マシンロボレスキュー大隊日誌
 6:30、起床。

『ピピピピピ! 朝、朝、朝ーッ! 起キロ、起キロ、起キローッ!』
 大音響で起床時刻を告げて跳ね回るk-boyに、ベッドの中からもぞもぞと手が伸ばされた。
 しばらく探しているように辺りをさまよった後、ようやく近くに下りてきたk-boyを見つけばしん、と叩いて止める。
 そしてそのままくたあ、と力を抜いてだらーんとベッドの脇に垂れ下がる手。
 そのまま部屋がしーんとすること数分間、バーンと音を立てて部屋の扉が開いた。
「太陽―――――っ! お・き・ろ―――――っ!」
 扉を開けた鈴はずかずかと部屋の中に入ってきて、がばーっと布団を引っぺがした。
「……うるせー……眠いんだから寝かせろよー……」
 そんなことを言いつつベッドの上で丸くなる太陽。
 その姿にぎゅっと眉間に皺を寄せ、ふるふると拳を握り締める鈴。
「毎日毎日言ってるでしょうが……あんたが遅れるとあたしたちも、連帯責任で罰受けるって―――っ!」
 どすっ、と太陽の腹めがけ突きを入れる鈴。その拳はかなり本気が入っている。
「あんたの! せいでっ! あたしたちがっ! 何度! 罰受けたと! 思ってんのよーっ! 少しは考えなさいよこの馬鹿ーっ!」
 がすがすどすどす突きを入れ、胸倉をつかんでがっくんがっくん揺さぶる鈴。
「ほら、とっとと起きなさいよっ! なに白目剥いてんのよあんたはっ!」
「遥くん、そういうやり方じゃ太陽は二度と目覚めなくなる可能性の方が高いよ」
 パジャマ姿のままほとんど気絶している太陽を揺さぶる鈴の手を、鈴の後ろからエースが優しく押さえた。起きてから数分しか経っていないにも関わらずすでに髪型も完璧にセットされているあたり、彼のカッコつけ――というか素敵自分演出っぷりはいつもながら気合いが入っている。
「こいつを起こすには……こうするのが一番さっ!」
「うひゃ! うひゃひゃひゃひゃひゃ!」
 エースはパジャマの裾から手を入れて太陽をくすぐった。脇の下、脇腹、足の裏。ツボを心得たエースのテクニックに太陽は悶絶する。
「どうだ、目が覚めたか?」
「すー……すぴー……」
 かくっ。
 この期に及んでしぶとく眠り続ける太陽に思わずこけるエース。
「駄目じゃん」
 鈴に冷たい目で見つめられ、エースはそれでもふっと笑って髪をかき上げてみせた(必死に虚勢を張っている)。
「まあ、これくらいは予想のうちさ。僕はもちろん次の手も考えてある」
「どんな手よ」
「え、えっと、それはだね……」
「どいてください」
 海がすたすたとエースと鈴の間を通り抜け、太陽のそばに近づいた。太陽の頭の上で、手に持っているものをひっくり返す。
 ばしゃ。
「冷てぇ―――っ!」
 大声で叫んで飛び起きる太陽。エースと鈴はあっけに取られて海を見つめた。
「……お前、何やったんだ?」
「冷蔵庫に入れて冷やしておいた水をかけたんです。ジョッキ一杯分」
『…………』
 エースと鈴は無言で顔を見合わせる。
「海、お前、結構ムチャクチャやるな……」
「これが一番有効な策ですから。今日はベッドのシーツを洗濯する日ですからシーツが濡れてもさして問題はないですし。僕は間違ったことはしてません」
 きっぱりと言い切る海に、エースと鈴は顔を見合わせて溜め息をついた。

 6:45、早朝ランニング。

 レスキュー隊員である太陽たちは、常に高い水準の体力を維持しなければならない。よって技術的訓練の他に、体力づくりも必要不可欠なのだ。熱心な隊員は起床時間を早めて、単独で訓練をしていたりもするが、隊のスケジュールとしてはまずこのランニングから一日が始まる。
「ふわ〜〜ぁ………」
 太陽は走りながら大きく口を開けてあくびをした。体中に突きをかまされ、水をぶっかけられたのにそのダメージを残すどころかまだ眠たがっているあたり、タフな奴ではある。
「太陽くん、大丈夫?」
 隣を走っていた大地がおずおずと声をかけると、太陽は目を擦りながらうなずく。
「大丈夫は大丈夫なんだけどさー……眠ぃんだよなー。んっとに、何でこんな朝早くから訓練しなきゃなんないのかなー」
「スケジュール通りに行動していれば充分な睡眠時間は確保されているはずだろう。お前、また夜更かししたんじゃないだろうな? 曲がりなりにもお前はロボマスターなんだ、自覚が足りないぞ!」
 太陽の少し先を走っていた誠が、聞き咎めてさっそく説教を始める。
「ちゃんと時間通りに寝たってぇ。でもあんだけじゃ足りねぇよー」
「お前はそれでもマシンロボレスキューか! あれだけ睡眠時間があってまだ眠たがっているなんて自堕落すぎるぞ!」
「んなこと言ったって眠いもんは眠いんだからしょうがないだろー。んっとにいっつもやかましー奴だなー」
 などと言いつつ誠の後ろについて、誠の隙をつき走りながら膝カックンする太陽。
「うっ……太陽〜! お前という奴は!」
「うわっ、冗談じゃん! そんなに怒んなよー!」
「コラそこっ! お喋りしとらんで真面目に走らんかっ!」
 宮島教官の雷が落ち、太陽と誠のみならず全員が反射的に首をすくめた。

 7:15、朝食。

 たっぷり運動してお腹を空かせたあとは、食事の時間だ。寮母である大井川さとこの作る食事は和洋折衷の平均的日本人の食卓にのぼる献立がほとんどだが、育ち盛りの少年少女たちに必要な栄養素がバランスよく摂取できるようよく吟味されたもので、味も良好、質、量共に育ち盛りの隊員たちを充分満足させている。
「おばちゃん、おかわり!」
「はいよ、たっぷりお食べ!」
 突き出された茶碗にたっぷりご飯をよそいながら、さとこは微笑んだ。自分の作った食事をみんながおいしく食べてくれる時が、彼女にとっては一番幸せな時なのだ。
 がつがつと飯を食う太陽に、隣で食事していたエースは顔をしかめた。
「おい、太陽。米粒が飛んだぞ米粒が!」
「うっへえふぁ、ほふぁふぁいふぉふぉはひひふるはっへほ!」
「なんだと!? 米粒はベタベタひっつくんだぞ、髪にくっついたらなかなか取れないんだからな!」
「んっく、はぁ。そういうところが細かいんだよエースは。そういうおばさんみたいなことばっか言ってると早く老けるって言うぜー」
「なにを!? この猪突猛進単純馬鹿!」
「なんだと、やるか!?」
「お二人とも、心をお鎮めになってくださいませ……!」
 顔をつき合わせていた二人の間に、珍しく同じテーブルで食事していた小百合が進み出てきた。
「さ……」
「小百合さん……」
「縁あって共に生活する仲間同士ではありませんか。ささいなことでぶつかりあっていては、いざという時の意思疎通に支障をきたさないとも限りませんわ。お二人ともどうか、喧嘩はおやめになってくださいませ……」
 潤んだ瞳で顔を見つめられ、太陽とエースは顔を見合わせた。小百合の瞳うるうるお願い攻撃に耐えられる人間は、少なくともこの小隊にはほとんどいない。
 ばつの悪そうな顔をして、二人とも食事を再開する。
「小百合さんと一緒の席で喧嘩しようってのが甘いのよ、太陽、エース」
 別の席でもりもり食事を平らげている鈴が笑う。
「小百合さんは喧嘩の仲裁はお手の物なんスよ」
「それはなぜに?」
「なんたって仏道に帰依する人っスから。これがホントのおしょうさま(お嬢様)!」
「うまいっ!」
 ショウとケンの即興漫才に、太陽を除く全員がこけた。

 8:00、技能訓練開始。

 三十分ほどの食休みを取ってから、レスキュー隊員としての技能訓練が始まる。ロボマスターとしてマシンロボを操るだけでなく、自分たちも被災地に赴いて救助活動を行うマシンロボレスキューとしては、個々のレスキュー隊員としての能力を磨くために日々の訓練は欠かせない。
 と言ってもマシンロボレスキューは全員まだ発育途中の少年少女ばかり。身体に負担をかけないよう、訓練メニューには細心の注意が払われている。
 だがそんなこと訓練を受ける側にとっては知ったこっちゃなく、やっぱり辛いものは辛かったりする。
「ロープブリッジ渡過、始め!」
『はいっ!』
 宮島教官の声と共に一斉に張り渡されたロープを渡り始める隊員たち。小隊ごとに分かれ、命綱をつけて、訓練とはいえ形式は実戦と同じである。
「頑張れー、誠ー!」
「ふっ、ふっ!」
 ブルーサイレンズの一番手は誠だ。ファイトナチュラルの誠としてはこういう体力勝負はお手の物(頭脳労働が不得手なわけではないのだが)、申し分のないスピードで向こう岸へ進んでいく。
「ショウくん、頑張って!」
「ショウさん、落ち着いて、ファイトでございます!」
「は、はい〜〜、頑張るっス〜……」
 イエローギアーズはショウ。体力面よりメンタル面を買われて入隊したショウには、大の大人でも難しいロープブリッジ渡過はかなりハードだ。ひーこら言いながら、それでも必死にロープを伝う。
 レッドウイングスは太陽。ロボマスターに抜擢されるだけあって、太陽も体力的には同年代の子供たちの中ではずば抜けている。誠に劣らぬハイペースで、高所の恐怖など感じもせず前へ前へと進む。
「太陽、頑張れー!」
「誠に負けんじゃないぞー!」
「おうっ、まーかせとけってぇ!」
 仲間の声援に太陽は手を振って応える……と、当然バランスが危うくなる。
 そこに申し合わせたように突風が吹き、太陽はロープから落っこちた。
「うわわわわ!」
「太陽!」
 だが命綱を付けているので下まで落っこちることはなく(落っこちてもネットが張られているのだが)、太陽は大きく揺られてショウの伝っているロープにぶつかった。
「うひゃあ!」
「太陽くん! ショウくーん!」
 たまらずバランスを崩し同じように落っこちるショウ。落っこちた瞬間手近にあるものを掴もうとして、太陽を掴んでしまった。
 当然二人はくるくる回転しながら振り子の原理で逆方向に揺れ、その結果ロープを伝っていた誠に直撃する。
 そしていかに誠が並外れた体力を誇っていようとも、小学生の体重でこれだけの衝撃を受ければ宙に放り出されるのはまあ当然なわけで――
「うわぁっ!」
「バカ、離せよショウ!」
「頭がぐるぐるするっス〜!」
「太陽お前こそ離せ!」
「掴んでないよ俺はっ!」
 三人の体が絡み合い、ロープもこんがらがってくるくるくるくる宙を舞う。そのくんずほぐれつの三人に、宮島教官の激した声が飛んだ。
「馬鹿もーんっ! 太陽、お前は罰として格納庫の掃除だっ!」
 はあ、と思わず全員が声を揃えて溜め息をついてしまった。

 12:00、昼食。

 何度も休憩を挟みつつ午前の訓練を終えると、昼食タイム。朝食は糖質・炭水化物中心のメニューだったが、昼食はたんぱく質など体を作る栄養素が中心になってくる。
 しかし食べる側のお子様たちはそんなこと気にもせずお喋りしながら飯をぱくつく。
「んっとにさあ、宮島教官もいい加減なにかっちゃ罰掃除言いつけるの勘弁してほしいよな〜」
「お前にはそんなことを言う資格はないっ! 自分の失敗に他人を巻き込んでおいて偉そうに言うなっ! ……まったく、ムチウチになるかと思った」
「ムチウチ? 誠、お前いつからそんな年寄りになったんだよ?」
「……太陽、もしかしてそれリウマチのこと言ってるわけ?」
「………バカ」
「バカとはなんだよバカとはー!」
 たちまちぎゃいぎゃいと大騒ぎになる隊員たちに、さとこは笑った。
「本当に、元気がいいねえ」

 12:30、洗濯。

 毎日というわけではないが(出動があった時などはさとこに代わってもらう)、マシンロボレスキューは洗濯も自分の部屋の掃除も自分たちでやる。
 今日は部屋のベッドのシーツを洗濯する日。洗濯機も大回転だ。
「んもう、このシーツ洗濯したのに染み落ちなーい! なんでー!?」
 アリスが自分のシーツを抱えてぶうぶう言っている。隣でシーツを干していた小百合が、にっこり笑って懐から染み抜きを取り出した。
「ちょっとお貸しになってくださいまし……ぽん、ぽんと……はい、取れましたわ」
「わ! 小百合さん、すっごーい! なんでそんなので染み取れるの? なんでそんなの持ち歩いてるの?」
「汚れた部分に直接溶液を染みこませて汚れを分解するのですわ。持ち歩いていたのは……私、常にこういった有事に備えるよう躾けられておりますので」
「アリス。お前も少しは見習ったらどうだ?」
 横から誠が口を挟む。怒るかと思いきや、アリスはにっこり笑ってみせた。
「そうね、誠が染み抜きを持ち歩くようになったら私も考えるわ」
「……なんでそうなるんだ?」
「男女同権。結婚してもアリスは働くんだから、お婿さんも家事ができる人を見つけるの」
「なっ、なっ、なっ、何を言って―――っ!」
「ふっ、熱いねお二人さん。結婚式には呼んでくれよな」
「なあエース、熱いって何がだ? 今日別に暑くないだろ?」
「……太陽、お前は黙ってろ」

 1:30、マシンロボ指示訓練開始。

 ロボマスターは決まっているとはいえ、いつロボマスターチェンジが起こるかわからない。よってこの訓練も全員で行う。
 といっても、命令するのはほとんどがエイダーロボやドーザーロボのようなサポーターロボだ。マシンロボは高度な判断力を備えているため、長々と指示訓練をしても仕方ないのだ。
 ロボマスターに求められているのは瞬間の判断力、そしてマシンロボと息を合わせること。こればっかりは訓練すれば身につくというものではないため、できるだけ多くの時間をマシンロボと共に過ごさせて、共に生活させることで、いざという時のチームワークを培おうという風に教官たちは考えている。判断力は実戦で磨くしかない。
 罰掃除もそれによってマシンロボとのコミュニケーションをとり、後れを取った者に実戦でより働けるようにさせようという目的があるのである。誰も気づいていないが。
 それはともかく、指示訓練。
「右! 右に回れ!」
「いやん、そっちじゃないわよ。左から回り込んで前に行くの!」
「飛び越えろ! ジャンプだ!」
 荷物を持たせながら障害物をクリアさせていくよく行われる訓練だが、それでもやっぱり簡単にはいかない。進、ケン、太陽はコントロールに四苦八苦している。
「馬鹿もーん! ロボマスターが冷静さを失ってどうする! 常に周りの状況を確認し、最良の方法を導き出せ!」
 いつでもどこでもどんなことでも怒鳴りまくるのは宮島教官の習性なので、もはや誰もさして気に留めてはいないが、すぐそばで大声を出されるとやっぱりうるさい。太陽たちは反射的に耳を押さえた。
 その拍子に太陽の手からk-boyがつるりと滑り落ちる。慌てて拾おうとして屈み、立ち上がろうとした瞬間頭がガツンとケンの尻を突いた。
「………! なっにしやがんだ、よっ!」
 思わず我を忘れて思いっきり太陽を突き飛ばすケン。その先には進がいるので、当然進を巻き込みつつ太陽は倒れる。
「なにすんだよっ、ケン!」
「お前が先にやったんだろうが!」
「僕も巻き添えになったんだよ〜!? それ無視しないでよ」
 ぎゃあぎゃあ口喧嘩を始める三人。当然その間ロボたちへの指示は放りっぱなしだ。
「ば、ば、ば、馬鹿もーん! 訓練中に喧嘩をする奴があるかっ! 罰として三人とも格納庫の掃除だーっ!」
 宮島教官の怒鳴り声が、空しく響いた。

 5:30、入浴。

 一日の訓練を終え、疲れきった子供たちに与えられるのはまず風呂だ。訓練でかいた汗を流してさっぱりして、体力を回復するのである。
 男子と女子、どっちが先に入るかは一日交代と決められていた。今日は男子が先の番だ。
「ぷはっ! きーもちいーいっ♪」
 体を洗い終えて湯船に飛び込み、ちょっとお湯に潜ってから顔を上げてそう叫ぶ太陽。
「太陽! 湯船に飛び込むなと何度言ったらわかるんだ!」
「はいはーいっ」
 即座に注意する誠に軽く答えて、ふんふん鼻歌を歌いながら太陽は湯船に浸かった。
 そうしてしばらくは大人しくしていたのだが、ふと瞳を輝かせて湯船の近くで体を洗っている進と強に近づいた。
「うわ、すっげー! 進と強、もうちんちんに毛生えてるじゃん!」
「なっ……! 太陽っ! 大声ではしたないことを言うなっ!」
 誠の叫びなど気にも留めず、太陽は湯船から上がって進と強の股間を覗き込んだ。体格の割には小ぶりだったが、二人のそこにはしっかりと毛が生えている。
 羞恥に顔を赤らめつつも、ちょっとだけ誇らしげに進と強が言う。
「僕たち、小四の頃にはもう毛が生えてたよ」
「うん。誕生日過ぎたくらいから、ちっちゃな毛が生えてきたんだよね」
「へー、すっげー! そんなに早く生えるもんなんだー」
 ほとんど全員がそっぽを向きながらもこっそり耳をそばだてている――みんな自分と他人との体の違いに興味津々なお年頃なのだ――中、エースがふふんと余裕の笑みを浮かべて口を挟んできた。
「ふっ、お子様だなお前ら。ちょっと毛が生えたぐらいで大騒ぎして。僕なんかそんなのとっくに卒業したぞ」
「なんだよーエース。そんなこと言うならお前のも見せてみろよー」
「ようし、見せてやろうじゃないか。エースに任せなっ!」
 無意味に気合を入れて、エースはばっと立ち上がり股間を覆っていたタオルを取った。
「やめないか、エース! そっ、そんなところ見せるものじゃないだろう!」
 誠の声などまるっきり無視して、太陽はエースの股間をまじまじと見つめる。
「なんだよ、偉そうなこと言っときながら毛生えてないじゃんか」
「なにおぅ!? よく見てみろよく! 金髪だから見えにくいだけだ! ちゃんと生えてるぞ僕は!」
「あ、ホントだ! よく見たら生えてる。エースってここの毛も金髪なんだなー」
「当たり前だろう。それより、先っちょのほうよく見てみろよ」
「先っちょ? ……あ、ちょっとだけ中身が見えてる。なんで?」
「ムケる≠チて言うんだぜっ。大人になるとこういう風に先っちょが剥けて中身が見えるんだって」
「へー、すげー! エースって大人じゃん!」
 こっそりみんな興味津々な話題に誠も含めたほぼ全員がドキドキしながら聞き入っていると、太陽が不意に立ち上がって辺りを見回し始めた。
 悪い予感がして反射的に身を縮めたショウに、太陽は即座に目をつけた。
「ショウ! お前のちんちん、毛生えてる? 見してよ!」
「え、えぇ!? オイラっスか!?」
 悪い予感見事に的中。
「いいじゃんいいじゃん。見せてくれよーちょっとだけだって」
「僕のも見せたんだから、お前だって見せてくれてもいいだろ」
 エースまで加わって迫ってくる。
 そんなこと言ったってあれはそっちが勝手に見せたんじゃないっスか〜、と言いたいがこうも積極的に迫られると言い出しにくい。
 しばしの逡巡の末、結局その場のノリを大切にする芸人根性が勝った。顔を赤らめつつ、そろそろとタオルの端を持ち上げる。
「ちょっとだけっスよv」
 とか言っちゃいながら。
「あ、ショウは生えてないんだ。俺とおんなじ〜」
「でも太陽のよりちょびっと大きいぞ。やっぱ太陽が一番ガキだな」
「ちぇっ、なんだよー。それじゃ、次は……」
 まだやるのか! と戦慄が走る中、太陽はケンと目が合った。ケンはタオルの裾からすらりと真っ白い足を伸ばし、にっこり笑ってみせる。
「……見たい?」
「あ、いや、ケンはいいや。なんとなく」
「ちぇっ、なんだよ。僕の脱いでも凄いところを見せようと思ったのに」
 ケンの言葉にかまわず太陽は周囲を見回し、隅っこのほうですばやく体を洗い終えようとしている大地を見つけてにやっと笑った。
「だ〜いちっ!」
「わぁ!」
 後ろからがばっと抱きつかれ、悲鳴を上げる大地。
「大地〜、ちんちん見せて!」
「や、やだよ! 絶対やだ!」
「いいじゃん、みんな見せたんだし。大地だけ見せないなんて不公平だぞ」
「なんて言われたって絶対嫌だよ! そんな恥ずかしいこと、絶対しないからね!」
「ふっふ〜ん、そういうこと言うか?」
 太陽とエースが顔を見合わせてにやりと笑いあう。大地はびくりと震えて、あとずさった。
「な、なに……?」
「そこまで意固地にされると……」
「余計に見たくなるっ!」
「わ、わぁ! やだっ、やめてよっ、やだやだやだやだーっ!」
 大地も必死に暴れるが、体力面ではこの二人の方が圧倒的に有利。両手両足を押さえつけられて動けなくなってしまった。
 えいっとばかりにタオルを剥ぎ取り、股間を覗き込む。なぜか歌田兄弟やショウケンコンビまで覗きに来て、大地はもう半泣きだ。
「あ、大地毛も生えてないし俺よりちっちゃい! やり、俺の勝ちー!」
「ほーんのちょっとの差だけどな。oの単位だぞ」
「うっさいなー。エースだって大きさなら俺とそんなに変わらないだろ!」
「でも大地体も細っこいから一番子供っぽく見えるねー。色も白いし、なんか女の子みたい」
 頭の上で好き勝手なことを言う仲間たちに、大地は本気で泣きそうになってきた。目にじんわりと涙が滲み、顔がくしゃくしゃに歪んでくる。
 それを察した太陽は、慌てて大地から手を離した。
「わわわ、大地ぃ、泣くなよー」
「………っ、泣いてないよっ」
「泣きそうじゃん。わかったって、俺が悪かったってー」
「うううう〜〜」
 解放されて今度は安堵の涙が出そうになった大地の頭をぽんぽんと叩いて、太陽はきらりと目を輝かせた。
「じゃ、最後の一人は〜〜……誠っ! 誠どこだー?」
 大地の品評会にこっそり耳をそばだてつつ急いで風呂から上がろうとしていた誠は、ぎくりと体を震わせた。
「なっ、なんだ。言っておくが、俺は絶対に見せたりしないぞ。そんなはしたないことできるか!」
「ずっけー。大地も見せたんだぜー、今度はお前の番しかないじゃん」
「そんなの俺には関係ないだろう! 日本男児たるものもっと慎みを持ってだな……」
「……誠くん、そういうこと言うんだ。そうだね、僕がやられてた時も助けてくれなかったもんね……」
「い、いや、そういうことじゃなく……」
「じゃ、どういうことだよ?」
「そ、それは、つまり……」
 言葉に詰まった誠は、ずりずりとあとずさったかと思うとばっと風呂場から逃げ出した。
「あー! 逃げた!」
「追え!」
 全員ほぼ素っ裸のあられもない姿で脱衣所を駆け回る太陽たち。なんとか誠を取り押さえようとするが、誠はファイトナチュラル、いかにこちらが圧倒的多数とはいえそう簡単には取り押さえられない。
 そこに大地の声が飛んだ。
「エースくん、三歩前に進んで手を前に伸ばして! 強くん、後ろを向いて足を出す!」
「へっ?」
「はっ、はいっ!」
 強い調子の声に反射的に従ってしまう二人。そして、その行動は見事に誠の動きを封じてしまっていた。
 後ろから太陽が飛び掛ってくるのを肩で投げた瞬間にエースの伸ばした腕にぶつかり、それをかわそうとしてたたらを踏んだところに強の足が突き出されている、というコンビネーションにたまらず誠はひっくり返った。大地の空間認識能力とコンビネーションの勝利だ。
 すかさず押さえつけられた誠に、太陽たちはにやぁと笑いつつ迫った。勝利者の笑みである。
 敗者であるところの誠は往生際悪く必死に手足をばたつかせていたが、両手両足を歌田兄弟に押さえつけられていてはウェイトの違いでそれこそ手も足も出ない。
「ふっふふ〜ん、手こずらせてくれたな〜、誠〜」
「そんなに見せるのが恥ずかしいってことはあれか? 実はめちゃくちゃちっちゃくて毛も生えてないとか?」
「いざ! ご開帳〜!」
「やめろーっ!」
 ばっ、とタオルを取った瞬間――
「ちょっと男子! うるさいわよっ、早く出なさいよね!」
「何やってるのよ〜、ホントにもう〜」
 と言いつつ女子が強く脱衣所のドアをノックした。
 そして、今日は脱衣所のドアには鍵がかかっておらず、当然結果として――
『…………………』
 数秒間男子と女子の目と目が合った。そして――
『キャ――――っ!』
『わあぁぁぁぁっ!』

 7:00、夕食。

 スポーツ医学の観点から、寮母であるさとこは夕食は基本的に軽めのものを用意する。だが、今日のように怒涛のごとくおかわりされてはその気遣いもまったくの無駄であろう。
「ほんっとに、何考えてんのよあんたたちは。少しは恥じらいってものがないの!? しかも、やるだけならまだしも、それを女の子に見せるなんてどういう脳味噌してんのよ! おかわり!」
 怒り心頭に達したと言う顔でばくばくご飯を食べまくる鈴。
「何言ってんだよ、見せたんじゃなくて勝手に見たんだろ。人のせいにすんなよなっ! おかわり!」
 負けじと同じテーブルでおかわりしまくる太陽。すでにお互い三杯はいっている。
「あそこまで大騒ぎしといて鍵もかけない神経が信じらんないって言ってんのよ! 心配するでしょうが! はぐっ、はぐっ!」
「へーだ、嘘つけ! 鍵がかかってたってあんな勢いで叩いたらドアくらい開くよ。お前ホントは見たかったんじゃないのか? やーい、へんたーい。もぐっ、ぱくっ」
「誰が変態よ! あんたたちこそあんなカッコであんなことするなんて、変態じゃないの!? おかわり!」
「お前の方こそ風呂覗きの変態じゃないかっ! おかわり!」
 お互い一歩も引かぬ勢いで睨み合いながら飯をかっ込む二人。その横ではエースが決まり悪げに頭をかき、海が我関せずでマイペースに食事を口に運んでいる。
 隣のテーブルではアリスが誠を質問攻めにしていた。歌田兄弟は障らぬ神に祟りなしを決め込んでいる。
「ねえねえ、誠。あんな風に脱がされた時どんな感じだった? やっぱり怖かった? それともドキドキとかしちゃった?」
「おっ、おっ、お前は何を言って―――っ!」
「恥ずかしがることないじゃなーい。男の子なら誰でも一度はそういう時期があるってママが言ってたわよ。……で? 変な感じとかしなかった?」
「アリス――――っ!」
 さらにその隣のテーブルでは小百合が大地をおっとりと吊るし上げていた。ショウケンコンビは場を和ませようとショウがギャグをかましケンが突っ込むものの、全て空振りに終わっている。
「大地さん、あなたもあれに参加していらっしゃったんですの?」
「え、いや、その、僕は……」
「私にはどうも、大地さんも一緒になって誠さんを覗き込んでいたように見えたのですけど……見間違いだったのでしょうか?」
「あの、いや、だから、その……」
「なにやら大地さんの叫ぶ声も聞こえましたし。あれはなんだったのでしょうか。ねえ、大地さん?」
「……ごめんなさい……(半泣き)」
 あっちもこっちも大変なマシンロボレスキューの隊員たちを見やって、さとこは苦笑した。
「本当に、毎日この子たちといると退屈しないよ」

 9:30、就寝。

 夕食のあとの自由時間をお喋りしたり遊んだりしてすごしたあとは、寝るだけだ。この時間に絶対寝なければならないというわけではないが、消灯は9:30。明日の訓練に耐え、万一の時にも充分な体力を蓄えるため、どの隊員もこの時間に眠る。
 むろん事故が起こる可能性が高い時などは当直を決めて徹夜したりするわけだが、今日はみんな揃ってお休みである。
 太陽もベッドの中に潜り込み、目を閉じた。
「おやすみ、ボン」
「おやすみ、太陽」
 そんな言葉を交わし、眠りにつく。
 今日は平和な一日だったけど、明日は何が起きるかわからない。
 疲れを癒し明日もまた戦うために、今は、とにかくお休みなさい。

 マシンロボレスキューの日常とは、おおむねこんな感じである。

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