グランバニア王家の人々は、毎日家族でお風呂に入る。 王であるアディムは(本人は常に家族と一緒に入りたいと切望しているが)、ルビアの恥ずかしいという主張に従いセデルとアルデのみ、それも数日に一度しか一緒には入れない。だが、残りの四人は毎日のように一緒に、(セデルとルビアは十二歳になったというのに)男女の別なく一緒に風呂に入っているのだった。 グランバニア王家一家はそういう、はたから見ても微笑ましい、仲良し一家なのだが―― 仲良しゆえの問題も、また生じてきてしまうのだった。 「あれ? ルビア……それなに?」 「え?」 一緒にお風呂に入り、体を洗って。全員で湯船に浸かっている時に、セデルがふいに言った。 ルビアはきょとんとして、首を傾げる。 「それって?」 「股のところに、なんか毛みたいなのがついてるよ」 「…………!」 ルビアはさっと顔を赤らめた。セデルはなんで顔が赤くなるのかわからず首を傾げたが、ルビアは固まったまま答えようとしない。 そして困った顔のビアンカがなにか言う前に、ふぇ、とその顔が歪んだ。 「え……ルビア!?」 「う……うぇ……ふぇ、うぇっく」 「ああほらルビア、泣かないの。お兄ちゃんが悪気があって言ったわけじゃないのはわかってるでしょ?」 「う……ふぅん」 「大丈夫、悪いことじゃないんだから。そう教えてあげたでしょ?」 「う……ぐすっ」 「心配しないの、ね? ……セデル、悪いんだけどアルデと一緒に先にあがってくれる? お母さん、ルビアと話があるから」 「う……うん、わかった……」 言われて立ち上がったはいいが、ルビアがなんで泣いたのかはさっぱりわからない。ただ自分のせいでルビアが泣いたのはよくわかるので、胸がぎゅうっと苦しくなってルビアに言った。 「ごめんね、ルビア。ボク、いやなこと言っちゃったんだね」 「…………」 ルビアは癇症に黙りこくったまま首を振る。そういう態度は絶対ルビアらしくない。ルビアはわりとすぐ泣く方ではあるが、それでも自分がなにがいやなのかは絶対に言っていたのに。 でもお母さんがああ言っているならセデルは言われた通りあがるしかない。セデルはアルデを抱えて風呂場を出た。 「お母さん、ルビアはなんで泣いたの?」 そう聞くと、ビアンカは困ったように笑った。 「わからない?」 「うん」 「うーん……そこまで女の子の心がわからないとなると、セデルは将来大変かもしれないわねぇ……」 「? なにが大変なの」 「だからね……」 ビアンカは苦笑する。 「ルビアが恥ずかしがってたの、わからない?」 「……恥ずかしがってたの?」 「そうよ。セデルだって自分の下のことをあれこれ言われたらいやでしょう?」 「下………?」 「だから……その、おちんちんのこととか」 「え? だってルビアおちんちんないじゃない」 「いや、だからね……女の子にはおちんちんはないけど、それでも恥ずかしいと思うものなのよ」 「なんで? なにが? どうして?」 「………あーもうっ! そういうことはお父さんに聞きなさいっ!」 顔を赤くして怒られて、セデルは仕方なく父親であるアディムのところに聞きにいった。アディムは自分たちが入ったあと、風呂を使っているはずだ。 「お父さん、ちょっといい?」 軽く引き戸をノックして言うと、「いいよ」と声が返ってくる。セデルは中に入った。 「どうしたんだい、セデル?」 湯船に浸かりつつ、微笑みを浮かべながら言うアディムに、セデルはかくかくしかじかと説明した。するとアディムも困ったように笑う。 「参ったな。ビアンカったら、僕がそういう話苦手なのはよく知ってるだろうに」 「苦手なの?」 「まぁね……ああ、心配しないでいいよ。別に説明できないわけじゃないから」 「じゃあ教えて、お父さん! ボク、ルビアを泣かすのいやなんだ!」 セデルが真剣な眼差しで問うと、アディムは微笑んだ。その笑みは優しく、少し心が解けるような気がする。 アディムは優しい笑みを浮かべたまま言った。 「たぶんだけど。ルビアが恥ずかしがってたっていうのは、股間に毛が生えたことを言われたくなかったからだと思うよ」 「………毛?」 セデルはぽかんと口を開ける。 「毛が? 股のところに? なんで?」 「体が大人になってくると生えるものなんだよ」 「え……だって……」 ボクはまだ生えてないのに。ルビアだけ先に大人になっちゃったってこと? でも、だって、ルビアはまだボクより背がちっちゃいのに――― 「女の子の方が体が大人になるのは早いそうだからね。――ビアンカの受け売りだけど、女の子は体だけはどんどん大人になっていってしまうそうなんだ。でも月のものがきたり男の子とはどんどん差ができたりで気持ちの方は反比例して不安定になっていくんだって。だから僕たちもルビアを支えるぐらい――」 「月のもの、ってなに?」 そう聞くと、アディムは不思議そうな顔になった。 「セデル、知らないのかい?」 「知らないよ」 「そうか……もっと早く教えてあげるべきだったかな。月のものっていうのはね――」 ――アディムに事細かに説明され、セデルは呆然とした。 「……女の人って、そんな……そんなになってるの?」 「うん。将来赤ちゃんを産む体だからね。いろいろと大変なんだそうだよ」 「…………」 「だから、僕たち男は女性を守って助けてあげなきゃいけないんだよ。男として、女性が辛い時には手助けしてあげなくちゃ……」 「…………」 セデルはふらふらと風呂場の外に出ていった。頭の中でぐわんぐわんと大音響の鐘が鳴っていた。 セデルは森の中を歩きながら、はぁ、とため息をついた。 学校の課外授業で街の外に出ているのだが、どうにも気が乗らず、一人森の中をうろついている。アディムに聞かされた女の子の体の仕組みのショックがまだ抜けなかった。 女の子の体が、そんな、そんな風になってるなんて。男とは違うっていうのはわかってたけど、そんなのって信じられない。そんなんじゃまともに生きてくのだって難しいだろうに。 ……ルビアがそんなんだったなんて知ったのに、ルビアにどんな顔して会えばいいんだろう。 なんだかまともに顔を合わせることもできなくて、ひどく落ち込んだ気分で歩いていると、ふいにぶるぶるっと体が震えた。尿意をもよおしたのだ。 幸いここは街の外、立ち小便してもとがめる人は誰もいない。セデルはその場でズボンを下ろしておしっこをした。 ――と、啜り泣きが聞こえた。 ぐす、ぐす、と泣くのを必死にこらえようとしながらも漏れ出してしまうという感じの声。思わず慰めたくなるようなたまらなく可哀想な声。 というか、これは―― ルビアの声だ。 「ルビア!」 思わずズボンを上げてだっと声のした方に飛び出すと、すぐ隣の森の中の小さな空き地になっている場所でしゃがんでしくしく泣いているルビアが見えた。 「お兄ちゃん……!?」 ルビアが一瞬カッと顔を赤らめ、それからさっと青ざめた。立ち上がってセデルから逃げ出す。 「ルビア! 待って!」 「来ないで!」 なにをそんなに怖がってるんだ、と眉をひそめたセデルは、一瞬後はっとした。ルビアのスカートの下から、ぽたぽたと、赤いものが垂れている。 「ルビア、怪我したの!? 治してあげるから待って!」 「…………!」 ルビアは今度こそかーっと顔中を真っ赤にして、ぺたんとその場にしりもちをついてしまった。驚いてセデルは走り寄る。 「ルビア、大丈夫? ボクが今治してあげるからね」 「…………!」 ルビアはいやいやをするようにかぶりを振る。わけがわからなかったが、とにかくすぐ傷を見なければとルビアをそっと地面に横たえる。 「怪我したのは足? ちょっとごめんね」 「……や……!」 ルビアは泣きながら必死に頭を振る。そんなに痛いのか、とセデルは唇を噛み締め、ルビアのスカートを捲り上げた。 旅をしていた頃はこんな風に怪我を診るためスカートを捲り上げたりすることなんてしょっちゅうだったし、その上まだ一緒にお風呂に入っている。なによりルビアが怪我をしているという事実の前ではセデルの頭から余計なものは全部吹っ飛ぶ。恥じらいもなにもなくスカートを捲り上げどこに怪我があるか調べた。 どうやら怪我は股間の辺りのようだった。下帯が血で濡れている。 セデルは顔を真っ赤にして泣きじゃくるルビアに早く手当てしなきゃと拳を握り締め、手早く下帯を解いた。 「…………!」 ルビアが声にならない叫びを上げる。そんなに痛いのか。セデルは素早くどこが怪我をしているか検分した。 血が染み出ているのは、どうやら、ルビアの股間の、小さな割れ目からのようだった。一緒にお風呂に入った時に何度も見て、そしてなんのためにあるのかさっぱりわからなかった場所。 アディムの言葉を思い出してさっと顔が赤らんだが、今はそんなことを言っている場合ではない。ルビアがこんなに震えているのだから。その場所に手を当てて、呪文を唱えた。 「ベホマ」 ――だが、呪文を唱えても、血が染み出てくるのは止まらなかった。 「あれ……? ベホマ! ベホマ!」 だが何度呪文を唱えても血は止まらない。いつまでも染み出てくる血に、セデルは思わず唇を噛んだ。 「キメラの翼あったかな……お父さんか、ホイミンかベホマンに見てもらわないと……」 「違う……違うの……!」 「? ルビア?」 ルビアが小さな声で、なにか必死に訴えているのを聞き、セデルはルビアを見た。ルビアは顔を真っ赤にしながら、震える唇で言葉を発する。 「わたし……初潮が、きたの」 「……しょちょう?」 聞いたことがない言葉だ。 「なに、それ?」 「……女性の、生理が……女の、月のものが、くるようになったの……」 「…………えぇぇぇぇぇぇぇ!!??」 月のものって、月のものって。お父さんが言っていた、あれ? でもだってそんなこと言われたって。ルビアがもう、いきなりそんなことになるなんて全然、考えたこともなかったのに。 そんなことって――ルビアがそんなことになるのって。あって、いいのか!? 「………ごめんなさい………」 「え」 「お兄ちゃん……わたし、汚い、でしょ?」 「え……なに、言ってるの?」 セデルが呆然と言うと、ルビアは泣き濡れた瞳でセデルを見上げた。その悲痛な眼差しに、思わず心臓がぎゅうっとする。 「わたし……どんどん、汚くなっていくの。大人になっていくだけだってお母さんは言うけど、それでもやっぱり、わたし、自分で自分が汚く思えてしょうがないの………」 「…………」 「毛が生えたり、体からおりものがこぼれたり、……へんなっ、こと、考えちゃうようになったりっ……わたし、本当に……汚い……」 「…………!」 セデルは思わずルビアを抱きしめた。 「そんなことないよ! ルビアはきれいだよ、いつまでもずっと!」 「だって……だって、わたし、本当にへんなこと考えちゃうのよ? 男の人の体がどうなってるのかとかっ……お兄ちゃんの、体が、どんな風になってるのかとかっ……」 「そんなのっ……ボクだって考えるよ! ルビアの体がボクとどう違うのかとか、ルビアは大人になったらどうなっちゃうんだろうとか……!」 「うそ! お兄ちゃん昨日一緒にお風呂入った時も平気な顔してたじゃない!」 「う……ホントだよ! そのあと、お父さんに言われて、変なこと考えるようになってっ……!」 「……じゃあ! 証拠見せて!」 「え……」 「お兄ちゃんが変なこと考えるって、証拠見せてよ!」 「………そんな………」 そんな、そんなこと言われたって。ボクはどうすればいいのかわからないよ。どうすれば変なこと考えてるかわかるかなんて――― あ、とその時、アディムに言われたことを思い出した。男は、おしっこしたい時や、妙なことを考えた時―― でも、そんな! そんな恥ずかしいことできるわけ――でもでも、ルビアは今本当に不安そうだし――でもでもでもそんなことしたらボクどーなっちゃうかわかんないくらい恥ずかしくなると思うし――でもでもでもでも、ルビアが泣いてるのに―― 考えに考えて、セデルは口を開いた。 「ルビア……なら、ボクのおちんちん見てみる?」 「!?」 目を見開くルビアに、セデルは必死に言う。 「ボク、ルビアの変なこと考えると、おちんちんおっきくなっちゃうんだ。ホントだよ。それ、見てみる?」 「…………」 ルビアはまじまじとセデルを見つめ、こくん、とうなずいた。 森の中の木陰に隠れ、するするとズボンを引き下ろす。 「………わ………」 セデルの股間はすでに昂ぶっていた。セデルは確かに、この異常な状況に興奮していたのだ。 まじまじと股間を見詰め、ルビアはセデルに聞いた。 「……触っても、いい?」 「え……う、うん」 セデルは顔を赤くしてうなずいた。本当はひどく恥ずかしいのだが、ここで断るのもなんだかよくない気がする。 さわ、とルビアの小さな手がセデルの幼茎に触れる。セデルはその瞬間背筋に走った感覚に思わず声を上げた。 「う……」 「うわ……柔らかいのに、固い……それに、熱い……」 「う……うん……」 ルビアは好奇心のままに、セデルの男としての部分を好きなようにいじる。我慢していたがときおりはぁ、と息が漏れるほど、ひどく息苦しいような感覚を覚えた。 「ルビア……あんまり、触ると……苦しいよぉ……」 「え、ごめんなさい! 痛かった?」 「痛いっていうんじゃなくて……なんか、変な感じする……」 「変な感じ……」 ルビアは顔を赤らめた。 「お兄ちゃん、あのね……お兄ちゃんのここ、触ってると……わたしも変な感じしてくるの……胸がどきどきして、息が苦しくなって……」 「あ、ホントに!? ボクもそうなんだよ!」 「……触らない方がいいのかな……」 「…………でも…………」 セデルも顔を赤らめる。恥ずかしいし苦しいが、ルビアが自分のそこを触ってくれるその感触は。 ――背筋がぞくぞくするような、甘い疼きを感じさせたのだ。 「……もうちょっと……だめかな?」 「………いいよ………」 「……ボクも、ルビアに触りたい。………ダメ?」 「……うん……触っていい……」 セデルはおそるおそる、ルビアの体に触れた。胸が早鐘のように鳴っている。でも、体のどこか深い部分がひどく気持ちよさを感じていた。 この大好きな妹に触れるのに、こんなにどきどきしたのは初めてだ。 ルビアのスカートを下ろし、下帯を外したルビアの割れ目に触れる。ちっちゃな頃にふざけて触ったことはあるけど、こんな風に触るなんて考えたこともなかった。少し生えている産毛のような毛に、またどきどきする。 そこはぬるぬるしていて、温かくて、湿っていた。 「あ……」 「ご、ごめん! 痛かった?」 「う……ううん、そうじゃないの。なんか……変な感じがしたから……」 「変な感じ……」 それはもしかしたら言い換えると、気持ちのいい感じ、ということではないだろうか。 セデルはごくりと唾を飲み込んで、ルビアに言った。 「……じゃあ、もっといっぱい触ってみようか」 「………うん」 お互い恥ずかしくて微妙に顔をそらしながら、でもちらちら相手の股間を見つめながら。 「う……ん、はぁ……ん」 「ん……や、ぁ………」 お互いなんでこんなことをしてるのかわからない。成り行きなんだろうけど、でもどこかでこういうことを考えていた気もする。 「ルビ……ルビア……や……も……なに、これ……へんっ」 「お兄ちゃん……おにいちゃ……わた……あ……なに……」 拙い手つきでお互いを愛撫しあい、ただひたすらにお互いの名前を呼び合い―― 「あ、あ、い、だめ、ルビア、も、ルビ、や、なんか、なんか出ちゃ……!」 「おに……お、あ、あ、や、ああ、だめ、やだ、へんにな、あ、ああー……!」 二人は初めての、そしてとても拙い絶頂を迎え――セデルはルビアの手と股間を、白濁で濡らしていた。 「……セデル……ルビア……今、なんて?」 「だからあのね、お父さん」 「私たち、お父さんやお母さんとは、一緒にお風呂に入らないことにしたから。これからは一人で入ります」 「………………!!!!」 絶望のあまりか変な顔になっているアディムをよそに、ビアンカは笑った。 「そうね、いい加減潮時よね。あなたたちもずいぶん大きくなったことだし、一緒に入るのはまずいんじゃないかと思ってたのよ」 「ビビビビビビアンカ! なんてことを言うんだいっ、僕はまだまだこの子たちと裸のつきあいを……!」 「お願い、お父さん」 「私たち一人でお風呂に入りたいの」 なによりも愛する子供たちに双方から言われ、かなり渋っていたもののアディムはほどなく陥落した。双子はこっそり合図を交し合って笑う。 これは二人で決めたことだった。あのあと、どうしようもなく気まずい沈黙ののち、どちらからともなく言い出したこと。 兄の、妹のその部分を見るとどきどきすることがわかってしまったのに、一緒にお風呂に入るなんて絶対できない。 生まれた時から一緒の双子だから、寝て起きたら何事もなかったみたいに話せたけど――もしかしたらそれはどっちにも、『あれはなかったことにしよう』っていう暗黙の了解があったからかもしれない。 あれがどういうことなのか、いまだによくわかってはいないんだけど、なんとなくあれはお父さんやお母さんに知られたら怒られてしまうような、そんないけないことだったような気がしてしょうがなくて。 気持ちよかったから、すごく素敵な気分だったから、二人であんなことするのはいけないんじゃないかって気持ちが拭えなくて―― それで、二人はなかったことにした。仲良し兄妹に戻るため。まだお父さんとお母さんの子供でいるために。 だから今でもそのことを思い出して、たまらなく胸がどきどき疼くのは。 『内緒の内緒』 こっそり顔を見交わして、双子は笑った。 |