体育祭
「どーだ見たかリョーマっ、俺の華麗な走りっぷりを!」
「山ザルがめちゃくちゃ無駄な動きでどたどた走るとこなら見てたけど」
「ぁんだと、コラ!? 俺がぶっちぎりで一位取ったの見てなかったのかよ!」
「他の奴らがあれだけ遅いのに、毎日部活に出てる奴が一位取れないほうがおかしいんじゃない?」
「この……じゃーそういうお前はどーなんだよ、一位取れなかったら笑ってやるかんな!」
「ありえないこと心配しないでもいいから。お前と違ってヘマしたりしないし」
「てめっ……!」
「まぁまぁまぁまぁ、二人とも同じチームなんだからいいじゃない、ね? 二人とももうちょっと仲良くしようよ、みんなで頑張れば二人とも勝てるんだからさ」
 毎度のごとく角を突き合わせあうリョーマと隼人をいつものごとく仲裁する天野。もうすっかり日常風景の一部と化したその光景は、誰にも注目されることなくスルーされた。
 普段ならここに小坂田や桜乃が入ってくることもありうるが、今日は体育祭、縦割りクラス別対抗である。一緒にいたいと思ってもいれるものではない。
 昼休み直前の徒競走を終えて、現在得点は211点。現在二位だ。順調に行けばトップを狙えるポジションである。
 たかが体育祭とはいえ、やっぱり勝ちたいものは勝ちたい。けどそれとこれとは別問題だ、と隼人はリョーマを睨みつけた。
「もう、はやくんもリョーマ君もいー加減にしてよ! いつまでも喧嘩してるとお弁当食べさせてあげないからね!」
「う……わかったよ」
 巴に言われ、隼人は渋々矛先を収めた。もう昼休みだ、弁当を取り上げられてはかなわない。巴はやるといったら本当にやる。

 応援に来ていた菜々子やリョーマの母親も交えて食事を取り(その間も隼人とリョーマはしょっちゅう口喧嘩していたが)、隼人は席を立った。巴は菜々子たちとお喋りしているし、リョーマと喧嘩すると巴たちが怒るし、となれば席を外すしかない。
 昼休みが終わるまでまだ時間がある、となんとなく辺りをうろついていると、声をかけられた。
「やぁ、隼人。越前とは一緒じゃないのかい?」
「なにっ……って、不二先輩! もー、やめてくださいよそーいうこと言うの! 俺とあいつはただ偶然住んでるところが同じだけの、なんの関わりもない人間なんスからね!」
 声をかけてきた不二に隼人は眉を怒らせた。わりと親しくさせてもらっている先輩である不二に失礼なことは言えないが、自分とリョーマがいつも一緒にいるなんていう誤解は放っておけない。
「そう? 君たちはいつも一緒にいると思うけど? 一緒に休日に練習した時も、入る隙間がないくらいつきっきりで練習してたじゃない」
「そ、それはぁ! あいつがつっかかってくっから相手してやってるうちに仕方なく……!」
「じゃあ、そういうことにしておこうか。フフッ」
「もー、不二先輩頼んますよマジで……」
 がっくりとうなだれる隼人に、不二は笑う。
「君たちは面白いね。桃と海堂みたいに始終張り合っているのに、いつもそばにいる。まぁ家もクラスも同じなんだから、当然と言えば当然なのかもしれないけどね」
「そ、そーなんスよ! 家もクラスも部活も同じだからやむをえないだけなんス!」
「別に悪いことじゃないんだからそんなにムキになることはないよ。僕としてもお前たち二人が一緒にいてくれるのは嬉しいしね」
「へ? な、なんでっスか?」
「さぁ、なんででしょう」
 にっこり微笑む不二の顔からはさっぱり感情が読み取れない。なんと答えればいいのかわからず戸惑う隼人の耳に、はやくーんと呼ぶ声がかかった。
「巴! はやくんはやめろっていっつも言ってんだろ!」
「そんなこと言ってる場合じゃないんだってば! あ、不二先輩こんにちは!」
「やぁ、巴」
「はやくん、不二先輩、リョーマ君見ませんでした?」
「リョーマ? 見てねぇけど……」
「僕も見た覚えはないな」
「うわ、どうしよう。桃城先輩が探してたのに……」
「桃城先輩が? なんで?」
「桃は越前と次の部活対抗二人三脚に一緒に出るからじゃないかな?」
「もうっ、なにやってるんだろリョーマ君ってば! ほんとにいっつも自分勝手なんだから」
「まったくだぜ」
 隼人は深々とうなずいた。リョーマへの悪口だったらだいたいのことは積極的に賛成できる自信がある。
「……悪かったね」
「あ、リョーマ君!」
「どこ行ってやがったんだよ」
「桃先輩と足を結んだときに、右と左どっちがしっくりくるか試してみようと思って、桃先輩探してたんだけど。……行き違いになったみたいだね」
「ほー、リョーマにしては珍しく真面目なこと言うじゃねぇか」
「山ザルに真面目がどうとか言われる筋合いないんだけど?」
「ぁんだと、コラ!?」
「もー、二人ともどーでもいいことで喧嘩しない! 私桃城先輩呼んでくるね!」
 巴は走り去り、あとには隼人とリョーマと不二が残された。なんとなく気が抜けて見つめあう隼人とリョーマに、不二が微笑みながら声をかける。
「ね、越前。どっちを結べばいいか試すなら、とりあえず隼人で試してみたら?」
「……なんで?」
「巴は人ごみに慣れてないからね、桃を探すのにもけっこう時間がかかると思うんだ。昼休みが終わるまでに見つけられないかもしれないだろ?」
「あ……確かに」
「だから僕が巴を追いかけてくるから。二人とも、仲良くするんだよ」
「不二先輩、ガキ扱いしないでくださいよっ!」
 不二が巴を追って走り去るのを見送って、隼人はふぅ、とため息をつき、リョーマに向き直った。ぶっきらぼうに手を突き出す。
「ん」
「……なに、その手」
「だから紐よこせって言ってるんだよ、結んでやるから。どっちがしっくりくるか試すんだろ?」
「ずいぶん協力的だね?」
「……まあ、そりゃあな。リョーマがヘマしたら、テニス部が負けたことになっちまうんだからよ」
「前にも言ったと思うけど? ヘマなんてしないよ。誰かさんと違って」
「ぁんだと、コラ!?」
「まあ、いいや。じゃあ、ちょっと結んでみようか。……左足出して」
 そう言われて結び始めてみたはいいものの。
「ああ、なにやってんだよ! そんな結び方じゃあ、すぐにゆるんじまうだろ!? そうじゃなくて、右手に持ってる方を下から通して……」
「うるさいな。ちょっと黙っててくれる?」
 当然のように揉め出した。隼人的にはリョーマの紐の結び方が下手すぎるのが悪いのだが。
「ああ、もう! 見てらんねぇよ、貸せ!」
「……じゃあ、ほら」
 紐を渡されて、隼人はにっと笑って素早く自分とリョーマの足を結び付け始めた。ロープワークははっきり言ってかなり得意なのだ。
「見てろよ……紐っていうのは、こうやって結ぶもんなんだ」
 手早くきれいに結んでやると、リョーマが珍しく感心したような目で自分を見た。
「へぇ……キレイに結べてるね。それに、手際もよかったし」
「まあな! 山奥でサバイバルとかもしてたからな! ロープの結び方なんかは、一通りマスターしてるぜ!」
 テニスとは全然関係ないとはいえ、リョーマに感心されるというのはやっぱり気分がいい。思わず満面の笑みを浮かべてしまったところに、さらっと言われた。
「人間なにかひとつくらい取り柄があるもんだね」
「ひとつくらいは余計だ!」
 んっとにこのチビ可愛くねぇっ!
「でも、これだと結び目が当たって痛いよね。他のはないの?」
「贅沢な奴だな……」
 少しムッとしたものの、リョーマが珍しく自分に頼っている。これはかなり、気分がいい。
 なので、隼人は思わずにっと笑って答えてしまった。
「わかったよ、任せとけ!」

「はやくーん、リョーマくーん! 桃城先輩連れてきたよー!」
「おっ、やっと来たか」
 巴が桃城と不二を連れてやってきた。これでお役御免だ、と隼人は紐を解こうとする――が。
「……あ、あれ?」
「……どうしたの?」
「……は、はは……解けなくなっちまったみたいだな」
「えーっ!?」
 思わずといったように巴が叫び、桃城も目を丸くする。リョーマがこれ見よがしにため息をついた。
「ちょっと褒めたからって、図に乗るから」
「う……す、すまん……」
 めちゃくちゃ悔しいがここは謝るしかない。悪いのは自分なわけだし。だが――
「まだまだだね」
 それはそれとしてめっちゃムカつく!
 ぎっとリョーマを睨む隼人をよそに、他のメンバーは打開策を話し合っていた。
「先生に鋏借りてきて切っちゃいましょうか?」
「それで新しい紐はどうするんだよ。もうそろそろ集合時間だぞ」
「……ここは、選手交代といくしかないんじゃないかな?」
『は?』
 全員の視線が集まる中で、不二はにっこりと笑った。
「隼人と越前。この二人が出場するしかないんじゃない?」
『えーっ!?』
 全員思わず声を上げる。隼人はもはや反射的に不二に食ってかかった。
「不二先輩、なんで俺がリョーマなんかと組まなきゃなんないんすかー!」
「それはこっちの台詞」
 クールに言うリョーマをぎっと睨みつける。冗談じゃない、こんな奴なんかと。
「おや? 君たちは不戦敗になるつもりかい?」
「い、いやそれは嫌ですけど……それとこれとは!」
「いいじゃねぇか、やってこいよ二人とも。青学テニス部に不戦敗は許されねぇんだ、他に方法ねぇだろ?」
「あ、それじゃ私選手交代すること一応先生に知らせに行ってきますね!」
「ああ、僕もついていくよ。君一人じゃ心配だしね」
「それじゃあ俺もっと」
「おい、こら巴ーっ! 不二先輩桃城先輩ーっ!」
 巴&先輩ズは走り去り、隼人とリョーマの二人が残された。隼人はちくしょー、とため息をつき、リョーマをじろりと睨みつける。
「……リョーマ、俺の足を引っ張るんじゃねぇぞ」
 リョーマも負けずにクールに睨み返す。
「隼人こそ」

 どてっ。
「な、なにやってんだよ! タイミングを合わせろよ!」
「合わせようとしてるけど……山ザルの足が遅すぎるんじゃない?」
「ぁんだと、コラ!? 俺が本気で走ったらリョーマなんか追いつけねぇよ!」
「ふーん。そうなんだ?」
 スタートするやいなや口喧嘩を始めた二人をよそに、他の部はどんどん先に進んでいる。クラスの席から巴や天野、先輩たちが声援を送っているのが見え、隼人はこんちくしょうと奮い立った。
「あーくそっ、こうなったらタイミングなんて関係ねぇ! 全力疾走してやるから引きずられても文句言うんじゃねぇぞ!」
「そんなことにはならないと思うけど?」
 クールに言い返してくるリョーマにまた腹が立つが、今はそれよりも。
 ――全力で走る時だ!
「うおぉ〜〜っ!!」
「……ふっ」
 右、左、右、左。タイミングもなにも関係なく、足をひたすら交互に動かす。
 だんだん頭の中からよけいなことが消えてきた。頭の中にあるのは、ただもっと速く、もっと強くという思いだけ。
 ――リョーマに勝つために!
 どんなに速く走ってもリョーマはぴったりついてくる。というかすぐ横の位置をキープしている。
 負けるもんか。こいつがどんなに速くても、俺はそれよりもっと速く動いてやる。
 もっと、もっと、もっともっと! 俺はこいつより、リョーマより速く走って――
 こいつに勝ってやるんだから!
 ――パァン!
 ……気がついたら、隼人とリョーマは同時に白テープを切っていた。
「……ちっ……くしょーっ!」
 リョーマを振り切れなかったかっ、と膝を突く隼人。そこに、教師の声がかかった。
「ほら、立って。君たちは一位だからあそこの旗に並んでね」
「え、一位!?」
 ばっと顔を上げるとリョーマと目が合った。自分のすぐ隣にリョーマがいる。当たり前だ、自分とリョーマの足は紐で結ばれているんだから――
 その時ようやく、自分はリョーマと二人三脚に出ていたのだ、ということを思い出した。
「………うわ………」
 猛烈に恥ずかしくなってきてうつむいた。なにやってんだ俺は、これじゃ馬鹿みたいじゃねぇか。二人三脚だってことを忘れてリョーマと勝負してる気になるなんて――
「なにやってるの? 早く立ってくれないとこっちも動けないんだけど」
「わ、わかってるよっ!」
「なに落ち込んでるの。一位取ったんだから山ザルにしては上出来でしょ?」
「俺にしてはは余計だっつーの!」
「まぁ桃先輩だったらもっとぶっちぎりだっただろうけど」
「……悪かったな」
「悪くなかったよ。……お前にしては」
 隼人は一瞬呆けてしまった。明らかに自分はヘマをしたのに、こいつにこんなことを言われるとは思ってもみなかった。
 リョーマはいつものごとく平然とした顔でこっちを見ている。なんと言えばいいのかわからず隼人もリョーマを見つめ返した。
「…………」
「…………」
「君たち、早く旗の前に並びなさい!」
「は、はいっ!」
「うーっス」
 慌てて立ち上がり歩き出し、二人そろってずべっと転んだ。
「……なにやってんだよリョーマ! タイミング合わせろっつってんだろ!?」
「合わせてるけど。お前がタイミング外してるんじゃないの?」
「んだと!? てめぇこそわざと外してるんじゃねぇのか!?」
「君たちね……」
『……スンマセン』
 のろのろと歩きながらも、隼人とリョーマはずっと小声で罵り合っていた。
「……てめぇのせいだぞ」
「……お前のせいでしょ」

 体育祭の結果は、二組は二位をキープすることになった。一位は奪取ならず、というわけだ。
「ちっ、惜しかったなぁ。ムカデ競争で二年がもーちょっと頑張ってくれりゃあ……」
「まぁまぁいいじゃない、全員頑張ったんだからさ。一年の競技では俺たち一位取ったんだし」
「……そだな。まぁよしとするか」
 フォークダンスの列に並びながら天野と話す。天野と赤月で、二人は出席番号が隣なのだ。
「……そーいやリョーマの奴どこ行ったんだ。見当たらねぇけど。まさかサボってんじゃねぇだろうな」
「あ、あのね、それは……」
 天野が口を開いた時、音楽が始まった。古めかしい感じの音楽に合わせて、何度か体育の授業で練習したフォークダンスをぎこちない動きで踊る。
 並び方は出席番号順、一組からと決まっているが、男子と女子は組の並び方が逆なので二組なら八組から踊ることになる。
 タラタッラタラララタッラッラン♪ と音楽に合わせてくるくる動く。女子の手を握るというのはなんとなく気恥ずかしい気がしないでもないが、どうせただのフォークダンスだ。
 踊っているうちに組は移動し、巴と踊る順番がやってきた。
「よう」
 普段よりちょっとぶっきらぼうに言う。ずっと一緒に育ってきた従妹と一緒に踊る、というのはまたなにか妙に照れくさいものを感じなくもないが、巴はにこっと明るく天然な笑みを浮かべて隼人の手を握った。
「はやくん、今日はお疲れ様」
「巴もな」
「あはは、ありがと。宣言どおりちゃんと一位取ったでしょ?」
「当然。お前俺ら男子と同じメニューこなしてんだぞ。俺は全然心配してなかったっつーの」
「えへへ。はやくんも一位おめでと。リョーマ君との二人三脚もちゃんと一位取ってたしね」
「たりめーだろ」
 巴を回しながらにっと笑いかけてやる。本当はちょっとヘマをしてしまったと思っているのだが、この従妹の前で格好悪い姿は見せられない。
 巴もにこっと笑い返して、くるりと回った。
「はやくん、やっぱりリョーマ君と息合ってるよ。最後の方なんか、本当に二人とも全力疾走してたのに全然転ばないんだもん」
「べっ、別にそーいうわけじゃ……あれは偶然だっつの!」
「ダンスでもちゃんと息合うといいね」
「は?」
 その言葉を最後に列は回転し、巴は去っていってしまった。
 なに言ってたんだあいつ、と思いつつクラスの女子や小鷹と一緒に踊り、次は一組だという時――
 ぶふっと隼人は吹き出した。
「おまっ、なに!? 女子の列に回されてんの!?」
「………………」
 リョーマはぎろりと隼人を睨みつけた。だがこの状況ではまったくもって迫力がない。リョーマは天野と大して背の高さは変わらないにもかかわらず、女子の列に回されていたのだから。
「うっわ、恥ずかしーなぁおいリョーマ! 男なのに女の列で男とダンスだもんなぁ? 可哀想だよなぁ背の低い奴は、え?」
「……こんなことでいちいち騒がないでくれる。子供じゃないんだから」
 ちゃんと踊りながらも苛烈な瞳で睨みつけてくるが、隼人は涼しい顔でリョーマの手を取った。
「心配すんなよ、おじさんには言わないでおいてやるよ。お前が女子の列で男子とダンスしてたなんてことはな、可哀想だから!」
「……にゃろう」
 怒りにか羞恥にか、わずかに頬を赤く染めてこちらを睨むリョーマ。あー楽しいぜっ、と隼人は一人ほくそえんだ。
「……そういうことで得意になる暇があったら練習したら? 次の次の日曜日は都大会なんだからね」
「わかってっよそんなこたぁ。俺だって頑張って練習して上達してんだかんな、乾先輩倒したの覚えてねぇのかよ」
 六月のランキング戦。そこで隼人は正規レギュラーである乾を苦戦しながらも7-5で倒していた。他の二、三年の先輩にも全勝している。まだランキングは14位だが。
「けど俺には負けたよね?」
「う、うるせぇっ! その前に寺のコートで一回勝ってるだろ、まだ勝負はイーブンだかんな!」
「そういうことにしておいてあげてもいいけど」
 このヤロんっとに可愛くねぇっ、と隼人は鼻に皺を寄せた。リョーマにランキング戦で負けたのは確かだしどちらかというと攻められっぱなしの試合になっていたのも確かだが、実力では決して差はない、と主張したく思っているというのに。
「どちらにしても、都大会でぶざまな試合はしないでよね。あのサル山の大将も出てくるみたいだし」
「……ああ」
 軽くリョーマの手を握りくるりと回転させる。隼人とリョーマは身長差が頭半分くらいあるので、やりやすかった。
 先週の土曜日公園のコートで戦った――といっても座ったままだったがしっかり自分たちの球筋を見切っていた氷帝学園三年主将、跡部圭吾。聞いた話ではその実力は手塚に匹敵するという。一人で自分たち二人を相手にした巨漢の二年、樺地もあなどれない相手だ。
「……けど、どんなに強かろうが負ける気はねぇからな」
「当然だね」
 リョーマも自分の手に従ってくるりと回る。珍しく素直だ。というかこんなところで反発されても困るが。
「リョーマ――お前も負けたら承知しねぇぞ。勝てよ」
 このたまらなくクソ生意気な一緒に住んでいるライバル――と一応仮にしておいてやってもいい奴に土をつけるのは、自分だけだと決めたのだから。
「山ザルに心配されなくても、勝つに決まってるけど? 人の心配してる暇があったら自分の試合負けないようにした方がいいんじゃない」
「ぁんだと、コラ!? 俺だって負けるか!」
 きっと睨みつけるとリョーマも睨み返す。この野郎生意気なっ、と拳を握り締めていると音楽が一巡して列が流れた。
 ふんっ、と鼻を鳴らして次の女子と踊っていると、天野がくすっと笑った。
「……なんだよ」
「いや、いつものことながら気が合ってるなって思って。地区大会でもそうだったけど、隼人くんとリョーマくん、きっといいペアになるね」
「………はぁ!?」
「二人見てるとこういうペアもありなんだなって気がするよ。お互いぶつかり合いながら喧嘩しながら、勝利に向けて高めあっていくっていうか。すごいね」
「だーっもうっ、なに言ってんだよ天野はっ! お前はほんっとにお人よしっつーかいいようにしか解釈しねぇな!」
 そうだ、自分とリョーマは気が合わないのだ。喧嘩はしょっちゅうだしダブルスでだって最初はしっくりいかなかったし。二人三脚でだってそうだ。
 ……それは確かに、最後の方は全力を出してそれでも平然と応えてくるあいつに負けたくなくて実力以上の力が出せたような気もするけど。
 そんなのは全然関係ない気のせいっ、次こそ絶対シングルス! と隼人はこっそり自分に言い聞かせるのだった。

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