stand by me
 僕、ジェフ・アンドーナッツのスノーウッド寄宿舎に入った時からの同室相手で、大昔からの親友で(といってもお互い友達と胸を張って言えるようになったのは三年も終わりになってからだけど)、まぁ一応恋人と言っていいだろうというかとりあえず現在のところは暫定的にそうしておいても悪くはないかなって相手であるトニーは、ものすごく変な奴だ。
 なにが変って、性格が。出会ってから六年以上経つけど、まだ彼の珍妙な性格には慣れない。
 普通寄宿舎にいるような奴というのは多少の格差はあるにしろある程度のバランス感覚を備えているものだ。相手の反応やその場の雰囲気を読み、馬鹿にされないようにかといって目立ちもしないように、どの人間ともある程度の距離を置きつつ空気のように日々をすごす感覚。
 空気というと聞こえが悪いかもしれないが、プライバシーのない寮生活では他者との間合いを取る技術は必要不可欠なものだ。そうでもしないと他人とのあまりの距離感のなさに精神が破綻してしまう。
 なのに、トニーときたらそこらへんの加減がまるっきりぶち壊れている。お人よしというかなんというか、東に泣く人がいたら飛んで行って一緒に泣き、西に喧嘩をする奴らがいたら駆けていってそんなことはやめようよとべそをかき、南で友達の悪口を言われれば涙を浮かべながら食ってかかり、北で家庭の事情を抱えた生徒がいればおそるおそるどうしたのと聞く――要するに、見境なしに人と関わっていい方向に持っていこうとする奴なのだ。――当然、僕にも。
 親切といえば親切だし今はお人よしとしてそれなりの評価を得ているトニーだけど、一年の頃は悲惨だった。『おせっかい』『鬱陶しい』『いい子ちゃんぶるな』トラブルに首を突っ込むたびにそう悪し様に罵られ、一時期はいじめにあったこともあるくらいだ。
 ま、当然といえば当然だ。この年頃の少年というのはたいがいいい子というものを敵視するものだし、トニーには実際ちょっと、いやかなりそういわれても仕方ないような女々しいところがあったから。僕も当時は(先生に言われて)トニーのフォロー役に苦労したものだ。
 でも彼が泣きながらもべそをかきながらも必死にみんなに親切にする姿に胸を打たれたのか、周囲の生徒たちは少しずつ彼を受け容れるようになっていった。トニーは女々しい分温和でよく気がつく奴でもあったし、トニーの必死な姿にこいつは本当に優しいんだ、と殺伐とした寮生活の一服の清涼剤のように扱うようになったのだ。
 でも、僕には彼のそんな姿はとても寂しそうに見えた。
 初めからそんな風にちゃんと言葉にして考えていたわけじゃない(僕の頭は文系には向かない)。ただ、僕はトニーがトラブルに首を突っ込むのを見るたび、イライラしてしょうがなかった。
 その時はただ彼の要領の悪さや頭の悪さにイライラがつのったんだと思ったけど、ずっとあとに思い返してみてわかった。僕は彼が寂しいから、それを埋めるために人に親切にしてるように思えてしかたなくて、優しくしてあげるから優しくしておくれと言わんばかりのいじましさにイライラしていたんだ。
 ―――その中には、寂しさを埋めるのに僕とまるで違う方法を取った存在に対する、憎しみにも似た腹立ちもあったかもしれない。
 そんなわけで僕は最初の頃はずいぶんトニーに冷たく当たった。挨拶を無視したり、一緒に教室へ行こうという言葉をすげなく断ったり。ホームシックにかかって泣きべそをかくトニーに「じゃあさっさと家に帰れよ、弱虫」なんて言ったことさえある。
 ――そんな僕に、トニーはよく諦めずに話しかけて、友達になってくれたものだと思う。

 ぼく、トニー・オースティンのスノーウッド寄宿舎に入った時からのルームメイトで、大昔からの親友で(大嘘だ。冗談でもそんなことを言えるようになるまでには三年はかかった)、現在恋人……って言っていいんだよね? 恋人だよね、ジェフはあんなこと言ってくれたし、恋人って言っていいんだよね? な関係の相手であるジェフは、すごく変わってる。
 なにが変わってるって、性格が。けっこう個性派ぞろいだと思うここスノーウッド寄宿舎でも、彼以上に変わった性格の持ち主には会ったことがない(ガウス先輩はある意味ジェフ以上に変わってるけど、あの人はそういう次元の話じゃないし……)。
 普通寄宿舎に入るような奴は誰しもある程度相手との間に馴れ合いを期待するものだ。これからずっと――最低でも六年間、下手をすれば十二年間も一緒に暮らしていくんだから、相手を自分の家族――とまでは言わないまでも共同生活者として受容することは必要だと思う。
 でもジェフは、そんな当然のお題目などまるっきり無視して、全てを拒否した。性格のいい奴も悪い奴も、ジェフに関わってきた奴も関わらない奴も、冷たい無表情と毒舌で追い払うような対応しかしなかったのだ。――当然、ぼくにも。
 今では(ずいぶん人当たりが柔らかくなったこともあって)そういう奴だそれも個性だと受け容れてもらってるけど、当初の風当たりの強さったらなかった。『生意気』『偉そう』『根性曲がってる』とかさんざん言われて、殴り合いの喧嘩になったことも何度かあるくらいだ。
 でもジェフは、殴られても嫌がらせを受けても、絶対に態度を変えなかった。
 まだ十歳にもなっていない子供だというのに、どんな攻撃にも負けずしゃんと背筋を伸ばして冷たく整った顔で全てを拒否するジェフ。そんな彼は同年代の生徒たちを圧倒するものがあったのか、少しずつ嫌がらせは減っていった。自分で自分の面倒を見て勝手にやるっていうなら好きにすればいいさ、と負け惜しみのような台詞がささやかれ、ジェフの望み通りにジェフの周囲から人はいなくなっていったのだ。
 だけど、ぼくには彼のそんな姿はとても寂しそうに見えた。
 初めからそんな風に言葉にして思っていたわけじゃない(ぼくは頭が悪いし)。でもなんていうか、ジェフのその仮面のような冷たい表情を見るたび、胸が痛くなったのだ。
 極寒の荒野でただ一人きり、世界に背を向けて立っているようなジェフの姿をどうしても放っておけなくて、毎日のように話しかけて気を引いた。勉強を教えてとねだり、班を作る時には真っ先に誘い、食事も登校も下校もできる限り一緒にした。……その中に微塵も下心が含まれていなかったとは間違っても言えないけど。
 だからジェフにはものすごく鬱陶しがられた。無視されるのなんて日常茶飯事だったし嫌味や皮肉もがんがん言われた。一度なんか「僕は君にはまったく興味がないしこれから先一生涯抱くこともない。人並みの神経があるなら僕のことは放っておいて勉強に精を出したらどうだ成績が後ろから数えて三十五番のトニー・オースティン」なんて言われたことまである(十歳にもなってない子供の台詞じゃない、僕は思わず泣いた)。
 ――そんなだったのに、ジェフはよく僕に振り向いて、友達になってくれたものだと思う。

 トニーとちゃんと友達になった時のことはよく覚えている。
 三年も終わりの方になると、僕もなんとなくトニーに慣れてきていた。トニーが隣にいることを、話しかけて一緒に過ごすことをまぁいいか、と許容するような。もちろん心の表面上ではそんなことはちらとも考えず、毎日のように鬱陶しい近寄るなと嫌味を言っていたのだけれど。
 その日の朝、僕は目を覚ますと当然のようにさっと身構えて視線を冷たくした。トニーは毎朝僕を起こすのだと僕のベッドにふざけたふりをして(その実気を遣いながら)ダイブしてくる。それに対処するための処置だった。
 ――が、いつまで経ってもトニーと衝撃はやってこない。
 あれ? と思って、それからものすごく腹が立った。別にトニーがダイブしてこなかったからって僕が腹を立てることはないんだけど――まぁ要するに、その頃には僕もトニーにかまってほしいとか思うようになってたんだと思う、自覚はなかったけど。
 腹を立てながらベッドから降りて部屋の中を見回す。トニーはベッドで寝ていた。ベッドサイドから眼鏡を取って、すたすたと歩み寄り冷たく言う。
「寝坊する気か、トニー・オースティン。早起きは三文の得じゃなかったのか。君は頭が悪いんだから自分の言ったことくらいは守らないと人に信用されなくなるぞ」
 返事はなかった。
 腹も立ったけど、それ以上に違和感があった。トニーは今まで遠くにいようと寝ていようと、僕の呼びかけに答えなかったことはない。それなのに――
 この時ようやく僕は彼の様子をうかがってみた。そして仰天した。トニーは顔を真っ赤にして汗をだらだら流しながら、は、は、と浅い呼吸を繰り返していたからだ。
 彼の病気は盲腸だったんだけど、腹膜炎を併発しかけていたそうだ。まだ体が幼いこともあり、一時期は生命の危険すらあったらしい。それを聞いたのはトニーが退院してからだったけど。
 そう、トニーは僕の連絡で、一ヶ月の入院と相成った。――そしてその間、僕の精神は著しく不安定になった。
 ありていに言えば、トニーが死ぬんじゃないかと怖くて怖くて仕方なかったのだ。トニーの病気がなにか聞いていればまだマシだったのかもしれないけど、教師たちの間でも(教師の間違いを指摘してさんざんにやっつけたりして)評判が悪かった僕は、同室なのにトニーの病状を知らせられることがなかった。自分から聞くこともできなかった。プライドのせいと――怖いのとで。
(トニーが死んじゃったらどうしよう)
 僕はその一ヶ月、そのことばかり考えていた。トニーが。あのトニーが。毎日僕に話しかけてきて、どんな嫌味をぶつけられようと話しかけてきて、登校も下校も食事も班作りも一緒にやったトニーがいなくなってしまったら。
 それは想像するだけで、胸が凍るような恐怖だった。ここスノーウッド寄宿舎に入る前とは桁が違う、圧倒的なまでの孤独感。
 トニーがいなくなる。この世から消える。もう会うことも、話すことも、笑いかけてくれることも、世話を焼いてくれることも、みんなみんななくなる。
 僕はトニーになんにも返していないのに。トニーに世話を焼かせるだけ焼かせておいて、嫌味と皮肉しかトニーに与えていないのに。トニーにまだ一度も優しくもしてなければ、喜ばせてあげたこともないのに。
(トニー)
 後悔なんてものじゃなかった。自分の存在を消滅させたくなるほどの自己嫌悪だった。元から僕は自分のことあまり好きじゃなかったけど、そんなものとは桁が違った。
 生きて帰ってきてくれるなら、僕は君のためになんでもする。喜んで一緒に登校するし下校もしよう。食事も、ずっと断っていたシャワーを浴びるのだって一緒にやろう。僕の方が君の世話を焼いたっていい。
 だから、どうか。
(神様)
 礼拝堂に行って祈りさえした。パパとママの離婚からこの方、神様になんて祈るどころか話しかけたこともなかったのに。
 でも、僕はトニーのために神様に必死に祈った。神様お願いです。パパが僕に振り向いてくれなくってもいい。ママともう二度と会えなくなってもいい。腕だろうが足だろうが持っていってくれてもかまわない。
 だから、どうか。どうかトニーを僕の隣に帰してください―――
 別に祈りに神様が応えてくれたわけでもないだろうけど、トニーはすでに述べたようにきっかり一ヶ月で退院した。最後の方は食欲が出てきていたらしく、食っちゃ寝生活で少し太っちゃった、とつやつやした顔で明るく言うトニーに、僕は猛烈にむかっ腹が立って嫌味をぶつけた。
「人にさんざん心配をかけておいてよくもまぁそんなに脳天気な顔をさらせたものだな」
「う………ごめん」
「僕がどれだけ心配したと思ってるんだ。君には神経ってものが通ってないのか?」
「ううう……ごめんよジェフぅ……」
 情けない顔をしてべそをかくトニーに、僕はさらに腹が立った。心配したって言ってるのに、なんで少しも喜ばないんだ。
 ――考えてみればトニーが喜ぶか喜ばないかはトニーの勝手だし、第一トニーはまた僕のいつもの嫌味だと思ってるってだけなんだと思うんだけど。とにかく僕は腹が立って、これでなんにも反応がなかったらしばらく無視してやる、と思いながら言葉をぶつけた。
「ほら、さっさと寝たらどうだい、どうせ一ヶ月の入院でいぎたなくなってるんだろう。明日は早く起きなきゃならないんだぞ、一緒に学校に行くんだろう?」
 そう僕が言うと、トニーはすごく変な顔をした。
 ぽかん、と口を開けて、目は見開かれてまじまじと僕を見つめ、頬は紅潮して鼻の穴まで大きく開いたまま動かない。まるで僕が超能力者だとでも言ったみたいだ。
 固まって動かないトニーに、僕はしかたなくぶっきらぼうに言った。
「……一緒に登校しよう」
 するとトニーはまたしばらく固まってから、目を潤ませてぶんぶんと大きくうなずいた。その動きが大きすぎたせいで、一ヶ月前よりずいぶん長くなっているトニーの癖っ毛がダンサーのようにぶわぶわと動いた。
 その動きがあんまり妙ちくりんで、僕は思わずぶっと吹き出した。トニーはまた少しぽかんと僕を見つめてから、同じように笑った。目を潤ませて、泣きそうに顔を歪めながら。
 ―――そんな風にして、僕とトニーはちゃんと友達になったんだ。
 トニーにちゃんと、僕がどんなにトニーに感謝しているかってことを伝えられるようになったのは(そしてトニーにちゃんと優しくしてやれるようになったのは)、あの旅が終わってからなのだけど。

 ぼくがいつジェフを好きになったのか、その瞬間のことはよく覚えている。
 忘れもしない、それは寄宿舎の入寮説明会の日だった。ぼくはパパやママ、家族と別れたくなくて寄宿舎になんか入りたくなくて(だって当時のぼくにとって味方っていうのは世界で家族たちだけだったのだから)、必死に説得しながらぼくを引っ張るパパとママに抵抗しまくっていたのだけれど――校門前に立っている一人の少年を見て、動きを止めた。
 その少年はぼくより少し背が高いぐらい。ぼくと同じ新入生だろうと思われた。髪は太陽と月の光を等分に混ぜ込んだようなきれいな金髪。瞳は永久凍土もかくやと思われるほど冷たく澄んだアイスブルー。風にふわ、とさらさらの金髪が流されて、白磁の肌の上にさらりと流れた。
(―――なんてきれいな子なんだろう)
 ぼくは思わず見とれた。女の子と間違えたわけじゃない、モーリス校の制服を着ていたし、第一僕には当時からゲイの自覚がしっかりあったのだから。初恋もセカンドラブも三度目の恋も相手は男だったし。全部こっぴどく振られたけど。
 校門前に花畑のように広がっている待宵草の中で、その少年は一人立ってじっとなにかを見ていた。校門から続く道のかなた、ぼくたちが歩いてきた方を。その冷厳とした瞳で、睨むように。憎い敵がそっちから歩いてくるみたいに。
 ぼくはそれに気づくと見ていたことに気づかれたのかと思ってどぎまぎとしたのだけれど、その少年はぼくになど目もくれていなかった。ただひたすらにきっと道のかなたを睨みすえ――
 それから少しうつむいて、一瞬ふっと笑った。自嘲するように。そしてひどく寂しそうに。
 それからきっと顔を上げて、ぎっともう一度道のかなたを睨んでから、くるりとそちらに背を向けて歩き出した。待宵草の中を。絵本で読んだ国をなくした王子様のように、堂々と、毅然と。同情や哀れみなどをすべて拒否して、ただ一人。
 ――ぼくはその背中から目が離せなくなっていた。
 なんてカッコいいんだろう、と思ったんだ。どんなに寂しかろうと辛かろうとそのすべてをあの一瞬の笑みに閉じ込めて、周囲の干渉をすべてはねのけて一人歩くその姿は、周囲のぼくを傷つける言葉や行動に打ち負かされかけていたぼくには、とってもまぶしく見えたんだ。
 そして同時に、なんて可哀想なんだろう、って胸が痛くなった。彼にはそんなこと余計なお世話なんだろうけど、その寂しさを少しでも埋めてあげられたら。彼の隣で彼に一人じゃないよと言ってあげることができたら。大丈夫だよ、ぼくがいるよと言うことができたなら。
 放っておけない、おきたくない、って思った。目が離せないって思った。一緒にいたいって思った。もちろんまだ七歳だったぼくは言葉にしてそう考えたわけじゃないけど、彼のたまらない孤独を、ぼくは心の深いところでなんとなく感じ取れたのだと思う。
 そしてまぁ、その少年がジェフで、ルームメイトになって同じクラスになって、それからずーっと一緒にいるわけだけど。
 なんというか、絵に描いたような一目惚れだと我ながら思う。もちろんそれは全部ぼくの勝手な思い込みなわけで、思い違いだったらめちゃくちゃ間抜けだったよね。だいたい当たってたからよかったけど。
 まぁ、そんな風にしてぼくは恋に落ちた。彼と友達になるのに三年、好きだというのにまた三年かかったのだけど――ジェフがあの旅から帰ってくるまで。

「ジェフ―――ぼく、君が好きなんだ」
 トニーがそう言った時、僕が思ったのは、ああやっぱりな、ってことだった。
 パパの研究室、僕の部屋で。ぽろぽろ涙を流しながらそう言うトニー。
 その姿をじっと見ながら、僕はトニーが僕を好きだということに気づいたのはいつだったかなとか考えていた。確かはっきりと自覚したのは五年の半ばくらいだったと思う。それまでにもなんとなく違和感はあったにしろ。
 だってトニーは男同士の友達というにはかなりあからさまに外れていた。ガウス先輩に「あいつはお前の友達っていうより嫁だな、嫁」とか言われるくらい。
 朝僕はトニーに定刻どおりに起こされる。同じ部屋だから僕だってトニーの目覚ましの音を聞いているはずなのに、トニーは僕が起きる前に起きて目覚ましを止め、僕を起こしているらしい。
 寝ぼけ眼の僕に(たいてい僕は夜遅くまで起きているから)、トニーは制服を準備し顔を洗うよう言い時には着替えさせることまでする。糊の利いたハンカチを僕に渡し僕の眼鏡の曇りを拭く。
 それから一緒に食堂へ行って朝食をとり――この時もまだ眠い僕に代わってたいていトニーが朝食を取ってきてくれる――一緒に歯を磨いて一緒に登校。
 授業を受けて、一緒に昼食をとり(この時はだいたい一緒に準備する)、午後の授業を受けたらたいてい僕は研究のためウルトラサイエンスクラブの部室(研究室と呼ばれてる)に行く。トニーもついてくる。一応同じクラブだし。
 そして僕が研究をしているのを黙って見ている。僕が集中している間は口を挟んできたりしないけど、僕がふっと一息入れたいな、とか思った時にはタイミングよくコーヒーや紅茶を淹れてくれる。お茶菓子つきで。
 そしてクラブが終わると一緒に帰り(お茶の時間の片付けは当然のようにトニー一人でやる)、夕食をとり、一緒に勉強をして、たいていトニーの方が先に寝る。研究の続きをする僕に「あんまり無理しないでね」とか言いながら。そして時々起きてきて、僕にこっそり夜食とコーヒーを準備してくれるんだ。
 最初の頃は僕にはトニーしか友達がいなかったからそんなもんなんだろうと思ってたけど、五年にもなって僕にも他に友達ができてくるとトニーと僕の関係がどんなにおかしいかってことがわかってきた。ガウス先輩は嫁だって言ったけど、今時嫁だってこんなに献身的に尽くす人はいない。
 なんでトニーはこんなに僕に尽くしてくれるのか。そんなことを考えていた時のこと。
 寮に帰ってくる時通り雨に降られた時があった。
「うー、ひどい雨だった」
「うわ、もう制服びしょびしょ……明日までじゃ絶対乾かないね」
「どうせ予備があるんだからいいじゃないか。校内クリーニングも今日は満杯だろうし」
 そんなことを言いながらロビーを通り抜けてシャワー室に向かう。熱いシャワーでも浴びなきゃ風邪を引いてしまう。
 予想通りシャワー室は満杯だった。スノーウッド寮は七歳から十八歳まで大量の男子生徒が暮らしているだけあって、こういう場合こういう場所は戦場だ。なんのかんの言いつつ僕たちはまだ五年生、力に訴えられたら先輩たちにはかなわない。
「うわぁ……どうしよ。すごい人だよ」
「こりゃしょうがないな。一個空いたら、一緒に浴びようか?」
「え」
 その瞬間のトニーの態度は、男の友達にシャワーに誘われた少年にしてはひどく似つかわしくないものだった。
 大きく目を見開いて、ぼっ、と顔を赤らめたのだ。
 僕は内心はっとして、それでも顔には出さず冷静な声でこう言った。
「ああ、やっぱり二人じゃシャワー室は狭いかな。一人ずつ入るしかないか」
「あ、そ、そうだねっ、あは、あははっ」
 顔を真っ赤にして笑うトニーに、ああそうか、と僕は思ったのだ。そういうことだったのか。
 それを理解するとこれまでのトニーの態度が全部腑に落ちた。なんで僕にあれだけ冷たくされても僕のそばにい続けたのか。なんで僕にああも尽くしてくれたのか。
 時々こっそりとひどく切なそうな顔で僕を見ているのはなぜなのか。僕に礼を言われたり褒められたりすると、天にも昇らんばかりの顔をするのはなぜなのか。そういうことが、全部。
 それからしばらくは柄にもなくトニーとどう接すればいいのか悩んだけど、やがて成り行きに任せることに決めた。僕はゲイじゃないし男とキスしたりセックスしたりしたいとは思わない。女だったら思うってわけじゃないけど。でもトニーを拒否したりする気はない。トニーの愛(うげ)を受け容れるかどうかはともかくとして、一緒にいれる間は一緒にいようと決めたんだ。
 ――そして今、そうして問題を先送りにしたつけを払わされようとしている。
「君が、好きなんだ、ジェフ」
 トニーはもう一度言った。ぽたぽた涙をこぼしながら。
 スノーウッド寄宿舎からここ(パパの研究室)までやってきたんだ、本気の覚悟をしてきたってことなんだろう。逃げることは許されない。――僕はこういうことがないように少し間をおくためにパパの研究室にいたっていうのもあったんだけど、いまさらそんなこと言ったってしょうがない。
 僕はどう答えるか考えた。トニーを傷つけたくはない。トニーが傷つかずに納得できるような答えがないか、必死に。だってトニーと形は違うけど、僕もトニーのことは好きなんだから。
 僕はゲイじゃない。トニーの気持ちには応えられない。
 でも、僕はトニーが好きだ。この寄宿舎に入った時からずっと一緒にいてくれて、僕に自分がずっと寂しかったことを気づかせてくれた、そしてその寂しさを埋めてくれた大切な友達。
 トニーがいてくれなかったら、僕はすごく嫌な奴になっていたと思う。生きてさえいなかったかもしれない。少なくともあのポーラの声に呼びかけられることはなかっただろう。
 トニーは僕を救ってくれた、守ってくれた。それが、僕にとってどんなに――
「君が、大好きなんだよ、ジェフ………」
 泣きながらそう言うトニーの手は、ぎゅっと握られて震えていた。きっと緊張と恐怖のせいだ、と僕は痛ましく思った。自分がゲイだと告白してるも同然だ、拒絶されたら、縁を切られたらどうしようって怖くてしょうがないんだろう。
 大丈夫だよと言ってあげたかった。僕はゲイじゃないけど、君を否定する気はないよと。
 だって僕は君がいてくれて本当に嬉しかったんだから。話しかけてくれて、世話を焼いてくれて、僕の寂しさを消してくれて本当に本当に嬉しかったんだから。
 君が、僕を好きでいてくれて、好きになってくれて。
 君が僕を愛してくれて。
「大好きなんだ……」
 僕が、どんなに―――

「大好きなんだ……」
 ぼくが泣きながらそう言うと(当たり前だぼくはこれでジェフとはお別れだっていうつもりで言ってたんだし)、ジェフはすごく妙な顔をした。
 さっきまですごく冷静っていうか、静かな顔でぼくの告白を聞いてたのに、ぼくがそう言ったとたん目を真ん丸くして愕然と宙を見つめたんだ。口もかくーんと開けて、鼻の穴も大きくして、呆然という言葉を体現しようとしてるみたいに。
 ぼくはジェフのそんな顔は見たことなかったんで驚いて、その拍子に涙が止まっちゃったんだけど、そんなことには少しも気づいた風もなく、ジェフは顔を元に戻して、それから苦笑気味にふふっと笑った。
「……なんだ、そうか」
「………え?」
「そういうことだったのか………」
「ジェフ………?」
 ぼくは首を傾げて、それからぼくの告白にジェフがショックを受けちゃったんじゃないかとはっとして、慌てて手を振りながら言い訳した。
「ご、ごめんね、気持ち悪いよね、ていうか裏切られたみたいな気分だよね。ごめんねジェフ、でもぼく昔から男しか好きになれなくて、君と会ってからは君のことしか見えなくて、あごめんこういう言い方が気持ち悪いのか、あのぼく部屋変えてもらうから、なんならパパとママに言って学校辞めさせてもらうから、だから――」
 ぐい、とぼくは腕を引かれた。え、と思う暇もなく、ぼくは、ジェフの腕の中に抱き寄せられていた。
「ジェ―――ジェフ!?」
 仰天してぼくは暴れた、ずっとそうしてほしいと思ってたのに。でもジェフの腕は(前は下手したらぼくより細かったのに)とても力強くて逞しくって、僕の動きを簡単に封じてしまった。
「気持ち悪くないよ」
 そう耳元でささやかれて僕はかーっと顔に朱を上らせた。……ジェフってば、その声で耳打ちするの反則だ………。
「トニー」
「ジェ………ジェフ」
 僕のうろたえながらの返事に、ジェフはかすかに笑った。
「トニー。僕はゲイじゃない」
「………うん」
「男に欲情はしないし、キスやセックスをしたいとは思わない。男に恋愛感情を持ったことはない」
「うん………」
 僕は泣きたくなった。わかってたけど、そんなのわかってたけど、やっぱりジェフは―――
「でも君のことは好きだ」
「………へ?」
 僕は間抜けな声を上げた。
「恋愛感情と呼べるものなのかどうかはわからない、僕は誰かに恋愛感情を抱いたと自覚したことがないからね。でも僕は君のことは好きだ。そういう意味かどうかはわからないけど。君が僕を好きになってくれて、好きだと言ってくれて嬉しかった」
「………ね、ねぇ………ジェフ、それってどういうこと!?」
 堪えきれなくなって僕はジェフの顔と真正面から向き合い、のぞきこむようにして訊ねる。
 するとジェフは、ちょっと笑って。
「こういうことさ」
 と言ってキスを――唇に!――してくれたので、僕は完全に頭に血が上ってひっくり返ってしまったのだった。

「あのさー、ジェフとトニーって恋人なんだよね?」
 ある夜、迫る試験の対策のため仲間全員で僕たちの部屋に集まっていると、エディが細い目をさらに細くしながら聞いてきた。
 僕は思わずペンを滑らせる手を止めて顔を上げた。ウィルとルゥは微笑みながら、アレクは興味深げに、ラルフはなぜか固まって、彬は「なんでンなこと聞いてんだよっ」とでも言いたげに不機嫌な顔をして僕を見ている。
 僕は内心眉をひそめた。どこからバレたんだ、いったい。
 トニーが僕のことをそういう意味で好きなのはかなり有名……というかはたから見ていれば誰でもわかる。だけど僕たちが両想いだってことは基本的に秘密なはずだ。僕は自分がトニーを好きなことは(セクシュアリティで言うならゲイってことになるんだろうけど、僕は自分がゲイだと思ったことはない。トニー以外の人間の恋愛感情に応えたいと思ったことがないからだ。想われたこともないだろうけど)隠すつもりはないけれど、言いふらすつもりもない。
 異端者には厳しいのが世の中の習いだ。男子寮っていう閉鎖的な空間の中だってそれは同じ。お稚児さん趣味というか、見目良い下級生に手を出す上級生がいないとは言わないけど、それは学生の間だけ許される遊びだという暗黙の了解があってこそ。男と真面目に恋愛するような奴は、変態のそしりを免れえない(実際トニーに変態と嫌な言葉をぶつけた奴もいる、当然十倍返ししておいたけど)。
 もちろん僕は性差別とは断固戦うつもりではあるけれど、よけいな軋轢を増やすのも馬鹿馬鹿しい。なのでトニーとも相談して、僕たちが恋人だということは言いふらさないようにしよう、と決めた。
 でも、この六人は僕たちの一番親しい友達だ。人格も信用している。少なくとも(僕と仲の悪い彬でさえ)他人にほいほい言いふらすようなことはしないだろう。
 それになにより、トニーがドキドキしている顔でなにかを期待しているように僕の方を見ているし。
 というわけで、僕はうなずいた。
「まぁね」
 おおお。その場はどよめいた。彬は顔をしかめてラルフは固まったままだったけど。
 トニーは顔を赤くしていたけど、すごく嬉しそうににまにま笑っている。隠すように下向いてたけど。……いつものことながらわかりやすい。
「なぁなぁ、いつからつきあい始めたの?」
「まだ数ヶ月だよ」
「どっちが告白したの?」
「トニー」
「もうキスした?」
「ノーコメント」
 適当に質問をあしらっていると、ラルフがなんだか真剣な顔で僕の肩をがっしとつかんで言ってきた。
「ジェフ!」
「……なに? ラルフ」
「お前は……トニーのどこを好きになったんだ?」
「え?」
 僕がきょとんとしていると、彬も面白がるような顔をして言う。
「俺はトニーの方に聞きたいね。おいトニー、お前このサド眼鏡のどこが好きなんだよ? 一回も聞いたことなかったけどさ。こいつのどこがそんなにいいわけ?」
 ………………。
 確かに、僕もそれは聞いたことがなかった。
 そして気になる。トニーは僕のどこが好きになったんだ?
 僕を含めた全員の視線を浴びせられて、トニーはちょっと照れくさそうな顔をしたけど、でも嬉しげに言った。
「あのね、ジェフってさ。なんとなく目が離せないんだよね。そういうとこが好き」
『………はぁ?』
 僕たちは全員そんな声を上げた。なんだそりゃ?
「なんだよそりゃ」
「だからさぁ、ジェフってなんていうの、極寒の荒野に一人立つ、みたいなとこがあるんだよね。昔っから。そういう風に……放っておけないって感じと、いるだけで目が離せなくなっちゃうみたいな、ぎゅって心臓つかまれるみたいな。そういうのがまぜこぜになった感じ?」
「……わけわかんねぇ」
「あはは、でもトニーがジェフにどれだけいかれてるかってことはよくわかったよ」
「うんうん」
「そうだねー」
「てっきりトニーのことだから『ジェフの全部が好きっ!』だの『ジェフはぼくの王子様だもん!』とか言うのかと思ったけど」
「王子様って……そんな夢見がちじゃないよー、ぼくは」
「嘘つきなよ」
「本当だって! そりゃ、ジェフを初めて見た時は王子様みたいって思ったけど、それは一年の時だもん。今は王子様じゃなくて、すぐ隣にいる大好きな抱きしめられる人だよ!」
『………………』
 全員沈黙。
「………やってらんねー」
「同感」
「え? え? なんだよー、もう!」
 トニーは怒るけど、僕も彬やアレクの立場だったら同じことを言っていたと思う。
 でも僕は現在その言われてる当人なわけで。無言でごまかすように眼鏡を拭くしかないわけなのだった。
 たぶん今僕の顔は確実に赤い。……不覚。
「じゃ、次はジェフだねー。ジェフはトニーのどんなところが好きなの?」
 そうルゥに問われて今度は僕に視線が集中する。トニーもなにかを期待するかのような顔で僕の方を見ている。これは答えないわけにはいかないだろう。
 だけど……トニーの好きなところ、かぁ。改めて聞かれると思いつかないかも。僕のことを好きになってくれたところ……っていうのは間違いじゃないけど、それだけでもないって気がする。第一それじゃ恩返しに好きになったみたいであんまりいい答えだとは思わない。
 トニーの好きなところ……好きなところ。好きなところ………
「……そのまんまなとこ」
「はぁ?」
「感情とか表現とかすべてがストレートっていうか、そのまんまなとこ、かな」
「あぁ……裏表がないってこと?」
「それもあるけど、何事にも真正面っていうか。愛された子供がそのまま大きくなったみたいなっていうか。そういうとこ、安心する」
「安心、ねぇ……」
「そうなんだー」
 たいていの奴はいまいちぴんとこない顔をしていたけど、トニーはえへらとしまりのない顔で嬉しそうに笑っていた。……喜んでくれたならよかった。
 と、アレクが少し意地の悪い笑顔を浮かべて僕に言ってくる。
「つまりさー、ジェフはトニーを子供扱いしてるってことじゃないのー?」
「……はぁ?」
「トニーってガキっぽいから、子供につきあってあげるつもりで恋人やってるとかさー」
「なんだよそれ」
 僕はむっとした。筋違いにもほどがある。トニーのどこがガキだっていうんだ。
「君はトニーがどんなにすごい奴か知らないからそんなことが言えるんだ」
「すごいってどこが」
「どこもかしこもだよ。トニーが他人にこれまでどんなに傷つけられてきたか君は知ってるのか? いじめを受けたことだってある。それなのにトニーは人と距離を取って安全策をとることも裏表を作ることもしないで、ストレートに優しい気持ちでぶつかってくる。それがどんなにすごいことかわからないのか? 僕はトニーを尊敬してる」
「えー、でもさー、恋人ってそーいうのだけじゃないでしょー。キスしたくなるよーな可愛さとか色っぽさとかがないとさ」
「トニーは可愛いじゃないか」
「どこがー?」
「目は大きいし肌はきれいだし。そりゃ目が大きすぎて子供っぽい感じはするけど、僕はその子供っぽい感じが可愛くて好きなんだ。その大きな目を潤ませながら僕を見上げてくるところなんか、思わずキスしたくなる。それにあのふわふわの癖っ毛。見た目にも可愛いしあれを触っていると気持ちが落ち着いてきて癒される感じがするっていうか……」
 そこまで言って僕ははっとした。全員にやにや笑いながら僕の方を見ている。彬はものすごく嫌そうな顔で、ラルフは泣きそうに顔を歪めて――トニーは耳まで真っ赤になってうつむいていたけれど、絶対顔は緩んでる、めちゃくちゃ。
 はめられた―――!
 そう思いつつもそんな考えは顔には出さず、じろりと全員を睨み渡す。
「――そんなことより試験対策はしないでいいのかい?」
「そうだねー」
「やろーやろー」
 おのおの試験対策に戻っていくのを見ながらも、僕は顔をしかめていた。我ながら下手なごまかし方だった。ほとんどの奴の顔はにやついている。
 あーくそ恥ずかしいっ、と思いつつも、僕も試験対策に戻った。恥ずかしさのあまり顔がむずむずしたけど。
 ……まぁ、トニーが嬉しがってくれたんなら、いいかな。

 みんな自分の部屋に帰っていって、ぼくとジェフだけになって。歯も磨いて、トイレにも行って、あとは寝るだけという状況。
 ジェフは珍しくぼくより早くベッドに入った。眼鏡を外してケースに入れ、ベッドサイドに置く。スノーウッドは一年のたいがいは寒冷な気候なので、自然分厚くなる布団を被って枕に頭をもたせかけ、ジェフはぼくがベッド脇でもじもじしているのに気がついた。
「どうしたいんだい? トニー」
 ジェフはいつも通りの平静な顔で僕を見る。いつもならドキドキしてるのはぼくだけかよーってちょっと悔しくなったんだけど、今日のぼくはちょっと強気だ。
 ジェフが顔を赤くして、眼鏡を直していたあの顔を見ちゃったもん。
「あのさ……ジェフ。一緒に寝ても……いい?」
「………合宿=H そりゃまたずいぶん久しぶりな……」
 少し呆れたような顔をして言ってくるジェフに、ぼくはぷーっと顔を膨らませた。
 そりゃさ、友達になって間もない頃とかはまだぼくも子供だったから合宿だーって一緒に寝てとかねだれたけどさ。今は恋人同士なんだよ? やっぱりちょっと違うじゃない。
 ……そりゃさ、ぼくだって今日最後までいっちゃうのはちょっと覚悟が足りない……けどさ。でもでもジェフが望むなら……。
 そんなぼくの煩悶にまったく気づくことなく、ジェフはひょいと布団を上げた。
「いいよ。おいで」
「…………うん」
 ぼくは膨れるのをやめて、いそいそとジェフのベッドに入った。せっかくジェフと一緒に寝れるのに膨れてるのやだし。
「えへへへ」
「ほら、ちゃんと肩までかけて」
 ジェフは一緒に寝る時は、珍しくぼくの世話を焼いてくれる。そういう時しか世話を焼ける機会がないからだろうけど。
 ふかふかの枕に頭を沈めて、すぐ隣にあるジェフの顔を見る。胸は心地よくドキドキしてたけど、ママの胸の中にいるみたいに安心してもいた。ジェフと一緒に寝るなんて、本当に久しぶりだ………。
 ジェフもぼくを見返す。優しい目で。ジェフは本当にぼくが好きなんだってことがなんとなく感じられて、たまらなく幸せな気持ちになれた。
「ジェフ」
「なんだい」
「大好きだよ」
 そう言ってジェフに擦り寄って、たまらなくなって抱きつき、くりくりと頭を擦りつけると、ジェフははーっ、と深い深いため息をついた。
「なにー、そのため息」
「いや………」
 ジェフは苦笑して、ベッドに寝たまま器用に肩をすくめ、すうっと顔を近づけてきた。その顔が真剣なのを見て取って、ぼくは少し身構える。
「トニー」
「なに?」
「ずっと一緒にいよう」
 そう言って、ジェフはぼくの額にキスをしてから、少し迷って、唇に一瞬だけ唇を触れさせた。
「それだけ。おやすみ」
 そう言ってジェフはぼくに背を向ける。その耳が少し赤かった。
 ぼくの方も顔は真っ赤だったけど、それ以上にたまらなく、泣きそうなくらい嬉しくて、なにも言わないでその背中に擦り寄って抱きついた。ジェフの背中は広くて、暖かかった。
 少ししてから、ジェフはぼくの手をそっと探って、握ってきた。ぼくもそっと握り返す。ひどく満ち足りた気分だった。
 ぼくの隣に君がいて、君の隣にぼくがいる――それがどんなに幸せなことか、ぼくは知っているのだから。
 そのうちに眠気が兆していって、ぼくは眠りに落ちていった。暖かさに満たされながら。

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