ヘッポコが恋をする方法
「……ヒース兄さん。恋って、どんなものなんですか?」
「はっ?」
 イリーナに(もちろん必要筋力24のプレートメイルとグレートソード装備)そんなことを聞かれて、ヒースはあっけにとられた。
 イリーナはもじもじと頬を赤く染め、手を胸の前で組んだりやめたりしながら上目遣いでこっちの返事を待っている(しつこいようだが必要筋力24のプレートメイルとグレートソード装備で)。
 なんだこの恋する乙女チックなポーズと台詞は、とヒースは内心訝しく思ったが、そこはしゃべくりソーサラー、先に口の方が動いていた。
「はっはっは、なんだイリーナ、お前惚れた男でもできたのか?」
 しかし土木工事と虐殺専用のその腕に抱きしめられたがるような豪気な男はそうそういないと思うぞ、とか続けようとしてヒースは今度こそ呆然とした。
 イリーナがカーッと顔を赤らめて、頬に手を当てたからだ(プレートメイルががっしょんと音を立てた)。
 こいつ、壊れたか!? という失礼な感想を抱いたヒースをイリーナはちょっと潤んだ目で睨み――
 どーんっと思いっきり突き飛ばした。
「何を言ってるんですかっ、もうっ! ヒース兄さんのバカっ!」
 そう言ってがっしょんがっしょんと音を立てながら走り去っていく。
 空き樽の山に頭から突っ込んだヒースはぴくぴくしながら思った。
『あの鋼鉄娘、本気で色気づいたんじゃなかろうな?』

 これだけですめばヒースもこの時の事をあっさり忘れてしまっただろう。
 だが、イリーナはその翌日も変だったのだ。
 窓の外を見つめてはあ、とアンニュイな溜め息をついてみたり夢見るように中空を見つめながら髪の毛を触ってくるくるといじってみたり。筋トレや神に祈りを捧げる時すら気もそぞろで、ひどく思案げな目で考えこみながら辺りをしょっちゅう行ったり来たりする、と今までのイリーナからは考えられない、まるで恋する乙女のようなそぶりをするようになったのだ。
 そんな様子が一週間続くに至って、ヒース、マウナ、エキュー、バスの四人は寄り集まって相談することになった。
 一週間前ぶつけられた質問のことを説明してから、ヒースはぐるりと全員を見まわした。
「どう思う、この話? あの鋼鉄娘が本気で誰かに惚れてると思うか?」
「少なくとも、今のイリーナさん、見た目は恋する乙女だよね。これでもかってくらい定番の」
「……まあ、イリーナも女の子なんだし、浮いた話の一つくらいあってもおかしくないとは思うけど……ねえ?」
「ワタクシ的にはファリスの猛女には清純なイメージを貫き通していただきたいのですがな。先輩聖戦士にほのかな慕情を抱くとかいうのでしたらわりとアリですが」
「バスごめんちょっと黙ってて。あんたに聞いたあたしがバカだった」
「あの武器と正義のことしか考えてないようなイリーナさんが、いきなり恋に我を忘れるなんてどうも納得がいかないってことでしょ、マウナさん?」
「そう、そういうこと」
「じゃああのそぶりは一体なんなんだ」
「バードのたしなみとして恋愛歌もレパートリーにあるワタクシが思いますに、あれは誰かを思って切なさに身悶える乙女以外の何者でもありませんぞ」
 うーん、と考え込む一同。
「……まあなんにしろ、もしあの暴走強力娘が万一色気づいたとしても、惚れた相手に振り向いてもらえるとは思えんからな。あれでも我がパーティのメインウェポンなんだ、落ち込んで命中率がさらに下がったりしたら目もあてられんぞ」
「ヒースあんた失礼すぎ。もしかしたら相手がイリーナを好きになる可能性だって0とは言えないじゃない」
「限りなく0に近いと思うぞ。あんな全身鋼鉄の爆裂筋肉娘を女とみなせる根性のある奴などオーガーかミノタウロスぐらいしかおらん」
「……そうかな? 僕はイリーナさんってけっこう可愛いと思うけど」
「…………は?」
 不意に予想外の台詞をエキューに言われ、ヒースは一瞬あっけにとられた。
「……おい、どうしたんだエキュー? お前はほっそりと美しいエルフ以外には興味がないんじゃなかったのか?」
「もちろん。だからこれは客観的な評価だよ」
「じゃあもっと『どうしたんだ』だ。あの激烈豪腕娘に女らしいかわいげがあると思ってるんだったら、俺はお前の頭の中身を疑うぞ」
「……ふーん。ヒースはイリーナさんにはかわいげがないと思ってるんだ」
「ないだろうが。上から下まで鋼鉄の鎧に身を包み、その抱擁は鋼鉄の処女、挨拶のつもりで軽く肩を叩いて骨を折るような女のどこにかわいげがある」
 呆れたようなヒースの言葉に、エキューは肩をすくめてごく普通の表情で返事をした。
「まあ、確かにあの装備を見たら大抵の男はひくよね」
「だろうが」
「でも、その装備を取っ払ってみれば、イリーナさんってけっこう可愛い顔してるんだよ」
「な……」
 あんぐりと口を開けるヒースにかまわず、マウナが相槌を打った。
「あー、そう言われてみれば、イリーナって顔はけっこう美少女顔かも」
「そうそう、健康的な元気系美少女って感じなんだよね。そういうスポーティな女の子がタイプって奴、けっこういるし」
「し……しかしだな、スポーティっつったって限度ってもんがあるだろうが。あの小娘の体は全身筋肉だぞ、触っても女らしい柔かさとか全然ないぞ」
「ヒース、あんた触ったことあんの? やーらしい」
「アホ! でかくなってからはいっぺんも触ったりしておらんが、わかるだろう普通! あんな常人なら持ち上げることすら不可能なものを軽々振りまわす女だぞ!」
「でもそんなの触ってみなきゃわかんないでしょ。少なくとも見た目は全然筋肉ムキムキって感じしないし」
「そ、そりゃそうだが……」
「それにイリーナさんって鎧脱ぐと実はすごいプロポーションいいんだよね。出るとこ出て引っ込むとこ引っ込んでて。全体的な体のバランスがすごくいいんだ。僕も初めて見た時は驚いたけど」
「う……ぐ……」
 もはや言葉もないヒースに、エキューはたたみかけるように言う。
「性格もちょっと暴走気味なところはあるけど健気で一途だし。世間ずれしてなくて純真だし。鎧を脱いだイリーナさんに潤んだ目で告白されたら、大抵の男は落ちると思うね」
「………………」
「……ま、エルフじゃないから僕は全然興味ないけど」
 そう締め括ったエキューに目もくれず、ヒースはふらふらと店の外へ出て行った。
「女扱いしていなかった幼馴染が実は意外なところで高評価を得ていたことにショックを受けているの図、というところですかな」
「でも、以外。エキューがエルフ以外の女の子を可愛いとか思えたってこともだけど……イリーナのこと、女の子としてそんなに高く評価してたんだ」
「別に、正直なところを述べただけだけど?」
 しれっと答えるエキューに、マウナは好奇心を抑えきれず問いを放った。
「あのさ、もしかして……イリーナのこと好き、とか?」
「まさか。言ったでしょ、僕はエルフ以外には興味がないって」
 そう言ってエキューはくすっと悪戯っぽく笑った。

 ヒースは、ブツブツ言いながら街をうろついていた。
「んなアホな……あの筋肉娘が。あんなクソ重いグレソを軽々振りまわす女だぞ、惚れるか、普通……」
 必死に否定の言葉を連ねてはいるのだが、エキューの言葉にはそれなりに説得力があり、違うと言い切ることはどうしてもできない。
 そのことに自分がダメージを受けているということもなんとなく気にくわず、ヒースは苛立たしげに吐き捨てた。
「だいたいなんで俺があんな無自覚無機物破壊娘の事を考えなくちゃならんのだ、腹立たしい」
 いくら幼馴染だからって。
 いくら昔は『ヒースにいたん、ヒースにいたん』と自分の後ろを無邪気について来てたような奴だからって。
 いくら一緒に遊びに出掛けた帰り道に迷って、泣き出してしまったイリーナを、自分も泣きそうになりながらも必死になだめておぶって帰ったなんて思い出があるからといって。
「……ええい、なにをしょうもないことを思いだしとるんだ俺はっ!」
 消えろ消えろ、とスタッフを振りまわして回想を追い払う。周囲の人から白い視線が浴びせられるが、自分の世界に入りこんでいるヒースは気付きもしない。
「……とにかく! あいつがどんな男に惚れようとそれが成就しようとしまいと俺には一切関係が……」
「ヒース兄さん……」
「どわあぁぁぁっ!!」
 必要以上に力を入れて喋っていたところに声をかけられ、ヒースは文字通り跳び上がった。
 自分をヒース兄さんと呼ぶ奴はこの世に一人しかいない。
 声のした方向をおそるおそる伺ってみると、そこには予想通りイリーナが立っていた。
「……お前、どうしたんだ。その格好……」
 イリーナは鎧を着ていなかった。簡素な神官用の貫頭衣を着けているだけだ。
 そんな格好をしていると本当にごく普通の清楚な街娘に見える。
「……あ、うん、ちょっと……別になんでもないんですけど」
 そう言葉を濁して、イリーナはヒースをじっと見上げた。
「……あの、ヒース兄さん。わたし、ちょっとお話があるんですけど」
「はっ?」
 お話。こいつが、俺に?
 一体、なんの?
 ――鎧を脱いだイリーナさんに潤んだ目で告白されたら――
 ふいにエキューの言葉が蘇って、ヒースはばたばたと手で懸命に目の前を払った。
 なんでそんな言葉が出てくるんだ急に!
 消えろ! 消えろー!
「ヒース兄さん?」
「いやなんでもないぞうんうん話な話。うんうん」
 訝しげな視線を向けるイリーナに、ヒースはこくこくとむやみやたらにうなずいた。
 イリーナも気を取り直したようにうなずき、一歩近付いてまたヒースをじっと見上げた。
 なにか言いたげに口を開けて、また閉じる。もじもじと手を組んでは解く。
 その顔は乙女らしい恥じらいに染まり、瞳はわずかに熱をたたえて潤み
 ――どこからどう見ても恋する乙女のそれだった。
 なんなんだこいつと考えるより先に、ある一つの試案が頭に浮かんできた。
 考えてみれば、こいつの想い人が身近な人である可能性もあるんだよな。
 バスとか(いやいくらなんでもそれはないだろうドワーフだし)。
 エキューとか。
 あるいは――――
 おいちょっと待て何を考えてるんだ俺こんないつまで寝小便してたか覚えてるような奴相手に!
 だがそんなヒースの心境などお構いなく頭はどんどん勝手に初めて出会った時イリーナがめちゃくちゃ無防備に笑ったこととか小さいころしょっちゅう手をつないで遊びに行ったこととかイリーナが『ヒースにいたん、だーいすき!』と言って笑った時のこととかそういうことばかり思い出してしまう。
 うあああ何考えてるんだ俺相手はイリーナだぞイリーナ第一向こうだって俺のことそんな風に思うわけが!
 しかしイリーナはヒースの知らない、初めての恋に恥じらう少女の顔でこっちをすがるように見つめてくる。
 …………かわっ…………
 じゃないじゃないじゃないじゃないっ!
 イリーナはとうとう決心したように両手を胸の前でぎゅっと握り締め(そのせいで胸に目がいってイリーナがエキューの言葉通り見事なプロポーションを持っていることがわかってしまった)ヒースを潤んだ瞳でひたと見つめて言ってきた。
「ヒース兄さん、わたし……」
 なんだなんだ何を言う気だていうか言うな頼むから。
「ヒース兄さんの……」
 言うなー! それ以上言うなー!
 聞いたらもう二度と戻れないところに行ってしまいそうな気がして、だけど聞いてみたい気持ちもあって、混乱したヒースはとにかく子供のようにばたばたと手足をばたつかせる。
 イリーナはゆっくり口を開き――

「研究室に必要筋力24の魔剣があるって聞いたんですけど、それって予約とかできるんですか?」

「……………………は?」
 とてつもなく長い間を作ってのヒースの一言にイリーナは赤面し、なんというか『キャ☆ 言っちゃった、恥ずかしいv』とでも言いたくなるような恥じらいの表情でもじもじと言う。
「わたし神殿の友達からその話を聞いてからもう夜も眠れなくって。はっきり言って今の所持金じゃ魔剣なんて買えっこないってわかってるんですけど、でもでもどうしても欲しくって、今から予約しといて毎日ちょっとずつ積み立てていけばいつかは買えるんじゃないかな……って思って、でもそんなの引く手あまたの魔剣にしてみれば迷惑な話だろうし、悩んで悩んででもせめて言うだけは言ってみようって決めてヒース兄さんを探してたんですけど……やっぱり、ダメですか?」
「…………待て。ちょっと待て。聞くがお前がここ一週間ずーっと何か悩んでるふうだったのは……」
「もちろん、そのことを考えてたからですけど?」
「じゃああの質問はなんなんだあの質問は! 『恋ってどんなものなんですか』っていうあの質問は! 俺はお前がそんなことを言ってきた衝撃で頭がホワイトアウトするかと思ったんだぞ!?」
「恋……? あー、あーあー思い出しました。わたし、その日神殿のお悩み相談窓口で恋愛相談を受けちゃったんです。わたしそういうのまだよくわからないからヒース兄さんに……」
「……………………」
 ヒースは心底脱力し、その場に座り込んだ。
「ヒース兄さん? 座ってないでわたしの質問に答えて下さいよー」
「……言っとくがその魔剣の話は真っ赤なデマだ」
「デマ!?」
「それに、言っとくが必要筋力24の魔剣を買おうと思ったら今の俺達が積みたてられる金額じゃ一生かかっても無理だぞ」
「ええええええええっ!?」
 相当なショックを受けたらしいイリーナに、はーっと溜め息をつきながらヒースは肩をすくめた。
 結局、こいつは昔からなーんも変わらん。
 武器オタクの正義バカ、強力暴走突貫娘のままじゃねえか。深く考えて思いっきり損した。
 ぼやくように思わず言ってしまった。
「お前が惚れたはれたを話題にできるのは、一体いつのことなんだろうな」
「え?」
 その言葉にイリーナはぼっ、と頬を染めて手を頬に当てた。
 その仕草は本当に可愛らしい、恋する乙女のそれでヒースは硬直する――と思ったら空を飛んでいた。
「もうっ、なに言ってるんですかヒース兄さんはっ!」
 ――なんなんだ!? 結局、お前は恋愛感情を持ったことがあるのかないのか!?
 思いっきり突き飛ばされてまた宙を舞いながら、ヒースは心の中で思いっきり絶叫していた。

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