花火大会
「巴ー、準備できたかー?」
「あ、うん! できたよー」
「お、似合うじゃん」
「えへ、そう? そう? 嬉しいなー。はやくんも浴衣似合ってるよ!」
「え、そうかぁ?」
「……なに従兄妹同士で褒めあってんの」
 リョーマのいつもながらの冷たい言葉に、赤月'sはむっとした。
「うっせーなー、いーだろホントに似合ってるって思ったんだから。いちいちうるせぇ奴だなお前」
「リョーマくん、根性曲がりすぎ! ちょっとくらい似合ってるとか言ってくれたっていいじゃない!」
 いやそれは言わないだろう、と一瞬突っ込みたくなってしまった手を隼人は押さえた。自分としてはリョーマに褒められるのは背筋が痒くなりそうな気がするのだが、巴はおしゃれには褒め言葉がほしい女の子だからしょうがない。
 そう、隼人と巴は浴衣だった。隼人は緑地の市松波柄に白地の縞柄直衣帯。巴は臙脂の流水小花柄にピンクの水玉半巾帯だ。どちらも越前家の人々が仕立ててくれたものだ。今日――花火大会、テニス部のレギュラーメンバーたちで花火を見に行く日のために。半分くらいはリョーマの母が巴(と、隼人)を着せ替えする楽しみのためなのだろうが。
 ちなみに仕立て代はしっかり二人の父親京四郎に請求されたらしい。まぁ京四郎は二人と同じく祭り好きで浴衣もよく仕立ててくれていたから、怒りはしないだろうが。
 ちなみにリョーマも当然ながらリョーマの母の着せ替えアタックを受けたのだが、その際リョーマの母が金魚柄や花柄など可愛い柄ばかり合わせ、しかもそれが似合うのに隼人が大爆笑したため、へそを曲げて「浴衣いらない」と宣言したので浴衣は着ていない。
「リョーマくんも意地張らないで浴衣買ってもらえばよかったのに。夏でお祭りなんだよ、みんなで行くんだよ、やっぱりここは浴衣でしょ!」
「いらない」
「ったく、ノリ悪ぃ奴。他のみんなが浴衣着てきてお前だけ普段着でも知らねぇぞー」
 と言いつつも、隼人はまぁそんなことはないだろうなと思っていた。部長が遊びにそんな気合を入れるとも思えないし、海堂先輩なんか素直に来るかどうかもわからないのだから。

 そう思っていたのだが、実はそうでもなかった。
「わー、みんな浴衣ですねー! みんな似合うー!」
『………………』
 そう嬉しげにいう巴の前で無言で顔を見合わせる先輩たちをいぶかしげな目で見つめながらも、隼人は驚いていた。まさかリョーマ以外全員浴衣で来るとは思わなかった。そりゃそれほど高いものではないとはいえ、堀尾たちに聞いたら今時浴衣なんか仕立てる中学生なんて普通いないってことだったのに。
「あはは、でもみんな浴衣だとは思いませんでした。俺、一人だけ張りきりすぎちゃってないかなとか思ったんですけど、みなさん実は楽しみにしてたんですねー」
「……そうだね、とても楽しみにしていたんだよ」
「……花火大会に適した服装を考えただけのことだ」
「……まぁ、たまにはいいかと思ってな」
 天野の言葉にどこか不穏な笑顔で答える先輩たち。
「……ほいじゃ行こっか! 俺の秘密の特等席に案内しちゃうよん!」
「俺のじゃなくて俺たちの、だろう英二。去年もみんなで見に来たんだから」
「へー、先輩たち去年も来たんスか。俺らこの街に来て短いんで、よろしくお願いします!」
「まっかせてホイ! 穴場なんだよー、あそこ!」
 がやがやと全員喋りながら移動する。巴は小鷹と、天野は桃城と喋っているので隼人は不二先輩と喋ろうかなどと思っていると、リョーマが一番後ろでぶすくれているのがふと目に入った。
 しばし逡巡し、あーくそ面倒くせぇなー、と舌打ちしつつもすっと歩く速度を落としてリョーマに近寄った。
「………おい」
「………なに」
 リョーマはいつも通りに冷たい表情でちらりとこちらを見て、それからふんと視線を逸らした。やっぱへそ曲げてやんの、とため息をつきたくなりつつ隣に並んで話しかける。
「ほれ見ろ、やっぱ先輩たち全員浴衣だったじゃねぇか。やっぱお前も浴衣仕立ててもらやよかっただろ」
「……別に。そんなのどうでもいいし」
「とか言いつつ思いっきり気にしてる顔してんじゃねぇか」
「してない」
「してるだろ」
「してない」
 あくまで頑強に言い張るリョーマ。隼人ははーっ、とため息をつきつつ肩をすくめて、すっと手を差し出した。
「わかったよ。それならそれでいいから、前行こうぜ。俺たち先輩たちより背小せぇんだから、こんな後ろにいたらろくに花火見れやしねぇよ」
 と言いつつも隼人は入学当時よりさらに背が伸び、不二にはそろそろ追いつくんじゃないかもう追い越してるか、って感じなのだが。
 そう思いつつリョーマの反応を待っていると、リョーマは凄まじく奇妙な顔をした。
「前に行くのは別にいいけど。……お前、俺と手繋げとか言ってるわけ?」
「はぁ!?」
 あっけに取られて、それから今の自分の行動は確かにそれっぽい、ということに気づき、それでもやっぱりかーっと頭に血が上った。
「馬鹿かてめぇはっ、んなわけねぇだろっ! 俺はただお前が一人で拗ねてっからかわいそーだなーと思って引っ張ってってやろうかと……」
「別に拗ねてないしそんなこと頼んでもいないんだけど?」
「うっせぇ、黙って俺についてこい馬鹿リョーマ!」
「やだ」
 二人でぎゃあぎゃあ喚きながら歩いていると、ふいに前を進む先輩たちの足が止まった。
「……なんだ?」
 二人で前に出てみると、そこには不動峰中メンバーが勢揃いしていた。橘兄妹に伊武に神尾。他のメンバーも一緒だ。
「橘さん! 奇遇っスね!」
 隼人は思わず声を上げた。巴に誘われて不動峰メンバーと一緒に練習したことが何度かあったせいで、橘とも何度か話をする機会があったのだ。
 手塚とはまた違う指導力と器の大きさに、隼人は少し橘に憧れていた。
 その声に、不動峰メンバーの先頭で手塚と話をしていた橘がこちらを向く。
「やぁ、久しぶりだな、隼人。お前らも花火を見に来たんだって?」
「そーなんスよ! 橘さんたちもご一緒にどうっスか?」
「はやくん、今誘ってるとこだってば。人数多い方が楽しいもんね!」
「……人数多いにも限度があるだろ。こんなにぞろぞろ引き連れて歩いたら他の人に迷惑だとか考えないわけ? まぁ別にどうでもいいけど、どうせ俺は頭数には入ってないんだろうし」
「伊武さんってば、そんなこと言ってないじゃないですか! 拗ねるのもいい加減にしてください!」
「えー、でもさー、せっかく俺たちが穴場に案内しようって言ってるのに……」
「ああ、俺たちも俺たちで見つけた穴場に行こうと思ってたんだ。人数が多いから二手に分かれるか? ――巴、お前はどっちに来る?」
「え?」
 巴がきょとんとした顔をした。隼人もきょとんとした。なんで最初に巴に聞くんだ?
 手塚が眉間に深く皺を刻んだまま一歩前に出る。
「橘。巴は青学の部員だ。なにもわざわざそちらの行く場所へ呼ばずともいいのではないか?」
「そうだね、手塚。第一橘……なんで巴をわざわざ誘うんだい?」
「え? いや、別に他意はなかったのだが……何度か練習に誘ってくれたことでもあるし、巴と一緒に花火を見るのも悪くないと思ってな」
「そうそう、巴さん。私も巴さんと一緒に花火見たいなぁ。ね、どう? 兄さんたちと一緒に?」
「え、え?」
 巴が困っている――ここは俺の出番だぜっ、と一歩前に進み出た時。
「お前ら俺様の進む道を塞いでるんじゃねぇよ、アーン?」
『……跡部(さん)!』
「……なんでサル山の大将がここにいるわけ」
 ぼそりと言ったリョーマに、背後に氷帝レギュラー陣を引き連れた跡部はふん、と偉そうに笑った。
「俺様がこいつらと花火を見にきちゃ悪いってのか? そっちの方こそなんでこんな場所にいやがるんだ、この先は河原だぜ?」
「そっちの方に穴場があるんだよっ。そういうお前らこそなんでこんなとこにいるんだよー!」
「こっちの方が船着場だからだ。俺たちはこれから屋形船で花火見物としゃれこむ予定なもんでな」
「屋形船!?」
「……ちくしょー、ブルジョワめぇ……」
「………いいなぁ………」
 ぽつりと巴が漏らした一言に、その場の空気は凍った。
 それをまるで気にしていないように、跡部は巴に近づきふん、と笑う。
「羨ましいか? それならお前も一緒に来てもいいんだぜ」
『な!?』
「え!? いいんですか!?」
「あぁ、一緒に練習したよしみだ。練習相手に青学の連中より俺様を選んだ眼力に免じて、な」
「一緒に練習した……? どういうことだい、隼人」
「え? いや、二十一日と二十七日、巴が練習相手に跡部さん呼んだんスよ。で、一緒に練習したっつーだけなんス」
「……なんで巴と跡部が一緒に練習を?」
「え……いや、巴が電話番号手に入れて。『氷帝の人なら今は引退しちゃったから遠慮なく一緒に練習してもらえるよね! あのすごい技盗んで今度試合する時見返してやる!』って。俺も跡部さんと手塚先輩の試合見てすげーなーって思ったし、会ってみたらそんな悪い人じゃなかったんでま、いいか、って」
「俺は納得してないけどね……」
「まぁまぁ、リョーマくん。リョーマくんだって跡部さんと打って勉強になったでしょ?」
「別に……大したことないね」
「へぇ……跡部と巴が一緒に練習を、ね………」
 一瞬目を見開きながらも笑顔を見せる不二やなぜか不穏な雰囲気をまとう青学と不動峰の先輩たちをよそに、巴は嬉しげに笑んだ。
「うわぁ、ありがとうございます!」
 おいおいおい巴まさか俺たち置いて行っちまうんじゃねぇだろうな!? と思わず顔色を変えた瞬間、巴が満面の笑顔で続けた。
「青学全員連れてってくれるなんて、跡部さんって太っ腹ですね!」
「………はぁ!?」
 跡部が一瞬絶句した間に、不二と乾がずいっと前に出た。
「そうだね、大したものだよ跡部。僕たち全員を招待してくれるなんて、さすが氷帝の部長、手塚に勝っただけのことはある」
「まったくだな。敵である我々を歓待してくれるとは、さすがは跡部、懐が広い」
「て、てめぇら……」
「跡部さん……本当に、俺たちも屋形船に連れてってくれるんですか……? 迷惑じゃ、ないですか? でももしご一緒できたら、すごく楽しいだろうなって思うんですけど……」
「跡部さん! 頼むっス、連れてってくださいよ〜! お願いっスから! 巴だけなんてそんなのなしっス〜!」
「……お前らな……」
「え……跡部さん、先輩たち置いてっちゃうつもりだったんですか?」
 巴が跡部を悲しげな切なげな表情で見上げる。天野が雨に濡れた子犬のような表情で、隼人も必死にお願いする時の顔をして見上げる。
 しばし間があって、跡部ははーっと息をついた。
「わかった……青学だろうと不動峰だろうと、いくらでも連れてってやるからその顔はやめろ」
「っしゃあ! 跡部さんありがとうございますっ!」
「ありがとう跡部さん!」
「ありがとうございます、すいません跡部さん!」
「……ったく」
「俺たちもいいのか?」
「いいんじゃない? ……邪魔する人間は多い方がいいしね……」
 そう橘に言う不二の言葉など耳に入らず、隼人と巴と天野ははしゃいでいた。

「たーまやーっ!」
「かーぎやーっ!」
 屋形船の窓枠に二人揃って寄りかかり、歓声を上げる隼人と巴に不二はくすくすと笑った。
「巴も隼人も、本当に花火が好きなんだね?」
『はい!』
「だってすっげぇきれいじゃないっスか! ドッカーンって打ち上げられて、バチバチバチってなるのも豪快でいいし!」
「なんていうか、一瞬で消えちゃうとことか見ててすごくドキドキしちゃうんです! 潔くて、カッコいいなって思いません?」
「クス……そうだね。君たちがそう言うと本当にそうだなって気持ちになるな」
「おい、赤月兄妹! こっちに来い」
『はい?』
 跡部の声に振り向くと、跡部が上座に胡坐をかいてふんぞり返っていた。手にはグラス、目の前のテーブルには100%らしきジュースの入ったピッチャーがある。
「酌をしろ」
「酌って……ジュースじゃないっスか」
「当たり前だろう。馬鹿でもないスポーツ選手が酒を飲めるとでも思ってんのか、アーン?」
「い、いやそれはそうなんスけど」
(未成年ってとこは問題じゃないんだね)
(この人法律も『俺様がルールだ』って無視しそうだしなぁ……)
「なにか言ったか?」
『い、いえなんにもっ!』
「……フン。おい天野、お前もこっちに来い」
「え? は、はぁ……」
 後ろの方で桃城と話しながら花火を見ていた天野は、きょとんとしながらも桃城に一礼してこっちにやってきた。桃城が少し憮然とした顔でその後姿を見送るのが見て取れる。
 なんで俺たちなんか呼んだんだろ、と思いつつも、酌をしろと言われたので(屋形船も食べ物飲み物もスポンサーはすべて跡部なのだ逆らうわけにはいかない)パックを取って跡部のグラスに注ぐ。
 跡部はゆっくりと半分ほど飲み干すと、今度は巴にグラスを差し出した。巴も不思議そうな顔をしながらもジュースの酌をする。それが終わったら天野に。
 ……そんなことを数回繰り返してから(その間中隼人と巴はちらちらと花火を見ていたのだが)、跡部はおもむろに言った。
「おい、隼人」
「へ?」
 名前を呼ばれて隼人はきょとんとした。今まで跡部は自分を呼ぶ時、「おい」だの「お前」だのとしか呼んでこなかったのに。
「お前、樺地との試合で見せた無我の境地。使いこなせるようになったのか?」
「あ、立海の真田さんの得意技だっていうあれっスね? それが……すっげー悔しいんスけどまだ思うように出せなくて。リョーマの奴も使えるようになっちまったから俺はもっとすげぇのを使えるようになりたいって思うんスけど、なかなか……」
「フン。あんなもん無理に使おうとなんざしないでいい。他人のプレイスタイルなんざいくら真似ようが極みに到達した奴には無駄だ。それよりお前は自分のプレイスタイルを磨け。お前はまだまだ未熟なんだからな。あんなもんに頼るようなら、次戦った時は間違いなく樺地が勝つぜ。なぁ、樺地?」
「ウス」
「は、はい!」
 ……アドバイスしてくれるつもりだったのか。悪い人じゃないとは思ってたがそこまで親切な人だとは思えなかったのだが。
 思わずまじまじと跡部を見つめてしまう隼人にかまわず、跡部は巴と天野にも話しかける。
「巴。お前、俺様と一緒に編み出した技は使いこなせるようになったのか?」
「あ、はい、もちろんです! 部活の練習の中でもがんがん磨いてますよ! あ、そうだその技のおかげでこの前のランキング戦那美ちゃんに勝てたんです、ありがとうございます!」
「ほう……小鷹にか。少しは腕を上げてるようだな、お前も」
「えへへ……でも、もっともっと頑張りますよ! いずれは跡部さんにも負けないくらい……」
「十年早いんだよ。……そうだ天野、聞きたいと思ってたんだが。決勝でお前はミクスドに出場したな? それはコーチの指示か?」
「あ、はい、そうです。ミクスドも立海大付属は強敵揃いだったんで、強さの安定しない海堂先輩より俺を那美ちゃんと組ませた方が安全だろう、って」
「……ちっ、くだらねぇ。お前を桃城と組ませてダブルス2に出場させれば、少なくとも見れた試合にはなっただろうにな。コーチに言っとけ、てめぇの目は節穴かとな」
「そ、そんなこと言えないですよ!」
 なんだか和やかに話してしまっている四人の後ろから、クス、とどこか不穏な気を感じさせる笑い声が聞こえた。
「跡部。うちの一年を三人もはべらせて、楽しそうだね?」
(……はべるってどういう意味だ?)
(えーとね、そばにいる、みたいな意味だよ)
「……フン。こいつらは俺に面白いと思わせた奴らばかりだからな。どうせだから話してみるのもいいかと思っただけだ」
「そやそや、おもろい一年レギュラーとちっと話すぐらいええやん。せっかくの機会なんやし」
 そう言って近寄ってきたのは、氷帝の天才(らしい)眼鏡の忍足だ。花火を見ていた氷帝レギュラー陣の人々も近寄ってくる。
「関東大会で会うたやろ? 俺氷帝三年、忍足侑士」
「俺は向日岳人。お前実際すげぇ動きしてたよな、氷帝の男子相手にサービスエースとか取るしよ」
「……ま、なかなかなのは認めてやるぜ。俺は宍戸、宍戸亮だ」
「俺は鳳長太郎。……うん、やっぱり試合の印象通りの人だね」
 ……なんか……巴にばっかり会話が集中してる、ような?
「え、えっと、その、よろしくお願いしますっ!」
「ああ、よろしゅう。……はぁ……しっかしなんや、あれやな。やっぱ女の子は祭りには浴衣やな」
「……まぁな。なんつぅんだ……華があるよな」
「うん。その浴衣、似合ってるよ、赤月さん」
 ……………………。
 なんだか……ムカついてきた。
「……みなさん、女にはすらすら褒め言葉が出てくるんスね。ちょっとチャラついてんじゃないっスか?」
「……んだとてめぇ。青学の一年ごときが喧嘩売ってんのか?」
 宍戸と向日がぎろりとこちらを睨む。隼人も睨み返す。忍足が皮肉っぽい笑顔で言った。
「言わせといたり。その程度のことでこっちを舐めてかかってくれるんやったらそっちの方が楽や。まぁあんまり手応えのうてもおもろないけどな」
「んだと……!」
 思わず立ち上がりかけると、忍足を上回るほどに皮肉っぽい声がする。
「そういうことは、実際に勝ってから言ってくんない。……あんたらこっちに負けてんじゃん」
「リョーマ!」
 こいつの毒舌がこうも気持ちよく聞こえたことはない。にやりと笑って隼人はリョーマと並んで言った。
「そーそー、手応えだのなんだのって負けた奴が言う台詞じゃねぇよなー? 一年レギュラーだなんだって舐めきっといて騎一に惨敗したのはどこのどなたでしたっけ?」
「……言うてくれるやないけ」
「てめぇ、一年坊主ごときが調子乗ってんじゃねぇぞ!」
「いるよね。他になにも自慢できるものがないから年齢だけで優位に立とうとする奴」
「んだとコラァ!」
 何人かが立ち上がる。隼人とリョーマも立ち上がった。お互いかなり頭に血が上っている――そこに、必死な声がかかった。
「あ、あのっ! 俺なんかがこんなこと言うの、生意気だと思うんですけどっ!」
 ――天野の声だ。少し泣きそうに声が潤んでいる。
「俺、青学も氷帝も、いっぱいいっぱい頑張って、それでお互い精一杯やったんじゃなきゃあんなすごい試合できないと思うから、だからどっちもすごいと思うんです!」
『………………は?』
「だから、あの、なんていうか……仲良くしましょう! どっちもすごいんだから!」
『……………………』
 リアクションに困ってなんとなく顔を見合わせる隼人たちに、巴が深くうなずいてみせる。
「そーそー、きーくんの言う通り! 戦ったあとに友情が芽生えるのはスポ根ものの王道でしょ? 夕陽の中河原で殴り合えば、もう友達になったも同然ですよ!」
『いや、殴りあわないから』
 思わず揃って突っ込みを入れるが、巴はピンとこない様子で首を傾げている。「えー? だって夕陽の中殴りあうのは基本でしょー?」とか言いつつ。
「……くっくっく。あーっはっはっはっは!」
 跡部が大声で笑い出す。ぎょっとする周囲にかまわず、跡部はくっくっくと笑いつつ隼人たちの背後に視線をやった。
「今年の青学の一年には面白ぇのが多いな。ウチに一人欲しいくらいだぜ。なぁ、手塚よ?」
「………そうだな。俺も期待している。……問題はよく起こすがな」
「………! て、手塚部長!?」
 慌てて振り向くと、手塚が厳しい目でこちらを見ているのと目が合った。
「……赤月、越前。次の練習の際にはグラウンド三十周だ」
「え、えぇ!?」
「今は部活中ではないが、むやみやたらに喧嘩を売るような人間が規律を守れるわけがなかろう。猛省しろ。……それとも四十周にするか?」
「う……わ、わかりました……」
 確かにさっきの自分の態度は感じが悪かった。……なんだか巴にばっかり話しかけてるのを見るとひどく腹が立ってしまったのだ。
 だが、一年の分際で偉そうだったのは否めない。隼人は素直に頭を下げた。
「……すんませんした。偉そうなこと言って」
 隼人が深々と頭を下げると、天野たちの行動で毒気を抜かれたのか、氷帝レギュラー陣も苦笑を返してくれた。
「ま、確かに俺らも大人気なかったわなぁ。いくら可愛いからゆうても女の子にばっかり話しかけとったらそら気分悪いわ」
「……そーだな。俺たちの態度も褒められたもんじゃねーし。お互い様ってことにしとくか?」
「はい……すいません。……おら、リョーマ! お前も謝れよ」
「なんで」
「なんでじゃねぇだろ! てめぇだってさんざん生意気なこと言ってたじゃねぇかよ」
「別に間違ったこと言ってないし」
「間違う間違ってねぇ以前になぁ、失礼だろつってんだよ!」
「それお前には言われたくないんだけど?」
「こっちこそてめぇにだけは言われたかねぇよんなこと!」
 ぎゃーすかやりあう隼人とリョーマの間に、ひょいと太く力強い腕が入った。
「そのへんにしておけ」
「あ……橘さん!」
「今日はせっかくの花火大会なんだ。喧嘩するよりまずは花火を見たらどうだ? みんなそうしてるぞ」
「え……」
 言われてみると、確かにいつの間にかみんな座って花火鑑賞モードに入っている。巴は跡部や手塚、不二たちとお喋りしており、天野は氷帝レギュラー陣となにやら話し込んでいる様子。
「……でねー、リョーマくんてば私の作った料理全部食べておいて、『まだまだだね。天野の作ったのの方がうまかった』とか言うんですよー!」
「フン、そりゃお前の作る料理が下手なだけじゃねぇのか、アーン?」
「……まぁ、確かに天野は料理がうまいからな。前に差し入れをもらったが……中学生の料理とは思えない味だった」
「フフ……でも僕は、巴の料理も食べてみたいけどね?」
「……関東大会ではすまんかったな。舐めきった口叩いておきながら負けてもうたら世話ないわ」
「あ、いえっ、忍足さんたちも本当に強かったですし、こちらこそけっこう失礼なこと言っちゃったかもって思ってますし」
「うわ、素直ー。鳳以上じゃね、この素直さ?」
 そんな風に喋りながら花火を眺めている者たちの隣で、ぎゃあぎゃあ騒ぐのは確かに気が引ける。
「……ていうか君たちっていっつもそうだよね。喧嘩するのは勝手だけど周囲の迷惑とか考えたことないのかな? ああ、そんなこと俺に言われたくないって思ってそうだよね。あーあー、そうですかそうですか……」
「……別にんなこと思ってないっスよ……」
 以前一緒に練習した時から少しも変わっていないぼやきっぷりに辟易しつつも、橘とリョーマの間に座って空を見上げた。
 空に広がるのは星よりはるかにまぶしくきらめく炎の花。岐阜のそれよりはるかに盛大で豪華な花火に、隼人はしばし見入った。
「………きれいだな………」
 独り言のつもりで言った言葉に、なぜかリョーマが反応した。
「……お前、ものを見てきれいだとか思ったりするんだ?」
「……はぁ!? 俺に言ってんのか!?」
「他に誰がいるわけ? お前ほどきれいだとかいう台詞が似合わない奴いないのに」
「お前人のことなんだと思ってんだよ!」
「山ザル」
「ぁんだと、コラ! てめぇの方こそ生意気すぎてもの見てきれいだとか言う心失ってんじゃねぇのか!?」
「こら、お前たち。喧嘩するなと言ったろう?」
「う……スンマセン」
「………………」
 リョーマはふぃ、と視線を逸らす。なに拗ねてんだか、と思いつつぷりぷりしながらまた空を見上げた。
 花火はそんな二人の心境など知らぬげに、いくたびもいくたびもその美しい火の粉を撒き散らす。本当にきれいだ、と隼人は光と音のファンタジーに見とれた。
「きれいだ……」
 言ってからはっとしてまたリョーマがなにか言うかと身構えたのだが、リョーマはすぐには口を開かなかった。
 ただ、かなり長い時間が経って、隼人が花火にすっかり没入している時に。
「………そうだな」
 と、ぽつりと言った。
 数秒経ってから自分の言葉への相槌だということに気がつき、遅すぎだぞと突っ込みを入れるべきかと思ったのだが。
 リョーマはなぜか、花火が広がっているこちらからはそっぽを向いており。そしてその背中がなんだか妙に切なげだったので。
 なんとなく文句をつけるのがためらわれて、「ああ」とか口の中で言って、また空を見上げた。
 リョーマの隣で一緒に花火を見上げ、少し妙な気分だったが、河の上の特等席から見上げる花火は本当にきれいだった。

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