券を一枚

「お前は、オルテガのような勇者になるのよ」
 それが、母さんの口癖だった。

「かあさん、ゆうしゃってなに?」
 初めてその言葉を聞いた時、俺はこう訊ねた。
「勇者っていうのはね、世界を救う人のことよ。あなたも勇者なの」
「おれ、ゆうしゃなの?」
「そうよ。だから私は、お前を誰よりも強く、立派な男に育て上げる義務があるの。オルテガの妻として、お前の母としてね」
 俺は母さんがなにを言っているのかはよくわからなかったが、なんでオルテガなんていう会ったこともない人の方が先に呼ばれなくちゃならないんだろうとなんとなく思った。

「かあさん、つかれたよー」
「甘えたことを言ってるんじゃないの! 男がこのくらいでへばってどうするの、ほら気合を入れなさい!」
 物心ついた頃から俺は遊ぶことは許されなかった。来る日も来る日も訓練訓練訓練訓練。六歳の誕生日にはもう一日十二時間の訓練は義務付けられていたと思う。
 六歳のガキに一日十二時間も訓練を施すなんて、それも死ぬほど厳しい訓練をするなんてバカじゃないかと思うが、母さんはそれをやった。剣の稽古に野外生活術の訓練に魔法の勉強。一日十二時間も訓練してたら他にできることがなくなるのは当然で、俺は日常生活って訓練しかした覚えがない。
 母さんがバカじゃなかったのは単純に厳しい訓練をすれば強くなるとは思ってなかったこと。俺がぶっ倒れたりすることのないように適度な休憩は挟まれたし筋肉を休ませる時間も取られた。だから俺は訓練で本当に死を予感したことはない。死ぬかも、と思ったことはあるけど。
 ただ、俺の自由になる時間は、まったくと言っていいほどなかった。

「ふざけんなよクソババア! なんでオルテガの息子だってだけでこんな訓練しなきゃなんねぇんだよ!」
「なに言ってるのよ、もう世界に勇者は数少ないのよ? オルテガの息子として、勇者として、あんたには訓練をする義務があるの!」
 俺も十代に入るといっぱしに反抗期ってやつを迎えて、母さんのいうことにいちいち逆らったり訓練から逃げ出したりした。だけどそのたびにぶん殴られ連れ戻されて訓練を受けさせられた。母さんはオルテガの仲間だったとかでめちゃくちゃレベルが高い戦士なんだ。まだ実戦なんて数えられるほどしか経験したことのない俺じゃとても相手にならなかった。
「ギムだぁ? 聞き飽きたぜ! 俺は俺のやりたいようにやる! オルテガの息子だってだけの理由で勇者押し付けられちゃ迷惑だってんだよ!」
 そう俺が怒鳴ると、母さんはにんまりして言う。
「あら、だけどあんた、世界を救いたいって思ってるんでしょ?」
「う……」
 そうなんだ。
 俺は訓練するのは好きじゃなかったけど、嫌いでもなかった。認めたくないけどオルテガの血ってやつなんだろうか、俺は魔王が蹂躙するこの世界を救いたいと思っていた。物心ついた時から。とても強く。
 だから、そのための訓練は実は嫌じゃなくて、訓練をうまくサボれた時もあとでこっそり睡眠時間削って訓練したりしてた。
 で、十二歳ぐらいになった頃に馬鹿馬鹿しくなってやめた。俺も世界を救いたいって思ってるんだから、そのための訓練を母さんがしてくれるっていうんなら素直に受ければいいじゃないか。そう思えるようになったんだ。
 ただ、俺は時々、みんなで揃って学校に通う同年代の奴らを、話しかけたいな、一回でいいから一緒に遊びたいな、そう思いながら見つめることがあった。
『サンッツと一緒に遊んだりしたら駄目だって言われてるもん。サンッツはオルテガ様の息子だから。俺たちとは違うって』
 一度そう言われてから、話しかける気は起きなかったのだけれど。

「起きなさい。起きなさい私の可愛いサンッツや」
「……母さん猫撫で声キモい」
 ビス! と音が鳴るほどの速さで打ち込まれた拳を俺は転がってかわし跳ね起きた。母さんはベッドを叩き割ったその拳を軽く振ると、にっこり笑って言う。
「おはようサンッツ。もう朝ですよ。今日はとても大切な日。サンッツが王様に旅立ちの許しをいただく日だったでしょ」
「……わかってるよ」
 俺はそのために、旅立って魔王を倒すために死ぬほど訓練してきたんだから。正直、勇み立つ気持ちは大きい。
 だけど、この母さんには嬉しがったり勇み立ったりするところを見せたくないという複雑なオトコゴコロのせいで俺はぶっきらぼうに答えた。これで俺はけっこう繊細なんだ。
 ――それに俺が魔王を倒したとしても、『さすがはオルテガの息子!』としか言われないのは目に見えてるし。
「この日のためにお前を、勇敢な男の子に育てたつもりです」
「……へいへい」
「さあ、母さんについていらっしゃい」
「着替えるのくらい待てねぇのかよババァ」
 ビシュッ! と俺の顔の横数cmにも満たない場所に指弾が打ち込まれた。母さんの指弾は鉄さえも貫く、まともに食らえば朝から教会行きだ。
「殺す気かババァ!」
「この程度の攻撃も避けられない子に育てた覚えはありません」
 自信を持って顔輝かせながらきっぱり言うなよ……そういう殺伐とした言動に慣れちまった俺も俺だけどさ……。
「とにかく早く着替えなさいね」
 そう言って母さんは部屋を出て行く。俺ははー、とため息をついて着替えを始めた。この日のために母さんが仕立てた旅人の服は、あっちこっちが破れてつくろわれていた。母さんが怪力をコントロールできなかったんだろう。
 もーちょい普通に家族できねーのかなあの人、と思いつつも、やっぱりこれが俺の家族なんだよなと考えてしまう俺は(ちなみに爺ちゃんも同類だ。爺ちゃんは魔法使いだけど)、やっぱり『普通の人とは違う』んだろう。

「ここから真っ直ぐ行くとアリアハンのお城です。王様にちゃんと挨拶するのですよ」
「へいへい」
「さあ、行ってらっしゃい」
 やだなーめんどいし恥ずかしいし、とちらっと思いはしたが、こんなとこで体制に逆らったってしょうがない。俺は城に向かい歩き出した。
 城は(ガキの頃一回来たことがあるらしいけどよく覚えてねぇ)やたらめったらゴージャスで派手派手しかった。鎖国してるはずなのによくこんな金があるよな。庶民に還元しろよ庶民に。
 城の前で名乗ると兵士が道案内してくれたんだけど、玉座の間までの道の間ずらーっと兵士が並んでて、その背後には貴族っぽい人たちや小間使いさんたちもいて。そーいう人たちの期待の視線を受けるのって無性に恥ずかしい……。つか、いたたまれねぇ……。俺礼儀作法とか全然習ってねぇもん。そんなもん習う暇があるなら体鍛えろっつーのが母さんの方針だったからさー。こういう時どうすりゃいいのか全然わかんねぇ……ったくあの馬鹿母は。
 とにかくせいぜい堂々として見えるように胸を張りながら、玉座の間に入った。……そこにもずらーっと兵士と貴族と小間使い……。
 とにかく兵士の案内に従ってすたすた歩き、兵士が止まったところで止まる。で、俺はボーっと立ったままだったんだけど、隣で兵士が膝をつくの見て、ああ膝をつくのか! とはっとして慌てて真似をした。
 すると玉座に座った王様(俺の爺ちゃんといい勝負なじーさまだった)がその痩躯に似合わない大声で叫んだ。
「よくぞ来た! 勇敢なるオルテガの息子サンッツ・アルビステギ・オルテガ・Jrよ!」
 ……俺はこの名前、大っ嫌いだ。サンッツっつー名前もアルビステギっつー苗字も変だけど、なんだよオルテガ・Jrってよ。
 もーあれよ、名前からして俺はオルテガの付属物よ? おまけよ? 薬草のおまけについてくる干菓子よ? 王様も思いっきし俺のことオルテガの息子って呼びやがるし。あームカつく。
 だけどそれは生まれた時からついてまわってきたことでスルーする方法も身につけているので、俺は無言で堪えた。
「すでに母から聞いておろう。そなたの父オルテガは、戦いの末火山に落ちて亡くなってしまった」
 飽きるほどな……物心つく前から寝る前のお話はオルテガの英雄物語だったしな……。おまけに書き取りの練習も全部オルテガ物語だったし。俺がもー嫌だっつっても聞きゃしねぇあのババァ。勇者としての自覚を促すために、とか言ってぜってー自分の息子をオルテガのファンに洗脳するためだ。
 ……そうなんだよな。母さんって、たぶんオルテガの一番のファンなんだ。オルテガを世界で一番カッコいいと思ってるんだ。結婚しといてなに言ってんだって気もするけど。
 だから、俺はあくまで二代目なんだ。粗悪なコピー。少しでもオルテガのよすがを感じさせる存在。
 ……母として愛してくれてるのも、本当だとは思うんだけど。
「しかしその跡を継ぎ、旅に出たいというそなたの願いしかと聞き届けたぞ! そなたならきっと父の遺志を継ぎ、世界を平和に導いてくれるであろう」
 だっからその跡を継ぐっつーのがムカつくんだってのー、と思いつつも口には出さない。旅に出たいのは本当なんだからここで怒ったってしょうがねぇってくらいの分別はおれにだってある。
「敵は魔王バラモスじゃ! 世界のほとんどの人々は、いまだ魔王バラモスの名前すら知らぬ。だがこのままではやがて世界は魔王バラモスの手に……。それだけはなんとしても食い止めねばならぬ!」
 うん、俺もそれはそう思う。世界を救いたい。人を助けたい。俺は物心つく前からそう思ってきた。
 正義感が強いわけじゃない。それならオルテガと比較されたくらいで拗ねたりしない。ただ、俺は我慢ができないんだ。
 世界のどこかで無意味に人が死んでるって思うと、もうなんていうか、いてもたってもいらんなくなる。
 魔王がどんな理由で人類を支配しようとしてるのか知らねぇけど、それが人の死を生み出すなら、俺はそんなの我慢できないんだ。
「サンッツよ、魔王バラモスを倒してまいれ! しかし一人ではそなたの父オルテガの不運を再びたどるやも知れぬ。街の酒場で仲間を見つけ、これで仲間たちの装備を整えるがよかろう」
 そうして渡されたのが旅人の服が一着、棍棒が二つ、檜の棒が一本。……しょぼっ。せめて銅の剣にしろよー。ていうか……俺、仲間にできるの一人だから防具は人数合ってるけど武器は余分なんだけどな……売って金にしろってか?
 そう、こんなところまで俺はオルテガと同じだ。仲間にできる人数は一人。オルテガも母さんを仲間にしてたけど、母さんが出産のために冒険者を引退してからは母さん以外の人間とは組まないって一人を貫いてたんだとさ。バッカみてぇ。
「では、また会おう! サンッツよ!」
「……………………」
 俺は結局最後まで一言も発しないで玉座の間を出ていった。
 ………あ〜………焦った〜………! やっぱ苦手だ、こーいうの。俺はあくまで庶民だもん、勇者っつったって。毎日訓練しかしてこなかったんだから、お貴族さまに注目されたって困る。……別に貴族が俺らより偉いとか思ってるわけじゃないけどさ。なんか……セレブな雰囲気っつーの? そういうのがあって圧倒されちゃうんだよなー。
 ともかく俺はさっさと城を出ようと兵士の案内に従ってとことこ歩いた。周囲からはこそこそなんか話してる声が聞こえたけど、どーせオルテガと比べてどうだのオルテガの息子にしてはどうだの言ってんだろうからシカトする。
 ともかく、早くルイーダの酒場に行って仲間を見つけたかった。

 とか言ってるけど、実は俺もうだいたい目星はつけてあるんだよね。
 旅を共にして背中を預ける仲間なんだ、第一印象だけで決めるなんて馬鹿げてる。一ヶ月前から母さんに時間をもらって(そんな用事でもなければ俺に訓練以外に費やす時間はない)何度もルイーダの酒場に通い、ルイーダさんから話を聞いたり冒険者たちを観察したりして審査した。
 で、俺が決めた仲間というのは、商人十七歳男エウゼビウス・モッヘル。性格はどちらかというとおっちょこちょいっぽい感じだったけど、金勘定がすごくしっかりしててなにより優しくて感じがいい。実力のほどはルイーダさんによるとまだまだってことらしいけど、俺と一緒に戦っていけばどんどんレベルは上げられる。
 なにより、同年代の同性だ。俺としては……今まで友達とか全然いなかったから、仲間は友達になれる奴がいいなって思ってた。戦力は二の次で。
 エウゼビウスは、こいつなら俺でも友達になれるんじゃないかなってくらい人懐っこい感じがあったんだ。
 まだパーティ組んでないといいけど、と思いつつ足早に街を通り過ぎ、ルイーダの酒場の扉を開いた。
 いつもと同じ、喧騒と酒と料理の香りが漂ってくる。俺はこの感じ、わりと好きだ。なんだか冒険者たちって感じでわくわくしてくる。
 ともかく奥へと進んでルイーダさんを見つけた。一ヶ月前から通ってるんだから当然顔見知りだ。俺のことは(オルテガの息子の存在は、って意味だけど)知ってたみたいだし。
「ルイーダさん」
「おや、サンッツ! 来たね」
 ルイーダさんは笑顔で出迎えてくれる。それに俺もにっと笑顔を返し、目の前の椅子に座った。
「とうとう旅立ちの日なんだね」
「ああ。魔王を倒すための旅が、ようやく始まるんだ!」
 俺は元気にそう言う。そうだよな、ようやく始まるんだよなと思うと、心が浮き立って止まらない。
 ―――と、隣に座っていた冒険者が片眉を大きく上げた。
「おい、ガキ。魔王を倒す旅、とか言わなかったか、今?」
「言ったぜ?」
 なんだよ文句あんのかときっとそいつを睨むと、そいつとそいつの仲間たちはぶっと吹き出した。
「馬鹿かてめぇは! そんなもんできるわけねぇだろ!」
「なんでだよ」
「てめぇみてぇなチビが魔王征伐だぁ? ふざけんな、てめぇごときにできるくれぇならもうとっくに誰かが魔王倒してらあ」
「そんなのわからないだろ!」
「馬鹿かおめぇは。あのオルテガだって倒せなかったんだぜ、魔王は? てめぇごときにできるわけねぇだろが!」
 俺は、当然のことながらかっちーん、ときた。
「そんなこと言ってるからあんたらうだつのあがらねぇ冒険者稼業から抜け出せないんじゃねぇの?」
「……なんだと、コラ?」
「できるわけないって決め込んで、他の誰かがやってくれるさって押しつけて。そんな根性なしだからなんにもできねーで終わるんだよ、このクズ野郎! てめぇら全員ドブに顔突っ込んで死ね、タコッ!」
「てめぇ……」
「このクソガキッ!」
 そいつらが立ち上がる。俺も立ち上がって拳を握り締めた。
 と、そこにルイーダさんの声がかかる。
「おやめ!」
「姐さん! 止めないでくれ、このクソガキに世間の荒波ってのを教えてやらにゃあ」
「教えられるのはあんたの方だよ。その子の名前はね、サンッツ・アルビステギ・オルテガ・Jr。オルテガの息子の、当代のアリアハンの勇者なんだよ」
『え……』
 あっけに取られたような顔をするそいつら。俺がぎろりと睨むと、そいつらはとたんにぺこぺこと頭を下げる。
「す、すまん! まさかあんたみたいな子供が勇者とは思いもせず……!」
「オルテガの息子というからもっと背の高い逞しい男とばかり!」
「な、なぁ、俺を仲間にしてくれよ! 経験豊富な俺が、あんたをしっかり導いてやるぜっ!」
「……あんたらだけは絶対ぇ仲間にしねー」
 悲嘆の声を上げるそいつらを無視して俺はルイーダさんに向き直った。エウゼビウスっていう当てがなかったとしても、オルテガのことと背が平均よりやや(ここ強調)低いってこと、俺の二大地雷をしっかり踏んでくれた奴らなんか仲間にするもんか。
「ま、あたしもこいつらは勧めないけどねぇ……」
「姐さ〜ん……そういう言い方はないでしょう?」
「それ以外にどんな言い方しろってのさ。あんた、当てがあるとか言ってたよね?」
「うん」
 俺はこっくりうなずいた。ルイーダさんは興味深そうな顔になり聞いてくる。
「なんて子だい? もちろんあんたの意思を尊重するけど、あんまりひどい奴だったら黙って見てはいられないからね」
「俺の目信用してないのかよ」
「してない。あんたはまだまだ世間知らずのガキんちょさ。人を見る目は三割方割り引いて考えな」
「ちぇっ、ひっでぇの」
 俺はむくれたが、まぁそれもわからんでもないから素直に当ての名前を言った。
「エウゼビウス・モッヘル。商人、男、十七歳」
「え?」
「え……えぇぇぇぇ―――――っ!!!!」
 酒場の隅から絶叫が聞こえた。思わずそちらの方を振り向くと、そこにはエウゼビウスが口を絶叫の形に開いたまま固まっている。
「あ、あいつあいつ。ルイーダさん、呼んできてよ」
「え……やっぱりあの子?」
「うん」
 俺がうなずくと、エウゼビウスはすごい勢いでぶんぶん首を振り始めた。そして絶叫する。
「無理です!」
「……はぁ?」
「俺勇者の仲間になれるほど優秀な冒険者じゃありませんよ! 勇者の仲間やれる自信なんてありません!」
「お前知らないの? 勇者の仲間になれば戦うだけでレベル上げられるんだぜ」
「それでもレベルを上げるには生き残らないと駄目でしょう!?」
「そりゃそうだけど」
「無理です、強い魔物が出てきたら絶対俺死にます、絶対ついていけなくなりますって! 俺は一介の商人なんです、魔王を倒す旅なんて大それたものにつきあえませんよ!」
「………なんだよ」
 俺はうつむいて小さく呟いた。なんだよ。そんなに俺と旅するのが嫌なのかよ。
 俺が頼りないから? 仲間一人も守れないって思ってるのかよ。
 ちくしょう。生まれて初めて、作ろうとした仲間で、友達なのに。俺にはそんなことすら許されないってのかよ。オルテガの息子だってさんざん他の奴らと引き離されて、ようやく仲間を作れると思ったらこれかよ。
 ちくしょう………!
「―――そんな頼りない奴を仲間にしようってか? オルテガの息子ってのは本気で見る目がねぇな」
 そんなくそえらそーな声が聞こえたのは、その時だった。
「なんだとっ!」
 俺は反射的に怒鳴った。偉そうな言われ方はムカつくし、なによりオルテガの息子って呼び方が気に食わない。
 その声は酒場の入り口から聞こえてきた。ルイーダさんが怪訝そうな声を上げる。
「誰、あんた? 登録してる冒険者じゃないね?」
 そいつは――ムカつくことに俺より頭ひとつは背が高かった――不思議な髪の色をしていた。茶銀というのだろうか、ぱっと見茶色なんだけど不思議な輝きをしている髪だ。
 おまけに瞳の色も珍しかった。アメジストみたいに澄んだきれいな紫。眼の形もついでに言うと顔貌も筋肉のつき具合もきれいな、悔しいけどいい男っていうのはこういうのを言うんだろうって感じのハンサムな二十歳前後の男だ。
 そいつはふふんとくそえらそーに鼻を鳴らし、つかつかと俺たちの前に歩み寄るとぱちんと指を鳴らす。するとその手の上にいつの間にか、家紋の入った指輪が差し出されていた。
「オルトヴィーン・ザーヒェンバッヒャー。二十一歳、男。加えて家紋で氏素性ははっきりすると思いますが、ミセス・ルイーダ?」
 ルイーダさんががたんっと音を立てて椅子から立ち上がる。そして震える声で叫んだ。
「あんた……っ、勇者サイモンの息子かいっ!?」
 ―――え!?
 酒場中の視線がそのオルトとかいうやつに向いた。サイモン。勇者サイモン。俺だって名前知ってるサマンオサの勇者。その実力はオルテガと肩を並べるとかいう評判で、オルテガとすごく仲がよかったとかなんとか。
 ……こいつも、ガキの頃からサイモンの息子って呼ばれ続けてきたんだろうか。
 なんだか不思議にたまらないような気持ちになってじっとそいつを見上げると、そいつは顔をしかめて舌打ちする。
「なんだ、オルテガの息子って聞いたから期待してたのに……女かよ」
「はぁっ!!??」
 俺は当然、ぶち切れた。
「なに言ってんだてめぇどこに目ぇつけてんだ! 俺のどこが女に見えるってんだ言ってみろ!」
「そのささやかな背とカマっぽい顔」
「カマ……」
 俺は絶句した。そんなことを言われたのは初めてだった。なんのかんの言いつつ俺はオルテガの息子ってことで(遠ざけられてはいたけど)誰からも礼儀正しく接されてきたから。
 だけど、そんなのは当然一瞬だ。俺はかーっと頭に血を上らせてそいつに拳を振り上げた。
「誰がオカマだ、このクソボケ野郎っ!」
「っと」
 そいつは少し驚いたような顔で俺の拳を受け止める。俺は仰天した。
 受け止められた。今まで母さん以外はみんな一撃で沈めてきた俺の拳が。
 こいつ、強い。母さんほどじゃなくても、今の俺よりは。
 そいつが驚いたように目を見開いたのは一瞬だった。すぐにふふんと鼻を鳴らして俺の頭に腕を置く。
「なにすんだよっ!」
「なにってちょうどいい肘掛けじゃねーか。さすがオルテガの息子、ちっちゃくっても頑張りますってか? 偉いでちゅねー、ボクー?」
「てめぇざっけんなっ! って、男ってわかってんじゃねーかっ!」
「たりめーだろ、わかってて馬鹿にしたんだよ馬鹿だなテメェ。オルテガの息子はおつむの方も背丈に似てささやかなのかな〜?」
 俺は頭の上のそいつの腕を叩き落して脛に蹴りを放った。そいつは足を動かして巧みに受ける。
 頭突きを放った。頭を動かして避けられる。
 組み打ちを仕掛けた。両手を使ってうまいこと避けられる。
「てめぇっ、逃げんじゃねぇっ!」
「お前本っ気で馬鹿だな頭悪ぃな脳味噌不自由だな。これは逃げてんじゃねぇ、避けてんだよ。それとも――」
 ふいにそいつの体が動いた。巧みに間合いを取って俺に反撃させないように懐に入り込み、その大きな体を使ってカウンターに背中を押し付ける。
「こうして攻撃される方が好みか?」
「………っ!」
 俺は悔しさに唇を噛んだ。暴れようとするけれど、そいつはうまいこと俺を押さえ込んで力を出させない。ムカつくが体術では明らかにこいつが上だった。
 なら呪文を使ってやろうと口を開く――そこにルイーダさんの怒鳴り声が響いた。
「こんなめでたい日に喧嘩すんじゃないよっ! あんたら二人ともそこに座りなっ!」
「はいっ!」
 母さんの怒鳴り声に似てたんで反射的にそう言って気をつけしてしまう俺。そいつは不意を衝かれたのか俺の頭に頭突きされた格好になって「テメェ……!」とか言いつつ鼻を押さえた。へへん、ざまーみろ。
 とにかく俺たちはカウンターに並んでルイーダから事情聴取を受けることになった。
「……で、サイモンの息子、オルトヴィーン・ザーヒェンバッヒャー。あんたはなんで今日この日にここに来たんだい?」
「オルテガの息子が旅立つと聞いたのでね。あなたにならオルトと呼んでもらってもかまいませんよ、マダム・ルイーダ」
 そいつはすっげー気障っちく肩をすくめた。くそ、サマになっててムカつく。
「おい、オルト」
「テメェ、誰がテメェに呼び捨てていいっつった」
「だったらお前も俺のことオルテガの息子って呼ぶのやめろよ」
 ていうか……こいつはサイモンの息子って呼ばれるの嫌じゃないんだろうか。普通に流してるけど。諦めてるのかな? 俺みたいに。
「ふーん。じゃ、オルテガ・Jr」
「てめぇそれじゃ変わんねぇだろ!?」
 ていうかこいつ俺の名前知ってるのかよ。
「ふん、オルテガの息子の分際で名前の呼び方に文句つけるなんて生意気なんだよ」
「ざけんなてめぇ、俺が選んだんでもないことで責任取れるかっ! まともに話聞きやがれボケ野郎!」
 そいつは少し顔をしかめて、それからうるさげにうなずいた。
「わかったわかった。じゃ、サン」
「え……」
 俺はちょっと驚いてそいつ――オルトを見上げた。オルトはさらに顔をしかめる。
「なんだよ、この呼び方も嫌だってか?」
「そ、そうじゃない! いいよ、その呼び方で」
 俺は勢いよく首を振った。なんだか、胸がドキドキしていた。
 ……愛称で呼ばれたの、初めてだ。
「……そーかい。……とにかく。俺は知っての通りサマンオサの誇る勇者サイモンの息子だ」
「知っての通りって、知らねーよんなこと」
「んだとテメェざけんなテメェの親父の親友の息子の名前だぞっ!」
「知るか! すっげー縁薄いじゃねーか! だいたいオルテガが昔どんなことやったかだなんて興味ねーもん俺!」
 そう怒鳴るとオルトはなんだかビキビキッ! とこめかみに血管を浮かせて、低い声で威嚇してきた。
「なんだと、コラ」
「なんだよっ」
「てめぇの親父がなにをやったかぐらいきっちり知っとけ! てめぇが今生きてここにいられんのは誰のおかげだと思ってんだ、サイモンやオルテガたち勇者が戦って国を守ってくれたからなんだぞ! てめぇの命が誰に贈られたもんかも考えねぇガキがほざいてんじゃねぇ!」
「…………!」
 俺は言葉に詰まった。そんな風には考えたことがなかったんだ。
 自分の命が今ここにあるのが、オルテガが戦ったおかげかもしれない? 嫌だ、そんなの認めたくない。だって俺はオルテガの残した影響と、ずっとずっと戦ってきたんだから。
 だけどそれと命、どっちが重いかっていったら命の方に決まってる。俺はたまらなく悔しくて、ちくしょうちくしょうと心の中で呟きながらうつむいた。
「まぁまぁ、その辺にしときなさいよ。で? サイモンの息子のあんたが、なんでオルテガの息子のサンッツの旅立ちの日に合わせてアリアハンに来てるわけ?」
「……ええ。オルテガの息子と、勝負をつけようと思いまして」
「勝負?」
「ええ。親の代からの勝負です」
「はぁ?」
 わけがわからず俺が声をあげると、オルトはじろりと俺を睨んで言った。
「サン。俺と勝負しろ」
「勝負って……なにで? なんで?」
「なんでもいい。理由か? 理由はな……」
 ぐいっと俺の胸倉をつかんで引っ張り上げる。
「魔王を倒せたわけでもないオルテガがサイモンより上の扱いを受けているのが気に入らねぇからだ!」
「……はぁっ!? つか、苦し……!」
「勇者サイモンがどれだけ偉大かテメェは知ってるか? オルテガとどれだけ差があったっていうんだ? んなもんありゃしねぇ。二人自身だってお互いを同等と認めてた。なのにどこに行ってもオルテガオルテガオルテガオルテガって、オルテガばっかり有名なのが気に入らねぇ!」
「は……!? げほっ、放せって……ば!」
 どんっと突き飛ばして、オルトはようやく我に返ったみたいだった。小さく「悪ぃ」と言ってそれからふんぞり返る。
「とにかく、俺はお前に勝って、息子の代は間違いなくサイモンの方が優れていると証明しに来たんだよ」
「んだよそれ……バッカみてー」
 俺はまだ小さく咳き込みながら吐き捨てた。馬鹿かこいつ。
 自分の父親が誰より上か下かって決めてなんの意味があるんだ。どうせ死んじまった奴だし、第一自分のことじゃねーじゃねーか。そんなことでムキになったって、無駄だろ?
「なんだと、コラ。逃げる気か?」
「……別に勝負してもいいけどさ。なにですんだよ」
「お前の得意なもんでいいぜ。剣でも呪文でも戦術戦略でも」
「ちょいとお待ち」
 ルイーダさんが待ったをかけた。
「あんた、職業は?」
「決まってるでしょう? 勇者です」
 くそえらそーにふんぞり返るオルト。……こいつも、勇者なんだ。
「レベルは?」
「21です」
「その年で21ってことは、魔物を倒してレベル上げしたんだろう?」
「はい」
「はいじゃないよ、このお馬鹿」
「おばっ……!?」
「この子はまだレベル14、それも実戦経験なんて数えるほどなんだよ? 明らかに公平じゃないだろう。同い年ならともかく五つも年下なんだ、そんな子供に尋常に勝負挑んで勝ったからって喜べるのかい?」
「う……」
 痛いところを突かれたみたいでオルトは一瞬固まる。俺はその隙に言った。
「俺は別にいーぜ、剣とか呪文で勝負しても」
 ていうか実戦じゃ公平不公平なんて言ってらんないじゃん。レベルが高いから勝つってもんでもねーだろ、絶対さっきの雪辱してやる。
「うるせぇガキ! 俺がそれじゃ困るんだよ!」
「なんだとてめぇ勝手に勝負挑んできといて勝手に逃げ出すのかよ!」
「逃げ出すわきゃねぇだろ! うーん……公平な勝負……公平な勝負……」
 オルトはうんうん唸って考えて、それからぽんと手を打った。
「仲間選びのうまさっていうのはどうだ。これならレベル関係ねぇだろ」
「仲間選びのうまさ……?」
 なにそれ。
「ああ。お前、さっきあそこにいる頼りなさそーな商人なんて仲間に選んでただろ」
「悪いかよ」
「悪いね。勇者の仲間ってのはただのパーティメンバーじゃないんだぜ? 一生を共にするかもしれない、ことがあれば勇者自らでなければ止められない相手だ。人柄の底の底まで読み切らなくちゃ、仲間なんて選べねぇんだよ」
「んだよ偉そうに……大体お前仲間なんて連れてけるわけ?」
「当然だ。俺を入れて二人まで連れていける」
「それって要するに一人じゃねーか」
「うるせぇタコ生意気言ってんじゃねぇチビ!」
「誰がチビだこのウスラデカ!」
「やめなっつってんだろあんたたち!」
 また取っ組み合いになりかけた俺たちをルイーダさんが止める。
「……なら、そういうあんたは誰を仲間にするんだい?」
「……そうだな。俺なら――」
 と、オルトは周囲を見回して、近くの壁に背を預けている一人の女戦士に目を留めた。
「――彼女だ」
 周囲がどよめく。だけどその女戦士はわずかに目を見開いただけで、無表情のまま顔も動かさない。
 ルイーダさんが感心したようにうなずいた。
「あんた、なかなか見る目あるねぇ。あたしもこの子にどんな子がいいか聞かれたらあの子を推薦するつもりだったんだよ」
「……単に見た目で選んだんじゃねぇのー?」
 その女戦士はかなりの美人だった。こいつすっげー女好きそうだし。
「ふん。彼女の実力が測れないとは、まったくこれだからガキは」
「なんだとてめぇ!?」
「気配を探ってみろ。彼女の存在感がわからねぇのか。周りの有象無象とは明らかに桁が違うだろうが桁が」
「う……」
 悔しいが言われて初めて気がついた。この姉ちゃん、確かにできる。熟練の戦士の存在感をばりばり発揮してる、母さんほどじゃないがオルトぐらいには強いんじゃないかってほどの気配だ。
 その姉ちゃんは、俺を見てふっと馬鹿にしたように笑うと(ムカつく)オルトの方を見て肩をすくめた。周囲が有象無象といわれて騒ぎ立てるのもかまわずに。すっげぇ冷たい感じだ。
 オルトはその姉ちゃんの方に指を向けてぱちんと鳴らした。
「お嬢さん。お名前は?」
「……シルヴナンシェ・ヴェルニエ」
 案外きれいに澄んだ声だった。
「俺と一緒に来ていただけませんか?」
「……報酬は?」
「世界の四分の一。成功報酬で」
「……言うな」
 その女戦士――シルヴナンシェはふっと笑った。
「いいだろう。お前の仲間とやらになってやろうじゃないか」
 ああ、とため息のような声が周囲から漏れる。オルトはふふんと偉そうに鼻を鳴らした。
「どうだ、サン? あーんな頼りねぇ商人をターゲットにしてしかも失敗してるお前と違って、俺はこんな一流の戦士をあっさり仲間にしてみせたぜ?」
「あんたねぇ、だからこんな子供に威張っても――」
 俺はそれを遮って怒鳴った。俺はガキ扱いされるのがチビ扱いされるのの次に嫌いなんだ(一番嫌いなのはオルテガの息子扱いだけど)。
「うるせぇタコ野郎っ! 仲間の価値っていうのは戦闘力や仲間になりやすさだけで決まるもんじゃねぇだろっ! 相性だって重要なんだよ、俺はあいつとだったら仲良くやれるって思ったんだ! 俺のことよく知りもしねー奴が偉そうに言ってんじゃねぇっ!」
「む……」
「まぁ、確かにそれもいえてるね」
 ルイーダさんの言葉に黙り込んでしまうオルトを俺はザマミロと思いながら睨んだ。後ろの方で「勇者さん……!」という感極まったような声が聞こえた気もしたけどよく覚えてない。
「……じゃあ、マダム・ルイーダ。冒険者たちの出会いと別れの酒場を取り仕切るあなたにお願いしたい。どんな方法なら公平に決着がつけられるか、知恵を貸してはいただけませんか」
「ふふん、ようやく聞いたね」
 ルイーダさんは待ってました! と言わんばかりの顔で笑って、カウンターの下からごそっと細い紙の山を取り出した。なんだこれ?
「ここは一発、古くから伝わる運試しで決めてみようじゃないか。くじ引きで勝負しな」
「くじ引きぃ?」
 しょっぼい勝負だな。
「文句言うんじゃないよ! これなら恨みっこなしの一発勝負じゃないか! 公平でおまけに勝負の結果もすぐわかる、文句ないだろ」
「けど、結局ただの運試しじゃん」
「馬鹿だね、あんたは。一番最後の時にパーティのリーダーに求められるのは勝負勘と運だよ。曲がりなりにも勇者を名乗るんならこのくらい当ててみせなくちゃあねぇ」
「む……」
 そう言われると俺のチャレンジスピリットが燃えてきてしまう。確かにルイーダさんの言うことにも一理あるよな。
「わかった。いいぜ、俺はその勝負で」
「……ふん。いいだろう。俺も乗った」
「ようし、どっちもいいね? じゃあ、この山の中から券を一枚だけ選んで引きな」
「どっちも外れたらどーすんの?」
「その時は引き分け、勝負なし」
 こんもりと盛り上がってるくじの山の中から一枚だけなんて、どっちも外れる確率の方が高いんじゃねーか? この人勝負なしにしたいだけなんじゃねーか? と思ったけど、いまさらそんなことを問うわけにもいかない。俺は覚悟を決めて一枚のくじを手に取った。
 オルトも真剣な顔でくじを選び、手に取る。ルイーダさんが俺たち双方の顔を見渡した(ていうか周囲から矢のような視線が降り注いできてたんだけど、勝負に集中してた俺は気づかなかった)。
「ようし、いいかい? 双方それでいいね?」
「うん」
「……ええ」
「では……Show Down!」
 俺たちは同時にくじの山の中からぐいっと選んだくじを引く――
 そして、その結果。
「………っしゃぁ――――――っ!!!!」
 全身全霊でこみ上げるような勝ち鬨を上げたのは、オルトの方だった。
「……っくしょーっ! 負けたーっ!」
 俺はがっくりとうなだれる。ちくしょー、ただの運試しなんだけどでもやっぱり負けるのは悔しい。
「よっしゃよっしゃ、勝ったぜ。これでオルテガの息子は今日から俺の手下だな!」
「はぁ!?」
 急に聞こえてきた不穏な言葉に俺は目をむく。お前、今なんつった。
「ああ? ざけんなボケ、勝負した以上負けた方が勝った方の手下になるのは当たり前のこっちゃねーか」
「っざっけんなボケはそっちだこのボケタコ! いつ俺がそんな約束したっ!」
「ざけんなアホタコ俺は最初っからそのつもりだったんだよ! こんなところで勝負つけたってなんの意味もねーじゃねーか! 手下に加えて、一緒に旅して、一緒に魔王倒して、その間に俺がお前より上だってことをじわじわとわからせてやろうと思ったんだよ!」
 ―――え。
「……お前……それ、本気で言ってんの?」
 おそるおそる聞くと、オルトははぁ? なに言ってんだテメェ、と言いたそうな顔をした。
「当たり前だろなに言ってんだテメェ」
 あ、ホントに言いやがった。
「文句があるなら実力で排除しな。つか、テメェも勇者の端くれなら、二人より四人の方が魔王を倒せる確率が高いってわかるだろうが」
「……………………」
 俺はしばらくオルトをじーっと見て、嘘をついてないって思って、それから満面の笑顔でうなずいた。
「わかった! よろしくな、オルト!」
 そう言ってさっと手を差し出す。オルトはお? と少し驚いたような顔をしたけど、すぐにやりと笑って手を握ってきた。
「よろしくな、サン」
 俺たちはがっちりと握手を交わす。雰囲気に流されたのか、周囲からぱちぱちと拍手の音が響いた。

 ――俺は、嬉しかったんだ。
 俺に、オルテガの息子としてしか扱われなかった俺に、遠ざけられてきた俺に、一緒に旅をしようって、仲間になろうって言ってくれた奴、こいつが初めてだったから。
 俺のこと手下なんて言うのはムカつくけど、そこらへんは実力でわからせてやりゃいいやって思ったんだ。これから長い旅をするんだ、一緒にいりゃどんどん変わってくだろって。
 ――もちろん、この時は俺は、オルトへの俺の気持ちがあんな風に変わるなんて、思ってもみなかったのだけど。

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