>Kageri 「……そうして、ぼくは蒼っていう名前を選んだんだ。蒼、他はいらない、って。――それからずっと、ぼくは、京介たちと一緒に生きてきたんだよ」 そういって、カズミは口を閉じた。 俺は少し口を開けて呆然としたまま、動くことができなかった。 俺とカズミがつき合うことになってから三ヶ月。俺たちはだいたいにおいてうまくやっている。 元から友達だったし、その関係がひどく変化したわけじゃないけど、以前よりだいぶ頻繁に会うようになった。別に意識的に会うようにしてるわけじゃないが、週末になるとたいていはどちらかが一度は相手の家へ会いに行く。 それまでは一ヶ月に一度がせいぜいだったのに、恋人っていう意識があるだけでこうも変わるもんかな、と苦笑する気持ちもないではない。だが俺はとりあえず、つき合い初めぐらいひっきりなしに会ったってバチは当たらないだろうといい方に考えるようにしている。今は――まあなんだ、こんなことをいうのはかなり気恥ずかしいが、俺はあいつといちゃいちゃするのが楽しいから。 俺ってこんなキャラだったか、色ボケてないか、と理性は突っ込みを入れるが、しょうがない。今の俺はなにか話したいことができるごとにカズミに伝えたいな、と思っちまうし、カズミの話もありったけ聞きたいと思う。どうしようもなくそう思っちまうんだからもう開き直るしかない。 ……まあ、覚えたてのこいつとのセックスにすっかりハマっちまったってのも、ないではないが。 最初の頃は男同士のやり方がよくわからなくて扱きっこぐらいしかできなかったが、俺が必死に調べた結果(新宿二丁目までゲイ雑誌を買いに行ってまで調べたんだ。今思い出しても死ぬほど恥ずかしいが、それだけ俺も必死だったってこと)今ではカズミに痛い思いをさせずに繋がれるくらいには上達した。 はっきり言って、カズミとのセックスは死ぬほど気持ちがいい。童貞だったってわけじゃないが、以前の経験なんてこれに比べりゃ屁みたいなもんだ。俺だけ先にイっちまって、情けない思いをしたことも何度かあるくらいで。 それはやっぱりカズミだからなんだろう。惚れた相手とのセックスは凄いって言うが、本当だったんだな。 ともかく、俺はカズミとほとんどケンカすることもなく仲良くやっているわけだ。 今日はカズミが俺を自分の家に呼び出し、俺はいそいそとやってきた。たぶんカズミはいつものように夕飯を用意しておいてくれるだろう。俺の買ってきた酒で一杯やりながらあいつの食事に舌鼓を打って、それからまあ場合によっては一緒に風呂に入って一緒のベッドに。明日は日曜日だし、一晩中とはいかないまでもちょっとぐらい遅くまで起きていてもいいだろう。自分の家に呼びつけたってことはあいつもたぶん期待してるんだろうし――なんて我ながら助平ったらしい笑みを浮かべたりしながら。 だが、カズミはいつものように笑って俺を出迎えてはくれたが食事は用意されていなかった。テーブルについた俺に差し出されたのは一杯のコーヒー。 訝しく思う俺に、カズミはじっと俺を見ていってきた。 「カゲリ。話をしても、いいかな」 「なんだよ、話って?」 その時は俺はまだこいつがなにを話したいのかわからず、お前の話を聞かないわけないだろと気を抜くとでれでれに崩れてしまいそうな顔をきりっと引き締めて(俺だって恋人にあんまりみっともない顔は見せたくないってぐらいの自尊心はあるさ)ごく普通の話をしてるのと同じ口調で聞いた。 カズミはちょっと笑って、また俺を見つめていう。 「長い話なんだけど。それでもよければ」 「……だからなんだよ、話って?」 俺はこの時もしかしたら、とちらりと思った。半年前、やはりこの部屋で、俺が感情のままにぶつけた疑問に対するこいつの答え―― カズミはあの時と同じ、どこか暗い、光のない眼で、それでも俺を見つめながらいった。 「半年前君が聞いた、ぼくについての話だよ」 「……それって」 「薬師寺家事件についての話だ」 「――――」 俺は、どこかで予想していた言葉ではあるが、やはり一瞬絶句した。 カズミは淡々と言葉を続ける。 「昔ぼくになにがあったか、君に話したい。話しておきたいんだ。君がまだ、聞きたいといってくれるなら」 「――――…………」 俺は逡巡したが、それは本当に一瞬のことだった。 「聞くさ。聞かせてくれよ」 そういってうなずく。 あの時だって俺は聞くといったんだ。こいつが話したいと思うなら、俺はいくらだってこいつに付き合ってやる。こういう関係になった今となっては、ますます、絶対に退くわけにはいかない。 カズミは目を閉じて、ふ、と小さく息をつき、いった。 「―――ありがとう」 そういうと、カズミは薬師寺家事件のことを話し始めた。そのひどく込み入っていて、陰惨で、悲痛な、長い長い話を。 俺は聞き終わってしばらくは、呆然としていた。なんといえばいいかわからず、ただ間抜けに口を開けてカズミを見るばかりで。 カズミは口を閉じて、ただじっとこちらを見ていた。疑問とも不安ともつかない、だがひどく強い感情を籠めた眼差しで俺を見つめる。 俺はその視線に耐えきれず、視線の先でのろのろと立ち上がった。 「………俺、今日は帰るわ。お前の言ったこと、ちゃんと考えたいし」 「………わかった」 カズミはなにもいわずに、玄関まで俺を見送ってくれた。俺が玄関の扉を開けて、振り向いた時になってようやくいう。 「それじゃあね、カゲリ」 俺はその言葉に、思わずぎゅっと唇を噛んで、睨むようにしてカズミを見つめいった。 「またな、カズミ」 カズミは俺の言った言葉に、一瞬泣きそうに顔を歪めると、うなずく。 「うん、またね、カゲリ―――」 俺はあとからあとから湧きあがる苛立ちに思いきり顔をしかめながら、どすどすと音を立てて街を歩いていた。 カズミの話はもちろんショックだった。カズミが生半の経験をしてきたわけじゃないことは予想していたが、ここまで悲惨な生い立ちの持ち主だったなんて。 自分のことを不幸だと思っていた昔の俺に唾を吐きかけてやりたい気分だった。ほんの子供の頃から虐待されて、これ以上ないっていう惨劇のシーンを見せられて、自分も親のためにその手伝いをして、その後何年も秘密を抱えていくなんて、俺には想像もできない苦しさだったと思う。自分が甘やかされたガキだってことを久々に思い知らされた気がした。 一瞬聞かなきゃよかったかも、と思いかけた――だが俺はそれをすぐに打ち消した。どんなに重かろうが、それはカズミの味わった重さとは比べ物にならない。俺が苦しんでいい筋合いのもんじゃないし、第一カズミは俺だからこそ、俺を信用して打ち明けてくれたはずだ。その信頼に応えないようじゃ、恋人どころか友達としても失格だ。 だから俺はこの話を聞いたからってカズミと別れるとか、そんなことは露ほども考えてない。カズミとしては俺にこの話を聞いても恋人でいたいと思うか考えさせようとしていたのに違いないが、俺はそこまで落ちぶれちゃいない。 それを知ってこれからカズミとどう接すればいいか考えてしまったのは確かだが、考えてみればカズミはもうその苦しみを乗り越えてるんだ。そうでなきゃあんなに楽しげに笑えるはずがない。俺の惹かれた、明るくて朗らかな、葦のようにしなやかな強さを感じさせる笑顔。血を吐くほどの苦しみを経て、あいつはそれを乗り越えたのだろう。尊敬こそすれ憐憫など抱けるはずがない。俺にできることはもうあいつが過去を思い出して辛くなった時にそばにいて気を紛らわせてやることぐらいだ。あいつはもう乗り越えているのだから。 ――そう。乗り越えてるんだ。桜井京介っていうあいつのブレーンと、他の一緒にいてくれた人たちのおかげで。 つまり、結局俺のこの苛立ちは、嫉妬なのだろう。あいつが一番辛い時、ずっとそばにいた人たちに対する。 あいつは心の底から『桜井京介』を慕っている。それは聞かなくてもわかる。まだ話を聞かないうちからあいつは始終『桜井京介』のことを口にしていた。 それも当然だろう。あいつがちゃんと生きられるようにずっと手助けしてくれた人。ずっとそばにいて、そんじょそこらの親なんか比べ物にならないほど優しくずっと気持ちを注ぎ続けてくれた人。あいつにしてみれば大恩人、それ以前にきっと好きで好きでたまらない人。誰よりも大切な一番の地位を、今までもこれからもずっと占め続けるだろう人。 (かないっこねぇじゃねぇか、こんちくしょう!) 俺がどんなに頑張ったってその人にはかなわない。俺はカズミの昔を知ってるわけじゃないから。カズミが一番苦しかった時、そばにいたわけじゃないから。 だけどその頃俺があいつに会ってたって、なにもできなかっただろう。その頃の俺は身も心もただのガキそのものだったんだから。 たとえ今の俺がその頃のあいつに会ってたって、なにもできなかったにちがいない。『桜井京介』のようになんの見返りも求めずひたすら労わり続けることができるほど、俺は成熟してないから。 つまり俺は『桜井京介』にはどうあがいたって勝てないんだ。人間的にも、カズミにどれだけ近いかって点でも。 苛立ちに任せて近所の居酒屋に駆け込み、酒を注文する。空きっ腹に日本酒ばかりを流し込んで、したたかに酔いながらひたすらカズミのことを考えていた。 (カズミ――お前、本当に俺でいいのか? お前にとっては俺よりも、ブレーンたちの方が大切なんだろ?) (俺はお前のことが世界の誰より好きだけど――お前にとっては俺はしょせん一番じゃないんだな) (当たり前だよなこんなガキみたいな奴――お前が俺にちゃんと自分の想いに応えてほしがってたことはわかってるのに、耐えきれずに逃げ出してきたんだ――お前に応えるだけの自信がなくて) (ちゃんと考えれば少しは自信つくかと思ったけど――考えれば考えるほどドツボにはまる………) 看板だと店から放り出されて、俺は頭の芯までどっぷりアルコールに浸かりながらふらふらと歩く。どこをどう通ったかは覚えていないが、もう半分以上眠りながらポケットをまさぐって鍵を探していたのは記憶している。 鍵をかけっぱなしにして中に入り込み、床にそのまま突っ伏す。カズミが来るからって布団片付けといたのが裏目に出たな、とちらりと思って、次の瞬間にはもう眠り込んでいた。 そして俺は、夢を見た。 カズミが俺の少し先を走っていく。俺はなんとかカズミを捕まえたくて必死にその後を追う。 俺の周りには笑ってたり、悲しそうだったり、泣いてたり、こっちを睨んでたり、いろんなカズミの顔が浮かんで、前から後ろに流れていく。だけど俺は今カズミがどんな顔をしているのか見たくて、それしか考えられず脇目も振らずただひたすらに走る。 (待てよカズミ――) (こっち向いてくれよ――) (お前にとって俺はなんなんだ? 一番じゃないのにどうしてつき合ってくれみたいなこといったんだ?) (答えてくれよ。答えて――) と、ふいにカズミが足を止めてこちらを振り向いた。あの時と同じ、暗く光のない眼だった。 『ぼくは蒼っていう名前を選んだんだ』 え? と思う間もなく、カズミの姿はすうっと俺から遠ざかっていく。 慌てて後を追うが、足が急に石のように重くなった。動かすこともまともにできない。叫ぼうとしても声が出ず、カズミはどんどん遠ざかっていく。 『蒼、他はいらない、って――』 (待てよカズミ!) 『蒼。他はいらない――』 『それからずっとぼくは京介たちと――』 『京介――』 『蒼――』 (おい、カズミ!) 俺がどんなに心の中で叫んでもカズミはどんどん遠ざかっていく。こちらを向いたまま。ちっともあいつらしくない、光のない眼のままで。 (待てよ! お前、俺と会った時は薬師寺香澄って名乗ってたじゃないかよ!) (俺とは会った時から薬師寺香澄で、今までずっと薬師寺香澄で) (なのになんでいきなりそんなこというんだよ。カズミじゃだめなのかよ!? お前には蒼しかいらないのか!?) (カズミ―――) それでもカズミは遠ざかるのをやめない。どんどん小さくなっていくカズミに、俺はたまらなく泣きたくなって、必死に心の中で声を張り上げた。 (待ってくれよカズミ。俺を捨てないでくれ) (好きなんだよ、カズミ―――!) その時―― はるかかなたで、カズミがこっちを振り向いたのが感じられた。 呆然とする俺に、カズミはにこっと笑いかける。俺の惚れた、夜を乗り越えたお日様みたいな暖かい笑顔で。 その優しい笑顔に、俺はたまらなくなって、涙をこぼし―― 俺は目を開けた。目に手をやると、濡れている。寝ながら泣いていたらしい。情けねぇ、と思わず笑いそうになったが、その時夢を思い出して――ぎゅっと唇を噛んだ。 俺は馬鹿だった。どうして気づかなかったんだろう。あいつが俺に、この俺に求めてたことに。 勢いよく立ち上がる。大急ぎで服を脱ぎ捨てシャワーを浴びた。超特急で髭を剃り着替えて電話を取る。かけるのはもちろん、あいつのところだ。 『はい、もしもし? 薬師寺ですけど』 「俺だ、結城翳だ!」 『えっ、カゲリ? どうしたの突然』 驚いたような声。怯えも嫌悪も感じられないその声に力を得て、俺は叫ぶ。 「今からそっち行っていいか!? 大事な話があるんだ!」 『え……かまわないけど……なに、急に?』 「会ってから話す。急いで行くから、待ってろよ!」 電話を切ると俺は靴を履くのももどかしく家を飛び出した。今すぐあいつに伝えたいことがある。いわなくちゃならないことが。 (待ってろよ、カズミ―――) (お前にちゃんと答え、持っていくからな!) >Ao ぼくはカゲリからの電話を受け取ると、なんだかひどくそわそわしてしまい、掃除なんか始めたりしてしまった。じっとしていると落ち着かなくて。 昨日から、やっぱりぼくはどうしても落ち込んでしまって、ご飯を食べる気にもならずただひたすらぼーっとしていたから、その反動かもしれない。 やっぱりカゲリはこんな話聞きたくなかったんじゃないかとか、もうぼくと会いたくないっていうんじゃないかとか、そういうネガティブな考えばかり浮かんでしまってぼくはひどく落ち込んでいたんだけど、そんな時ただひとつ支えになってくれたのはカゲリが最後にいった言葉だった。 『またな、カズミ』 また会おうっていうその約束は、どんな睦言よりも強くぼくの心の中に残った。 大丈夫、カゲリはまた会いに来てくれる。カゲリが約束を破ったことは、一度だってないんだから。 そう何度も自分に言い聞かせた翌日、いきなりこの電話だ。正直心の準備ができてなくて、かなりうろたえていた。 ピンポーン、ピンポーンとドアチャイムが鳴る。カゲリだ、と反射的に思った。カゲリにはこの家の合鍵を渡しておいたから、それを使って入ってきたんだろう。 ぼくは玄関へと向かい、数度深呼吸すると、がちゃりと扉を開けた。 「……いらっしゃい」 予想通り、そこに立っていたのはカゲリだった。ぼくは体を引いて、カゲリを中に通す。 「上がって。今冷たいものでも……」 といいかけた時、扉が閉まり――その瞬間、ぼくはカゲリに真正面から抱きしめられた。 「カ……カゲリ?」 「俺は向稜に入る前は、音大の付属高校に通ってた」 低い声で、ぼくに語りかけるようにいう。ぼくはなにがなんだかよくわからなかったけど、ともかくカゲリの話を聞こうとカゲリの腕の中で動きを止めた。 「俺の両親がクラシック屋だってことはいっただろ? 俺もガキの頃からピアノを習ってた。将来もずっと続けるんだろうと思ってた。けど俺は途中でそれを放り出したんだ。親に決められたレールを走り続けるのに嫌気が差したんだろうな。もうピアノなんか弾かないって怒鳴って、バイクで走って腕の骨を折った。――高一の夏のことだ」 「…………」 ぼくはなんといえばいいのかわからず、ただ黙ってカゲリの話を聞いていた。カゲリは続ける。 「親はリハビリだなんだってうるさかったけど、俺はピアノを弾こうとすると腕が動かないっていって向稜にむりやり編入したんだ。承知しないなら家出してやるって両親を脅してな」 「……そうか。大変だったね」 とってつけたような慰めしかいえなくて、怒られるかと思ったんだけど、カゲリはかなり珍しいことに照れたように笑って、いった。 「そうだよな。お前はちゃんとわかってるんだよな」 「え?」 「こういう時必要なのは、気の利いた言葉でも気安い『気持ちわかるよ』でもなくて、自分なりの労りの言葉だってことさ」 「そう……?」 カゲリの顔を見上げると、カゲリもぼくの顔を見下ろしていた。お互い馬鹿みたいに見つめあいながら、カゲリがいう。 「いっちまえば大したことないんだけどな。でも、俺はこんなこともこれまでずっといえなかった。話して馬鹿にされたりしたらどうしようって思うと怖くって、なんだかんだと言い訳して」 「……うん」 「お前はきっと、その何倍も考えて迷ったんだろうな」 じっとぼくを見つめるカゲリ。カゲリの眼を見つめ返すぼく。カゲリがぎゅっとぼくを抱きしめて、優しく頭を撫でてくれた。 「頑張ったな。お前、すげえよ」 「うん……」 なんだかふいに涙が出そうになって、ぼくは慌てて目を擦った。なにやってるんだろう、泣くことなんかひとつもないのに。 でもカゲリは笑いもせず、ぼくの頭を何度も、何度も撫で続けてくれたので、ぼくはたまらなくなって泣きながらカゲリに思いきり抱きついて体中を摺り寄せてしまった。 「ごめんな」 ぼくが落ち着いた頃、カゲリがぽつりとそういった。ぼくはきょとんとして聞き返す。 「なにが?」 「いや、なんつうかさ。俺、わかってなかったなーと思ってさ」 「だからなにが?」 「……お前が俺に昔のことを話した気持ち、っつうか。自分の気持ちだけでいっぱいいっぱいになっちまって……助けるべきなのはお前の方だったのにな。……やきもちなんか焼いてる暇があったら」 最後の方はよく聞こえなかったけど、ぼくはきょとんとしてしまった。 「助けるって、なにそれ? ぼくは別にカゲリに助けてもらおうと思って話したんじゃないよ」 「……そーだろうけどな。悪かったな、勝手に思い込んで」 ふんっと不機嫌そうな顔になってそっぽを向いてしまうカゲリに、ぼくはもう、と小さく息をついていった。 「ぼくはただ、カゲリに聞いてほしかっただけだよ。カゲリが好きだから、カゲリが聞いてくれる限りぼくのことを話したいと思ったから」 「…………」 カゲリはちょっと驚いたようにぼくの方を見た。なんだかおそるおそるといった感じに口を開いていう。 「本当か?」 「嘘ついてどうするのさ」 「俺のこと、どのくらい……いや、忘れてくれ。なんでもない」 ぼくは内心ちょっと苦笑してしまった。カゲリってば、意外に気弱だなぁ。 でもそういえば、ちゃんと気持ちを伝えたことってなかったかもしれない。恋人だからって、そういうところに手を抜いちゃいけないよね。 だからぼくはにこっと笑って、カゲリにいった。 「ぼくがセックスしたいと思うのは、カゲリだけってくらい好きだよ」 「…………!」 カゲリはかっと顔を赤くすると、いきなりぼくにキスを仕掛けてきた。それも舌がにちゅにちゅ音を立てて糸を引くぐらい、思いきりディープなやつ。 ぼくはちょっと驚いたけど、カゲリのこういう唐突なところって嫌いじゃない。だから目を閉じてぼくもキスに没頭する。 「……ン……ふ、ァ」 たっぷり舌を絡め合わせて、腰砕けになってしまったぼくをすかさず支えて、カゲリが真剣な顔でいった。 「しようぜ」 うわぁ。そんなにストレートに、真剣な顔していわなくても。 「したい。俺、お前と今すげぇしたい」 「うー………」 だからぁ、そういうこといわれると恥ずかしいんだってば。まあ、そういうところも嫌いじゃないっていうか、わりと、スキ、だけどさ。 「……もしかして……嫌か?」 急に怯えたような顔しないでよー。そういうのって反則だぞ。 仕方なく、ぼくは背伸びをして、カゲリの耳元で囁いた。 「……ベッドで待ってて。体、きれいにしてから行くから」 たぶんぼくの顔は真っ赤になっていたと思う。上目遣いで見上げると、カゲリも顔を真っ赤にして、それでも勢いよくうなずいた。 ぼくは服を脱ぐと、浴室に入った。ここの浴室はもちろんトイレとは別になってるんだけど、カゲリとするようになってからはユニットバスの方が便利だったかなぁなんてことを考えたりする。 なぜかっていうと……する前に体の中も洗うから、中身を出す時にすぐトイレに出せるだろうなって思って。 する前にはそういう風に腸内をきれいにしておくのがエチケットだって調べた結果わかったんだ。もちろんする時はコンドームを使うけど、指とかでお尻の穴を広げる時にウンチとかがついたらぼくも嫌だし。 まあ、基本的に食べた後とか、便が下りてきてるなって時にはしないからぼくの腸内はあんまり汚れてない時の方が多いけど、それでもこういうのはやっぱりエチケットだしね。 お風呂用のジェル――潤滑剤を出して(ボディソープだとあとでお尻の中が切れちゃうんだって)お尻をある程度馴らしてから、シャワーヘッドを外してコックを捻る。細いホースの先からお湯がちょろちょろと湧き出る。 ぼくは少し前かがみになった間抜けな格好で、ホースをそっと自分のお尻の穴に差し込んだ。ホースはずいぶん濡れているから(それにお尻も馴らしたし)先端を差し込むぐらいはたやすい。お湯が自分の腸内を満たしていく感覚に、ぼくはしばし耐えた。 お腹が張るぐらいお湯を流し込むと、ぼくは浴室を出てその隣のトイレに駆け込んだ。しばらく便意を我慢してから、便座に腰掛けて体内からお湯を流す。 実をいうと、この時が一番辛くて恥ずかしい。自分がすごく馬鹿なことやってるみたいな気になるし、一人で浣腸してトイレに入ってってやっていると、なにやってるんだろうなーと物悲しい気分になってくる。 けど誰かが一緒ならもっと恥ずかしい。最初の頃はカゲリが手伝ってくれてたんだけど、カゲリの前でトイレに駆け込むのが死ぬほど恥ずかしくって早々に一人でやるから見ないでと宣言した。 だからカゲリも今はベッドで大人しく待っているはず。体内のものを全部出すと、ぼくはもう一度浴室に行って体の隅々までシャワーを浴びた。 それからバスローブをまとうと、急ぎ足でベッドのある洋室へ向かう。 「お待た……んっ!」 洋室のドアを開けたとたん、抱きしめられてキスされた。どうやらカゲリはずっとドアのそばでぼくを待ち構えていたらしい。 しょうがないなぁがっついちゃって、と苦笑する気持ちもあるけれど、それだけぼくを求めてくれる気持ちが強いってことでもあるからぼくはどちらかというと喜びながらキスを受け入れ、返す。 ちゅ、むちゅ、んちゅ、ちゅば。 さんざんそんな音を立ててからカゲリはいったん唇を離した。 見てみるとカゲリはなんていうか、やる気満々って感じの顔をしてぼくを見ていた。ちょっと文学的にいえば欲情に濡れた顔、とでもいうんだろうか。でもそんな手垢の付いた表現なんか裸足で逃げ出すくらい強烈に感じられるセックスに対する欲望に、ぼくは思わず心臓を跳ねさせる。 カゲリはぼくをぐいぐいと押して、ベッドの上に押し倒した。その時にもう一度吸い付くようなキスをして。 もどかしげにバスローブの紐を解くと、ぼくの胸に勢いよく吸い付いた。乳首を口の中に含み、ちゅばちゅばちゅっちゅと音を上げながら舐め、吸い、軽く噛む。 「……ん、あン、……ふぅ、はぁ」 乳首への刺激は直接的じゃないけど、なんていうか切ない感じっていうか、もどかしい気持ちよさがあってぼくは好きだ。まあカゲリとのセックスで嫌いなことって数えるほどしかないけど。 乳首が赤くなるまで愛撫を続けると、カゲリはにやりと笑ってぼくの顔を見た。 「真っ赤だぜ」 「……そりゃ、吸われたんだから」 「乳首、固くなってる。気持ちよかったか?」 「カゲリ……」 ぼくは潤む眼できっとカゲリを睨んだ。カゲリってセックスの時になるとやたらこういう風に意地悪っていうか、ぼくにいやらしいこといわせたがるんだもん。男ってみんなそうなのかな? ゲイ雑誌でもそういうシーンいっぱいあったし。 ぼくも男だけど、そういう気持ちってわからない。そんなこといわれたら自分がいやらしいことしてるんだって実感しちゃって恥ずかしくなるだけだと思うのに。 カゲリはぼくに睨まれるとなぜかかえって嬉しそうに笑って、ぼくの股間の方に顔を移動させた。 「いえないんならいわずにはいられなくなるくらい気持ちよくしてやるよ」 「ちょっとカゲ、んッ!」 ぼくはぱくりとペニスを咥えられて思わず震えた。カゲリは最近、フェラチオがすごくうまくなった。 最初の頃はものすごくおっかなびっくりだったり、ちょっと乱暴なところがあったりしたんだけど。今ではぼくのペニスの上から下まで、同時に体の隅々まで、緩急をつけた攻めを展開してくる。 顎を動かして勢いよく吸ったり、先っちょを舐めながらぼくの顔を見つつ竿を扱いたり。ふぐりの部分を口の中に含んで舌で弄んだり、舌先で上から下まで舐め回したり。 そういうのを体中を撫でながらやってくるもんだから、ぼくとしては―― 「ンは、あァ……んッ、くぅ、や、ん、ハァ、ア……ッ!」 喘ぎ声を上げざるをえないわけで。 そうするとカゲリは嬉しそうな顔をして、ますます調子に乗って攻め立ててくる。そうするとぼくはたちまち追い上げられて、快感に頭も体も流されてきてしまう。 カゲリはぼくがマスターベーションの経験もほとんどないような奥手だから快感に弱いんだっていうけど、それでもやっぱりなんだか自分が淫乱みたいで恥ずかし、あ、や、そこ、駄目……! 「カゲ、カゲリ、ちょっと、ちょっとストップ!」 むりやりぼくの股間から引き剥がされて、カゲリはちょっと不機嫌な顔をしてぼくを見た。 「なんだよ」 ぼくは荒い息をつきながら、それでも懸命にいう。 「いっただろ、ぼくだけイくのは嫌だって。ちゃんと、ぼくにも、させてよ」 これはぼくなりのセックスのルールだ。快感を与えられるだけじゃなくて、ぼくもセックスに参加してるんだって相手に伝えること。それで一緒に気持ちよくなること。 セックスにはお互いの努力と歩み寄りが重要だって、いろんな本に書いてあったし。 「……いいけど」 カゲリは嬉しいような、困ったような、ちょっと悲しいような複雑な顔をした。最初この顔をされた時はもしかしてぼくがするっていうのはしたなくていやなのかなって悲しく思ったけど、今は知っている。カゲリとしては僕がするのは気持ちいいし、嬉しいんだけど、やられるとすぐに昂ぶってしまうから先に達したらどうしようとか思っちゃうんだって。別にそんなこと気にすることでもないと思うのに、カゲリってけっこう見栄張りだよね。 カゲリがベッドの上に寝転んで、ぼくがその上に天地逆になって覆いかぶさる。つまり、ぼくの目の前にカゲリのペニスが、カゲリの目の前にぼくのペニスがくる格好になったわけだ。 ……目の前にカゲリのペニスがあると、ぼくはどうしてもごくりと唾を飲み込んでしまう。なんていうか、目の前にこう下半身を突き出されると、すごくいやらしいことをしてるんだってことが今更ながら思い出されて、恥ずかしくなると同時に緊張してしまうんだ。 でも、そんなこといってたらセックスなんてできないよね。それにやるっていったのは自分だし。だからぼくはカゲリのペニスをしばらく見つめたあと、はむっと口の中に含んだ。 「う……」 カゲリが小さく呻く。感じてるんだな、とちらりと思う。 フェラチオをするのは、ぼくとしてはけっこう恥ずかしい。自分が恥ずかしいことをしてるっていうこともだけど、それ以上に、カゲリのペニスを口に含んで一生懸命舐めたりしゃぶったり扱いたりしていると、なんだか頭がぽうっとなってきて、カゲリのペニスがすごく愛しい存在のように思えてきて、なんていうか、その……欲しい、とかはしたない思いを抱いてしまうから。 そんなことを考えてしまうなんて、ぼくはすごくいやらしい奴なんじゃないかと思ってしまうんだ。セックスしてるんだからそんなの当たり前といえば当たり前なんだけど、半ばうっとりしながらペニスを愛しげにしゃぶっている姿をふと客観視すると、恥ずかしさのあまり悶死しそうになってしまう。 ……でも、そんなことを言いつつもぼくはフェラチオをするのはけっこう好きだったりする。自分のより一回り大きい、カゲリのペニスの塩気のある味を味わっていると、味覚からすれば汗やおしっこの味と同じなんだろうに、おいしいとか感じてしまうし、そんな恥ずかしいことをしていることや、はしたない思いを抱いてしまうことにすら、ぼくはひどく興奮してしまうんだ。 ぼくがこんなことを考えたりするなんて、神代先生が知ったら許さないだろうな。京介や深春だっていい顔はしないだろう。でもそんないけないことをしているという事実がまた興奮のスパイスになったりする。ぼくって悪い奴だ。 でもぼくはカゲリが本当に好きで、恥ずかしいし、いけないことなのかもしれないけどカゲリとのセックスも好きで―― などと頭のどこかで考えながらぼくは懸命にカゲリのペニスをしゃぶった。カゲリがぼくにしてくれているように、舐めたり口の中で弄んだり唇で扱いたりと、手を変え品を変えカゲリを愛撫する。 「ん……くっ、は、う、あ、あァ、い、カズミ、い、あ、ふぅ」 カゲリの息遣いが荒い。気持ちいいんだ、と思ったら嬉しくなって、カゲリのをほとんど根元まで咥え込んで舌でぴちゃぴちゃ勢いよく愛撫しながら顎を動かしつつ吸う、という技を使ってみる。 「カズ、カズミ、ちょっとま、あァ、い、いいっ、カズミ、まっ、あっ、カズ、い、イく、イくッ!」 どぴゅ、どぴゅ、びくびくっ。 ぼくの口の中でカゲリのペニスが脈を打ち、ぼくの喉の奥に粘性の液体を発射する。 ぼくは幸福感すら感じながらそれを飲み下した。本当は飲むものじゃないのかもしれないし、苦塩辛い上にねばねばして飲みにくいものではあるんだけど、カゲリの体からぼくが出したんだと思うとすごく嬉しくなって喜んで飲めてしまう。こういうのってもしかしたらおかしいのかなぁとも思うんだけど、なってしまうんだからしょうがないよね。カゲリもいやじゃないみたいだし。 カゲリはぜいぜいと荒い息をつきながら、ぼくの股間から腹立たしげな声を発した。 「ずりぃぞ」 「え? もしかして、気持ちよくなかった?」 「いや、すげぇ気持ちよかったけどさ。俺ばっかりイっちまって、お前にはろくにしてやれなかっただろ。俺だってそういうのはいやなんだからな」 「え……」 でも、ぼくもしてて気持ちよかったんだけど…… という言葉を発することはできなかった。 「だから、仕返し」 カゲリの声にふいに笑みが含まれた。カゲリはぼくの股間から体を引っこ抜くと、ぼくをぐいっとひっくり返して、足を大きく開かせながら曲げさせて手でつかませた。 ……これってもしかして、M字開脚ってやつ? 「ちょ、っと、カゲリ……!」 「なんだ?」 真っ赤になっていうぼくに、カゲリはにやりと笑って答えた。 「この格好、恥ずかしい、よ……!」 「恥ずかしいいいじゃん。そういうの嫌いかよ?」 「………嫌いじゃ、ない、けど」 でも本当に、泣きたくなるくらい恥ずかしいんだよ。こんな大きく股おっぴろげてカゲリになにもかも見せているなんて、まるで露出狂みたいじゃないか。 涙目になるぼくに、カゲリはキスを一つくれた。 「心配すんなよ。ひどいことはしないから」 って言われても、今すでにそのひどいことをされてるような状態じゃ説得力がないよ。 でも、カゲリがなんだかすごく嬉しそうな顔をしてぼくの体を眺めているのをみると、口元にすごくいやらしい笑いが浮かんではいるけど、やっぱりぼくのことが好きだからこういうことをしたがるんだろうなあと思えてしまい嫌だということができない。 ちょっと恨みがましい眼でカゲリを見つめるぼくに、カゲリはもう一度優しくキスをするとサイドボードに置いてあるジェルを手に取った。 男同士のセックスでは必需品だと聞いて某ドラッグストアで二人で買ったお徳用サイズだ。ある程度のところまでは使うジェルの量と、アヌスの柔らかさは正比例するらしい。 「ん……う、はぁ」 たっぷりとジェルを手に取ったカゲリが、ジェルを優しくぼくのアヌスに塗りこめる。やっぱり何度も使ったからそこは性感帯としてそれなりに開発されているのか、触られただけでぞくりと背筋になにかが走り、ぼくは反射的に震えてしまう。 カゲリはジェルをたっぷりとった人差し指でぼくのアヌスの周りを撫で、何度も軽く入り口を叩いて、馴染んできたのを見計らってからそっと侵入させてきた。ジェルを腸内にまで塗りこめながら、ぼくの奥の触られると体にゾクゾクゥ、と悪寒とも快感ともつかない感覚が走る場所を何度も上下左右に軽く押す。 「ハァ……んハァ……くふぅ……んく……」 初めてここでセックスした日から、二ヶ月とちょっとしか経ってない。だからここで触られるだけですごい快感を感じるというところまではいっていない。 でも、こういう風にお尻の中をいじられると、なんだか勝手にペニスが勃起してきてしまう。ペニスのようなわかりやすい快感ではないけれど、じんわりと体の芯がおかしくなるような不思議な快感―― 指が馴染んだのを見計らって、カゲリは指を一本から二本、二本から三本へと増やしていった。もちろん、充分な時間をかけて。 二本までなら楽に入って、快感をわりと素直に感じることができるんだけど、三本ともなるとさすがに苦しくなってくる。何度も息を吐いて、力を抜いて、カゲリがゆっくりお尻をいじりながら指を抜き差しするのを助けた。 「んふ、んは、んん、んう、んく、んはぅ………」 カゲリの息が荒いのがわかる。出し入れしているうちに興奮してきたんだろう。それはぼくとしても嬉しいけど、もうしばらくは耐えてぼくの中を馴らしてもらわなくちゃならない、悪いけど。前に一度アヌスがまだ充分に広がっていないのに挿れていいといったことがあるんだけど、その時ぼくはかなり後に引くダメージを負った。 その時のカゲリのしおたれようは本当に気の毒なほどだった。無理して後で倒れて方々に迷惑をかけるより、今カゲリに我慢してもらう方がマシだ。そうでないと、カゲリにも結局ひどいことをしちゃうことになるし……。 ごめんね、カゲリ。そんな想いをこめて息を吐きながらカゲリを見つめる。 カゲリは息を荒くしながらも、懸命に、時々目が合って照れたように笑いつつ、ぼくのことを気遣いながら指を動かしている。その顔を見ていると、なんだか胸がきゅっと疼いた。 指が三本になると、時々便が出そうな感覚が体を襲うことがある。最初の頃は本当にウンチを漏らしちゃうんじゃないかとトイレに駆け込むことも多かったけど、今ではそこら辺の感じ方の要領がつかめるようになっている。 この『ウンチが出そうな感覚』というのが、アヌスの性感の一つの形なのだ。体の中に太いものが出し入れされる感覚。奥深くまで入れられると少し吐き気のような感覚と共にぎゅくん、と体の真ん中を押される痺れるような電流の流れを感じ、引き出される時はウンチが出てしまいそうな内臓まで引き出されそうな感覚に声が出てしまう。ぼくはそれをできるだけ深く感じられるように、息を吸い込む。そうすろと気持ち悪さと表裏のペニスが震えるような刺激を感じられるから。 ちゃっちゃっちゃっ、ちゅちゃ。 辛抱強くぼくの中に丹念に愛撫を加え、刺激を与えつつ肛門を広げてくれるカゲリに、かなりの時間が経ってからぼくはいった。 「もう、挿れても……いい、よ」 だいぶ息が荒くなったのは不可抗力ということで許してほしい。 こういうストレートないい方は正直すごく恥ずかしい。でもその他にいいようがないものね。 「………ああ」 息を漏らすような感じでいうと、カゲリはごくりと唾を飲み込んで、枕元からコンドームを一袋取り出し口で破って素早く装着した。ぼくはその仕草についドキドキしてしまう。いよいよだって感じだし、なんていうか……いかにもセックスって感じの動作が、時々すごくセクシーに見えるんだよね、カゲリって。改めていうのも変だから、いってないけど。いうべきかな? カゲリの中では、ぼくが挿れられる方≠ニ決まってるらしい。最初からぼくに確認を取ることもなく、挿れる側のセックスを仕掛けてきたから。 そのことに対する不満の気持ちはないではない。一回ぐらいぼくも挿れる感じっていうのを味わってみたいし、機会があったらいおうとも思っている。……でも、ぼくは挿れられるのもわりと好きだ。 もちろん体にはかなり負担がかかるし、アヌスですごく気持ちよくなれるほど慣れてるわけじゃないんだけど。カゲリの猛りきった欲望をぶつけられている感覚、カゲリの想いに犯されているという感覚は、なんていうか、すごく幸福感っていうか、身も心も満たされる圧倒的なパワーを感じるものがあった。 カゲリの想いを受け止めて、一緒に高まっていくというのが体から実感できるし、それに……アヌスだけでは気持ちいいと言い切れるほどの感覚はないんだけど、一緒にペニスを扱かれた時の感じって、もうどうしようっていうくらい気持ちいいし。 だから、ぼくはカゲリをじっと見つめて、ああ本当に露骨で恥ずかしいなぁと思いながら、 「挿れて……」 と小さく言ったんだ。 獣欲満杯という顔をしていたカゲリは、ぼくの言葉に小さく叫び声を上げながらのしかかってくることで応えた。腰を持ち上げ、アヌスめがけてペニスを突き入れる……! 「ンっはァ――――ッ……!」 ここまで馴らされてペニスを挿れられると、もうなにも考えられなくなる。 快感のせいというわけじゃないけど、とにかく体中を翻弄する壮絶な衝撃に、理性が吹っ飛んでしまうのだ。 カゲリは呻くような声を上げて、たぶん全精神力を振り絞ってしばらく挿れたままじっと我慢して、ぼくの呼吸が落ち着いてきてからいった。 「……動くぞ」 ゆっくりとカゲリのペニスが抜き差しされる。その動きがはっきり伝わってくる。 カゲリのペニスの形、今腸内のどこにあるか、動くスピード角度タイミング、そんなものも全てわかる。 体の一番奥まで突き入れられて引き出される。その時にはなにもかも持っていかれるように感じる。実際腸内の肉も少し引き出されるらしい。 ……でもそんなことを考えている余裕はない。とにかくぼくは吐き気、刺激、衝撃、なんといってもいいけどアナルセックスの感覚に思い切り翻弄されて、「ああ、あ、ああ」と馬鹿みたいに喘ぎ声を上げることしかできなかったんだから。 「は、くう、イイ、カズミ、ああ、くっ、イイッ」 カゲリも考えてる余裕がなくなってきたみたいだ。ものすごい勢いでペニスを抜き差しし、大声であられもなく喘ぐ。かなり下品な感じがするけど、しょうがないよね、こういう時ってなにも考えられなくなっちゃうんだから。男の生理だ。 ぼくも当然考えてる余裕なんてない。カゲリが限界近くなってきたんだろう、抜き差しと同時に凄い勢いでぼくのペニスを扱いてきたからだ。体の中心まで深くカゲリの熱い楔を打ち込まれて、抜かれて、それを繰り返されてわけわからなくなりながらペニスを扱かれて、目の前にちかちかってフラッシュが光って、あ、ああ、駄目、駄目だよ、ぼく、もう、あ、ああっ、ダメダメダメダメダメダメ―――ッ! 「あ、あ、ああああ――――ッ!」 「カズミッ………!」 カゲリの精液の感覚を腸内に感じる。ものすごく、熱い………。 一度カゲリの精液を直接体で感じてみたいな、なんて頭のどこかで考えながら、ぼくは半分意識を飛ばしてぐったりとした。 >Kageri 俺は基本的にカズミの前では煙草はできるだけ吸わないように心がけてるんだけど(カズミは別にいいよっつったけど、やっぱこーいうのは気遣いだろ)、セックスの後だけは勘弁して吸わせてもらうことにしている。体中のなにもかも搾り取られたようなけだるい感覚に身を任せながらの一服は、うまいなんてもんじゃない。 至福の一本を吸い終わると、俺は俺の横でベッドに潜り込むようにしているカズミに擦り寄って、抱きしめる。カズミもえへへっと笑って俺に頭を摺り寄せ、抱きしめられる。 ……あーくそ、本当にこいつどーしてこんなに可愛いんだろーなぁ。もーどうすりゃいいんだってくらい可愛い。好きで好きでどーしようもない、こんなに盛り上がっちまっていいのかな。 二ラウンド目に突入したいところではあるんだが、カズミの体のことを慮って気合を入れてその欲望は押しとどめておく。欲望に火がつかない程度の軽いキスを何度もカズミの顔中に降らせると、カズミはくすぐったそうに笑って、ちゅっと俺の唇に触れるだけのキスをして、また笑った。 ………く〜っ! 可愛い〜っ! 思わずでれでれになってしまう俺だったが、あることを思い出してはっと顔を緊張させた。 「カズミ」 「なに?」 小さく首を傾げる仕草。くうっ、可愛い! と俺の中に燃え上がるものはあるが、これは大事な話なんだ、目を閉じて三十数えて冷静さを取り戻し、いう。 「俺にとってのお前は、これからも永遠にカズミ≠セぜ」 「………は?」 きょとんとした顔。俺は頭をかきむしって説明する。 「だから、俺にとってお前はカズミであって、蒼じゃないんだってことだよ。いいか、俺にとってお前はカズミなんだからな、絶対蒼じゃないんだからな」 「はあ……う、うん……」 カズミはよくわかってないようだった。しきりに首を傾げて、どういう意味なのか考えている。 しょうがねーなー、と俺は溜め息をつく。これは俺としてはかなり重要なポイントなんだが。 つまり、俺とお前の関係はブレーン≠スちとの関係とは違うんだぜってことを俺はいいたかったのだ。こいつにとってはブレーンたちはみんなすごく大切で取替えがきかない存在なんだろう。俺の親たちなんかとは比べ物にならないくらい。認めたくないけど、俺よりたぶんこいつに近い存在なんだろう。ブレーン≠ヘ。 でも、ブレーンたちとこいつはセックスをしない。キスしない、裸も見ない、一緒に風呂に入らない(たぶん)。こいつにとって俺はナンバーワンじゃないんだろうけど、オンリーワンなんだ。 今まで積み上げてきた過去に一朝一夕にかなうなんて思ってないけど、俺はこいつと過去なんか関係ない場所で出会い、友達になって、恋人になったんだ。薬師寺香澄として出会い、薬師寺香澄に俺は恋をしたんだ。 今更蒼なんて呼びたくないし、呼べない。 ま、先は長いんだ。気長に名実共にナンバーワンにしてオンリーワンの座を目指すとするさ。 にやける俺に、カズミはぷうっと膨れた。 「もー、カゲリ自分一人で笑ってないでよー」 「悪い。いや、お前の告白思い出してにやけてたんだよ」 「告白――」 「セックスしたいのはあなただけ、か。けっこう熱烈な愛の告白だよなー」 「〜〜〜もうッ!」 カズミはいったんそっぽを向いてしまったが、すぐにこちらを向いてちょっと意地悪な笑みを浮かべた。 「カゲリは?」 「え?」 「カゲリはぼくのことどう思ってるの?」 「って、お前……今更」 「ぼくだって今更だけどちゃんと伝えたじゃない。好きなの? 嫌いなの? ぼく、ちゃんと聞いてないよー」 あーもう。こいつが本気じゃないってのはわかってるけど、こいつこういう風におねだりっぽいことしねえからなんかドキドキしちまうじゃないか。 それに……そうだな、あんまりいう機会ねえんだからこういう時にちゃんと伝えないと駄目だよな。 よし。俺は覚悟を決めて、カズミを真剣な目で見つめ、ゆっくりと囁いた。 「愛してるぜ、カズミ」 「――――」 カズミは一瞬絶句したあと、真っ赤になってベッドにもぐりこんでしまった。まあ、こういうのって照れるよな。 苦笑する俺に、カズミは布団の中でもぞもぞと移動して、俺にぴったりとくっついた。 「どうした?」 問う俺に、カズミはほとんど聞こえないくらい小さな声で囁く。 「ぼくも……」 震えるような、細く柔らかく優しい声で。 「ぼくも、愛してるよ、カゲリ」 「……………!」 俺の脳天に一気に血が昇った。 「カズミーっ!」 「わ、カゲリ、ちょっと!」 |