はじめての××
 グランバニア王家の人々が入る風呂は別にそれほどでかいわけではない。御殿のような柱が何本も立っていたり温泉のように十m四方に渡るでかい湯船があったりはしない。備え付けの、石を重ねて作った1.5m四方ぐらいの湯船の前に、それより少し大きいぐらいの洗い場がある。そんな庶民より少し贅沢かな、程度のつつましいものだった。
 だがそれでもアディムにとっては充分だった。これだけの大きさがあれば、湯船の中で遊ぶ子供をじっくり観察することもできるし、体の洗いっこもできる。湯船の中で膝に乗っかっている子供とお喋りすることもできるからである。アディムが風呂に求めるものはそれで充分満たされていた。
 そんなわけで、アディムは今日も疲れた心身を回復させるためのリフレッシュタイム(のひとつ)が目の前に迫っていることにぞくぞくするような笑みを浮かべながら、脱衣所で服を脱ぎつつ息子の服を脱ぐ姿を見守った。
「セデル、パンツもちゃんと裏返しから直さないとダメだよ」
「はーい」
 セデルはいつもぱっぱっぱっと素早くかつ適当に服を脱ぐ。靴下もパンツも脱いで裏返しになったまんま、その他の服もその場に脱ぎ散らかしっぱなしなのでしょっちゅうアディムが注意するのだが、いっこうに改善の兆しはない。
 アディムは自分もいつもの旅装束を、ターバンを外し帯を解いて貫頭衣を下に落とす、といういつものやり方で脱いだ。鍛え抜かれた逞しい肉体があらわになる(アディムは着痩せするタイプなのだ)。
 当然父としての模範を示すべく脱衣籠に順序良く入れた。この服を不埒な一部の侍女にくんくん嗅がれたりしているのだが、そこらへんはアディムの関知するところではない。
 前を隠しもしないまま、引き戸を開けて風呂場に入る。見る人がいるわけでもないので当然だが。セデルも同じようにそのあとに続く。
 二人で手桶を持ってさぱー、と体に湯をかける。庶民との違いはここかもしれない。庶民はたいていシャワーつきの湯船に入り、湯に浸かるのではなくシャワーを浴びながら流すように体を洗うのだ。
 だがグランバニア王家ではかかり湯をして、湯船に満たした沸かした湯にゆったりと浸かる方式を取っている。今日もそうして二人一緒に体を沈めた。さぱさぱ、とお湯がわずかに湯船から漏れる。
「はあ……」
 体中の疲れが溶けていくような感覚に、アディムは深い息を漏らした。
 だが筋肉痛も肩の凝りも縁がないお子様であるセデルは、そんな感慨など抱きもせず、中腰になってお湯に浸かりざぱざぱと泳ぐようにして湯船の中で遊んでいる。
「こら、セデル。ちゃんと浸かりなさい」
「はーい……」
 アディムの笑みを含んだ声に、セデルは渋々動くのをやめて、父親の脚の上に腰を下ろした。お湯の中だから当然重くはない。アディムが腕を下ろすと、セデルはアディムに体全体で抱きこまれているような雰囲気になる。
 これが二人のいつものお風呂スタイルである。
「……ねえ、お父さん。十一歳になってもお父さんと一緒にお風呂入るのって、おかしいのかな?」
「え!?」
 ふいにセデルが漏らした一言に、アディムは顔面蒼白になってセデルの顔をのぞきこんだ。
「ど、どういうことだいそれは!? 誰かになにか言われたのかい!?」
「えっと、うん」
 アディムの勢いにいくぶん引きながらも、それはいつものことなのでセデルは気にせず口を開く。
「今日ね、学校の友達に昨日お父さんとお風呂で話したこと言ったんだ。どこで聞いたんだって聞かれたから、お父さんからお風呂でって。そしたら、お前まだ親父と風呂入ってんのかよって笑われちゃって……」
「…………!」
 セデルを笑うとは。許せん。セデルから聞きだしてこっそりシメておきたい……けど、セデルのことを考えると子供の友達づきあいに親が出るべきではないし……。
 眉間にわずかに皺を寄せるアディムに、セデルが寄りかかるようにしながら顔を見上げて問う。
「お父さん、どう思う? 十一歳になったらお父さんと一緒にお風呂に入ったらいけないのかなぁ?」
「そんなことがあるもんかっ!」
 我を忘れてアディムはがっしとセデルの肩をつかんで叫ぶ。
「十一歳になったら一緒にお風呂に入ったらダメなんてことになったら、僕の人生のリフレッシュタイムの三分の一が消失してしまうじゃないかっ! お喋りは食事の時もできるけど、スキンシップはできないし、第一裸のコミュニケーションっていうのはとても大事なものなのにっ! ルビアとなんか拝み倒して一回しか一緒に入れなかったっていうのに、これでセデルまで一緒に入れなくなったら僕は……!」
「お父さん、お父さん、落ち着いてよ」
 ぜえはあ、ぜえはあ。
 荒い呼吸を落ち着けて、アディムはセデルを見て笑みを作った。
「……とにかく。親といつまで一緒にお風呂に入るか、なんてことは個人的なことだからね。自分で決めればいいんだよ。人の言うことを気にするなんて、おかしなことじゃないかな?」
「そうだよね! よかった!」
 あっさり言って微笑むセデル。実際恐ろしいまでに素直なお子様である。
 それからしばらくじゃれあったりお喋りしたりしていたが、やがてセデルがひょいと立ち上がった。
「もーのぼせちゃったよー。早く洗おう、お父さん」
「そうだね」
 アディムとしてはもうちょっとじゃれあったりしたかったのだが、そこは父としてぐっと堪えて同じく立ち上がる。
 アディムの陰茎は風呂に入ったせいで血行がよくなってわずかに大きくなっていた。むろんそんなこと気にもせずアディムは自分の風呂椅子に座ったが、セデルがなぜかじーっとアディムのその部分を見つめてくる。アディムはわずかに笑って言った。
「どうしたんだい、セデル?」
「お父さんのちんちん、ちょっとおっきくなってる……」
 真面目な口調で言われ、アディムは苦笑した。
「そりゃ、お風呂に入ったからね。少しぐらい大きくもなるよ」
「ちんちんってお風呂に入ったら大きくなるの? 固くもなる? お風呂じゃないときに大きくなるのって病気じゃない?」
 矢継ぎ早に質問を繰り出され、やや困惑しつつもアディムは微笑む。
「お風呂に入ると血の巡りがよくなるから少しだけ大きくなるんだよ。固くはあんまりならないなぁ。お風呂じゃない時に大きくなっても別に病気じゃないよ。おしっこしたい時とかにも大きく固くなるだろう?」
 セデルはうーんと考えこむ。
「じゃあ、あれはおしっこしたいから大きくなったのかな……でもあの時別にボクおしっこしたくなかったし……」
「セデル……どういうことなのか、お父さんに話す気はあるかい?」
 セデルはこくんとうなずいて、話し始めた。
「あのね、学校で友達とじゃれてる時に、ちんちん揉まれたんだ。服の上から。そしたらなんだかちんちんが固くなって、あとで見てみたら普段よりおっきくなってたんだよね。それから何度かちんちんいじってたらおっきくなることがあって。これってなんで?」
「…………」
 アディムは一瞬目を見開いた。
「それでね、時々急にちんちんがおっきくなる時があってね、困ってるんだ。他の人にバレたら恥ずかしいし。お父さん、どうすればいいと思う?」
「………うーん」
 アディムは思わず頭を抱えた。もしかしてこれは、自分の最も苦手な『性教育』という分野ではないだろうか。
 苦手と言っても、恥ずかしいからとか奥手だからとかいう理由ではない。むしろその逆だ。
 アディムの少年時代はほぼ全て奴隷生活に覆われている。毎日体力の限界まで働かされては性欲の芽生える暇がない、というのも嘘ではないが、実際とはかなり異なっている。
 奴隷生活は肉体以上に精神に過酷だった。絶望という圧倒的な攻撃力を誇る敵に精神を崩され、体より先に心から死んでいった人間は決して少なくない。
 そんな中で奴隷たちの多くはせめてもの慰めに刹那的な快楽に手を出したのだ。麻薬だの酒だのは手に入りようもない、となると体さえあれば手に入る快感、セックスに多く溺れるしかなかった。
 幼い頃から見目よい少年であったアディムは、年上の奴隷女たちに狙われ、早々に童貞を捨てさせられた。アディム自身は最初の頃は正直なにがなんだかよくわからなかったのだが、自分の肉体にすがる女たちに嫌悪感よりもむしろ哀れを覚え、たいていの場合好きなようにさせた。
 そんなわけでセックスが日常とかコミュニケーションの一部だったアディムは、セックスに対する常識だとかそういうものが時々すこーんと抜けていたりするのだ。宿の朝飯時にセックスの話をしたり、ビアンカが『今夜……v』という合図を送ってきた時即座に押し倒したり。
『本当はこれは一番好きな人とやるものなんだよ』と教えられていたから浮気こそしなかったものの、その手の関係でビアンカに怒られたことは何度もある。
 だから当然そちら方面の常識が自分には大きく欠けているというのも自覚しているわけで(ビアンカの尽力でだいぶ改善されてきたにしろ)、どう教えればいいのか判断に迷ってしまうのであった。
 アディムの常識では陰茎が大きく固くなったときはそこらへんにいるお姉さんに言えばなんとかしてくれる。だがそれはなんとなくまずいような気がした。それにそんじょそこらの女にセデルの体を触られるというのも面白くない。すごく。
 セデルは純真な、裏切られることなど考えもしない瞳でアディムを見つめてくる。うーんうーんと考えて、あ、と手を叩いた。
 ヘンリーに教えてもらったあれならいいんじゃないだろうか。
「それじゃあ簡単な方法を教えてあげようか。手軽にできてすぐ治る方法だよ」
「ホントに? 教えて教えて!」
 嬉しげに言うセデルを、アディムは自分の股の間に座らせた。きょとんとするセデルの頭を撫でて、耳元に小声で囁く。
「体から力を抜いて。お父さんのやることをよく見ていてごらん?」
「うん」
 アディムはそっと、セデルの股間の指並みに小さい陽物に手をやった。セデルは一瞬びくん、と震えたものの、力を抜くようにという言葉を思い出したのだろう、じっとしている。
 アディムはセデルの体を優しく撫でながら、セデルの陽物を指先で持ち上げ、ゆっくりと先端と包む皮を擦り合わせた。
「んっ!」
 セデルの体が雷撃を受けた時のように硬直した。くにくに、とアディムの指が陽物を弄るたびに、あ、あ、と短い息を吐いて体を固まらせる。
 アディムはリラックスさせようと髪を撫でたり腹を撫でたりしながら陽物を擦った。優しく柔らかく皮と中身を擦り合わせながら、当然全部皮を被っている先端にそっと指を突っ込んだりふぐりを手のひらの中で転がしたり蟻の門渡りをつつつっと撫でるようになぞったりという小技も忘れない。
「やあ、は、ひん、ふ、は、あ、あはあ」
 セデルの呼吸がどんどんと荒くなってきた。吐く息が熱い。そろそろか、と思ったアディムは擦り合わせる手をわずかに強めた。もう片方の手で乳首を弄ったり尻を揉んだりしながら、くちくちくちゅくちゅとおそらく生まれて初めての先走りが出始めたセデルの陽物をしごく。
「や、なんか、変、おとさ、お父さ、変、変だよぉ、あつ、だめ、あつ……」
「大丈夫。お父さんがついてるよ。体から力を抜いて、与えられる感覚を素直に感じて――」
 髪やこめかみにキスを落としながら、体中を愛撫しながら、ひたすら喘ぐセデルの陽物を何度も、優しく、けれど激しくしごきあげ――
「あ、あ、ああ、あああああああ―――ッ!!」
 セデルは生まれて初めての射精を迎えたのだった。

「……どうだった?」
 体から力が抜けてぐったりしたセデルを、隅々まで洗って脱衣所に運びパジャマを着せてアディムは聞いた。セデルは、まだ人生初の射精感から抜けられないようで力なくアディムを見上げるしかできない。
「……なんか、すごかった。あれ、射精っていうの?」
「そう。生まれてはじめての射精を精通っていうんだけど、セデルは今日精通したことになるね。苦しくはないだろう?」
「うん。なんだか疲れたけど……なんか、すごかったな……」
「何度もやっているうちに慣れるよ。これでいつおちんちんが固くなっても大丈夫だろう?」
「……うん」
 そう恥ずかしそうにうなずくセデルに、アディムは優しく笑ってキスをした(額に)。

「お母さん、お休みなさーい」
「お休みなさい。……セデル、ずいぶん眠そうね?」
 寝る前のご挨拶にやってきたセデルとルビアに挨拶を返してから、ビアンカはそう訊ねた。
 セデルは本当に今にも眠りそうな顔で、ビアンカの問いに答える。
「うん……お父さんに、精通させてもらったから……」
「え゛………っ!!?」
 その言葉に、その場の空気が凍った。ビアンカはぶるぶる震えながら、今にも眠りそうなセデルの肩をつかんで問いかける。
「セ、セデル……どういうことなの? お母さんに、詳しく話してごらんなさい?」
「……あのね、ボクがちんちん固いって言ったら、お父さんが教えてあげようかって言って、キスしたり胸やお尻触ったりちんちん擦ったりしてくれたの……」
 間違ってはいないが正確でもない言葉に、ビアンカとルビアは硬直する。
「そんで、ボク、すごく気持ちよくなって、そんでお父さんに……ぐう」
「セデル!? それでお父さんにどうしたのっ、ちゃんと最後まで言いなさーいっ!」
「ビアンカ? もう夜も遅いのにそんなに大声を出すものじゃないよ」
 ビアンカはぴしっと固まった。パジャマ姿のアディムが夫婦の寝室に入ってきたのだ。
「ああ、セデルったら、こんなところで寝ちゃダメだろう? ちゃんとベッドで寝ないと……」
 そう言いつつアディムが今にも倒れそうなセデルに手を伸ばした瞬間――
「その子に触るんじゃないわよこのど変態ぃぃぃぃぃぃぃっ!」
 ぱごしゃ! とビアンカの拳がアディムの頬に入った。その会心の一撃にアディムはしりもちを突き、呆然とビアンカを見上げる。
「ビ……ビアンカ?」
「あなたって人は……前々からそうじゃないかそうじゃないかとは思ってたけど、やっぱり子供たちをそういう目で見てたのね!?」
「そ、そういう目って……?」
「とぼけるんじゃないわよこの人間失格野郎! メラゾーマメラゾーマメラゾーマ―――っ!」
 どごーん、ばひゅーん、ずがどーん。極大火球がアディムの体に三連続で命中し、アディムは消し炭になってその場に倒れた。
「来なさい、セデル、ルビア! こんな変態と一緒にいたらあなたたちの貞操が危ないわ!」
「……えー? なにい? ぐう」
「お、お母さん……お父さん動いてないよ? なんだかちゃんと話し合ったらもう少し意思の疎通ができそうな気がするんだけど……」
 慌しく去っていく妻子に、アディムは黒焦げになりながらも手を伸ばし、やがてぱたんと手を落とした。
「な……なぜ……」
 そんな言葉は誰も聞くことなく空気に消えた。

 実家――といってもダンカンもグランバニア城に住んでいるのだが、とにかく山奥の村に子供を連れて帰ってしまったビアンカのところに向かい誤解を解くのに三日かかった。
 その間王の執務は完全に停止し、グランバニア王宮ははなはだしく混乱した。

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