新人戦〜誕生日
「それでは、青学テニス部の新人戦勝利を祝して、乾杯ーっ!」
『カンパーイ!』
 もはや毎度お馴染みとなった歓声がかわむらすしに響いた。
 新人戦の結果は、いくつか黒星はついたものの男子、ミクスド部門共に優勝という大勝利。新生青学の滑り出しとしては、まず問題のないスタートといえた。
 かわむらすしの親父さんも大笑いのしっぱなしだ。なにが面白いのかはよくわからないが。
「そうかい、そうかい、そりゃ良かった! あ…………えっと、そっちの彼らは……?」
「荒井将史っス」
「池田雅也です」
「あぁ、そうか、そうか。ドンドン食ってくれよ、赤井くんと井桁くん!」
「……荒井っス」
「……池田です」
 あまりの扱いの軽さに、隼人は思わずぷっと吹き出した。こういうのはやられると悔しいが、人がやられるのを見てる分には非常に面白い。
「影薄いんスかね、荒井先輩たち?」
「うっせぇ!」
「ハッハッハ! いや、でも、ほんとご苦労さん。新レギュラーも頼もしいし、青学テニス部は安泰だ!」
「そ、そんな、頼もしいだなんて俺なんて、まだまだ……」
 照れながらもその気になってにやつく荒井に、隼人はシビアに突っ込みを入れた。
「……っスね。唯一の黒星っスから」
「ぐっ……それは、お前、組合わせの運ってヤツで……」
「あれ? 自分で、まだまだって言ってたクセに〜」
 尻馬に乗ってさらに突っ込む巴に、荒井は渋面になった。
「……うっせぇ女だな」
「私は全勝してますからね〜」
「うぐっ……」
 珍しいな、巴が実力をひけらかすようなことを言うのは。そう思いつつはまちをぱくりとやって、思い出した。氷帝はミクスドが決勝まで出てこれず、巴は鳥取さんと戦えなかったのだ。
 だから、少し不完全燃焼なのだろう。荒井先輩は爪とぎ用の板か、成仏してください。そう思いつつ今度はまぐろをぱくりとやった。荒井先輩なら少しいじめられてちょうどくらいだろう。
「二人とも、そんなに荒井をいじめるなよ」
「あ、タカさん!」
 出てきた河村は、白いねじり鉢巻も眩しい寿司屋ルックだった。こうしてみると河村は非常に『寿司屋の息子』という表現が似つかわしい。
「お、来たか」
「うん……じゃなくて、はい、親方」
「タカさん! その格好は……」
「うん。テニス部も引退したし、寿司職人の修行を少しだけ始めたんだ」
「まだ握らせるには十年早いんだが、今日はたくさん食べてもらわねぇといけねぇ。隆にも、手伝ってもらうから、みんなはジャンジャン注文してくれよ」
「へえ……」
「タカさん、その格好、似合ってますよ!」
「そ、そうかい?」
「タカさんのお寿司、食べたいっス!」
「いや、親父……じゃなかった、親方も言ったとおり、握るのはまだまだ早いからね」
「そ、そうっスか……残念っス」
「そうだな……握りは無理だけど、巻物くらいなら」
「じゃあ、巻物をお願いします! なににしようかな……」
「あ、そうだ! タカさん、わさび寿司作ってください! ほら、不二先輩がよく食べてた……」
「えっ、お前も? いいよ、ちょっと待ってね」
 隼人は思わずほくそ笑んだ。面白いことを思いついたのだ。
「さ、できたよ」
「ありがとうございます!」
「食べたいものがあったら、どんどん言ってね」
「うっす!」
 隼人はわさび寿司を持って立ち上がった。これをリョーマに食わせてやろうと思ったのだ。
 どこにいるかと店内を見渡して、見つけた。リョーマは手にゲタを持って、なにかを探すように視線を彷徨わせていたのだ。それとちょうど目が合った。
「おーい、リョーマ!」
 声を上げると、リョーマも自分に近づいてきた。二人揃ってすぐそばの椅子に座る。
「ここにいたんだ?」
「お、おう。リョーマ、この寿司を……」
「今日は、よくやってたよね。感心したよ」
「お、おう……」
 隼人は内心仰天していた。どうしたんだ、こいつ?
「頑張ったからおなかすいてるんじゃない? ほら、お寿司」
「な、なんだよ、急に。気持ち悪ぃな……」
 そう言いつつも正直、悪い気はしない。全国大会の時駆け上った、これ以上ないほどの高みを思い出す。リョーマとこんな風に仲良く話をするなんて、ほとんどないことだから、なんとなく嬉しいのだ。
 別に、リョーマと仲良くしたいわけじゃないけれど。自分にとってこいつが何者にも代え難い存在だというのは、よくわかっているから。
「別に……。頑張ってたから、見直しただけだよ。ほら、食べさせてあげるから、口、開けて」
「い、いいよ。恥ずかしいから、自分で食うよ」
 持っていたゲタの上の巻物を持ってすぅっと伸ばしてきた手に、隼人はなんだかどぎまぎとしながら巻物を受け取った。リョーマの手はごつごつと大きかったけれどしなやかで、巴の手を思い出させて、だからというわけじゃないと思うがなんだか無性に照れくさい。
「そう? そういえば、さっき話をさえぎっちゃったけど、なに?」
「い、いや……俺の用はもういいんだ」
「そう」
 わさび寿司を食わせてやろうという目論見はさすがに捨てていた。こんな風に親切にされていながら意地悪をするほど隼人は根性曲がりではない。隼人だってそれなりに空気を読む能力も持っているのだ。
「ほら、早く食べたら?」
「おう! う〜ん、なかなかうまそうな巻物だな。どれどれ……」
 ……ぱくっ。もぐもぐ……
「……ん〜っ!!」
「あれ? そのわさび寿司、さっき越前に頼まれたやつかい?」
「そうっス」
「自分でもわさび寿司頼んでたし、隼人は、本当にわさび寿司が好きなんだな」
「んん〜っ! んんん〜っ!!」
「顔真っ赤にして喜んでますよ。よっぽど好きなんスね」
「ほんとだな、涙まで浮かべて。そんなに慌てなくても、まだまだあるぜ?」
「んん〜っ! んんん〜っ!!」
 隼人は鼻を押さえながら七転八倒した。天野が敏感に気配を察してお茶を差し出してくれなければもっと長い間七転八倒していたかもしれない。
 ……覚えてろよ。
 そうこっそり誓ってリョーマを睨みつけたが、リョーマは涼しい顔で無視し、隼人の腹を煮えくり返らせた。

「でもさ、はやくんちょうどいい誕生日の記念になったよね。これで負けてたら誕生日が台無しになってたとこだったよ!」
『え?』
 目を見開く周囲に、隼人は少し驚いて目をぱちくりさせた。なんで驚くんだ、みんな?
「おい待てよ。隼人、お前って今日が誕生日なのか?」
「え、あ、はい、そうっス、十月十二日」
「……聞いてないんだけど」
「言ってねぇもん」
「だったら言ってよ! 先に言っておいてくれればバースディケーキぐらいプレゼントしたのに」
「う、それはちっと心惹かれるもんがあるな……つかさ、俺の中で十月十二日が誕生日って意識、あんまねーんだよ」
「なんで?」
「昔っから十月十八日にパーティしてたから。プレゼントとかも全部その日」
「………なんで?」
「巴の誕生日が十月二十四日なんだよ。近いだろ? そんなに毎日パーティなんかやってられるかってんで、親父が手抜きして真ん中の日に祝うことになってんの」
「もー、はやくん! いいじゃない、一緒に誕生日祝えるんだから。真ん中バースディってお洒落だし、なんていうか……ソウルがあるでしょ!?」
「なんだよソウルって」
 周囲はじゃれ合う従兄妹たちをしばし呆れたように眺めていたが、やがてそれぞれ微笑んだ。
「ま、お前らがそう言うんならいいか。じゃ、十八日になったらなんかプレゼントしてやるよ」
「俺、二人にケーキ焼くね」
「まぁ、ボールくらいなら買ってやってもいいぜ」
「……誕生日だからって浮かれてんじゃねぇぞ」
 ただ一人、リョーマだけは、なぜかひどく不機嫌そうな顔つきを崩さなかったのだけれど。

 十月十八日。土曜日。
 今日は自分たちの誕生日パーティをする日である。巴は張り切って今日のために材料を買い揃えていたし(巴の作る料理はまだ和食がほとんどなのだが)、菜々子や南次郎たちも協力してくれるといっていた。京四郎もきっと今日のためにプレゼントを郵送してきてくれるだろう。あのキツネ親父は巴の誕生日プレゼントは欠かしたことがないのだから。
 天野はバースディケーキを焼いてきてくれたし(昼飯の時に皆で食った)、今日の帰りに先輩たちがテニス用品を買ってくれるという。別に誕生日だからといって喜ぶ年でもないが、こういうのはやっぱり悪くない。
 それぞれの用事で席を外した仲間たちがどんなプレゼントをしてくれるのか、ぼーっと考えながら部活が始まるまでの昼寝を楽しんでいると――
「……え〜、今から名前を呼んだ者はテニス部部室に来るように。越前リョーマ、小鷹那美、天野騎一、桃城武、海堂薫、それから……赤月隼人に赤月巴。いいかい、大至急だ。すぐに来るんだよ?」
「はっ!?」
 思わず反射的に立ち上がってしまった。なんだそのメンバーは?
「なんだよー隼人、怒られるようなことなんかしたのかー?」
「してねぇよ!」
 堀尾に怒鳴り返して、隼人は首を傾げた。なんの用事だろう、いったい。
 なにかの理由で怒られるというのならここまで大人数になるのも真面目な天野や小鷹も一緒だというのはおかしい。テニス部関係の用事だというのが一番ありそうだが、このテニス部メインレギュラーメンバーにいったいなんの用事があるのか?
 とりあえず急がなければならない。隼人はテニス部部室へと走った。
「……ちゅーす」
「遅かったね? もうみんな揃ってるよ」
「す、すみません」
 竜崎の言う通り、すでに他のメンバーは全員揃っていた。巴ですら息は荒かったがすでにいる。ちょっと面白くなかったが頭を下げた。
「で、いったいなんの用っスか?」
「まずは……桃城、海堂、越前、小鷹、天野。あんたたち五人、全日本Jr選抜に選ばれたよ。選考委員の満場一致でね」
「ほ、本当ですか!?」
 天野が歓声を上げる。確かにテニス部の一年には夢のような話だろう。隼人も他人事ながら瞳が輝いてしまった。巴も歓声を上げている。
「こんなことでウソを言うもんか。十六歳以下の代表として、お前さんたちは選ばれたんだよ」
「すごいじゃないっスか! へえ〜、Jr選抜かぁ……」
「じゃあ、他の先輩もノミネートされたんじゃないですか?」
「ああ、他の奴らも全員ノミネートされているよ。三年の奴らには早めに話しておいたんだ、受験で忙しいだろうからね」
「なるほど〜……あ、ところで、俺たちには、なんの用っスか?」
「あ、そういえば私たちの用事なにか聞いてない」
「お前さんたちの用も、同じだよ」
『へっ?』
「選考委員の選考とは別に、全国大会優勝校の監督推薦枠ってのがあるのさ。で、その枠にお前さんたちを推そうかと思ってる。男子と女子、それぞれの枠にね」
 赤月'sは一瞬固まって、それから大声で快哉を叫んだ。
「マ、マジっスか!? よっしゃあ! やったぜ〜っ!」
「え、えーっ!? わ、私ってばすごいっ! いつの間にか竜崎先生に認められるほどの実力を……!」
 揃って騒ぐ赤月'sに、竜崎は顔をしかめて言う。
「あんまり浮かれるんじゃないよ。あんたらの今後の態度次第じゃ、推薦を取り消すからね」
「う、うっす……」
「気をつけます……」
「一年中浮かれてるようなもんだからね、赤月たちは。ここで取り消してもらった方がいいんじゃない? 手間もかからないし、恥もかかなくて済む」
「ぁんだと、コラ!?」
「リョーマくん喧嘩売ってるの!? 言い値で買うよ!」
「三人とも、いいかげんにおし。揃って、辞退させるよ」
 しばし睨みあって、隼人とリョーマはふんっと視線を逸らした。何度も何度も自覚しているが、こいつは性格も言動もほんっとーにムカつく。
「……あの、先生?」
「なんだい?」
「さっきの、三年の先輩の話……手塚先輩が入ってなかったような。なにか理由があるんですか?」
「まさか、この間の試合で、どこか痛めたとか……!」
 天野と小鷹が口々に言う。そういえば手塚の話が出ていない。
「その件についても、話さなきゃならないね。実は……手塚は日本を離れることになったんだ。海の向こう、アメリカへテニス留学さ」
『ええっ!?』
 一瞬驚いたが、そのあとにはもしかしたらその方がいいのかもと思えてきた。手塚部長にはこの国は狭すぎるのかもしれないという気もしたし。
「しかも驚いたことに、山吹の亜久津も一緒だそうだよ。まあ、本気でテニスに取り組むならあいつも相当な器の持ち主だからね。向こうでもまれて、一回りもふた回りも大きくなって帰ってくるだろうよ」
「あれ? アイツ、テニスやめたんじゃなかったっけ?」
「ああ、アタシもそう聞いてたんだけどね。なにか心境の変化があったんだろうさ。悪いことじゃあないけどね」
 亜久津も留学か、と一瞬拳を握り締めた。テニスを再開したのは知っていたが、そこまで本気で取り組もうとしてくれていたと思うと、心の中で猛るものがある。
「再来週の日曜にはこっちを発つことになるそうだ。まったく、せわしない話だねぇ」
「そうなんですか……寂しくなっちゃいますね」
「あんたたちには、寂しがってるヒマなんてないよ? Jr選抜選手として恥ずかしくないよう、しっかりとやっとくれ」
「もちろん、任せてくださいよ!」
「気合入れて頑張ります!」
 揃って答える赤月'sに、竜崎はふーっとため息をついた。
「お前さんたち二人が一番心配なんだけどね。調子に乗るんじゃないよ?」
「う、うっす……」
 少しばかり気圧されながらも、隼人はへへっと鼻の下を擦った。Jr選抜。大舞台。どうしようもなく心が勇み立つ。
「すっげー誕生日プレゼントもらっちまったなー、へへっ」
「あ、そうかも。こういう誕生日プレゼントいいよね!」
「なんだいあんたら誕生日だったのかい?」
「へー、それなら今日帰りに買ってやるプレゼントはなしでいいな?」
「ちょっ、待ってくださいよー! 頼んますよマジそれなしですって!」

 帰りにスポーツショップへ親しい者たち数人で寄って、プレゼントを選ぶ。当然自分たちもリクエストをするが、自分たちと同じ金欠の中学生にそうそう高いものねだるわけにもいかないので自然手頃な値段のものになる。
 結局半額セールをやっているのがあったので、二人お揃いのシューズを買ってもらうことにした。シューズは消耗品だ、いくらあっても困らない。
「私がもーちょっと背伸びるの早かったら、はやくんと一緒にシューズ一足ですんだのになー」
「冗談じゃねぇ、巴とサイズ一緒なんてそんなの嫌だぞ俺は」
 背が伸びて巴を見下ろすことができるようになってせっかく嬉しく思っているというのに。
「おい越前、一人千円だかんな。お前の分よこせ」
「……嫌っス」
「はぁ!?」
 リョーマの言い草に、隼人は思わずぎろりとリョーマを睨んだ。
「てめぇ、俺らの誕生日が祝えねぇっつーのかよ!」
「……誕生日なんて強制されて祝うもんじゃないでしょ」
「うぐっ、そりゃそーだけど……お前は俺たちの誕生日を祝いたくねぇってのか!」
「別にそういうわけでもないけど。……なんか、ムカつく」
「なにがだよ!?」
「……別に」
「わけわかんねぇっつの!」
 リョーマを睨む。リョーマも睨み返す。どういうわけかリョーマも立派に不機嫌になっているのがわかった。
 一触即発の雰囲気の中、天野が苦笑しながら割って入った。
「まぁまぁ。隼人くんもリョーマくんも落ち着いて」
「だってこいつが」
「俺は別に」
「二人とも落ち着いてってば。……あのさ、リョーマくん、ちょっといい?」
「……なに」
 不機嫌な顔で天野に近づくリョーマに、天野はなにやら話している。天野が笑って、リョーマがますます不機嫌な顔になった。それからすたすたとこちらに戻って、ぶっきらぼうに千円を突き出す。
 なにがなんだかわけがわからなかったが、リョーマを天野が言い負かしてくれたのだろうと気にせず、ありがたく集まった金でシューズをプレゼントしてもらった。

『ハッピバースディ・トゥユー〜、ハッピバースディ・トゥユー〜、ハッピバースディ・ディア・赤月's〜、ハッピバースディ・トゥユー〜』
 フゥー、と二人一緒にリョーマの母親手作りのケーキに立てられた蝋燭を吹き消す。京四郎以外のハッピーバースディで蝋燭を消したのは初めてだとちらりと思った。
「誕生日おめでとう、二人とも! これ、私からです」
 奈々子さんが渡してくれたのは本だった。二人それぞれ違う本。隼人のはなぜか絵本だった。分厚い本を渡されても読めないだろうとは思うが、新書を渡された巴との違いがなにやら悔しい。
「おめっとさん! 二人とも俺を見習ってぐんぐん成長しろよ。ほれ、プレゼントだ、感謝して受け取れよ」
 そう言って南次郎が差し出してきたのはラケットだ。それもフォルクルとプリンスのかなりお高いやつ。パワーヒッター用のラケットとオールラウンダー用のラケット。隼人にパワーヒッター用の、巴にオールラウンダー用のラケットが渡された。
「……おじさん、これ親父からのプレゼントだろ?」
「なにぃっ、なぜわかったぁっ!」
「そりゃわかりますよ! だってお父さんこの前来た時ラケットプレゼントしてくれるって言ってたもん」
「つか、おじさんが俺らのプレゼントにこんな大金使ってくれるとは思えねーし」
「可愛くねぇなぁ。そんなことじゃ結婚できねぇぞ」
「おじさんも親父もできたんだからたぶん大丈夫だろ」
「かーっ、生意気ーっ! ……おいリョーマ、てめぇはなにやるんだ」
 南次郎に声をかけられて、リョーマはぶすっとした表情を崩さずに答えた。
「俺はもうあげた」
「はぁ? 盛り上がりっつーもんがわかんねぇ奴だな。プレゼントなんてパーティの時に渡してなんぼだろうが」
「……どうでもいいだろ、そんなの」
 言い合う二人をよそに、隼人は飢えた獣の目で料理を見つめつつ、「食っていースか!?」とリョーマの母親に迫っていた。当家の女性陣が気合を入れて作った豪勢な料理は、ひどくうまそうだったのだ。
「……食べ物のことしか頭にないんだね。さすが山ザル、動物だね」
「ぁんだと、コラ!?」
「もー二人とも、せっかくのパーティなんだから喧嘩しないでよ!」
 巴に言われて渋々矛を収め、二人は黙って料理を食べ始めた。食べながらもリョーマはちらちらと睨むような視線をこちらに投げかけてきていたので、睨み返す。
 いつにもまして不機嫌でやんの、とちらりと思った。

 たっぷりと飯を食い、風呂に入ってリョーマの部屋をノックした。今日の次の風呂はリョーマだ。
「……隼人か。なに?」
「風呂空いた。次、お前だろ」
「……ああ」
 なんか妙にこっちを睨みつけるな、と思いながらも隼人は踵を返す。今日も疲れた、部屋に戻ってさっさと寝よう。
「隼人」
「んぁ?」
 声をかけられて振り向く。リョーマがなにやら小さなものを投げてきた。
 反射的に受け取って、目を丸くした。これは――
「なんだこれ……キーホルダー?」
「お前に渡してくれって頼まれたから」
「誰に?」
「知らない。誕生日プレゼントだって」
「はぁ? 知らない奴に誕生日プレゼントもらってもなぁ……ストーカーか?」
「お前にストーカー? 自意識過剰なんじゃないの?」
「ぁんだと、コラ!?」
「……ともかく、プレゼントに罪はないんだから。使いたきゃ、使ったら」
「はぁ……」
 そのキーホルダーをしばし眺め回してみた。テニスラケットとテニスボールを象ったそれは、趣味が悪いという感じはしないが。
「キーホルダーとかもらっても、俺使わねぇんだけどな。鍵なんて持ってねぇし」
「……そんなの知らないよ。俺に言わないでくれる?」
 なぜか凄まじく不機嫌になってこちらを睨むリョーマ。なんなんだと思いつつも「それもそうか」と呟いて今度こそ踵を返した。
「ま、もらっとくか。サンキュ」
「………別に」

 翌朝、三人で登校している時、巴のバッグについているものを見て驚いた。
「巴、それ、昨日はなかったよな?」
 巴のバッグには、自分が昨日リョーマにもらったものと色違いのキーホルダーがつけられていたのだ。
「ああ、これ? リョーマくんからもらったの。私にって知らない人がプレゼントしてくれたんだって」
「え、そーなのか? 俺もおんなじやつもらったぜ」
「えー、そうなの?」
「なんだよリョーマ、二人一緒に渡しゃいいじゃんか。同じ奴からもらったのか?」
「……知らないよ」
 リョーマはぶっきらぼうな声で呟いて走り出す。隼人と巴は顔を見合わせた。
「なんだよ、あいつ。急に不機嫌になりやがって」
「不機嫌、かなぁ? なんか照れてたっぽい感じもしたけど」
「照れてた? なんで」
「さぁ、理由まではわかんないけど……このキーホルダーのせい? お揃いだよね、このキーホルダー。同じ人が買ったん……」
 そこまで言って、巴と隼人ははっと顔を見合わせた。それって、つまり。
 ほぼ同時に同じ結論に至って、二人はぶっと吹き出した。本当に、あいつってやつは。
 隼人と巴は揃って駆け出した。リョーマに早く追いつかなくては。
 そしてちょっとからかってから、にっこり笑って「サンキュな、誕生日プレゼント」と言ってやろう。

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