全国大会が終わり、三年の先輩たちが引退して二週間―― 青学テニス部の面々は、今日も練習に明け暮れていた。 「でぇぃっ!」 「このぉっ!」 並んで塗り分けられたボールを同色のポールに当て、隼人と巴は手を打ち合わせた。 「よっしゃ、今日も連続百球命中達成〜っ!」 「私たちってばさっすが全国大会優勝しただけあるよねっ!」 その頭にがつがつ、と軽くだが鉄拳が落とされる。 「調子に乗ってんじゃねぇよ赤月's。お前らは三年の先輩たちがいた頃からのレギュラーだろうが、そのくらいできて当然だっつーの」 「……ってぇーっ!」 「桃ちゃん部長、はやくんはともかく女の子の頭に鉄拳落とすなんて男としてどうかと思いますっ!」 手塚の指名で部長となった桃城は、赤月'sの抗議の視線を気にもせず軽く笑う。 「バーカ、曲がりなりにもテニスプレイヤーなら男女で差別しちゃいけねぇだろぉ? 俺は部長としてお前らの成長のため心を鬼にしてだなぁ」 「でも桃ちゃん先輩那美ちゃんは殴らないじゃないですか」 「バ、バッカそりゃお前、小鷹は真面目だし謙虚だし……」 「ちっちゃくて可愛いし?」 「コラからかうんじゃねーよ巴っ!」 「……桃先輩……そうなんですか?」 「い、いや天野、俺ぁ別に、小鷹を特別扱いしてるわけじゃなくてだなぁ……」 「うわ、言い訳くさーい」 「慌てるとこが怪しいっスね」 「巴、隼人っ!」 「……ていうか、たかが百球で調子乗りすぎ」 隼人の横を通り過ぎながら冷たくそう言ったリョーマに、隼人は当然即座に噛みついた。 「んだとリョーマっ! 俺だってやろうと思えば二百球ぐらいいけるっつの、しょーがねーだろボールの数には限りってもんがあんだから!」 「……ふーん。俺は三百球はいけるけど」 「むっ、俺は四百球はいけるぜ!」 「……五百球」 「むむむ〜……!」 「………………」 「……てめぇら、なに遊んでやがるっ! グラウンド十周してこい!」 「わ! 海堂先輩、ごめんなさい〜!」 三年の先輩がいなくなり、しばらくはどこか欠けたような、物寂しい気持ちがつきまとっていたのだが。 巴が、天野が、桃城が海堂が小鷹が――そして、リョーマがいる。それは今までと変わらない。 寂しいは寂しい。少し物足りないような気分はある。でもそれはどうしようもないことだから。 桃城を部長とした一、二年だけの新しい日常を、青学テニス部は築き始めていた。 「……というわけで、青学優位と言いたいところだけど、氷帝だけは、要注意だぜ? なにしろ、部員数は200人を越えるんだから。とにかく、選手の層が違うんだ」 練習と片付けを終えて部室に入ってきた隼人たちの前で堀尾たちがお喋りしている。ふと興味を引かれた隼人は、囲みの中に顔を突き出した。 「よう、堀尾。なんの話してるんだ?」 「なにって、聞いてなかったのか? 新人戦でも青学の最大のライバルは氷帝だって話だよ!」 「……氷帝ねぇ」 隼人は少し考えた。確かに氷帝は強敵揃いではある。あそこには二年レギュラーが三人もいるし。 「でも不動峰もけっこう侮りがたいんじゃないかな。あそこ二年ばっかりでしょ?」 天野がふいに話しに加わってきた。てきぱきと着替えをしながら軽く言う。 「バッカ、不動峰は要の橘さんを欠いてるんだぞ!? こっちのが有利に決まってるじゃんかよ。なぁ越前?」 「どうでもいい。当たれば勝つだけだし」 「ま、そうだな。当たれば勝つだけだな」 軽くうなずいて隼人も着替え始めた。実際その通りではあるのだ。 「お前らなぁっ、話の流れを読めよ話の流れを! 今そういうこと話してるんじゃないだろー!?」 「悪ぃ悪ぃ。……けどさ、堀尾がムキになったってしょーがねーじゃん。堀尾出れねーだろ?」 「なっ……お前なーっ、青学テニス部の勝利のため日々努力する俺に対してそういうことを言うかーっ!」 「事実じゃん」 「越前ーっ!」 「隼人くん、リョーマくん! そういう風な言い方よくないよ。テニス部員みんなで頑張って、いろんなところでフォローしてもらってるからレギュラーだって試合で頑張れるわけでしょ?」 「う……悪ぃ」 「……はいはい」 「くぉらリョーマっ、てめぇ真面目に騎一の話聞いてんのかっ!」 「お前と違って耳も頭も正常だからちゃんと聞いてるよ」 「ぁんだと、コラ!?」 「もう! 二人とも喧嘩しない!」 「……へーい」 「……了解」 「ったく、お前らはぁ……そうだ、これだけそろってるし、ちょうどいい。罪滅ぼしに、付き合え!」 「付き合えって……どこに?」 全員思わず首を傾げると、堀尾は自信満々に胸を張った。 「決まってんだろ? これから氷帝の偵察に行くんだよ。なにしろ俺は、乾先輩の後継者と言われる、青学のデータマンだからな!」 「……そう、頑張ってね」 勝郎がさらりと言う。 「おい、頑張ってねって、他人事みたいに言うなよ! お前らも一緒に……」 「あ、ごめん……。僕、もうヘトヘトだから……」 「えーっ、なんだよ、それ? ……カツオ、お前は行くよな?」 「ごめん……僕もやめておくよ」 「ちぇ、なんだよ、お前ら。それでも、青学の一員か? ……隼人、騎一、越前! お前は、俺と一緒に偵察行くよな?」 「まぁ、堀尾がどうしてもっていうなら、一緒に行ってみてもいいぜ」 それに氷帝といえば、鳥取の怪我がどうなったかも気になる。一応連絡先を知ってはいるが、女の子に改めて電話をかけるというのも照れくさくてつい先延ばしにしていたのだ。ちょうどいい機会かもしれない。 「お、やっぱ話せるな! お前なら万一の時も頼りになりそうだし」 嬉しげな顔になる堀尾。天野はその隣で、笑って肩をすくめた。 「俺もつきあってもいいけど、それほど役には立たないと思うよ。俺、テニス知識って並みだし」 「いいんだよ、大勢の方が心強いだろ! あとは……」 堀尾は無言で着替えるリョーマに向き直る。抱きつくように絡んでねだるように言った。 「越前〜、お前ももちろん行くよな?」 「やだ。めんどくさい」 予想通りの答え。隼人は肩をすくめたが、堀尾はそうは思わなかったらしく絡むのをやめない。 「なんだよ〜、付き合い悪ぃなぁ。行こうぜ〜、お前だって氷帝の戦力気になるだろ〜?」 「別に」 「なんだよっ、お前新人戦勝ち進みたくないのかよっ」 「別に。わざわざ見に行かなくても、勝つし」 「越前〜!」 天野は着替えながらそんな二人を笑って見ていたが、ふいにあ、と口を開いて言った。 「そういえば、巴ちゃんが今日氷帝に寄るって言ってたな。跡部さんにケーキおごってやるって誘われたんだっけ? ついでに一緒に行かない?」 『………………はぁ?』 隼人とリョーマは思わず声を揃えていた。そんな話、聞いてない。 「おい待てよ騎一。お前どーしてそんな話知ってるわけ?」 「え? 朋ちゃんたちと一緒に昼休み巴ちゃんとお喋りして、その時に」 「だからお前はどーして普通に女子に混じってお喋りできんだっつーの……」 「……それ、ホントなわけ? 俺全然聞いてないんだけど」 「本当だと思うよ? 今日聞いたばっかりだし」 「……………………ふ〜ん………………」 リョーマはくるりと堀尾に向き直って言った。 「いいよ。別に、一緒に行っても」 「お! そーかそーか、越前も青学の勝利のために貢献したいかっ!」 「……別にそんなことしなくても貢献はするけどね」 隼人は小さく唇を尖らせて、リョーマを見た。リョーマの奴、なんなんだよ、急に。 リョーマも隼人を見返す。しばしじっと見つめあう。相手の瞳が自分に向けられているのを実感する―― そしてたぶん同時になにを見つめあってるんだと恥ずかしくなり同時に目を逸らした。 リョーマの奴がなにを考えてるのかはよくわからないけど。とりあえず、一緒に行くのは嫌じゃない。 「気をつけてね」 「別に、危ないことはねぇだろ? 前人未到のジャングルへ行く探検隊じゃねぇんだし……」 「そうかな? 見つかったりしたら、怒られるんじゃない?」 「そうなのか? ま、いいや。行くんなら、とっとと行こうぜ?」 「あ、ああ」 「う〜ん、やっぱ緊張するよな……。コートはどこかな?」 隼人、リョーマ、騎一に堀尾、それに巴と小鷹まで加えてぞろぞろと氷帝の校内を歩く。ブレザーの群れの中で学ランセーラー服の隼人たちはかなり目立ったが、あえて無視してすたすたと歩いた。 「あっちじゃねぇか? ……ってか、どーでもいいけどめちゃくちゃでかいガッコだなー……」 校門から校舎から敷地から、すべてがやたらめったらでかくてゴージャスだ。 「氷帝ってお金持ちだそうだからねー。あの跡部さんが通ってる学校だし」 「それはいえるよねー。あの人が林間学校とかで古いバンガローとかに泊まってたら笑えるもん」 「モエりん、それを言っちゃあまずいんじゃ……」 「どうでもいいけど、行くんならさっさと行くよ」 「あ、おい待てよ越前!」 などと騒ぎながらコートのある方向へと向かう。コートもその周りの観客席も、おそろしく馬鹿広かった。 「ん? なんだか、コートのところでもめてるみたいだぜ」 「へえ……?」 堀尾が面白がるような声音で言った言葉に、全員そちらの方を注視する――とたん、隼人と巴は目を見開いた。 そこにいたのは、氷帝テニス部員たちの前でやりあう、鳥取ナヲミと氷帝テニス部コーチだったからだ。 「……とにかく、もう一度、チャンスをくださいっ!」 鳥取は可愛らしい顔を苦しげに歪めて、必死にコーチにすがるようにして話しかける。その小さな体が興奮でか恐怖でか震えているのを感じ、隼人の胸はつきんと痛んだ。 「氷帝のやり方は知っているだろう? 一度破れた者に、チャンスなどない」 「で、でも、いまの試合で、先輩にも勝ちました。氷帝女子の中では、これで私がナンバー1です」 「そうだな。お前に負けたアイツも、レギュラーからはずす。とにかく、一度負けた者に用はない。たとえそれが誰であろうとな」 「そ、そんな!」 「そもそもお前は、故障で戦列を離れた段階で、特待生の剥奪が決定している。氷帝の生徒でいられるのも今月限りだ。無論、部に立ち入る資格はない。立ち去れ」 「私は、もう完治しました! 実力だって、試合のとおりです。もう一度……もう一度チャンスを!」 「くどい……」 『……………………』 隼人はぷっちーん、と我慢の緒が切れるのを感じた。 ずいっと一歩前に出る。隣で巴が、同様に一歩を踏み出すのがわかった。 お互いの怒りの感情が高ぶっているのを感じる。ほとんど生まれた時から一緒なのだ、それぐらいわかる。 自分たちは今、最高に頭にきているのだ! 「おい、リョーマ、騎一、堀尾、小鷹」 「ちょっとここで待ってて」 「……なにする気?」 『ちょっと言ってくる!』 「お、おい、やめとけって! 他校のことに、口出しなんて」 『他校もなにも、関係ねぇ(ない)よ!』 だっと二人揃って駆け出す。その感触は懐かしいとすら言えそうなほど身に馴染んでいた。幼稚園より前から、遊ぶ時、喧嘩する時、学校に行く時食事する時、いつも共にあった感触。 いつもそばにいる相手と、走る感触―― これがあれば氷帝のコーチだろうと誰だろうと、負けやしない! 『こらーっ! 待て待て待て待てーい!』 「えっ!? 隼人くん、巴さん……」 驚いたような顔をする鳥取に揃ってにかっと笑いかけ、コーチに向き直る。 「……なんだ、お前らは?」 「ただの通りすがりだ! さっきから聞いてりゃ……」 「完治したんだから、試合に出してあげれば、いいじゃない!」 「鳥取さんがどれだけ頑張って故障治したか知ってんのか!?」 「テニスできない子に自分の時間割いて教えちゃうくらい優しくていい人なんだからね!」 「そんな人をたった一回の故障で放り出すってのかよ!」 「そんなんじゃ氷帝の行く先も知れたもんって感じ! ダメダメね!」 「おい……この部外者をつまみ出せ。鳥取もだ」 うるさげに髪をかきあげてそう言うコーチに、隼人と巴は揃って喚いた。 「なんだよ、都合が悪いモンだから、話もしないで追い出す気かよ! 上等だ、やってみろ!」 「他人に任せて逃げ出すなんてサイテー! タイマンできなさいよオジサン!」 「聞こえんのか? おい、樺地!」 樺地さんに言ってたのかっ、と隼人と巴はいつの間にか鳥取のそばに来ていた樺地を見やる。確かにあの人が出てきたら自分たちなどあっさり追い出されてしまうだろう。 ――だけど! 『樺地さん!』 「…………」 「樺地さん、言ってたっスよね! いや口に出しては言ってなかったけど!」 「鳥取さんを助けてあげたいって! だったら……!」 「……樺地、この部外者たちをつまみ出せ」 「…………」 樺地は無言でたたずんでいる。いつも通りの無表情だったが、何度か一緒に練習をしたり子供たちにテニスを教えたりして交流のある二人には、樺地がこれ以上なく困っているのが見て取れた。 「そういうことか。お前までこいつに肩入れして、レギュラーからはずされたいのか?」 「か、樺地くん!」 「………てめぇ!」 「樺地さん………!」 コーチを睨みながらも、必死に樺地を見つめる。樺地にレギュラーの座を犠牲にして鳥取を助けろとは言えないが―― こんなの絶対に間違ってる! ――だきゅんっ! 強烈なショットがコーチの足元に打ち込まれ、顔のギリギリを通り過ぎて跳ねた。なんだ!? と思って振り向くと―― そこに立っていたのは、リョーマだった。 『リョーマ(くん)!?』 「……なんのつもりだ」 「どうでもいいけど。一回でも負けたらレギュラー落とすんだって?」 「………ああ」 「それだったら、別にそんなことでレギュラー落とさなくてもいいじゃん。――氷帝の層の厚いテニス部員とやら、全員でかかってきなよ。全員負かせて、レギュラーいなくしてあげるからさ」 「な……」 隼人と巴はにやりと笑った。さっすが、俺(私)たちとずーっと一緒にいるだけのことはある。 「そーだよなー、第一負けたっつーんだったら関東大会で樺地さん俺に負けたし? 日吉さんだってダブルスで負けたし? レギュラーいねーよなー?」 「たった一度の負けでレギュラー外すなんて馬鹿なことやってるコーチの学校のテニス部員になんか、私たち束になっても負けないもんね!」 「……貴様ら……」 「……申し訳ないですけど、俺たちも、それに協力させてもらいます」 「騎一、小鷹!」 天野と小鷹がすっと自分たちの隣に立つ。 「こういうことは問題だってわかってますけど、でも」 「俺たち、強いテニスプレイヤーがむざむざ試合に出れないのを見過ごすなんて、できないんです」 きっと全員揃ってコーチを睨む。 「言っとくけど俺ら、めちゃくちゃ強いぜ。伊達に全国優勝したわけじゃないかんなっ」 「特に、スポ根の熱い絆で結ばれた強敵≠ニ書いてとも≠ニ読む人のピンチにはね!」 「他校のやり方に口出すのは間違ってるとは思いますけど、でも」 「明らかに間違ってるやり方で強いテニスプレイヤーを干すのを、黙って見てるのは嫌ですから」 「さぁ、どうするの?」 「…………」 樺地もどこか決意を秘めた表情でコーチを見る。鳥取はおろおろしつつも、必死の想いをこめてコーチを見つめていた。氷帝テニス部員たちは固唾を呑んでその様子を見つめている(鳳や日吉も)。コーチは厳しい顔でこちらを睨んでくる―― 「――ったく、他校に入り込んでわざわざ騒ぎを起こすとは、暇な奴らだな、アーン?」 そこに王子様かなにかのように堂々と現れたのは―― 『跡部さんっ!?』 「……サル山の大将」 「フン」 全国大会でリョーマに刈られて坊主になった髪もだいぶ伸びてきている。跡部はターンを決めるかのような華麗な動きでコーチに向き合い、鳥取に向かって言った。 「おい、鳥取。お前は、ヒジを壊して特待生の資格を奪われた。テニス部の人間じゃなくなったんだよな?」 「は、はい、そうです……。で、でも!」 「そして、ヒジが完治したから、再びテニス部に入部届けを出し、俺がそれを受け取った……。そうだな?」 「え?」 「そうだな、鳥取?」 強引な論理展開。だがおそらくはその迫力に気圧されて、鳥取はうなずいた。 「は……はい」 「そういうことです、監督。そこにいるヤツは、新入部員です。そいつはまだ、負けてはいない」 毅い瞳でコーチを見つめて言う跡部に、コーチは沈黙する。 「…………」 「……俺からも、お願いします」 「……勝手にしろ」 「あ、ありがとうございます!」 「……ウス」 「……っしゃぁ!」 「やったぁ!」 踵を返すコーチのあとを追うように、氷帝の部員たちがいっせいに歓声を上げる。隼人たちも当然歓声を上げていた。リョーマはしれっとした顔でラケットをもてあそんでいたが。 「言っとくけど、二度目はねーぞ?」 ブレザーの高そうな制服で鳥取に向けてさらりとそう言う跡部に笑顔でぺこりと礼をすると、隼人と巴はだっと鳥取のそばに駆け寄った。 「鳥取さんっ! 良かったっスね!」 「これで新人戦に出れますよ!」 「うん……ありがとう。二人には、お父さんのことといい、助けてもらってばっかりだよ」 涙ぐんだ目でたまらなく嬉しそうな笑顔でそう言われ、隼人はめいっぱい泡を食って首を振った。なんだか顔が赤い気がする(隼人にはこういう女の子らしい女の子に対する免疫があんまりない)。 「いやいやいや! 当然のことをしただけっスよ!」 「……なに慌ててんの、隼人」 「なっ、慌ててねぇよ!」 「鳥取さん、新人戦で、また対戦しましょうね! 今度はお互い全開で!」 「うん!」 「……なるほどな。鳥取にスポーツドクターを紹介したのも、お前らか?」 「えっ!? あっ、そうっスけど」 「フン……ライバルに塩を送るとは、お人よしな奴らだ」 「えー、だってライバルのいないスポ根ものなんて印籠のない水戸黄門みたいなもので……」 「別に特別なことじゃないと思います。そりゃ、隼人くんも巴ちゃんも優しいけど、真っ当なテニスプレイヤーだったら、元気な相手と戦いたいって思うのが普通でしょ?」 「………フン」 「弱いのを倒しても面白くないでしょ。そのくらいはこの二人でもわかってるから」 『どういう意味(だ)!?』 「――とりあえず、礼を言っておこう。鳥取は、貴重な戦力だからな」 「……ウス」 「いやぁ……」 照れくさくなって頭をかく。そこに跡部がごく自然な口調で続けた。 「……ところで、通りすがりのはずはねぇよな? 偵察か?」 「あ、はい! そうっス!」 「バカか、お前は」 「あ………」 「……はやくんのバカ」 「……山ザルってホント、脳味噌までサルだね」 「ぁんだと、コラ!?」 「おい、樺地、スパイだ。つまみ出せ」 「……ウス」 近づいてくる樺地に、隼人は焦った笑みを浮かべ、走り出す。 「え、え〜っと……さよならっ。じゃあ、鳥取さんも、頑張って!」 「うん!」 大きく手を振る鳥取にたまらなく照れくさい気持ちになりながら、隼人は駆けた。あとから仲間たちもついてくる。 氷帝の敷地の外まで駆け抜けて、隼人はようやく息をついた。 「っは〜っ……焦ったー。いや〜、それにしても、鳥取さんのヒジ、完治してよかったぜ。親父も意外とやるもんだな」 「当ったり前じゃない、お父さんだもん。はやくん、鳥取さんに治ったかどうか聞かなかったの?」 「う……だって、そーいうのって改めて聞きにくいじゃんか」 「ああ、確かにね……」 「えー、そう? 私けっこうよくメール交換するからそういうこと話すよ?」 「ばっ、男が女の子とチャラチャラメール交換なんてできるか!」 「はやくん、ふっるーい」 「確かに、少し時代遅れかもね〜」 「なっ、小鷹まで……そりゃ、俺だって鳥取さんの怪我の具合は気になってたけどさ……」 「…………………帰るよ」 『は?』 ふいに凄まじく不機嫌な声を出したリョーマに、赤月'sは困惑の声を上げる。だがリョーマはそんなことなど気にも留めずぐいぐいと二人の体を引っ張った。 「ちょ、リョーマくん? 私跡部さんと約束あるから、これから待ち合わせ場所行かなきゃなんだけど」 「リョーマ、なにそんな怒ってんだよ?」 「いいから。さっさと帰るよ」 「帰るよったって……」 「三人とも、待ってよ!」 「なにもそんなに急ぐこと……って、そうだ。堀尾くんは?」 『あ』 全員思わず声を揃えてしまった。はるか遠くで氷帝生徒に囲まれて『みんなどこ行ったんだよー!』と泣きべそをかく、堀尾の声が聞こえた気がした。 |