どうしよう。 どないせえっちゅうんじゃ、一体。 どんな顔して走一君と会えばいいんだ? ああ、もう本当にどうしよう。 って言うか……これってどうしようもない状況なんじゃないか? 僕の名前は北澤昇治、現在高校二年生。 僕は五歳年下の同級生、菅野走一君が気になってしょうがなく、昨日彼の職場に見学に行った。 それ自体はとっても楽しかったのだが、その時僕はとんでもない事をしてしまった。 なんというか……その……はっきり言うと、僕はキスしてしまったのだ。五歳年下で、しかも同性の走一君に。 なんということをしたんだ、なんであんなことをしたんだ、と一晩僕は悩みまくった。 それで結論。 ――僕は走一君に、恋愛感情を抱いている。 五歳も年下の、まだ僕の肩より背が低いような少年に、僕は恋してしまっていたのだ。多分。 いつ頃からかはわからないけど、やっぱりああも走一君が気になって仕方なかったのは恋愛感情が多分に入っていたと思う。 でも、恋愛感情っていってもモノにしたいとかそういうのよりは、幸せになってほしい、という気持ちのほうが強い気がする。多分そのせいもあってなかなか気付かなかったのだろう。 微妙な憧れと可愛いと思う心と存在に対する感嘆とひとしずくの情熱がまぜこぜになった愛のようなもの。 自分でもこの感情をどういうふうに分類したらいいのかわからない。人間の感情って不分明だ。 でもやっぱりキスしたことを思い出してドキドキしてしまったりもっと先の事とか考えて興奮したりしてしまったんだから恋愛感情って言ってもいいと思う。 それにしても、まさか十二歳の男の子に恋してしまうとは。自分ってそういう趣味があったんだなあ、知らなかった。人生って一寸先は闇だ。 そんなことを教室の席に座ってつらつら考えていると、教室の前の扉ががらりと開いた。 ――走一君だ。 僕は思わず立ちあがった。 「菅野君、おはよー」 「よー、菅野」 あちこちからかけられる声に「おはよう」と挨拶を返しながら走一君はこちらに歩いてくる。 どうするどうするどうするどうする!? 僕はパニックに陥りそうな頭で必死に考えて、ええいと覚悟を決め走一君に向かって歩き出した。 「おはよう、走一君」 笑顔と無表情の中間ぐらいの曖昧な表情で走一君に話しかける。 「あ、おはよう……」 ちょっと戸惑ったような走一君の顔をさりげなく視界から外して僕は走一君の脇を通り過ぎた。そしてそのまま教室を出ていく。 走一君が追っかけてきたらどうしようかと思ったが、幸いそんなことはなかった。教室の外で胸を撫で下ろす。とりあえずは大丈夫だ。 ……しかし、こんなことがいつまでも続くはずないよな…… そう思うと、ひどく暗澹とした気分になった。 授業が終わるとすぐに教室を出ていって、先生が来るギリギリに教室に帰ってくる。そんなことを三回繰り返して、もう昼休みだ。 僕は食べ終えた弁当箱をからからいわせながらため息をついた。 昼休みも今までと同様に始まるやいなやダッシュで外に出てめったに人が通らない校舎の隅っこに陣取ったから、まず誰にも聞かれる心配はない。 いつまでもこんなことしてるわけにはいかない、走一君とちゃんと向き合って話をつけないと。 けど話をつけるって一体何を言えっていうんだ? 君が好きだっていっても走一君困るだろうし。っていうか恥ずかしくていえない、そんなこと。 はーっともう一度ため息をついた。 なんであんなことしちゃったかなあ僕は。あれがなければ、ごく普通の、優しい理解あるお兄さん役をずっとやってられたのに。 そうしたらずっとそばで走一君を見てられたんだろうになあ。惜しいことしたなあ。 「ほんと、なんでキスなんかしちゃったんだろ……」 「それはこっちが聞きたいよ」 「わっ!」 僕は思わず飛び跳ねて、おそるおそる振り向いた―― 予想通り、そこに立っていたのは走一君だった。 見つけられた――! どうしようまだ心の準備が。考えもまだ全然整理がついてないし、ああでも考えっていったって考えることなんか何もないじゃないか、いやそういうことではなく何よりも今何を言えばいいんだ僕は。 猛スピードで巡る僕の思考。走一君は少し怒っているように見えた(どうしようどうしよう怒ってるよ〜と内心怯える僕)。少し顔をしかめて眉をひそめ、こっちを見ている。 走一君が口を開いた。 「探したよ、北澤さん。こんなとこにいたんだ」 「あ、う、うん……」 びくびくしながら僕は頷く。 「なんで俺のこと避けてたの?」 一瞬『別に避けてなんか……』と白々しいことを言いたくなったがそれを言うのはあまりにまずい。まずすぎる。 言葉を探して僕がむにゃむにゃと口を動かしていると、走一君はじっとこちらを見つめて言った。 「それは大体想像つくけど。――ハッキリ言うけどさ、何で俺に、その……キ、キス……したの?」 ぐあっ、直球ストレート! 頬を少し染めながら言う走一君を可愛いなーと一瞬思ってしまったが、そんなことを考えてる場合じゃない。 僕はどう言うか迷ったが、結局なんにも思いつかず、覚悟を決めて正直に言った。 「……君のことが好きだから。…その、つい、むらむらっと来て」 「………」 走一君は無言でうつむいた。僕はいたたまれなくなって、つい言葉を重ねてしまう。 「……ごめん」 きっ、と走一君が顔を上げて僕を睨んだ。 「なんで謝るんだよ?」 「だって、その……いきなり、あんなことして」 「そうだよ。いきなりすぎだよ。なんでいきなり……キ、キスとかするわけ?」 「ごめん……だからその、一方的で申し訳ないんだけど気持ちが盛り上がっちゃって」 「普通、あーいうことって、つきあってからやるもんだろ?」 「いや、そりゃそうなんだけど……」 「信じらんないよ……」 そう言ってまた走一君はうつむく。 ううう、覚悟はしていたがやっぱりメチャクチャハートに痛い。自分のしたことがどういうことか、がしがしと見せつけられまくっている感じだ。 僕もうつむいて、ぼそぼそと呟いた。 「…ごめん。本当にごめん。もう二度とあんなことしないから」 ばっ、と走一君が勢いよく顔を上げた気配があった。でも怖くて顔が見られない。 「なんだよそれ。勝手にしといて勝手にもう二度としないってなんなんだよそれ」 「…だから…ごめん。嫌だっただろ? もう二度としないよ、君が、もし、そうしてほしいなら…(嫌だけど)二度と話しかけないようにするから」 「勝手に人の気持ち決めんなよ!」 声が泣き声を含んでいたので、僕ははっと顔を上げた。走一君は少し泣きそうに顔を歪めて、少し潤んだ瞳でこっちを見ている。 「北澤さん、勝手だよ。勝手にしといて、勝手に嫌だったろうとかもう二度としないとか言って。なんで俺の気持ちとか聞こうとしないんだよ!」 「走一君……」 泣きそうな顔で叫ぶ走一君。僕の心臓が罪悪感でズッキーンと痛んだ。 「俺のことスキならスキで……つ、つきあってほしいとか、言えばいいだろ!」 「………!」 それって。 まさか。 もしかして。 これは……。 僕は走一君を見る。走一君も僕を見る。 その顔は真っ赤で、目が少し潤んでいる。 うわっ、可愛い! とか思ったがそんなことを思っている場合ではない。 ……望みあり、ってことか!? 「走一君」 「………」 「僕にキスされた時……嫌じゃなかった?」 走一君は真っ赤な顔をうつむかせて、小声で言った。 「……俺、最初わけわかんなくて……いきなりだったから、びっくりして。でも、後で思い返してみたら、なんか……ドキドキしてきて、やられたとき、暖かくて気持ちいい感じがしたこと思いだして……」 僕のキスで感じてくれたのか。これはめっちゃ嬉しいぞ!? 「少なくとも……嫌じゃなかった」 うおおおおぉぉっ! 内心吠えてガッツポーズする僕。 走一君の目の前で膝をついて、走一君と視線を会わせる。 「走一君。こんな形になっちゃってごめん。改めて言うのも変だけど……好きです。僕と、つきあってくれませんか?」 最後ちょっと勇気がくじけて疑問形になった。だって怖いよお、断られて当然とはいえやっぱ怖いよぉ! でも言うだけは言った! さあ、走一君、どう答える!? 「………うん」 「……OKって、こと?」 「うん」 うっしゃあああぁぁっ! エイドリア――ンッ! と思わず内心絶叫&ガッツポーズ。 本当にこんなことがあっていいのか? 信じられん。夢なんじゃなかろうか。 第一走一君はなんで僕とつきあってもいい、なんて思ったんだろう。大した取り柄もない僕なのに。 「…あのさ、走一君。こんなこと言うの、変だけどさ。なんで、OKしてくれたの?」 聞いちゃまずいかなと思ったが、今を逃したら聞けない気がして聞いてみた。 「なんでって……」 走一君はちょっと首を傾けてから顔を紅くした。 「キスされた時、気持ちよかったし。それに北澤さん、優しいから」 そう言ってにこっと笑う。 ……走一君って、実は結構流されやすい性格かもしれない。 でも! 走一君が優しいと言ってくれたんだ、僕は気合いをいれて走一君に優しくしまくるぞ! 僕は内心、ぐっと拳を握りしめた。 |