私のロレイスへの第一印象は、『なんて男!』だった。当然、悪い意味で。 ハーゴンに全てを奪われ、呪いをかけられ。呪いをかけられていた間の記憶はないけれど、その分父様が惨殺された時の記憶はひどく鮮明で。 父様がどんなに私のことを想ってくれたか、父様がどんなに苦しまれたか、ムーンブルクの民がどれだけ死んだか――その事実がたまらなく私を苦しめて、いっそ死んでしまいたいとすら思った。 けれど、父様の仇を取りたい、ハーゴンに思い知らせてやりたい、父様の、みんなの遺したムーンブルクを再建しなければ――それだけの想いで必死に立ち上がったのだ。 この仇討ちに余人を交えるつもりなど最初からなかった。これは私個人の戦いだ。――なにより、私は呪われた姫なのだから。 そんな風にして他人を遠ざけて、私は本当は死にに行こうと考えていたのかもしれないけれど、自分としては必死だった。 ――なのに。 「無理に決まってんだろ、少しは考えろボケッ!」 私は幼い頃から、周囲の冷たい礼儀正しさの中で育てられてきた。私に優しく笑いかけてくれる人はごくわずかだったけれど、それでも私を重んじなかった人は一人もいない。 なのに彼は、私のことをまるで浮かれ女のように口汚く罵り、馬鹿にし、怒鳴ってきた。ローレシアの王子と聞いた時は耳を疑ったものだ。下品で乱暴で意地悪で。泣かないと誓ったのに、そういう人間に慣れていない私は彼の目の前で泣くという大失態を見せてしまった。 どんなに馬鹿にされるかと次会った時は怖くて仕方なかったのに、彼はぶっきらぼうな顔で言った。 「メシ、食ったかよ」 私は向こうがなにを考えているのかわからず、恐々とうなずいた。 「ええ……」 そう言うと彼は少しほっとしたように笑ったのだ。今まで私が見たことのないような、暖かい笑顔で。 私は一瞬どきりとしたのだけれど、 「ならいい。ちゃんと食えよ、お前ただでさえ肉がついてねぇんだから」 という言葉に、 「余計なお世話よ! 私に胸があろうとなかろうとあなたには全然関係のないことでしょう!?」 と怒鳴ってしまっていた。今ならロレイスはただ単に心配して言ったのだとわかるのだけど、その時の私には嫌味で言っているようにしか聞こえなかったのだ。 それからまた喧嘩になってしまって。それから数ヶ月は本当に、寄ると触ると喧嘩をしていた気がする。 もしかしたらその時にはもう、私は彼を好きになっていたのかもしれない。 ドラゴンの角で、私はもうこのパーティに必要ないのではないかと思った時。 私は本当に苦しかった。私の真実を知らないで守ると言ってくれる二人。私が呪われた姫と呼ばれていることを知ったらどう思うだろう。いやそれよりも、私の呪いが知らず知らずのうちに二人を蝕んでいたら? 怖くて怖くて、知られたくなくて、とにかく全力で二人を守らなければとそれだけは心に誓っていて――なのにロレイスは(その頃は愛称どころか名前を呼ぶことさえめったになかったのだけれど)あっさり『別に呪文を使わなくてもいい』と言い切った。 もう駄目だ、と思った。この人は少しも私を必要としてはくれないのだ、こんな無神経な人とどうして一緒に旅ができるだろう。 そう思ったのに―― 「俺はお前を仲間と決めた。だから守るのは当然だ。そんで俺は絶対死なねぇ。だから安心してついてこい」 ごく当たり前のような顔で、にやりと笑ってそんなことを言う。平然とした顔で私を抱きしめながら。 なんでこの人はこうなのだろう――無礼で無神経で意地悪で、なのにたまらなく暖かい。私を泣かせるのはいつもこの人なのに、私を抱きしめて落ち着くまであやしてくれるのもこの人だ。 ――この頃から私はロレイスをいつも目で追うようになって、いつもその行動を気にするようになっていったように思う。 私が自分の想いをはっきりと自覚したのは、皮肉なことに、サウマリルトが原因だった。 サウマリルトは私にとって不思議な存在だった。ロレイスと違って礼儀正しいし、私に対してごく自然に押し付けがましくないように気遣いを向けてくれる。申し訳ないと思いもしたが、その優しさは素直にありがたかった。 けれど、彼のその優しさは私を特別扱いしているからではまったくない、ということがいつしか理解でき始めた。初めから彼は気安くて、こちらを安心させる距離で私を労わり続けて。 そしてその距離を一向に縮めようとはしなかった。私の方から近づいていけば逃げることはしなかったけれど、それでも彼は私に対する強い関心も執着も見せることがなかった。 憎しみも軽蔑も過度の期待も存在しない、ただひたすらに優しいサウマリルトは、私にしてみても一緒にいてとても楽な相手なのは確かだったのだけれど。 そんなサウマリルトと視線がやけにぶつかるな、と思ったのは、いつ頃からだっただろう。 隊商と一緒に旅している時からかもしれない。もっと遡って風の塔に向かっている時からかも。 ただ、なんにせよ、そのサウマリルトの態度にもしかしたら、と思ったのはルプガナでだった。 晩餐会を終えたサロンで、シャニーのお尻叩きをしている時。サウマリルトは、じっとロレイスを見つめていた。 それに気づいたのは私がサウマリルトとロレイスを挟んで反対側にいたからだと思うけれど。私はその見つめる姿が目に入ってしまった。 だけどサウマリルトはそんな私に少しも気づいていなかった。ただ、じっとロレイスを見ていた。びっくりするぐらい、私に向けるものとは比べ物にならない、切ないほどに優しい愛しげな瞳で。 その時はただ違和感を感じただけでなんなのかわからなかったのだけど。それからずっと考えて、もしかしてサウマリルトはロレイスが好きなのではないか、と思ったのだ。 そう考えてみるとすごく腑に落ちることが多くて、疑念はひどく強まった。そういう目で見てみると、サウマリルトがいつもロレイスに対しては蕩けそうな顔で世話を焼いていることや、ロレイスに気づかれないようにどれだけ自分の時間を犠牲にして面倒を見ているか――そんなこともわかってきてしまったからだ。 そして、それが私はなんだか衝撃だった。男同士だからどうこうとか、そういうことではなく。疎外感というのもありはしたけれど全てではなく。 サウマリルトがロレイスを好きなのだったら、私には入り込めない――それが衝撃だったのだ。 なんでそんなことに衝撃を受けるのだろう。私はずっと長い間考えていた。 なんでロレイスがサウマリルトに笑いかけるたびに胸がぎゅうっとするのか。なんでサウマリルトが作った料理をロレイスがおいしそうに食べるたびに悔しい、と思ってしまうのか。なんでごく自然に、当然のように背中を預けあっている二人がたまらなく羨ましいのか――― そしてロレイスが私を見て笑ってくれるたびにどうしてこんなに胸が高鳴るのか。 それがなぜか本格的に自覚したのは、我ながら呆れたことに、サウマリルトが呪いにかけられた時、ベラヌールでだった。 サウマリルトが呪いをかけられて、たまらない衝撃で。ロレイスから話を聞いて、なんだかとても腹が立って――今思えばそれは、ロレイスが自分に対して向けられる想いをないがしろにしているように思えたせいだとわかるのだけど――軽蔑するようなことを言って。 なのにサウマリルトの呪いを解くために、解いたあとは元気にするために懸命になるロレイスを見て、その方がいいと思っているはずなのに胸が痛くなった。苦しい、と思ってしまった。 寂しいというよりも、辛くて苦しくて――そこでようやく、私は認めたのだ。 私は、ロレイスが好きだ、と。 自覚したら想いが溢れそうになって、ザハンでサウマリルトに言ってしまったのは、ものすごく馬鹿なことだったと思っている。 自覚しても、最初は言うつもりなんて微塵もなかった。私はサウマリルトにはかなわない、とどこかで思っていたからだ。 私には彼のように想いを素直に表すこともひたむきに尽くすこともできない。料理もできないし裁縫もできない。女としての魅力なんてほとんどない―― だから言わないでおこうと思ったのに、ロレイスのそばにいるとどんどん思いが募っていって、たまらなく苦しくて、それで決めた。旅が終わったら、彼に話そうと。旅が終わる時なら断られて気まずくなっても平気だろうと姑息な計算をして。 そう決めたのにローレシアでつい言ってしまって。それからしばらくは本当にとてもとても辛かった。 旅も大詰めに近づいて不安が募ってきたこともあって、あの頃の私はいつにも増して不安定だったと思う。それを必死に精神力でむりやり平静を装っていた。苦しかったけれど、ロレイスに仲間として認められないのだけはいやだ、と思ったからだ。 だけど――ルビスさまの話を聞いたことで、私は少しだけ、落ち着くことができた。 『マリア』 神の声、と言うにふさわしい、気高く澄んだ美しい声。 (――ルビスさま) 私は思わず平伏した。この世界を創ったお方なのだから、そうするのが当然だろうし、なによりその威厳に打たれてしまっていた。 だけれどもルビスさまは軽やかな笑い声を立てた。 『そんなことをする必要はありませんよ、私の愛しい娘。あなたにそんなことをされては悲しくなってしまいます』 私はおそるおそる立ち上がった。なぜこうも気安くしてもらえるのだろう。 『あなたは私の可愛い娘ですし――それに、同志ですからね』 (同志………?) 『男と当然のようにいちゃつく人を愛したという同志です』 (……………………) 私は思わず絶句してしまった。精霊神がこんなことを言い出すとは思ってもみなかったからだ。 だがルビスさまはたまらなく気高いのに、お喋りをしている時のような声音で言ってくる。 『私の愛した人も男の仲間に非常にモテる人でした……具体的に言うと勇者ロトのことなのですけれどね。彼は男ばっかりを仲間に引き連れて、私が愛していますと言っても仲間のところに帰ると言って聞かなかったのです』 (……そうなんですか?) 『そうなのですよ。失礼だと思いませんか、曲がりなりにも精霊女神の愛を捧げられて男の仲間の方が大事だと言うなんて』 (………そうですね………) 私はそのおどけた口調に思わず微笑んでしまっていた。精霊神にこんなことを言うのは失礼だとわかってはいるけれど――もしかしたら私たちは、本当に同志かもしれない。 『私はあなたを応援しています。大丈夫、あなたならきっとロレイソムを自分のものにすることができる。強気でおいきなさい。あ、でもロレイソムは押されると引く方ですから、誘いをかけて押させた方がいいかもしれませんね』 (……押してくれるかしら。私全然自信がなくて……) 思わず漏れてしまった心の声に、ルビスさまはくすくすと笑い声を立てられた。 『あなたは本当に可愛らしくていい子ですね。――あなたには幸せになってもらいたい。大丈夫、あなたは幸せになれるのです。私はありったけの祝福をあなたに捧げますよ』 その言葉を最後に、私の意識は遠のいた。 ルビスさまに大丈夫だと言われて、私は少し落ち着いた。まだロレイスの姿を見ると心がざわめくのは変わらなかったけれど。 洞窟を越えて、ロンダルキア大雪原にたどりつき、戦ってさらなる経験を積みながら偵察をして。 それでも明後日挑もう、と言われた時はいまさらのように怖気づいた。 なのにロレイスは私を平然とした顔をして乱す。 「俺はお前と二人きりで話してぇんだ」 「言いてぇことも好きなだけ言っとけ。お前のなら全部受け止めてやる」 私は思わず泣き叫んでしまった。 「あなたって、なんにもわかってない」 「私がそういうことを言われてどんな風に思うかとか、心が揺らぐかとか、そういうことを全然考えてないんだわ!」 八つ当たりでしかないことだろうに――ロレイスはそんな私を受け容れて、抱きしめて。 「―――好きだ」 そう言ってくれたのだ。 最初は信じられなかったけれど、本当に嬉しかった。私の好きな人がわたしを好きだと言ってくれる――この歓喜。 子供の頃から限られた人にしか優しくされず、そんな言葉をかけられたこともなかった私は、たまらない幸せで満ちた。 だからといってすぐベッドに誘われた時困らないなんてわけはなく、本当にドキドキしてしまったけれど。 ロレイスの跡が私に刻まれる、その体験は――私にとっては世界が変わるほどの衝撃で、同時にたまらなく胸を騒がせる秘密だった。 ――サウマリルトに対しての罪悪感は底の方にまだ残っていたけれど、それは押し寄せる圧倒的なまでの幸福感で、知らない振りができてしまえたのだ。 ハーゴンの生い立ちを聞かされた時は、本当に頭がくらくらした。 だからといってムーンブルクに対して犯した罪が許されるわけはない、それは今でもそう思っている。だけど。 ハーゴンを絶対悪とみなして討つということができなくなってしまったのは、確かだった。 そしてサウマリルトの話を聞いて、私は寒気がした。 なんて壮絶な愛の言葉だろう。ぞっとするほどその愛情は深く広い。 私のロレイスに対する愛情が負けているとは思いたくない、だけど。 彼と争っては勝てない――そんな想いを抱いてしまった。私がこれまでの旅の間中ずっと、サウマリルトには勝てない――と思い続けてきたのは、この疑いようのない圧倒的な愛を、ずっと脇から目にしてきていたからなのだ、とはっきりわかってしまったから。 それでもロレイスは私と結婚すると言ってくれた。満座の観衆の前で、私を妻に迎えると。 たまらなく嬉しかったけれど、同時に怖かった。サウマリルトの存在が。 彼が男なこと、ロレイスとは結婚できないことを私は神に感謝しさえした。卑怯なことだとはわかっているけれど、そのくらい怖くて怖くてたまらなかったのだ。ロレイスが私のところから去っていってしまうことが。 彼は私と会うといつも嬉しそうに笑ってくれる。抱きしめてくれるキスして抱いてくれる。私から目を逸らしたりよそごとを考えたりすることはまったくない。 だけど、私は怖かった。 ロレイスとサウマリルトの間には、ねじくれてこんがらがってはいるけれど、私との間に結ばれたものよりはるかにしっかりした絆があるように思えたから。 結婚式を前に、女王となった私はローレシアとムーンブルクを往復することが多くなった。その運搬役はムーンブルクの魔法使いの時もあるけれど、サウマリルトのことも多かった。 一緒にルーラで飛び回りながら、私はおそるおそるサウマリルトに聞いてみた。 「サウマリルト、あなたは私を憎んでいるのではないの? どこか遠くに放り出してしまいたいと思っているのではないの?」 サウマリルトはきょとんとした顔をした。 「なんで?」 「……私がロレイスと結婚するから。あなたの好きな人を奪うから」 サウマリルトはなにを言っているのと言わんばかりに微笑んだ。 「僕は別にそんなことどうだっていいんだよ。むしろロレが幸せになってくれるのはとっても嬉しい。ロレを愛して、ロレに愛されて、ロレを幸せにしてくれる君のことはもちろんすごくうらやましいけれど、それ以上に大切にしなくっちゃと思っているよ」 その言葉に圧倒されて、私はなにも言えなかった。 私は、私からロレイスを奪ってしまうかもしれない相手なのにもかかわらず、サウマリルトを憎いと思ったことがなかった。 それはきっと、彼のこの、悲しくなるほどにひたむきな想いを、私が尊敬していたからなのだろう。 ローレシアに泊まった私の客室に、ローレシア前王妃ヴィクトワールさまが訪ねてきたのはローレシアでの結婚式を一週間後に控えた日のことだった。 未来の姑を前に慌てる私に、ヴィクトワールさまは優しく微笑んで、訊ねてくださった。 「あなたはなにがそんなに怖いのかしら?」 見抜かれて絶句する私に、ヴィクトワールさまは微笑む。 「あなたが昔の私と同じ、不安で不安でたまらないという顔をしていましたからね。ついお節介を焼きにきてしまったわ。ロレイスも花嫁さんがふさいでいるのに気づかないようではまだまだね。――私に話してはもらえないかしら? 義娘の――あなたの力になりたいの」 その言葉に、私は思わず膝にすがりついて泣いてしまった。そしてなにもかもを言ってしまっていたのだ。サウマリルトの愛情、それを受け取るロレイス、二人の間の絆をどんなに私が恐れているか。――問題のある行動だとは思うけれど、私も一人で抱えこむのは限界だったのだ。 ヴィクトワールさまはなにも言わずに最後まで聞くと、静かに微笑みかけてくれた。 「大丈夫ですよ、マリア姫。あなたの恐れているようなことは起こりません」 「でも……」 「あなたが恐れているのはわかります。愛する人が自分の元から去っていってしまうのではという恐怖は、私にも覚えがありますからね」 「え……」 その時思い出した。ローレシア王は(もう先代ということになるのだ)多情で、ヴィクトワールさま以外にも多数の妾を持っていたということを。 「ご、ごめんなさい、ヴィクトワールさま……」 「謝ることはありませんよ、マリア姫。私は知っているのですから。殿方は、結局最後には手綱を取っている女の元へ帰ってくると」 「………手綱?」 私の驚きの言葉に、ヴィクトワールさまは力強くうなずいてくれた。 「そうです。殿方などというものは締めるところを締めておけば赤子も同然。掌の上で思うように転がしてやればいいのです」 私がその今まで見てきた良妻賢母ぶりからは考えられない言葉に呆然としていると、ヴィクトワールさまは微笑む。 「ロレイスはあなたを妻に迎えると言ったのでしょう? それをお信じなさい。あの子は一度言った言葉を翻すような子ではありません」 「それは、わかっていますけれど……」 「他に心を移す人がいたとしても。妻はその人たちすらも家族に加えて、掌の上で転がす権利があるのです。なにを恐れることがありますか」 「――――」 私は、一瞬言葉を失った。 そうだ――なにを恐れることがあるだろう。サウマリルトに心を移すというなら、彼も私たち家族の中に組み込んでしまえばいいのだ。 考えてみれば今までと同じことではないか。私たちはこれまでずっと、三人一緒に戦ってきたのだから――― ヴィクトワールさまの教えてくださる『簡単夫操縦法』を学びながら、私はひどく安らいだ気持ちで心を決めていた。 新婚初夜(厳密な意味での初夜ではないし、ムーンブルクでの新婚初夜はみっちり一緒に過ごしたのだけれど)、私はロレイスをベッドから追い出した。とりつくろうのも限界だったのだろう、心ここにあらずという顔をしていたからだ。行ってらっしゃい。決着をつけてらっしゃい。そんな想いをこめて。 さすがにその夜はなかなか寝付けなかったけれど、恐怖はなかった。ロレイスはサウマリルトと強い絆を結んでいるかもしれないけれど、私とだって強い絆を結んでいるのだ。 だから、大丈夫。彼は私のところに帰ってきてくれるから。 ――翌朝、ほとんど眠っていませんという顔をして私の部屋に帰ってきたロレイスは、真剣な顔で言い訳を始めた。 「お前のことは世界で一番大切だ、だけどあいつも放っておきたくねぇんだ」 「あいつに優しくしたいって思うんだ、大切にしてやりてぇんだ」 「お前がどう思うかはわかんねぇけど、俺はお前もあいつも幸せにしてやりてぇんだ―――」 まったく。よその人間に対する惚気を妻に聞かせるなんて、どういう神経しているのかしらね。 私は(ヴィクトワールさまに教わった通り)にっこり微笑んで言ってあげた。 「つまり、浮気をしたのね?」 ロレイスはうぐっと言葉につまり、必死にまた言い訳をしようとする。私はそれを遮って、こう言った。 「サウマリルトと話がしたいわ。あなたも交えて。たっぷりと」 「………………」 「あなたは、私と結婚なさったのよね?」 本妻の私の言葉になにか文句がある、という想いを言外に滲ませて言うと、ロレイスはがっくりとうなだれて白旗を揚げた。 それから――― 私とロレイスは平日の間必死に仕事に励んで、週末になると一週ごとにローレシア、ムーンブルクどちらかの城に向かう。子供ができてからは、その子供たちも一週間ごとにローレシアとムーンブルクを行ったり来たりしている。 その運搬役を務めるのはサウマリルトだ。彼は一家団欒を邪魔しちゃいけないでしょうと、いつも私たちから一歩退いたところにいる。まるで健気な愛人だ。 そういうところがまたロレイスに保護欲を沸かせるのだと知っているから、私は月に一度は彼も一家団欒につきあわせてやる。――旅をしてきた時のように。 サウマリルトは妻を迎えようとはしない――迎えたところで夫としての役目を果たせはしないから意味がないのだそうだ。その言葉の意味を想像して、私は頭がくらくらしたりもしたのだけれど。 「マリア、サマ! 早く来いよ!」 子供たちを引き連れながら、ロレイスが笑う。今日はサウマリルトも連れてピクニックなのだ。ローレシアの北の草原に、家族みんなでやってきた。 「待ってよ、ロレ!」 サウマリルトがたまらなく嬉しそうに笑う。その笑顔はたまらなく幸せそうに輝いていた。 だから私はまぁいいか、と思う。サウマリルトが幸せで、ロレイスも幸せで、私もロレイスや子供たちや、サウマリルトがそばにいてまぁ幸せ。 それ以上なにを望むことがあるだろう? 空を見上げて、それからじゃれあっているロレイスと子供たち、それにサウマリルトを見る。 ―――父様。私は、今、幸せです。 空を見上げて、そう、微笑んだ。 |