格闘家
 一番最初の記憶は、大きな背中。
 ふらふらする体をしっかりとつかんで背負われ、ふわふわと宙を飛ぶように運ばれる。顔と腹に伝わってくる体温が気持ちよかった。自分はその目の前の広くて暖かい背中にそっと抱きついて、たまらなくほっとした気持ちで目を閉じる。
 それは自分の幸福の形。一番最初に感じた心地よさ。自分を包んでくれると信じられる、大きく広い温もり。
 自分は、離れてしまったその背中を、ずっと追いかけ続けている。

「ほーらっ、起きた起きた! いつまで寝てんの、あんた今日が何の日だかわかってんでしょうね!」
「んー……あと五分ー……」
「ふざけたこと抜かすんじゃないの! 起きなさいほらっ」
「ってぇ!」
 シーツを引っ張られベッドの下に転がり落ちて、エド――エディシュ・メルトはわめいた。
「母さん、今日旅立とうっつー息子に対してなんだよその態度! もーちょっといたわりとか愛情の発露とかはないわけか!?」
「あ〜らそれは悪かったわね〜。まさか旅立とうっていう日に寝坊するようなガキが私の息子だとは思わなかったの。てっきり旅立ちすっぽかすつもりかと思ってね〜」
「んなわけねーだろっての……」
 ぶちぶち言いながらエドは寝巻きを脱ぎ始めた。自分でもかなり鍛えている自信のある、六尺一寸弱の体躯がどんどんとあらわになっていく。
「こら! 少しは恥じらいを持ちなさい、女性の前で着替えるなんてはしたないわよ! そういうことをやっていると仲間の女の子からも嫌われるんだから」
「うっせーなー、いいんだよ男の裸ぐらいでキャーキャー言うような女は仲間に入れねーから」
「まったく……しょうがないわね。早く下りてきなさいよ」
 出て行く母、エディアを見送ってから、エドはよっと立ち上がった。部屋の中を見渡す。発つ鳥あとを濁さず、という言葉通りに、今日のために少しずつ持ち物を減らしてきていたので広々としている。
 感傷的な気分にはならなかった。だって、これで終わりってわけじゃないんだから。自分は絶対ここにまた戻ってくる。魔王を倒して。
 当然だ、自分にはレックスが、信頼できる仲間がついてきてくれるのだから。

 エディシュ・メルトは今日十六歳になったばかりの新米勇者だ。
 勇者試験に受かった人間の中で比較してみると、成績は中の上というところ。体力と根性と負けん気では随一だったが、技術面と頭脳関連が足を引っ張ってこの成績に甘んじた。
 ともあれ勇者である以上、成人すればすぐ魔王征伐の旅に向かわねばならない。なのでエドは王に謁見するべく王城に向かった。
 王城の中はまるで(勇者試験の時ぐらいしか王城に入ることはなかったが)普段と変わらなく見えた。それもそうだろう、今日は別になんの式典があるでもない、ただ勇者の一人が旅立つというだけの話だ。城の人々にしてみればいつものことなのだろう。
 けど、俺が帰ってきた時は城中あげての大歓迎をさせてみせる。
 そう決意しつつ、エドは兵士に案内されて謁見の間までやってきた。王はいつも通りプルプル震えている。いい加減王位を譲って隠居すればいいのに、とエドはいつも思うが、気だけは若いアリアハン王にこんなことを言っても無駄なことは承知していた。
「よくぞ来た! 勇敢なるオルテガの息子エディシュ・メルトよ!」
 エドは思わず目をぱちくりさせた。オルテガの息子と呼ばれたのは久しぶりだった。いくら世界に名を轟かせた英雄とはいえ、もう十年も前に死んだ男だ。いまさら自分をオルテガの息子扱いするのは親戚の年寄りやら近所のおばちゃんやらくらいのものだ。
 もちろん幼い頃は周囲にオルテガの息子としてどうたらこうたらとかよく説教を垂れられたものだが、エドはそれをさして気にすることなく育った。母も祖父も自分をのびのび育ててくれたし、オルテガの功績を押し付けがましくならない程度に自分に伝えてきてくれたから、エドも自然とオルテガを普通に尊敬するようになっていったのだ。
 そして、追い落とすべきライバルとして意識するようにも。
「すでに母から聞いておろう。そなたの父オルテガは、戦いの末火山に落ちて亡くなってしまった。しかしその跡を継ぎ、旅に出たいというそなたの願いしかと聞き届けたぞ! そなたならきっと父の遺志を継ぎ、世界を平和に導いてくれるであろう」
 王様王様、手ぇ震えてる手が。あんまり興奮すると体に悪いぞ、と心配しつつエドは老体を震わせて叫ぶ王を見つめた。
「敵は魔王バラモスじゃ! 世界のほとんどの人々は、いまだ魔王バラモスの名前すら知らぬ。だがこのままではやがて世界は魔王バラモスの手に……。それだけはなんとしても食い止めねばならぬ! エディシュよ、魔王バラモスを倒してまいれ!」
「はっ」
 とりあえず頭を下げると、王はぜーはーと呼吸を落ち着かせつつぱんぱんと手を叩いた。
「まずはルイーダの店で仲間を見つけるがよかろう。宮廷魔術師団からも人を一人出す」
 その拍手音が響くや、謁見の間脇の扉から一人の少女が出てきた。きれいな赤毛に翠の瞳の華奢な少女だ。こんな女の子が旅に出れるのか、と一瞬不安になったが、王はそんなエドの考えにはかまわず上機嫌に言う。
「リルナ・カイネヴェルト。若いが、優秀な魔法使いじゃ。協力して魔王を倒してくれ!」
「はっ」
 王に一礼してから、リルナに向き直って軽く会釈する。リルナもわずかに頬を染めながら会釈を返してきた。
「では、また会おう! エディシュよ!」
 退出しようと立ち上がると、リルナもすすっと近寄ってくる。なんとなく反射的に笑いかけ、一緒に謁見の間を出た。

「言っとくけど、無理してついてこなくていいんだぜ」
 城の外に出るや、エドはリルナに言った。
「え……」
「上司に言われたのかなんなのかは知らないけどさ、この旅は相当きつくなることはあんただってわかってるんだろ? そんな旅にあんたみたいな女の子が無理してついてくることないんだぜ。なんだったら俺に襲われたから逃げてきた、とか言ってもいいし」
 リルナは少しあっけにとられた顔をしていたが、すぐ首を振った。
「いえっ、私、以前から勇者の旅に同行してみたいって思ってましたから! 今回も嘆願書出してやっと受け入れてくれたぐらいなんです! ですから私もう絶対逃げ出したりしないので!」
「……ふーん。そっか。それなら文句はねぇや。よろしくな、リルナ」
「はいっ」
 ひょいと差し出した手で軽く握手をする。と、からかうような声が聞こえた。
「あーらら、エドちん。もー女の子の仲間とお手手繋いじゃってるの? 意外と手ぇ早いなー」
「はぁ? お前なに言ってんだ?」
 振り向くと、そこには予想通りいかにも遊び人風の格好をした男が立っていた。エドの幼馴染で、この旅に同行する仲間の一人でもある男、ディアンだ。
「ディアン、どーしたんだよ、こんなとこで」
「迎えに来てやったんじゃん。お前んちに集合っつーから行ったらさ、おばさん一度送り出したからにゃーバラモスを倒すまで敷居はまたがせないとか言い出して追い出されちまったからさ。お前家族との話ぐらいちゃんとしとけっての」
「げ、マジかよ……つかフツー思わねぇだろ追い出すなんてよー」
「あの、エディシュさん。こちらは……?」
「ああ、こいつはディアン。遊び人だぜ。俺の幼馴染で、ガキの頃から一緒に旅立つって決めてたんだ」
「まぁ、行きがかり上ねー。君、名前なんていうの? 可愛いねー」
「え、あ、あのっ……」
「コラ、てめぇ一緒に旅する仲間口説くなっつの。この子はリルナ・カイネヴェルトっつって王宮魔術師団から派遣されてきた子なんだよ。てめぇみてーな軟派野郎には慣れてねーんだからな」
 それよりも。エドはごほんと咳払いをして訊ねた。
「レックスは?」
 ディアンは小さく笑う。
「お前んっとにいっつもレックスレックスだな」
「うっせーな! いいだろ別にっ。早くどこにいるのか言いやがれ」
「んー、お前ん家の前で会って一緒に来たんだけど、はぐれちまったか? 好みの女でもいたのかなー……」
「なんだよそれ……。!」
 がっかりしかけたエドは、気配に気がついてぱっと顔を輝かせた。いる。少し離れた木陰から、自分たちの方を見ている。
「レックス!」
 たっと駆け寄ると、自分の一番仲のいい親友で兄貴分で幼馴染、レックス・ガイハードは苦笑した。
「お前、女の子放って俺の方寄ってくるなよ」
「なんだよ、いいだろ。これから仲間としてやってくんだから遠慮なんかしたってしょうがないし」
「そーだよなー、エドはレックスが大好きだからそーやって懐いちゃうだけなんだもんなー」
「懐くって、別に抱きついたりしてねぇだろ!」
「公道でお前らがんなことしたら公害だよ。暑苦しすぎるって」
「なんだとっ」
「落ち着け」
 レックスがぽん、と肩を叩く。エドは思わず自分より一寸だけ背が高く三分の一周りくらいは自分よりごついレックスに振り向き、迫った。
「けどさぁ!」
「俺らがでかくてごついのは確かだしな。そんなのがくっついてたら暑苦しいとも思うだろう」
「……けどさ」
 反論の言葉は思いつかないが、それでも納得はできなくてじっとレックスを見つめると、レックスは苦笑して頭を撫でてきた。あと一寸まで追いついたのに、それでもやっぱりまだ少し上からそっと手を伸ばして撫でてくれる、温かく大きな掌。
「そんな顔するなよ」
「……だってさ」
 その手の温もりに、どんどん腹立ちやらわだかまりやらが解けていく。少し乾いたレックスの手の感触。この感触は自分をいつも、落ち着かせて心地よくしてしまうのだ。
「おーいそこの二人ぃ。仲がよろしいのはけっこうなんですけど、そろそろ俺らのことも思い出してくれませんかねー?」
 ディアンのからかうような声に我に返り、エドはぎろりとディアンを睨んで怒鳴った。
「元はといえばてめぇが悪いんだろーがっ、たく。……リルナ、こいつはレックス・ガイハード。武闘家。俺の幼馴染で兄貴分。ディアンと一緒で、ガキの頃から一緒に旅立つって決めてたんだよ。レックス、こっちは」
「聞こえてた。リルナ、だったな。よろしく頼む」
 軽く会釈するレックスに、リルナは慌ててこくこくとうなずき、それからおずおずと聞いてきた。
「あの……お三方とも、幼馴染でいらっしゃるんですよね?」
「ああ。それが?」
「幼馴染で一緒に旅立つ約束をしていらっしゃるなんて、仲がよろしくていらっしゃるんですね」
『…………』
 しばし戸惑ったようにお互いの顔を見合わせてから、エドは笑った。
「まぁ、な」
 本当なら仲がいい≠ネんて言葉で済ませられるものではない、とエドは思う。自分が今ここにこうしているのは、レックスのおかげなのだから。

 物心ついた頃から、エドはレックスにどこに行くにもついて回っていた。
「行くぞ、エド!」
「おうっ!」
 悪戯をすることも遊ぶことも、エドはレックスに物心つく前から教えられてきた。母親同士が親友で、自分が赤ん坊の頃からしょっちゅう母親に連れられて家に遊びに来てはいたらしいのだが、なんで六歳も年下の自分をそう面倒を見てくれたのかは知らない。
 だがレックスはエドにとっては唯一無二の兄貴分で、なにをするのも一緒にやる存在だった。だからずっとあとを追いかけて回り、レックスもそれを受け容れてくれた。
 そして、あの日。その日もエドはレックスと一緒だった。
「今日は涸れ井戸の中を探検するぞ」
 当時レックスは十三歳、エドは七歳。レックスはその体の大きさとものに動じない精神力とで近所の子供たちから慕われており、その日も当然一緒に遊ぶ子供達が大勢いた。その中にディアンもいたのだ。
「おうっ」
 仲間内で一番小さかったエドは元気にうなずいて、「偉そうに言うな!」とレックスの取り巻きに小突かれた。
 だがその程度でくじけはしない。レックスは自分を見て、いつもの優しい顔で笑ってくれたのだから。
 レックスの見つけてきた涸れ井戸は、大人たちもその場所にそんなものがあることを忘れてしまっただろうと思えるほど奥まった場所にあった。太陽の光の差さない、廃屋の合間に鎮座している空虚な空間。乾ききって今にも千切れそうな釣瓶縄を引っ張ると、からからと音がして水が涸れているのが知れた。
「ここは小さいけど、階段があるんだ」
 持ってきたほくち箱を使ってランタンに火をつける。ランタンを持つのはもちろんリーダーで先頭に立つレックスだ。
「行くぞ」
 井戸についた階段に足をかけるレックス。エドは勇んであとに続いた。
 ドキドキしながら少しずつ階段を下り、闇の世界へと潜っていく。太陽の光はどんどん遠くなり、ランタンの明かりだけが足元を照らす。
「足元、気をつけろよ」
 小さく囁くレックスにうなずいて、エドはちらちらレックスを見上げながら歩いた。不安定な足場や暗闇に対する恐怖は感じなかった。だってレックスがいるんだから。
「すっげー暗いなぁ」
 ディアンがひそめた声で言う。後ろの少年たちもそれに応じて騒いだ。
「こんなとこになんかあんのかな?」
「魔物とかいたりして」
「盗賊とか!」
「宝物はねぇよなぁ」
「意外とどこかに抜け穴とかあるかもよ」
 騒ぐ奴らにかまいもせず、レックスはゆっくりと歩く。その足取りはすでに落ち着きと自信に溢れた大人の男のものにエドには見えた。だから当然こんなところを歩いていても安全だと思っていたのだ。
 だが。
「っ!」
 レックスが急に歩みを止める。なんだ、と思うより早く、闇の中からなにか黒いものが襲いかかってきた。
「わっ!」
「逃げろっ!」
 仲間(と思っていた奴ら)がいっせいに逃げ出していく。エドはわけがわからず混乱しながら同じように逃げようと走り出し、つるっと足を滑らせた。
「馬鹿!」
 レックスが今まで聞いたこともないほど大きな声で叫ぶ。がくん、と体が沈みふわりと一瞬浮遊感が襲ってきて、すぐ消える。がっし、と左腕がつかまれ、持ち上げられ、びきり、と腕の筋が悲鳴を上げた。
 自分が階段から落っこちて左腕一本で支えられているのだ、と数秒かかって理解する。慌てて暴れかけると、低く鋭く叱責された。
「動くな! 落ちる!」
「お……俺、誰か呼んでくる!」
 ディアンの声が遠くに聞こえる。ランタンの光もひどく遠い。そんな頼りない明るさの中で、見えるのはレックスの顔だった。
 レックスが奥歯を噛み締めて、なにかを堪えるような顔でこっちを睨みつけている。思わず身をよじると、「動くな!」とまた叱責された。
「レック……」
「今……引き上げるっ」
 レックスがゆっくりと自分の手をつかんでいる腕を引き上げる。だが、そうあっさりとはすまなかった。レックスの体を、特に自分をつかんだ腕をなにかが、さっき襲いかかってきた黒いものが攻撃してくる。
「レックス!」
「騒ぐ……なっ」
 黒いものの攻撃はどんどん激しさを増す。魔物だ。井戸に住んでいた魔物がレックスを食べようとしているんだ。逃げなくちゃ。でも俺をつかんでるから逃げられないんだ。
 そう思うと、エドは叫んでいた。
「レックス! はなせよ、はなしていい! 俺、へいきだから! 早くにげろっ」
 すると、レックスは凄まじい顔でこちらを睨み、怒鳴る。
「馬鹿! お前助けないで俺が逃げられると思ってんのか! 舐めるな馬鹿野郎っ!」
「…………」
 エドは目を瞬かせて固まった。レックスの顔は、凄まじいほどの気迫と意思に満ちていた。断固とした決意。揺るぎない心。それは、今までエドの見たことのないもので。
 今まで感じたことのないほど、格好いいと思ったものだった。
 レックスは黒い影に攻撃されながらも(まだ十三歳だったというのに)、七歳にしては大きくて重いエドの体をすぐに引き上げてくれた。倒れて火が消えたランタンを引っつかみ、エドを引っ張って走り出す。襲ってくる黒い影の攻撃を自分の体で受け止め、エドを守りながら。
 エドは引っ張られながら、ひどく情けなく思った。もっと俺が強かったら。レックスと同じくらい強かったら、俺だってレックスを守ってやれたのに。
 カッ、と光が目を刺す。井戸の上の方に来ると、まだまだ明るい太陽の光でまだ周囲を飛び回っていた黒い影の姿が見えた。
 それはコウモリだった。アリアハンにも時々出る動物。魔物でもなんでもない、それとは比べ物にならないほど弱い、自分たちだって明るいところで会ったなら平気な顔をしているだろう生き物。
 思わずレックスと顔を見合わせる。レックスは苦笑したが、エドは衝撃を受けた。自分は、こんな生き物にも負けるほど弱いのか。
 ――変わりたい。
 レックスの腕を引っ張って、振り向くレックスの顔を必死の決意をこめながらのぞきこみ、エドは言った。
「レックス」
「なんだ、どうした」
「俺、勇者になる」
「え……」
「勇者になって。魔王を倒せるぐらい強くなって。レックスやお母さんやじいちゃん守る」
 強くなりたい。初めて、そう思った。
 剣や呪文の基礎的な練習はもう始まっていたが、エドはレックスと遊ぶ方が楽しくてさほど熱心ではなかった。だが、この時から変わった。変わりたいと思ったのだ。
 自分を体を張って守ってくれたレックスのように、強く格好よくなりたい。自分も、レックスを守りたいと。
 オルテガも、父もきっとこんな気持ちで自分たちを守るべく旅立ったのだと、その時のエドには思えたのだ。
 レックスはちょっと目を見開いてから、苦笑してエドの額をつついた。
「馬鹿。十年早い」
 思わずむっと口を尖らせるエドを笑い、それから真剣な顔になって囁く。
「なら、俺はそれよりもっと強くなってお前を守るよ。武闘家に――武術の達人になってやる。お前が勇者になるなら、俺がお前の盾になる」
「たてって、なんだよ」
「……仲間ってことさ」
 そう言われて、エドは思わず目を輝かせてうなずいた。
「うん! だったらレックス、俺が勇者になって旅立つときは、ちゃんとついてきてくれよなっ」
「……ああ。約束だ」
「うん! 約束!」
 そう誓い合って、レックスとエドは、小さく指きりを交わしたのだ。

 それからエドは剣や呪文の稽古を熱心にやるようになった。勇者になるための勉強も頑張った。そのおかげで、無事勇者試験に一発合格することができた。
 レックスも時を同じくして道場に通い始め、今では師範代を任されるほどの一流の武闘家だ。そして今共に旅立とうとしている。自分たちは二人とも、きちんと約束を守ることができたのだ。
 だけど、どちらが相手を守る役になるのかはまだわからない。稽古では自分の方が負け越しているが、だからっていつまでも負け続けているつもりは毛頭ない。自分はレックスが大好きなのだから、なんとしても守れるくらい強くならなくては。
 とりあえず西門から街の外に出よう、と話しながら歩く自分たちの、少し先をレックスは歩く。その顔がふい、とこちらを振り返って、小さく笑った。
 その優しい笑顔になぜか胸がざわめいたが、気のせいだろうとにっと笑い返す。
 負けねえぞ。絶対俺が守るんだから!
 そう思いながら見つめると、レックスは笑みを苦笑に変え、また歩き出した。

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