌てて有を制そうとするが、有はぎっと助けてくれた少年を睨む。が、怒るかと思いきや、少年はにやっと笑った。 「元気いいじゃん。最初っからその調子でいけばいいんだよ」 「え」 「立てるか?」 手を伸ばされ、おずおずとそれにつかまる。順番に二人とも立ち上がらされ、呆然と二人は少年の顔を見つめた。 少年は軽く笑うと、後ろを向いて吠えていた犬の首輪から垂れ下がっていたリードを握った。 「立てるなら送っていく必要はなさそうだな。じゃ、俺こいつのご主人様探さなくちゃならないから」 「ご主人様を……?」 「ああ。こいついかにも散歩の途中、って感じだろ? 多分そう遠くには行ってないと思うんだ。きっとご主人様とはぐれて、不安になってつい吠えかかっちゃったんだろうな。……よし!」 号令と共に立ち上がる大きな犬を見て、二人は思わず目を丸くした。 「なんでそんなにあっさり言うこと聞くの……?」 「こういう犬は相手を信用しさえすれば言うことを聞いてくれるんだよ」 「よく知ってるのね……」 「俺も犬飼ってるからな。じゃ」 そのままあっさり去っていこうとする少年に、二人は慌てて声をかけた。 『ねえ!』 「ん? なんだよ」 見事なユニゾンに振り向く少年。 「あの……」 「ありがとう」 「名前、なんていうの……?」 その声にちょっと驚いたような顔をして、ニコッ、とたまらなく涼やかに、胸がすくように軽やかに、びっくりするぐらい素直な感じで少年は笑った。 「ロベルト。ロベルト高城。……じゃあな!」 そんな惚れ惚れするほど格好いい笑みを残して、少年――ロベルトは犬を連れその場を去っていった。 「その後ろ姿のカッコイイこと! 思わず見惚れちゃったなー」 「わかる? ねえわかる? 助けたのに恩着せがましいこと言うでもなく、さらりと叱るべきことを叱って、なおかつ当然のようにあたしたちを手助けした上犬の飼い主まで探す面倒見のよさ! ちっともいい人がましくないのにすっごいいい人! これが真のいい男ってものよ!」 「わ、わかったから、その話もう十回以上聞いたから……」 「いーや君たちはわかってないっ! ロベルトがどんなに素敵か!」 「あんたたちにはロベルトの素敵エピソードをたっぷり語って聞かせなくちゃダメね!」 『もうやめてぇぇぇっ!』 「……とか言うんですよ、みんな。ほんっとにみんなロベルトの素敵さをわかってないんだから」 「あっはっは、なるほどねー」 ここは保健室。八頭姉弟は体が弱いせいでよくお世話になっている養護教諭の先生と、昼休みまったりお茶をしていた。 居心地がいいせいもあるが、なにより保健室からはグランドがよく見え、ロベルトがサッカーで活躍しているのも丸見えなのだ。一人で練習している時もあるが、そういう時はまた別の観測ポイントを用意してある。 「ほら、見て見て! ロベルトがシュート決めた! あ〜ん、泣きたくなるほどカッコイ〜」 「すごいよね、一人だけ明らかにレベル違うって感じ。ボールコントロールもシュート力も抜群だし。やっぱり毎日あれだけ練習してるんだもんね」 「んふふー、二人はホントにロベルト君が好きなのねー」 『もちろん!』 「だってカッコイイもんねー?」 「顔も言動も運動神経も、もう全部カッコイイのに……なんでみんなロベルトの良さがわかんないのかなー」 「そうねえ、ロベルト君って女子の間では評価が真っ二つに割れてるわね。『カッコイイ!』って意見と『どこがいいの?』って意見と」 二人が耳をぴくぴくとさせて自分の話を傾聴しているのを確認してから、養護教諭の先生は微笑んで言った。 「まああの子とっつきは悪いわね。口が悪いってわけじゃないけどぶっきらぼうだし。遠慮会釈なくずばずば物事言うしね」 「そこがいいんじゃないですかー!」 「まあまあ。……でね、私の見るところ、そういう最初のとっつきの悪さを乗り越えてロベルト君を『イイ!』っていう子は、恋愛願望が強いのね。恋に恋するってだけじゃなくて、本気で恋愛してみたいって気合の入った子はロベルト君に魅力を感じるみたい」 「へぇぇ。じゃああたしもそうなのかな?」 「そうね。洋くんはなんでそこまでロベルト君に心酔するのか、ちょっとよくわかんないけど。洋くんは男の子の方が好きな人なの?」 「違いますっ! 僕はそういう不純な目でロベルトを見てるんじゃなくて……男として、ロベルトに憧れてるんです!」 「ホントにそれだけー?」 「それだけですよっ! ……ていうか、あんなにカッコイイロベルトに憧れない方がおかしいですよ、近くにいて!」 「そうよね、洋ちゃん!」 「そうだよ、有ちゃん!」 「あっロベルト試合終わったみたい……こっち来た、来た、来た!」 「うわぁ見て見てシャツで汗拭いてるー! 男らしーい!」 きゃいきゃいロベルトを見ながら騒ぐ二人を見て、養護教諭の先生は苦笑しながらお茶をすすった。 「はぁ……いつもそうだけど、サッカーやってる時のロベルトはやっぱり一段と輝いてるよね〜」 「ホント、今日も素敵っぷり絶好調。わぁすごいすごい、逆サイドからすごい勢いで駆け上がってロングパスをダイレクトにシュート! もううっとり〜」 二人は叢の陰に隠れながら双眼鏡でサッカークラブで練習するロベルトを見守っていた。恥ずかしくて堂々と近づけない二人は、いつもこうして遠くからこっそりロベルトを観察しているのだ。 はっきり言ってプチストーカー入っているが、二人ともそんなことには全然気づいていない。 「あ、練習終わったみたい。みんなベンチのところに戻ってくる……ぬぁっ!」 「ど、どうしたの有ちゃん!?」 「ロ、ロベルトのそばに、春名裕子がぁ〜ッ!!!」 「……あ、ホントだ。なんか話してる。言い争ってるみたいだね」 春名裕子は二人の間(というか、主に有の中)ではトップレベルの要注意人物としてマークされていた。なぜ名前を知っているかというと調べたからである。 春名裕子はロベルトと同じサッカークラブに所属する木村という優等生の少年が好きらしく、いろいろアプローチをかけているにもかかわらず、やたらとロベルトと絡むことが多いのである。おそらく好意を抱いている女の子からも遠巻きに見守られていることの多いロベルトにとって、最も近しい女子は彼女であろう。 それゆえ有は春名裕子を蛇蝎のごとく忌み嫌っている。他に好きな男がいるにもかかわらずロベルトに近寄るなんて許せん! というわけである。 まあ言ってみれば嫉妬しまくっているわけなのだが、ロベルトの魅力もわからん奴がロベルトにくっついているというのは許しがたい! とロベルトファンとして思ったりもしているらしい。有ほど攻撃的ではないにしろ、そういう思いは洋の中にもある。 「くぅっ、ここからじゃ何を話してるか聞き取れない! 集音機か盗聴機があれば……!」 「あ、お互いそっぽを向いた。春名裕子が友達と一緒に帰っていくよ。なんか決裂したみたいだね」 「よっしゃ! レッド・スネーク・カモンッ!」 「有ちゃん、意味わかんないよ……」 とにかく春名裕子は帰っていき、それと一緒にサッカークラブの面々も帰っていく。だがロベルトは一人残って自手練を開始した。「ここからが俺の練習の本番だぜ」とロベルトは言ったりしているのだが、ロベルトウォッチャーのこの二人にもこれからが本番であった。なにしろ他の誰にも邪魔されず思う存分ロベルトウォッチングを楽しめるのだ。 飛び散る汗! 躍動するしなやかな筋肉! 時折漏れる爽やかな笑顔! これを楽しまずしていつ楽しむ、という勢いで二人は思う存分ロベルトを眺めた(双眼鏡で)。 「あーんこんな風に回りの視線を気にせず一人練習に励むロベルトってば超素敵v なーんてカッコイイんだろー」 「男らしいよねー、周囲の雑音など気にも留めず黙々と自己を高めるその姿。まさしく漢! って感じー」 「……ああんロベルトのサッカーパンツの下からのぞく筋肉のついた太腿眩し〜vvv 褐色の肌に流れる汗がたまんないわ〜vv」 「半袖のユニフォームだからこそ見える上腕二等筋……なんて色気があるんだろう……逞しくて……カッコイイ……v」 二人とも小学生とは思えぬ感想を漏らしながらロベルトの上から下まで余すところなくウォッチングを続ける。しかしロベルトが鈍感なのか二人の偽装工作が巧みなのか、まったく気づかれることなくロベルトは練習を進めた。 と、ふいに。 「あ!」 「あ! あ! あ〜〜〜〜!!!」 ロベルトが暑そうに首を振って汗を飛び散らせたかと思うと、がばっとユニフォームの上を脱いだのだ。 もちろんロベルトは辺りには誰もいないと思ってちょっと脱いだだけで、すぐ替えのユニフォームに着替えようとバッグのところへ歩いていったが、二人の目にはロベルトの裸の上半身がしっかりと焼きついていた。 「………見ちゃった………ばっちりはっきりしっかり見ちゃったよ………」 「あたしも見た………見ちゃった………。………や〜〜〜〜ん、恥ずかし〜〜〜〜!」 思わず転げまわって悶える小学生としてそれはどうかというところまで行ってしまっている双子。 「見た? 見た!? あの逞しくて男らしい体! ちっとも不恰好なところがなくてしなやかでも〜〜〜カッコイイの〜〜〜っ!」 「裸だよ!? 上半身裸! それもこんな誰が見てるかわかんないところで……んもうめちゃくちゃやらしいよね! 男の色気フルバーストって感じ〜〜〜!」 「ホントホント! やらしくてでも健康的でカッコイイの〜〜!! ああ、あたし今日のこと一生忘れないわ!」 「僕もだよ! 心のメモリーに深く深く刻み付けて覚えておくよ! ああ……神様、ありがとう……!!!」 偶然通りかかった老婦人が悶え転がる二人を見つけ、しばし真剣に救急車を呼ぶべきか悩んだが、幸い関わらないでおこうと判断され通報も救急車も呼ばれずに済んだ。 たっぷりロベルトを満喫して満足して二人は家路についた。そしてこんなときでも当然話すのはロベルトのことである。 「はーしかし今日もロベルトはカッコよかったねー……あんなおいしいものまで見てしまったし」 「ホントだねー……僕は今日桃源郷を垣間見たよ……アガルタだよ、常世だよ、蓬莱だよ……」 「なに言ってんのかよくわかんないけど、ともかくもうもうもうほんっと〜〜に! 凄かったよね〜〜〜! たまんないよも〜〜〜〜!」 と言いつつ有が興奮して双眼鏡を振り回す。と、勢い余って双眼鏡が空高く飛び、高い木の枝に引っかかってしまった。 『あ〜〜〜〜〜っ!』 思わず絶叫する姉弟。あの双眼鏡は乏しい貯金をはたいて買った大切なものなのだ。ロベルトウォッチングには欠かせない。 それがなくなったとあってはこれから先のロベルト観察スケジュールに重大な支障をきたすこと必至である。 「洋ちゃん、取ってきて!」 「ええっ、無理だよ、あんな高いところにあるの……足がかりも全然ないし……」 高さとしては五mくらいだろうか。枝としては低い場所にあるのだが、足がかりや手がかりになる低い枝がないので、もっと小さな頃から部屋の中でばかり遊んできた洋が上るにはちょっと難しい。 「じゃああのまんまにしておけっていうの!?」 「そ、そんなこと言ってないだろ。お父さんとかに頼んでさ……」 「お父さん出張から帰ってくるの明後日よ! それまでに誰かに取られちゃうかもしれないじゃない!」 「そんなこと言われても〜〜」 洋は困りきったが、有の気持ちもわかる。ロベルトウォッチングにはあの双眼鏡がどうしても絶対必要不可欠なのだ。でないと遠くから細かい表情をキャッチできないから。 泣きそうになっている有の前で洋が困り果てていると、そこにアンアンッ! という犬の鳴き声が聞こえてきた。 「わ、コラ、サンバ! やめろって……!」 ………サンバ? それはロベルトの愛犬の名前である。 そしてこの声。まさか――― そのまさかであった。何が気に入ったのか有に突進するサンバをリードを引っ張って制止しながら、私服姿のロベルトが現れたのである。 『……………!』 絶句する二人。カーッと体が熱くなってわけがわからなくなってしまう。 心臓はばくばく、頭はガンガン。何か言わなくちゃ、でも何を? と必死に考えるものの空転する思考。 大大大好きなアイドルを目の前にしたファンと全く同じ反応だが、二人にとってロベルトはそういう存在なわけである。 顔を真っ赤にしながら凝視されて、ロベルトは怪訝そうな顔をした。 「なんだよ? 俺の顔になんかついてるか?」 『えっ!? いいえ、なんにもついてません! 全くなんにも!』 双子ならではのユニゾン。ロベルトはちょっと驚いた顔をしたが、すぐに眉をひそめて問う。 「じゃあなんで見てるんだよ? なんか用か?」 『えっ、それはっ、そのっ……』 思わず顔を見合わせる双子。なんか言わなくちゃロベルトに怪しまれる。なんか言わなきゃなんか言わなきゃと必死に考えて、洋の方が先に思いついた。 「えっと、あの、僕たちっ、双眼鏡を木の上に放り投げちゃって!」 「双眼鏡?」 「はっはい。高いところにいっちゃって取れないから、誰か助けてくれる人がいないかなーと通りがかる人をつい見つめちゃって……はは……」 まずい言い訳だ。 洋自身もそう思って言いながらどんどん顔色を悪くしていったし、有も「バカ!」と小声で言いながら洋を小突いている。 だが、ロベルトはちょっと呆れたような視線で二人を見た後、肩をすくめて木の上を見た。 「………あの………?」 「双眼鏡って、あれか? あの一番低い木の枝に引っかかってるやつ」 「そっ、そうです」 ロベルトはサンバの引き綱をひょいと洋に渡した。 「え、ええっ!?」 「ちゃんと持ってろよ」 言うや木にしがみついてするすると登りだす。 一分も経たないうちに双眼鏡のところまでたどりつき、双眼鏡を手に取るとひょいと飛び降り、双眼鏡を突き出した。 「どっちの?」 「あっ、あたしですあたし!」 慌てて双眼鏡を受け取る有。その時かすかに手が触れて、『ああ……ロベルトに触っちゃった……!』とかときめいたりもしていたのだが、そんなことに気づきもせずロベルトはサンバの引き綱を取り返した(洋もちょっと手が触れてときめいた)。 「これでいいだろ。もうんなことすんなよ」 そう言って、ロベルトは二人の間を通り抜けようとする。 ―――瞬間、二人は見事に息をぴったり合わせてロベルトの両腕を掴んでいた。 「おい!?」 ぎょっとするロベルトに、声を合わせて。 『ありがとうございましたっ!』 そう言いつつ思いきり頭を下げる。 ロベルトは困惑の表情で、そんな二人を見た。 二人は顔を真っ赤にしつつ、必死に訴える。 「本当に助かりました。あの、あたし、なんていっていいか……」 「どうも本当にありがとうございます。見ず知らずの僕らのためにあんなこと……」 ロベルトは困惑したまま、頬をかいた。 「そんなこといいから。手、放してくれよ」 『ごっ、ごめんなさいっ!』 二人揃って手を離す。ロベルトははあ、と息をついた。 「……じゃ、俺、行くから」 『あっ、あのっ、何かお礼させてくださいっ!』 「はあ?」 またも見事なユニゾン。ロベルトは困惑の表情をより一層深めた。 「お礼なんていいよ。別に大したことしたわけじゃねーし」 「でも、あたし本当に助かったんです。本当に嬉しかったから、何かお礼させてください! でないと気持ちが治まりません!」 「それにっ、あなたは覚えてないでしょうけど、僕たち前にもあなたに助けてもらったことがあるんです。犬に吠えられてるところを……」 「……ああ、思い出した。お前らあのときの双子か」 『そうですっ!』 顔をこれ以上ないほど真っ赤にしての見事なユニゾン。 「ですから二度も助けていただいたのに何もしないなんて、人としての礼儀に悖ると思うんです!」 「どうかどうかお礼させてくださいっ! お願いしますっ!」 「……………」 『あの……ご迷惑、ですか……?』 泣きそうな顔になっての見事なユニゾン。 ロベルトは困惑顔のまま、肩をすくめた。 「別に……」 『それじゃあ!』 「……そんじゃ、明日のサッカークラブになんか差し入れでも持ってきてくれよ。場所わかるか? サッカー場……」 『はいっ! わかりますっ!』 「……それじゃ、明日な。俺、そろそろ行くから」 去っていくロベルトの背中にえんえんと頭を下げ続け、ロベルトの姿が見えなくなってからさっと二人は真っ赤になった顔を見合わせる。 「………聞いた?」 「………聞いた」 うずうずうず、と体中に広がっていく歓喜に必死に耐え、それが頂点に達した時二人は叫んだ。 『ひゃっほ――――っ!!!』 二人は手を取り合って踊りながら歓声を上げまくる。 「ロベルトと会話しちゃった! 会話しちゃった! おまけに手も触れちゃった!」 「しかもしかもしかも! 約束しちゃったよ約束! 『それじゃ、明日な』だって―――っ! これはもう気合入れまくって差し入れ作らなきゃね!」 「その上その上! ロベルトあたしたちのこと覚えててくれたよ〜! もうあたし泣きそう……ていうか泣いてるよ!」 「あーんもしかしたらもしかしたら! 僕たちの名前とか、覚えてくれるかもしれないよね!?」 『幸せすぎて涙出る〜〜〜!!!』 なんというかいじらしいというか、いじましい二人であるが、とりあえず今日は幸せなようである。 ハム太郎本編とは全く無縁なところで、今後も彼らのバトルは続いていくことだろう。 |