全国大会・後編
「――そろそろだね」
 リョーマが呟く。
「いよいよ、全国の決勝だよ」
「そうだな」
 隼人はうなずく。
 二人は準決勝を勝利で終えてから、ずっと二人でベンチに並んで座っていた。試合前の精神集中――というわけでも実はない。単に疲れていたからちょっと腰を下ろしたらリョーマと並んで同時に腰を下ろしていて、なんとなく動けなかったのだ。
 ――動きたくなかったのかも、しれない。
 自分たちはずっとテニスをしてきた。ずっと向かい合って戦ってきた。
 だからなのだろうか。最近はただ向かい合っているだけで、血が昂ぶる。
 以前のように腹が立つというのではなく。もちろんムカつくことも気が合わないと思うこともあるが、それ以上に。
 この得がたい、絶対に負けたくない相手と出会えたことが、今向かい合えていることが嬉しくて、たまらなく血が滾るから。
 こいつといると、たまらなくテニスがしたくなるのだ。
 隼人とリョーマは一緒に立ち上がった。血は滾っているのに、気持ちはひどく落ち着いている。全国大会前夜、打ち合った時のように。
「ダブルスも、悪くないね」
「な、なんだよ、急に」
 隼人はちょっとどぎまぎした。それってどういう意味だよ。
 だがリョーマはいつも通りの仏頂面で、小憎たらしいほどクールに言った。
「別に。ほら、もたもたしてないで、行くよ」
 ムカつく、と顔をしかめたが、ま、いいかとすぐににやりとした笑顔に表情を変えた。こっちの方がこいつらしくていい。
「リョーマ、必ず勝つぜ?」
「当然。負けるなんて、考えられないね」
 リョーマはちらりとこちらを振り向いて、口の端に小さな笑みを乗せた。
「――お前と、俺なら」
「――ああ」
 お互いがお互いの強さを誰よりも知っているから。
 自分たちは絶対に負けない。そうはっきり言えるのだ。

 全国大会決勝。相手は立海大付属中。
 隼人とリョーマはダブルス1に出場が決まっていた。ダブルス2は黄金ペアだ。その理由は主に相手によった。今回のダブルスは2が仁王と柳生だったが、ダブルス1は真田と切原だったのだ。
 シングルス3は幸村だった。速攻で決着をつけようという意図だと思われた。真田と切原という際物ペアには、こちらも際物をもって対抗すべきだと竜崎は結論したのだ。
 こちらのシングルス3は海堂。幸村に敗れた。だがダブルス2はこちらが取っている。ここでダブルスを取ればこちらが一気に有利だ。
 決勝戦のコートで、隼人とリョーマは真田・切原ペアと向かい合った。
「一年生コンビねぇ。……お話にならねぇな。15分で――潰してやるよ」
「関東大会での勝利が仮初のものだったと教えてやろう。王者の裾に触れるには――お前たちは青すぎるわ!」
 関東大会で負けたくせに思いきり上の立場で偉そうに言ってくる立海大ペア。かなりカチンときたが、この程度の毒舌で参っていてはリョーマとはつきあえない。
「関東大会でもそーいう風にこっち見下してて負けたんスよね、俺らに。ま、見下してなくても負けてたでしょうけど」
「んだと……?」
「ぐだぐだ言ってないでかかってきなよ――アンタら倒して、優勝するから。ま、一回勝った奴が相手だから新鮮味はないけどね」
「貴様……言ってくれるな」
 真田と切原が揃って凄まじい目でこちらを睨む。隼人とリョーマも揃って睨み返した。リョーマの偉そうな口ぶりが、最高に耳に心地よい。
 こんな奴らに負けるほど、自分たちのテニスはやわじゃないのだ。
「青学っ、青学!」
「立海大、立海大!」
 ギャラリーから歓声が沸き起こる中、審判が告げた。
「青学赤月、トゥサーブ!」

 隼人の放ったサーブはほとんど弾まないまま立海大コートを駆け抜けた。
「隼サーブ……ますます切れが増してきているな」
 乾がノートを取りながら呟く。天野と巴はじめ、他のレギュラー陣もうなずいた。
「弾まないサーブですもん、普通取れないですよ!」
「……だが、同系統の技である跡部のタンホイザーサーブは越前によって破られた」
「う……で、でも、はやくんには跡部さんにはないものが……」
「なに? 跡部になくて隼人にあるものって」
「うー……えっとえっと……あ、泥臭くてなりふり構わない根性があります! たぶん! はやくんけっこう意地汚いですし!」
「モエりん〜……それテニスに関係ないよ」
「……赤月には跡部にはない生命力がある……それは確かだ。だが、向こうも伊達に王者と呼ばれているわけではない」
 手塚が厳しい目でコートを見つめながら告げる。
「相手の攻撃力にどこまで食い下がれるか……それが勝負の決め所になるだろう」

「……これが隼サーブ、ねぇ……」
 スプリットステップで軽く跳ねながら、切原は呟く。
「や〜なサーブ。けどなぁ……」
「フッ!」
 隼人が天高くからサーブを打ち下ろしてくる――
「俺たちは……その程度の小技で止められるほど甘かねぇんだよッ!」
 ボールを見つめ、切原は深く息を吸い込んだ。

「切原の目が……!」
「出したか……無我の境地」

 全力で打った隼サーブを、すくい上げるように返されて隼人は舌打ちした。だがその程度のことは予想済みだ。
 ラインギリギリ、逆クロスにロブを返す。切原は当然のように追いつき、真田のグランドスマッシュ――風林火山の火≠ナ返してきた。
 そういうショットは得意分野だ。ストロングショットでさらに痛烈なショットを返す。
 前衛の真田が走りこんでスマッシュを放った。目が輝いている、すでに無我の境地に入っているのだろう。あれは――
「破滅への輪舞曲=I」
「っ!」
 もろに受けて隼人はラケットを取り落とした。そこに真田の痛烈なショットが放たれ――
「――甘いよ」
 リョーマのラケットがそのボールを返した。返されたスマッシュは地面を猛烈な勢いで走り抜ける――COOLドライブだ。
「ゲーム、1−0!」
 わっと観客席が沸く。
「悪いけど、こいつの穴は俺がカバーするから」
「……ってちょっと待てリョーマ! なんで俺が穴なんだよ!」
 オーラを立ち上らせながらビッとラケットを真田に突きつけて偉そうに宣言するリョーマに、隼人は当然噛みついた。
「実際穴じゃん。今も抜かれそうになってたし。あの程度の球で」
「ざけんな! 速攻でラケット拾って返してたに決まってんだろ!」
「いるよね。できもしないことをさもできたかのように言う奴」
「ぁんだと、コラ!? 常時その状態のリョーマに言われたかねぇぞ!?」
「青学ペア、早く所定の位置につきなさい!」
『……スンマセン』
 揃って審判に頭を下げる。真田はその老け顔を苦々しげに歪め、切原はくくっと笑った。
「たわけが」
「そんな調子で俺たちと試合になるつもりかよ?」

「ほんっとに、あいつらはもう……どうしていつもああなんだ」
 胃を押さえながら言う大石に、不二が笑顔でぽんと肩を叩いた。
「大丈夫。あれが彼らのやり方なんだよ。ああしてじゃれあうことでどんどん互いのテンションを高めていく」
「不二……」
「ああ、見ていろ。……あいつらはどんどん強くなっていくぞ」

 ゲーム、3−3。リョーマのサーブ。
 リョーマはすでに無我状態に入っている。不二の消えるサーブを放った。
 真田が風林火山の山≠ナ返す。――そのボールは吸い込まれるようにリョーマの手元に向かった。
「手塚ゾーン!?」
 リョーマの強烈な気迫を感じる。無我の境地の極みに達さんとするほどの気の流れ。――体が震える。
 引きこまれる。その圧倒的なまでのオーラに、吸い寄せられそうになる。
 冗談じゃない、引き込み返してやる。だって俺とあいつは一方的に引きずられるだけの関係じゃない。
 ずっと戦ってきた――ライバルなんだから!
 すぅっと隼人は息を吐く。リョーマに向かう気の流れに逆らいはしない。ただ――自分なりの呼吸で体中の気力を震わせる。
 リョーマの気が伝わってくる。目の前で続くラリーで、嫌でも感じる。
 隼人はボールを見た。リョーマだから、わかる。意図してにしろしないでにしろ、このあと何発で流れが隼人に向かうか。
 自分はそれを、自分の力で引き込むのだ――
 ――すぅっと、体が軽くなった。
 真田が回転を見切ったか、逆サイドに返す――その球を隼人は飛び上がってのスマッシュで返した。
 真田も切原も、反応できない死角を衝いた超速度のスマッシュで。

「あれは……新技!?」
「赤月。無我の境地に至ったか……」
 手塚の静かな呟きに、沸いた青学応援席はさらに沸いた。
「え、だ、だってあんな技、誰も使ってないっスよ!?」
「無我の境地は単に技をコピーするだけではない……その更なる高みは、これまでに見てきた技、叩き込まれた経験の中から瞬時に新たな技を作り出すことも可能にする」
「……そこまでの高みに、隼人が達したっていうんスか」
「赤月が、ではない。――越前と赤月が、だ」

 心臓の鼓動が、伝わってくる。
 合宿で黄金ペアと試合した時と同じ、いいやそれよりもっと、リョーマを近くに感じる。世界にあるのは自分とリョーマ。そしてボール。それだけ。
 リョーマの呼吸を感じる。互いに互いが感じているものが、次にどう動くかもすべてわかる。
 リョーマが――隼人が――返ってきたショットをスマッシュで――ロブ――フォア――パス――ドライブ――
 ――エース!
『はぁぁぁぁっ!!』

「越前と赤月は、同調することによって互いの波長を凄まじい速度で高めあっている。互いにまったく違うプレイスタイル、けれど根幹で共通する奴らのテニス。それが共鳴し、共振し、相手の力を引き出し、一人では昇りつめられない高みへと手を届かせているのだ」
「それが……あいつらのダブルス」
「同調することによって達する無我の境地の極み……双手双絶の極み≠ニでも名付けるべきか」
「よく半年で、しかもろくにダブルス経験のない状態でここまでの極みに……」
「俺たちだって同調はできるけどあんなことまでできないのに……」
「……少し、違うと思います」
 ざわめく青学レギュラー陣の間で、巴は一人、静かに言った。
「どういうことだい、モエりん?」
「……はやくん――お兄ちゃんと、リョーマくんは。この半年ずっと。ううんもっと前から。お父さんたちのを通して、お父さんたちの代から――」
 どこか切なげに、それでもやはり嬉しげに、巴は呟いた。
「お互いをずっと、見つめてきたんだから」

「うおおおおっ! 立海大は……負けんっ!!」
 誰かが遠くで叫んだような気がした。でも、そんなことどうでもいい。
 ボールが迫ってくる――だったら返す。リョーマに、隼人に、返して繋げる。
 もっと、もっと早く、高く、鋭く強く、どこまでもどこまでも――
『はぁっ!!!』
 ガキンッ! と音がして、二つのラケットが触れ合った。
「え!?」
「!?」
 はっと我に返った気がした。急速に現実感が戻ってくる。同時に凄まじいまでの疲労感が体を襲った。
「………………」
「………………」
 なにがなんだかわからないままにお互いを見つめる。今まで感じたことのないほどの高揚感はまだ体に残っている。だが夢から覚めた時のように、ぽかんとした気持ちだった。
「ゲーム、6−4……青学!」
「へ!?」
「…………」
『うぉぉぉーっ!』
「すごい、すごいよ二人ともーっ!」
「最後は二人一緒のショットなんて気が利いてるぜ!」
「え……は?」
「…………」
 まだなにがなんだかわからないが、向こうのコートで真田と切原ががっくりと膝をついているのを見て、なんとなく察した。
「……勝った……みたい、だな」
「……だね」
「……よっしゃぁ! 勝ったぜ!」
「……ああ。そうだな」
「…………」
「…………」
 はしゃいでみてもしょうがない。
 隼人は、リョーマを見つめた。リョーマも、隼人を見つめる。
「……あのさ、リョーマ」
「………なに」
 なんて言おう? お互い頑張ったよな? まぁ当然だよな? 俺たち超強ぇじゃん? なんだかどれもそぐわないような――
 迷って悩んで、ようやく口から出てきたのは。
「……たのしかった、よな」
 なんて一言だった。
 リョーマはちょっと意表を衝かれたように黙り込んで、それから珍しいことに、ちょっと笑って。
「まぁね」
 と言ったのだった。

 その後、シングルス2で不二が柳を破り、青学は全国優勝を決めた。
 ミクスドでも小鷹と巴が勝利を飾り、青学の総合優勝が決まった。

「いや〜、全国優勝だってね。ほんと、オジさんも鼻が高いよ! おめでとう、部長さん」
「ありがとうございます。これもみな、日頃からのご支援、ご協力のおかげです。今日もこうして祝勝会を開かせていただきまして、本当に感謝しています」
「いいってことよ! オジさん、青学テニス部の、その……なんだ……さぼ、さぼ……さぼった?」
「親父……もしかして、サポーターのこと?」
「そうそう、それよ! オジさん、そいつだからよ! これからも、ずーっと、ウチで祝勝会やっておくれよ! 隆が卒業したって、ここ、かわむらすしは、青学テニス部の御用達よ!」
「そこまでご厚意に甘えるわけには……」
「遠慮なんて、するもんじゃないよ。オジさんだって、楽しくやってるんだ」
「はい……ありがとうございます」
 そんな会話が聞こえてくる。隼人は心地よい疲労感に酔いながら、獣のような目で目の前の寿司を見つめていた。
 悲願の全国優勝。一敗もせずに達成できた勝利。それの報酬分というわけではないが、今日は思いきり遠慮せず食べまくるつもりだった。
「……みんな、乾杯のお茶は持ったかな? それじゃあ、乾杯なんだけど、その前に、少し話がある」
 大石が立ち上がって、ざわめいている青学テニス部員たちを見渡し、静かに言う。
「みんな知ってると思うけど、俺たち3年生は、この全国大会で引退だ。今後の青学は、二年生と一年生の手にゆだねることになる」
 ――しん、と周囲は静まり返った。
 隼人は思ってもみないことを言われたような気分だった。言われてみればその通りで、三年の先輩たちは全国大会が終われば引退するのは当然だ。
 だが、隼人にしてみれば、ほとんど寝耳に水のような気分だった。――せっかく全国で勝って、これからもっともっとお互いを高めあおうという気分でいたのに。
「10月には、新人戦。さらに来年の3月には全日本Jr選抜もある。これまでどおり、全国を目標に頑張っていってほしい」
 大石は少し潤んだ瞳でそう言うと、目元を拭って湯飲みを高々と上げた。
「じゃあみんな、いいかな? 全国大会優勝を祝して、乾杯ーっ!」
『……カンパーイ!』
 いっせいにざわめきが戻ってきて、宴会が始まった。
 隼人も少し固まったが、結局寿司を気合を入れて食べ始めた。なんといっても腹が減っているのだ。
「はやくん、一気に口に入れすぎ! もっと味わって食べなよ」
「うるひぇふぁ。ふぁらふぇっへふんはほ」
「隼人くん、今日は頑張ったもんね」
「んぐっ、ふ。お前らだって頑張っただろ」
「隼人ー! お前ホントすっげぇよ! もーサイコー!」
「うわ、堀尾! お前酔ってんじゃねぇだろうな!?」
 それぞれ席を固定せず、先輩や同輩の間を移り変わりながら寿司を食べている。そんな中、隼人は同じ席、一番隅の席に座って食べ続けていた。
 なんとなく、みんなと一緒に騒ぐ気にはなれなかったのだ。まだ実感がない。気持ちとしてはまだあの時の高揚感、そして我に返った時の夢から覚めたような気持ちを引きずっている。
 やったぜ、という気持ちはもちろんあって、浮かれ騒ぐ桃城や荒井たち、それに同調する天野たちに誘われればそれなりに乗りもするのだが。
 あの瞬間の気持ちは、本当に、全国優勝したことよりもたまらなく――
「ここ、いい?」
 その言葉を、心のどこかで待っていた気がする。
「……うん」
 うなずいた隼人の隣に、リョーマは座った。
 しばらく並んで無言で寿司を食い、ふいにリョーマがぽつりと言う。
「……悪くなかったよ。今日のお前」
「……そっか」
 リョーマも言葉を選んでいるのがわかった。だからといってその言葉が適当だというわけでもないが。
「いつもこうだったら、いいんだけど」
「……いつもこうだって」
「ふーん、そう? ま、そういうことにしておいてもいいけど」
 この野郎。
 本当に褒めに来たのか喧嘩を売りにきたのかわからない。隼人はぶすっとしながら穴子を口の中に入れた。
「……この調子で、頑張ってよね」
「お、おう……」
 ……そういうことを言いたいのではない。いや、そうではない、それも間違ってはいないのだが。それだけでは、足りない――
「……でも、早いもんだな。青学に入って半年か……」
 また妙な方向から話を振ってきたな、と思いながら隼人はとりあえず相槌を打った。
「……おう、そうだな」
「学内でも、大会でも、いろいろな相手を倒せて、なかなか楽しかったな」
「たしかに、そうだな」
 隼人はこの半年のことを思い返した。ひたすらテニス、テニス、テニスの日々。毎日が強敵との戦いだった。
「都大会、関東、全国と強敵には不足しなかったからな。それに青学には、俺という強力なライバルもいるしな。な、リョーマ?」
 本音を冗談っぽく付け加えると、リョーマはかんぱちを食べ終わってから肩をすくめる。
「まだまだだね」
「ぁんだと、コラ!?」
「ライバルっていうんだったら、もっと練習、したほうがいいんじゃない?」
「それはこっちの台詞だ! 言っとくけど試合の勝率はイーブンなんだからな!」
「違うね。俺の方が一個勝ちが多い」
「んだと!? 同じだっつったら同じだ!」
「記憶捏造しないでくれる?」
「それはこっちの台詞だ」
 ぎろりと目をぎらつかせて睨み合い――すぐに互いに目を逸らした。お互いこういうことが話したいわけではないことはわかっているはずなのに。どうしてこうなっちまうんだろう?
 お互いしばし沈黙する。堀尾が興奮したのかうっきょーと叫ぶのが聞こえた。
 お互い言葉を探し、どう言い出すか迷い――先に口を開いたのは、リョーマだった。
「……三年の先輩たちはこれで引退だけど、別に俺たちはこれで終わりじゃないから」
「……ああ、そうだな」
 そうだ、その通りだ。自分たちはこれで終わりじゃない。まだまだ戦いは、続くのだ。
「新人戦、Jr選抜……それ以降の試合も、全部勝つからな」
「おう、もちろんだぜ!」
「ま、足を引っ張らないようにね」
「んだと!? それはこっちの台詞だ。お前には、絶対負けねぇからな!」
「ふーん。じゃあ、楽しみにしてる」
 そんなことを言い合って、それから二人はそれぞれ別の先輩のところにお喋りに行った。自分たちの戦いはまだまだ続くとはいえ、三年の先輩たちと一緒に戦うのはこれが最後だ。それはやっぱり寂しいし、ひとつの時代が終わったという感じがする。別れを惜しんだって別に悪くはないはずだ。
「不二先輩、俺、不二先輩の天才っぷり後世に語り伝えていきますよ!」
「フフ……ありがとう。でも、僕も君の試合をずっと見てこれたことは全国大会優勝と同じように嬉しいことだったんだよ」
「え……や、やだなぁ、おだてないでくださいよ! 俺だって不二先輩の試合ずっと見れたこと、すっげー勉強になりましたから!」
「ホントですよ不二先輩、私たち不二先輩の開眼時の恐怖とプレッシャーのおかげでどんな試合のプレッシャーにも動じなくなったんですから!」
「そう? それは褒められてると思うべきなのかな」
「巴……お前な……」
「もちろん疑う余地なく褒めてますよ!」
 そう、これはひとつの時代の終わり。
「大石先輩……菊丸先輩……お二人には本当に、ダブルスの先輩として、すごく勉強させてもらいました。本当に本当に、ありがとうございます!」
「いや、天野。俺たちもお前のひたむきさから学ぶことは多かった。それにお前っていう存在がいるから、青学のダブルスプレイヤーの後継に悩まなくてすんだんだしな」
「え、そ、そんな……」
「そーそー、それにきーくんの作る料理すっげーうまかったし! 何度か差し入れしてくれた分でお礼なんてチャラチャラ! 今度会う時はどっか遊びにいこーよなっ、桃も誘ってさっ」
「え、は、はい!」
「菊丸先輩、受験あんのにそーいうこと言っていいんスかぁ?」
「あー! はやぽん生意気だぞっ! そーいうこと言う奴には脇腹コチョコチョの刑だっ、ホレホレ」
「ぶはっ! ぎゃはっ、ぶふっ、やっめてくださいよー!」
 寂しくて切ない、別れの瞬間。
「乾センパーイ、これで長年の乾汁シリーズともお別れっスね! いや〜残念だな〜」
「心配するな、隼人。俺の後継の堀尾に、きっちりと乾汁の伝統は受け継がせておくぞ」
「げ……マジっスか!?」
「……墓穴じゃん」
「はやくんのトンチキチーン!」
「俺のせいかよ!?」
 でも、新しい始まりの前夜でもあるはずだから。
「タカさん……これからは寿司職人の修行の始まりですね! 頑張ってください!」
「ありがとう、モエりん。一人前への道は遠いけど、頑張るよ」
「大丈夫ですよ河村先輩、河村先輩はおいしいものを食べさせようっていう情熱があるでしょう? きっと上達も早いはずです」
「そうだね、天野、ありがとう」
「そうそう、バーニングがあれば料理だってオールオッケーっすよ! ファイトっス!」
「ありがとう、はや……(ラケットに手が触れて)……バーニ――――ング!! 俺はベリーストロングな寿司職人の道を究めるぜっ!」
 だから、まだ、少しも終わりじゃない。
「……手塚部長。これまで、どーもっス」
「……越前」
「……ま、部長ならどこ行っても平気でやってけると思うんで。頑張ってください」
「……ああ。ありがとう」
「……ね、那美ちゃん、いい?」
「うん。……手塚部長!」
「? どうした、赤月、小鷹」
「えっとですねー、今日の全国優勝は、やはりなんといっても手塚部長の力があってこそだと思うので! これまで私たち青学テニス部の柱となってくれた感謝の気持ちをこめて!」
「花束を、贈ります。……ご迷惑かも、しれませんけど……」
「……………………」
「あ、あの、部長……やっぱ、怒っちゃいました?」
「……いや………」
「大丈夫だよ巴ちゃん、那美ちゃん。手塚部長はただ照れてるだけなんだから」
「……そーなんスか、手塚部長?」
「………天野………」
「あーっ、困った顔してる〜。……ホントに?」
「あはは、手塚部長、かっわいーv」
「…………赤月…………」
「や、やだなー手塚部長、軽い冗談じゃないですか〜。そんなに怒らないで、ねっ? 手塚部長は笑った方がカワイイですよ?」
「……………………」
「………巴〜」
「え、え、私のせい!?」
「………みんな。宴の途中で悪いが、聞いてくれ」
「へ?」
「な、なんスか?」
「……悲願だった全国優勝を果たすことができたのは、皆の絶え間ない努力と勝とうという執念のおかげだ。よく、信じてついてきてくれた。……本当に、ありがとう」
『……………………』
『手塚部長〜!』
 あの高揚感を味わう機会は、もっとちゃんと、深く触れ合う機会は、これからいくらだってあるはずだから。
 そんな風にして、隼人とリョーマは自分を納得させ、祝勝会を終えたのだった。

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