この作品には男同士の性行為を描写した部分が存在します。
なので十八歳未満の方は(十八歳以上でも高校生の方も)閲覧を禁じさせていただきます(うっかり迷い込んでしまった男と男の性行為を描写した小説が好きではないという方も非閲覧を推奨します)。





見えない先、創る先

「せんせーいっ!」
 カイルの船の甲板の上から、輝くような笑顔で(たとえまだ豆粒程度の大きさでも、彼ならばまつげの一筋までわかる)手を振るナップに、こちらも笑顔で手を振り返しながらも、レックスは『どぉしよおぉぉ!!??』と心底混乱し惑乱し狂乱していた。早い話がものすごくおろおろしていた。
 以前もらったナップの手紙への答えに、どういう返事が返ってくるのか、それにどういう反応を返せばいいのか、レックスは全力で決めかねていたのだ。心の中でどきどきおろおろあわあわせずにはいられないぐらいに。
 ことのおこりは、しばらく前。いつも通りにナップから送られてきた一通の手紙の中の一文からだった(ちなみにこういう自分たちの手紙を送り届けてくれるのはカイルたちであるため、いつ届くかはカイルたちの気分次第だ)。
『俺のことを好きだって言ってくれる奴ができたよ。先生、心配?』
 その文章を読んだ瞬間、レックスは「ええぇぇえ!!?」と絶叫した。だってだって、ナップに、俺の愛しい可愛いこの世で誰より愛してる恋人(と言ってしまうくらいにはレックスもナップと回数を重ねている。なにがってそのアレとかソレとか)のナップに、好きだなんて言う子が現れるなんて……!
 もしかしたらと思ってはいた、出てくるかもと頭のどこかで考えてはいた(だってナップはあんなにあんなにもー世界一って言っても過言じゃないくらい(惚れた欲目があることは承知の上だ)可愛いし)、だけど実際こうして表れてきたことを知ったら、受けた衝撃は桁外れだった。
 男の子かな、奴っていうことはそっちの方が確率が、でもでもっ、女の子だったら……ナップが奴って言っちゃうくらい親しい女の子だったらどおしよぉぉぉ!!?
「ダメだ……勝てない」
 ナップと同じくらいの年の女の子……そんな子がナップの隣にやってきたら、ナップより十歳も年上の、もうおじさんの自分なんてどうあがいても勝てない。どう考えても俺よりずっとお似合いだ……! どっちが恋人っぽいかっていったら誰だって向こうを選ぶ、いや男の子だって俺よりは……! 十歳年上のおじさんの俺なんか、いいとこ兄弟、普通はただの師弟、下手したら親子に見えてしまう……!
 それでもなんとか恐怖と絶望の中愛をこめた返事を書き上げ、送りはしたものの。レックスは不安で不安でしょうがなかった。もしナップが帰ってこなかったらどうしよう。いや、帰ってきても別れてくれって言われたら? うわあああダメだ無理だそんなことになったら俺はもう生きていられない。
 もし別れようとしなくても、もうそっちの子の方を好きになっちゃってたら? 俺への気持ちが冷めてたら? 俺のことうっとうしいとか、邪魔だとか、いなくなってくれないかなとか思ってたら? うあ―――ダメだ―――そんな気配が少しでもナップに感じられたら死ぬ! 俺は死んでしまうぅぅぅ!!!!
 ……などとえんえん悩み悶えていたので、こうしてナップが帰ってきても、レックスは顔には笑顔を浮かべつつもびくびくどきどきおろおろしてしょうがなかったのだった。
「先生っ! ただいまっ!」
 きらきらと輝くような笑顔で船から降りてきて(ああっ、眩しいよナップ! 俺の天使……! とレックスはこっそり涙ぐんだ)、ぼふっとナップはレックスに飛びつくように抱きついた。久々のナップの声、ナップの笑顔、ナップの感触――それにいちいち(ああっナップ、なんて可愛いんだ俺の愛しい妖精……! などと)心の中では悶えつつも、レックスはナップを受け止め、すとんと地面に下ろした。
「お帰り、ナップ。また大きくなったみたいだね」
「うんっ! また背ぇ伸びたんだぜ。あとで測ってくれよなっ」
「うん、もちろん。……カイル、ソノラ。今回もどうもありがとう。わざわざ悪いね」
「気にすんなって。どうせ仕事やらなにやらのついでだし。この島に来るのは、俺にもうちの奴らにもいい骨休めになるしな」
「そうそう、あたしらも好きでやってるんだから気にしないでいーって!」
「はは……そうだ、これは言わなきゃと思ってたんだ。オウキーニさんに子供が生まれたんだよ」
「はぁっ!? あいつにかよ!? へぇー、あいつあんな顔でやるこたきっちりやってたんだなー」
「人間と亜人の子供ってことで母体やら子供やらに影響がないか、気をつけてたんだけど大丈夫みたいだしね。他にもいろんな話が……」
 笑顔で喋り続けるレックスを、ナップが小さく目を見開いた、驚いたような当てが外れたような少しぽかんとした、言ってみれば切なそうな顔で見つめていることにレックスは気がついてはいたが、その目を見つめ返すことはできなかった。

 いつもの島のみんなへの挨拶回りやらなにやらを終えた、夜。ナップはこの島に来た時はいつもレックスと同じ家に泊まる。レックスはユクレス村近くに島の人々に協力してもらって建てた一軒家で暮らしていて、周囲にはほとんど人気がない(村から少し離れた場所に建てたので)。
 なのでナップといちゃいちゃしたりアレとかソレとかをしたりするにはおあつらえむきのお気に入りの我が家なわけだが、現在レックスには当然そんな余裕はかけらもなかった。というか、気分は修羅場一歩手前だった。
「……でさ、そいつがつーんとした顔で『君はよほど僕に叱られるのが好きなようだね。何回同じところを間違えてるんだい』とか言うから俺もームカついてさー」
「そうか、大変だったんだね、ナップ」
 レックスはナップの言葉のいちいちに笑顔でうなずきつつも、腹の底では嫉妬の炎を燃え滾らせていた。ナップの学校の話の中に出てくる登場人物、それがどいつもこいつも自分の恋敵に思えてしょうがない。
 ナップと面白い話をしたという子が出てくれば俺はどうせナップに面白い話題のひとつも提供できないよー! と妬き、ナップを手助けしたという子が出てくれば俺がそばにいればそんな子にナップを助ける役を横取りされたりしなかったのに……! と妬き。
 自分でも馬鹿みたいだとわかってはいるが、もしかしたらナップをその中の誰かに奪われるかも……! と思ったら、とても冷静にナップの話を聞くなんてできやしないのだ。
「……先生。なに考えてんだよ」
「え」
 はっと顔を上げると、ばんっ、と目の前にナップの顔があった。ち、近いっ! と思わず体を退かせかかるが、がっしりと肩をつかまれて果たせない。
「ちょ……ナ」
「先生、俺の話聞くの、そんなにつまらない?」
「な……なにを言うんだっ、そんなことあるわけが」
「じゃあ、なんで俺の顔見ないんだよ」
 びくり、と思わず体を震わせる。確かに自分の嫉妬心を見抜かれるのが怖くて、微妙にナップから視線を逸らしてしまっていたのは事実だ。
「いや、これは、その」
「……先生、もう、俺のこと……」
「……え? ごめん、なんて」
「なんでもないよっ! 俺、もう寝る。おやすみっ!」
 ぷいっ、とこちらに背を向けて、ずかずかとナップの部屋(いつかここに戻ってきてくれることを夢見て作った、ベッド家具完備の部屋。当然毎日きれいに掃除している)に入り、ばん! と大きな音を立てて扉を閉めた。レックスはそれをただ呆然と見送るしかない。
 なんかこの状況既視感が、などと頭のどこかで思いつつ、じっとナップの消えた方向を見つめる。ナップを怒らせちゃった、どうしようどうしよう、と心は全力でうろたえているのに、ナップを追いかけて弁解しようとすることはできなかった。
 だってもし下手をうって本当に嫌われてしまったら。いやそれどころかナップの心がもう俺になくて、『好きだ』と言われた子の方に傾いていたら。今のがその決定的な一打になったとしたら。ナップはきっとその子の方に行ってしまう、そして。
 きっともう、ここには帰ってきてくれない。
 そう思うと、体が麻痺したようになって、動いてくれなかったのだ。

「ナップ兄ちゃん、こっちこっちーっ」
「こらっ、スバル待ちやがれっ」
 スバルたちとはしゃいで遊びまわるナップを木陰から見つめながら、レックスはもう数十度目になるため息をついた。俺って本当に、どうしてこうなんだろう、などと思いつつ。
 昨晩からナップの機嫌は悪いままで、レックスは針のむしろどころか剣の山を素足で登らされているような気分で朝食を終え、ナップと一緒にユクレスの木の下へやってきていた。自分たちの学校もしばらくは休暇なので、昨日スバルたちと遊ぶ約束をしていたのを知っているからだ。
 ナップは楽しそうに遊んでいる。体を動かすことがわかっているからだろう、今日は短めのパンツと半袖シャツという格好だ。パンツからはカモシカのような足がしなやかに伸び、シャツからはミルク色の二の腕がのぞく。
 それをレックスは(いつものごとく)ああっなんて愛らしいんだナップ! とか思いながら(鼻血を堪えつつ)微笑んで見つめていたが、そんな(レックス的に)幸せの極致のような状況にいながらもレックスの心はどうしても浮き立たなかった(当然ながら)。
 ああ俺ってやつはなんて駄目な奴なんだナップを怒らせて、もしかしたら傷つけて、だというのに謝ることもできていない。だけど、でも、怖いんだ。ナップがもう俺のところに帰ってきてくれないんじゃないかと思ったら、体が動かなくなるほど怖いんだ。
 いつかそうなるんじゃないかとどこかで思ってはいた。だからこそどうすればいいのかわからない。ちらりと考えるたび、想像するたび、全力で打ち消さずにはいられないほど、それは恐ろしい事態だったから。
 考えるだけで耐えられない、そんな事態に打開策なんて思いつくはずがない。なんとかしたいと思っても、体も心もすくんで動かない。
 勇気を出して失態を挽回しようと話しかけて、冷たい視線で見られたら? 適当にあしらわれたら? そう思うと、どうしても話しかけることができないのだ。
 ああっどうして俺はこう情けないんだろう――そうぐじぐじと自分を責めつつじっとナップを見つめていると、水辺で遊んでいたナップの姿がふっと掻き消えた。
「――――!」
 水に落ちたのか、と思うより早くレックスは走り出していた。全速力で水辺まで移動し、ばっばっと
周囲の様子を確認する。そしてナップが水の中にいる、と知るが早いかレックスはどぼんと水の中に飛び込んでいた。
 ナップ。ナップ。ナップ。いやだ、いやだよ。こっちを向いてくれなくてもいい、そばにいてくれなくてもいい。だけど頼む、お願いだから、生きていてくれ……!
 必死にそう願いながら魚より速く水の中を泳ぎ、水の底近くに沈んでいるナップを後ろから抱きかかえて水面まで上がる。ナップの体がばたつき、口元から泡が漏れるのに、急がなくちゃ! とますます顔面蒼白になってナップを水上まで運び出す――
「せ、先生っ、なにっ!?」
 ――が、水面に出るやこちらを向いたナップに驚いた顔でそう言われ、思わず固まった。
「え……ナッ……溺れて、たんじゃ?」
「はぁ? なんでそうなるんだよ。俺ただ、スバルたちに軍学校で習った泳ぎ方を教えてやろうって……」
「そーだよ先生。水の底まで一気に沈んで泳ぎ回るってやつ! 俺たちがナップ兄ちゃんにお願いしたの、見てなかったのか?」
「ご、ごめん、気付かなかった……でも、なんだ、そうなのかぁ……よかった……」
 はあぁぁ、と深々と息をつく。心の底からほっとした。ナップが死んだりしたら、きっと自分もまともに生きてはいられなかっただろう。
 安堵のあまり思わずだらしない笑顔をこぼすと、ナップはそれをじっと見つめてきた。えっなんで急に、と小さく身じろぐレックスにかまわず、小さくうなずいてからするりとレックスの腕の中から抜け出て、地面の上へと上がると、スバルたちに向けて頭を下げる。
「悪い、スバル、パナシェ。俺、先生を送っていかなくちゃならないから、今日はここまでな」
「えーっ! 今日は夕方まで遊ぶ予定だったじゃんかぁ」
「わがまま言っちゃダメだよ、スバル。先生こんなに濡れちゃったんだもん、お風呂に入らなくちゃ」
「ちぇーっ、しょーがないなー」
 なんだかまるで俺の方が子供だと言われているような、と思いつつ地面に上がると、ナップがこちらを振り向いて、ひどく真剣な顔で言った。
「帰ろうぜ、先生」
 そのこちらの心に切り込んでくるような眼差しに、レックスは目を逸らしながら「ああ、そうだね」と答えるしかなかった。心の中が、『もしや本当に本当に絶縁状を突きつけられてしまうのかーっ!!??』と恐慌状態に陥っていようとも。

 レックスの家にはラトリクスの住人たちに協力して取り付けてもらった、水道と湯沸し機がある。普段は人力で薪をくべて風呂に入ることが多いが、こういう時は重宝この上ない。見る間にたまっていくお湯を確認し、居間にまで戻ってきて笑顔(を作って)で言った。
「ナップ、すぐお湯溜まるから、お先にどうぞ」
 が、ナップはこちらを真正面から見て、きっぱり言った。
「一緒に入ろうぜ、先生」
「へ……えぇぇぇっ!?」
 レックスは素っ頓狂な声を上げてざざっと体を退き、背後の壁にべたっとへばりついた。まさか、だって、そんな、この状況で!?
「……嫌なのか?」
「いっいやっ、嫌じゃないんだけどっ!」
「じゃあ、いいだろ。一緒に入ろうよ。昨日だって一緒に入らなかったんだから」
「う……う……うん……」
 レックスはナップの真剣な面持ちに気圧されてうなずく。だが心の中は大嵐だった。それは、普段からナップがこっちにいる時は毎日のように一緒に入っているけれども。恋人なんだからいいんだよな、とびくびくどきどきしつつもナップの眩しい肌身を堪能させてもらっているけれども。
 でも、この状況でそれは拷問だ……ムラムラが抑えきれなくなっても絶対に手が出せないじゃないかーっ! などと思いつつレックスはナップのあとについて脱衣場に向かう。ナップはこちらを気にもせず、脱衣場に入るやばっばっと思いきりよく服を脱いだ。シャツを勢いよくまくり上げ(ぴっ……ピンク色の乳首がっ!)、パンツと下着を一まとめに脱ぎ捨てる(ナッ……!! お、男の子らしいけどっ、俺の前でそんなに無頓着に大事なところを晒しちゃ……!!)。
 そしてレックスの方をきっと見るので、はっとしてレックスもさっさと服を脱ぐ。股間に男の欲望が兆しつつあるのを感じてはいたが(この状況で! この状況で俺はー!)、精神力を総動員して必死に静めた。
 そして、かぶり湯をして揃って湯船に入る。基本的に一人用なので、一緒に入るとナップのすんなり伸びた手足と自分の体が絡み合うことになるのだが、ナップはそんなことを気にした風もなくレックスのすぐ目の前にちゃぽんと体を下ろした。
「…………」
「…………」
 しばしの沈黙。その間もレックスの心臓はどっきんばっくん鳴っている(だって愛する愛しい可愛いナップの肢体が目の前に、しかも俺のとか、絡み合って……!)。とてもナップの顔を真正面から見ることはできず、かといって視線をそのまま下ろしてはナップの肢体がもろに目に入ってくるので、微妙に視線を逸らしつつ硬直した。
 沈黙を破ったのは、ナップの方だった。
「……先生。俺に、なに隠してんの?」
「は……はいぃっ!?」
 思わずずざっ、と音を立てながら身を退く。さっきと同じように背後の湯船の壁にへばりつきながら、必死に言った。
「ナッナッナッナップっ、かかか隠してるってなんのことだいっ?」
「バレバレだって……先生、わかりやすいんだから。俺が帰ってきた時から、こっちの方まともに見ようとしないし、ものすごい勢いでうじうじしてたし」
 ナップは苦笑してから、すっと顔をうつむけて、ぽそりと呟く。
「最初は、俺のこともう好きじゃなくなったのかなって、思ったけど」
「そ、そんなことあるわけっ!」
「うん……それはわかった。さっき先生、ものすごい勢いで俺のこと助けてくれたからさ」
 恥じらうようにそう言ってから、きっとこちらを睨むように見て。
「だから、他になんか隠してることがあるんだろ、俺に」
「う……」
「言えよ、先生。ちゃんと話せよ、隠さないで。……話してよ」
「うううううう……」
 湯船の中で、すぐ目の前で、真正面から見つめてくる瞳に耐えきれず、レックスはあっさり陥落した。
「……実は……」

 告白するや、ナップは顔を真っ赤にして烈火のように怒った。
「はぁ!? なんだよそれ!? 先生、俺の気持ち疑ってんのっ!?」
「う、疑ってるっていうか、そういうわけじゃないけどもしかしたらって」
「それが疑ってる以外のなんだっていうんだよっ! 信じらんねぇっ、俺のことなんだと思ってんだよ! 先生、最低だっ! 俺言ったよな、先生のこと好きだって! あ、愛してるって! それが信じられないのかよっ!」
「そ、そうじゃないけど、なんていうか」
「けど、なんだよっ!」
 湯船の中でこちらをぎっと睨み、つかみかからんばかりの勢いで詰め寄るナップ(の苛烈な瞳に怒ってる怒ってるよ〜と泣きそうになりつつナップはこんな顔も可愛いなぁと心のどこかで思う気持ちに蹴りを入れつつ)に、びくびくしながら説明する。
「その、なんていうか、ナップは……見た目も中身もすごく魅力的だし、将来性もばっちりだし、モテて当然だなって思うし」
「だから!?」
「……その。俺以外にもっといくらでもふさわしい人間がいるだろうっていうか……俺なんかにかかずらってちゃいけないんじゃないかっていうか」
「はぁ!!? なんだよそれ!!」
 ざばっ、と音を立ててナップがこちらに体を近寄らせる。その瞳に映る感情の激しさに、レックスは思わずびくっ、とした。
「なんで先生がそんなこと決めるんだよ!? 俺のことだろ!? 俺の気持ち、なんだと思ってんの!? 俺が誰を好きなのかは、どうでもいいのかよ!?」
「え……ナッ」
「そ、そりゃ、俺、好きだって言われて、ぐらついたよ!?」
「え」
「相手親しい奴だったし、いい奴だし可愛かったり優しかったりするし、ちょっとカッコいいとこもあるし、一瞬流されちゃいそうになったよ!?」
「え……ナ」
 そこまで顔を伏せ気味にして一気にまくし立てたナップが、ぎっ、とばかりに顔を上げてこちらを睨みつけた。レックスは思わず固まる。ナップの瞳には、いっぱいに、それこそ今にも泣き出さんばかりに涙が溜まっていたからだ。
「でも! 俺は先生以外いらないって、必死に意地張って突き放して、大切な友達と喧嘩までして、さんざん周りに迷惑かけて……それでも、先生だったらきっとこうするって、頑張ってちゃんと仲直りして……やっと、先生のとこに、戻って、きたのにっ……!」
「……ナップ」
「先生のバカヤローっ! 先生なんて……先生なんて、もー知らねぇっ!」
 ばしゃっ、と水音を立ててナップが湯船から飛び出る。呆然としていたレックスは、はっ、と我に返り同じように水音を立てて突撃した。
「ナップっ!」
「っ……!」
 ナップを背後から抱きしめる。ずいぶん背は伸びたけれど、まだ自分より頭ひとつ分は低いナップの体。震えるそれを、力をこめて、でも傷つけないようにそっと。
「……はなせ、よっ」
「ごめん、ナップ。俺は本当に、君を傷つけてばかりだね……臆病で、鈍感で、根性なしで」
「……っ」
「俺はいつも怖くてしょうがないんだ。誰かが君をさらっていってしまうんじゃないかって。俺はただ、まだナップが目をつけられていないうちに、先生って立場を利用してナップの気持ちにつけこんだだけなんじゃないかって、どこかで思ってて……」
「……なんだよ、それ……っ」
「ごめん、君の気持ちに失礼だよね、でも、そういう見方があるんじゃないかってことは俺はいつも覚えてなくちゃいけないって思うんだ。まだ若い、大人の手で保護されなくちゃならない立場にいる君に、恋をして、自分の感情で奪ってしまった俺は」
「…………」
「だから、いつも自信がなくて。本当に君の恋人でいていいのかとか、ちゃんと恋人をやれているかとかいつもびくびくしてて。怖くて……」
「……せんせぇ」
 少し舌足らずな口調で自分を呼ぶ声。応えてくれないんじゃないかという不安に震える声。切なげに、ひたむきに自分を求めるいとけない声。
 それに、レックスは微笑みかける。自分の中の優しいもの、暖かいもの、そのありったけすべてでナップに応えたいという想いをこめて。
「でも……だからって、君を傷つけちゃ、先生失格だよな」
「……せんせぇっ……」
「ごめん、ナップ。本当にごめん。臆病でごめん。頼りなくてごめん。情けなくてごめん。でも、俺は本当に、君が好きだから……ずっとずっと、好きだから……」
「せんせぇっ……」
 うっ、うーっ、うっ、と嗚咽を上げながら、ナップが自分に抱きついてくる。それをぎゅっと、できるだけ優しく抱きしめながら、レックスは何度もナップの頭にキスを落とした。ごめん。怖がりでごめん。君を傷つけて、本当にごめん、と。
 ナップが泣き止むにはしばしの時間がかかったが、顔を上げた時にはナップはもう照れくさそうな顔で微笑んでくれた。それにひどくほっとして、思わずちゅっとその可愛らしいおでこにキスを落とす。と、ナップがカッと顔を赤らめて怒った。
「やめろよ先生! 急にそーいうことするの!」
「ご、ごめん、嫌だったかい?」
「……嫌ってんじゃないけどさ……なんか、子供扱いされてる気になるし……急にだと、なんか、すごく、どきっ、てするし……」
 視線を下げながらぽそぽそと文句を言うナップに、レックスは(照れているのかいナップ!? な、なんて愛くるしい……! と心の中で悶えつつ)苦笑して言う。
「そうだね、ごめん……じゃあ、そろそろ風呂場から出ようか。また湯船に浸かったらのぼせそうだし、服を着ないと寒いだろう?」
「えっ」
「え……?」
「あ」
 声を上げてこちらを見上げてから、ナップは耳まで赤くしてうつむいた。レックスはしばらくきょとんとしていたが、ふいにはっ、と気付き、いやでもまさかそんな都合のいいことがないないあるわけないなに妄想してるんだ俺、と必死に打ち消してから、でももし万が一ナップがそういう気持ちだったら、という念を抑えきれず、そろそろと訊ねる。
「あの、ナップ……もし、よかったら。よかったらだけど……その……」
「…………」
「……する?」
 自身顔を赤くしながらのレックスの問いに、ナップは体までまっかっかになりながら、こくん、とうなずいたのだった(当然レックスはその可愛らしさに悦び悶えこんなことがあっていいのかとエルゴに感謝を捧げた)。

 二人揃って、素裸のまま脱衣場を出る。もうすでにそれこそ数えきれないほど行った行為だというのに、妙に気恥ずかしくて、手は握り合っていたもののお互い視線を合わせられなかった。
 なんていうか、こういうさぁヤるぞ、っていう状況ってものすごく間抜けというか、恥ずかしいなぁ、と照れ照れとレックスは頬をかいたが、あ、とあることに気付いた。この状況なら、あれをやってもさほど不自然じゃないかもしれない。
 いやけど俺がそんなことをやっていいのか? 逆に馬鹿みたいだって思われたりしないか? でもだけど、俺はやりたい! 男として生まれたなら一度はとこっそり憧れていたあれを! しかもこういう状況で!
 しばしの煩悶と葛藤ののち、レックスはぎゅっと握っていたナップの手を放し、不安げに見上げてきたナップに微笑みかけて、ひょいとその体を抱き上げた。ナップは一瞬ぽかんとして、すぐ頬を朱に染めて怒鳴る。
「ちょ……! 先生っ! なにすんだよっ」
「ごめん。どうしてもしたくなっちゃって」
「どうしてもって……」
「だってこの体勢なら、いっぱいナップにキスができるから」
 言ってちゅ、と唇に触れるだけのキスを落とすと、ナップはぼんっ、と顔を真っ赤にしてレックスを上目遣いに睨みつけてきた。
「……先生のたらし」
「え、えぇ!? なんでだい、俺はただ」
「……いーから、早く、連れてってよ……俺、すっごい恥ずかしいんだからな……」
「……うん」
 ちゅ、とこめかみに、頬に、鼻に、顔中にキスを落としながら、寝室の扉を開け、中に入る。特大型のベッドにぽすり、とナップを下ろし、膝立ちになってうつむくナップの顔を見上げた。
「して、いい?」
「っざわざ、聞くなよっ……」
「うん、ごめん……」
 言ってすい、と顔を近づけてキスをする。唇に。後頭部をしっかり支えながら、唇を合わせ、舐めて、唇が開いたら舌を中に侵入させてナップの舌をつつく。
 ナップもおずおずとそれに応えてきてくれた。ぎゅっとレックスの背中に手を回しながら、舌を突き出し、レックスのそれに絡めてきてくれる。
 お互い何度も舌をつつき、絡め、口に含み吸う。ちゅ、ぢゅ、という淫靡な水音が上がり、合わせた唇の間から絡み合った唾液がつーっと垂れた。
 すべすべの肌のあちこちを愛撫しつつ、レックスはそのままゆっくりとナップをベッドの上に押し倒し、何度か唇を吸ってからそっと唇を離した。ナップはぼうっとした、少し蕩けたような顔でこちらを見上げている。
「先生……」
「うん、大丈夫だから……」
(ナップったらもうもう本当にどれだけ可愛いんだ……! と悶えつつ欲情に耐え)微笑みかけてから、ちゅ、と今度は胸の先端にキスを落とした。ねろりと周囲を舐めてから、口に含む。口の中でれろねろとその薄桃色の尖りを、赤くなるまで吸い、時にはごく軽く歯を立てる。もちろんもう片方のものを濡らした指で弄るのも忘れない。
「んぁ、ぅ……ふぅ……」
 ナップが幼い、濡れた声と共に何度も息を吐き出す。いやむしろこれは喘いでるって言ってもいいんじゃ!? ううっ、ナップったら本当にどんどん敏感になって……! とこっそり快哉を叫ぶような気分で拳を握り締めつつ、ぢゅっ、と最後に強く吸ってから唇を離した。
「んあっ!」
 小さく呻くように情欲に満ちた声を上げるナップに大丈夫だよ、とまた微笑みかけて、また体に唇を落とす。今度は脇腹だ。れろー、と舌を走らせ、ナップの気持ちいいところはちゅっと吸い、何度も赤い花を咲かせてから股をすうっと通り抜けて太腿に移る。
 ぢゅっ、ちゅっ、と何度も強く吸うキスを落としつつ、れろん、ねろん、と舐め上げつつ、ナップの小さなお尻を優しく揉みしだく。前よりさらにしなやかに筋肉の乗った太腿をたっぷり堪能しつつ、ナップの体中に愛撫を与える。
「せんせぇっ……」
「ん? どうしたんだい、ナップ?」
「も……焦らさないでくれよっ……早く……」
「早く?」
 ナップは上気した頬をさらにかーっと赤くして、上体を起こしぱかん、と軽くレックスの頭を殴った。
「いたっ……なにをするんだい、ナップ」
「先生のばかっ……だから、早く……」
「早く?」
 ナップは真っ赤な顔で、状態をかがめ、レックスの耳元にひどく恥ずかしげに小さく囁いた。
「ちんちんも……触って」
「っ……!!」
 その子供らしくも艶っぽいおねだりに、レックスは思わず鼻を押さえたが、すぐに離してできるだけ優しく微笑みかける。
「ごめん。焦らすつもりはなかったんだけど……」
「……っ」
「今、ちゃんとここも、気持ちよくしてあげるからね」
 そう言いつつきゅ、と先端をつまむ。ナップは「あっ!」と切なげな声を上げた。
 真正面からナップのものに向き合う。天井を向いてぴくぴく震え、わずかによだれを垂らしているナップの大きくなってはいるけれどまだまだ可愛らしい性器。勃ってもまだ半分しか皮の剥けないそれをああナップ、俺の手でこんなに感じてくれたんだね嬉しいよ可愛いよ、と愛しげな視線で見つめてから、ぱくりと口に含んだ。
「ぅあ……!」
 ナップが喘ぎ声を漏らす。その声に全身が痺れるような快感を感じつつ、半ばうっとりしながらレックスはナップの男の子の徴を口の中で愛撫した。舐め、吸い、頭を前後させつつ喉の奥に導き、時には口から出してナップに見せつけるように幹を舐め、ふぐりを口に含んで転がす。
 そのたびにナップが「あっ、やっ、ひぅっ」と快感に濡れた声を上げるのにレックスは陶然としつつ、とりあえず一回イってもらおうと(ナップも体が大人になってきたので一回に三度ぐらいはイけるようになってきたのだ)竿を口に含もうとすると、「せんせぇ……」と訴えるような声がかかった。
「ん? どうかした、ナップ?」
「俺も、先生の、したい……」
「え」
「俺も、先生の……舐め、たい……」
「っ」
 上気した頬で蕩けるような表情で欲情にあふれた声でこちらを切なげに見つめながらのナップのおねだり。レックスは今度こそ鼻の粘膜が崩壊しそうになって思わず鼻を押さえたが、ナップを不安にさせるわけには! と必死に鼻に力を入れつつナップを見上げ、微笑む。
「じゃあ、二人で一緒にやろうか?」
「一緒に……」
「うん。俺が下になるからさ、こうして……」
 ひょい、とナップの体を持ち上げて、自分の体の上に天地逆にして配置する。
「こうしたら、二人で一緒に舐められるだろ?」
「……っ……」
「あ……ナップ、これ、嫌……かな?」
「い、やじゃ、ない、けど……」
 消え入りそうな声で、ナップはおずおずと、「恥ずかしいよ……」と心底恥ずかしげに告げた。レックスはまたも鼻の粘膜が決壊しかけばっと鼻を押さえたが、すぐに手を離し、全力を振り絞って笑顔を作り微笑む。
「恥ずかしくても、俺しか見てないよ」
「んなの、当たり前、じゃん……」
「ナップは、俺の前で恥ずかしくなるの嫌いかな?」
「………嫌いじゃ、ない、けど……ぅあっ!」
 目の前に覆いかぶさっているナップの性器に、いい加減我慢が効かなくなってきて舌を這わせると、ナップは喘ぎ声を漏らした。ぢゅぷ、ねちゅ、と唇と舌と喉で愛撫してやると、ナップも我慢できなくなったのだろう、レックスのものの先端にちゅ、とキスを落としてきてくれる。
「ふ……ぅ」
 レックスも思わず喘ぎ声を上げながら、あまりの幸福感に意識が飛びそうになっていた。ナップがおくちでご奉仕してくれるのはもちろん初めてではないが、この体勢でするのは初めてだ。
 しかもナップが、自分からおしゃぶりがしたいとおねだりするなんてっ! ああっ、俺は幸せだ……! などと打ち震えつつ、ちゅっぢゅっとナップの陰茎を舐め、吸い、唇でしごき、玉やらお尻やらも弄り、そろそろこっちも、と後孔に潤滑油で濡らした指を這わせる。
「んっう! ふむ、んむ、ふぁっ」
「ん……く、ふぅ、はぁ……」
 快感に酔いそうになりながらも、必死に自分のものに指を、舌を這わせ、口の中に含んだり吸ったりもやってくれるナップ。正直たまらないくらい気持ちよかったが、大人としてナップより先にイくのはっ、と腰に力を入れて耐える。
 ほどなくして、「あ、あぁー、ふあぁー……」と泣きそうな声を上げてナップは達した。どくんどぷんびゅるるっ、と体感的にはそんな音を立てて、レックスの口の中に精液を放つ。
 それを幸福感に満たされながらすべて飲み干し(あとで喉に絡まる感じになるのはわかっているがナップのならそれもたまらない喜びだ)、力が抜けてしまったのだろう、ぐったりと自分の体の上に身を投げ出すナップの体をそっとベッドに下ろした。
「せん、せ……」
「ナップ……いい、かな?」
「……ん」
 こくり、とうなずくナップに(ああっなんてあどけなくも可愛いんだナップっ、誰より愛する俺の天使……! とか悶えつつ)微笑んでからナップの背後に回り、ナップの肉がついてきてはいるけれどまだ薄いお尻を持ち上げる。そしてその肉をそっと左右に掻き分けて、ほんのり桃色に色づいた入り口をしばし愛しげに見つめてからちゅっ、とそこにキスをした。
「やっ……せん、せ!」
「え……ナップ、ここ、嫌なのかい?」
「そ、そこは、嫌じゃないけど! 舐められるのは……俺、まだ浣腸とか、してないし……」
「なんだ。それなら大丈夫だよ。あとでちゃんとうがいも消毒もするから、どっちも病気にはならないよ」
「そ、そーいうんじゃなくてっ! ……汚いじゃん。先生に、俺のそんなの、見せたくないし……」
 ベッドに突っ伏しながら背中まで赤くしてそう言うナップに、レックスは思わず鼻を押さえつつ、微笑んで言った。ああ本当にナップ、君はどこまで俺を虜にしたら気が済むんだい……? とか思いながら。
「俺にとっては、ナップに汚いところなんてなにひとつないよ」
「あるよ!」
「ないよ。ナップのだったら、俺は体のどんなところだってどんなに価値がある宝石よりきれいだと思うし……」
 言ってぢゅっ、と孔をねぶり、吸い、中に舌を差し込んで。
「んぁぅ! ふぅ……」
「ナップの出したものだったら、それこそ排泄物だって笑って食べられる自信があるよ?」
「……ごめん先生。それ、ちょっと微妙……」
「え、そ、そう? ごめん……」
 思わず頭をかいてから、それでもとりあえず嫌がる気持ちは失せてくれたようなので後孔を舌で愛撫する作業に戻る。ナップの入り口を自らの舌で緩めるこの過程は、レックスとしては正直かなりお気に入りだったのだ。
 もともとナップに奉仕するのはレックスとしてはかなり好きというか、やっていて非常に幸福感を感じるものではあったのだが、この過程は特に、ナップを体の中まで口に含み舐め回しているという、子供の頃宝物を口の中に入れている時のような快感があった。
 その上やればやるほどにナップの後孔はほころび、開き、ナップの抑えながらも漏れてしまう、というような喘ぎ声も聞くことができるのだから、これはもうどうしたってやりながら恍惚としてしまうのだ。もちろんこれをやっても最終的には潤滑油を使わないとならないのだが。
 ぢゅろ、ねぢょ、ぢゅーっ。ナップの腸内で舌を動かし、何度も吸う。もちろんナップの体のあちこちを愛撫するのも忘れない。当然片方の手は基本常にナップの可愛らしい性器を適度に焦らしながら弄っている。
 しゅっしゅ、と軽くしごき、亀頭を先端からこぼれた汁を塗りこめるように撫で、睾丸と陰茎を丸ごとつかむようにして揉み。尻の肉を揉みしだき、太腿を撫で、乳首を弄り。レックスの今まで積んできた技巧の粋を凝らして、ナップの快感を引き出す。
「やぁっ……! せんせぇ、そこ、やだぁ……」
「ここを弄られるのはいやかい? じゃあ、こっちは?」
「ひっ! あっ、あっあっ、だめ、だめだよぉっ、あっあっんっ」
「ここもだめなのか。じゃあ……こういうのは?」
「あっ、あーっ! やっ、あっ、あーっ!」
 我ながら今自分は恍惚とした笑みを浮かべているに違いない、と確信しつつレックスはナップをあらゆる手を尽くして可愛がり、そのたびに返ってくる反応を楽しんだ。
 そういう時は(ナップをここまで敏感にしたのは自分だという自負がある上に帰ってくるたびにナップの体が強烈な性技にも耐えられるようになってきているので)本当にもういつも俺は明日死ぬかもしれない、というくらい幸せになってしまうのだが、今回は仲直りエッチという気合が入っているのでいつもよりさらにナップの快感を優先し、結果ナップを普段よりさらに喘がせて普段より自分も幸せになってしまった。
「ひぅ、やぅ、あぅんっ、やっ、先生、そこだめだってば、やっ」
「ナップ。ごめんね。でも、好きだから。世界で一番愛してるから、君に俺のできることは全部してあげたいんだ」
「やぁ……先生、そんなこと、言うなよぉ……」
 いやいやをするように首を振る。けれど言葉をかけるたびに挿れている指がぎゅくんぎゅくんと締め付けられ、先走りでぐちゃぐちゃのペニスがびくんびくんと震えるので、けして本当に嫌な気分なわけではないのはわかっていた。
「ごめんね。でも、これだけは覚えていて。俺は君の幸せのためなら、いつだってそれこそ魂振り絞って全力を尽くすよ」
「やぁ……っ」
「好きだ。愛してる。世界の誰より君が大切だ。君のためならそれこそ、命を懸ける。そしてちゃんと君のところに戻ってきて、好きだ愛してるって何度でも言うよ」
 口下手ながらに愛の言葉を精一杯囁きながら、後孔に挿れた三本の指を拡げたり抜き差ししたりを繰り返し、体中をイきそうでイかないぎりぎりのところで優しく的確に何度も愛撫する――と、ナップがこちらに顔を向けた。涙とよだれでぐしゃぐしゃで、真っ赤な鼻からは鼻水もこぼれそうだったけれど、必死で懸命で、自分を求める気持ちに満ちた、たまらなく可愛い顔を。
「せんせぇっ……おねが、いだか……っ、もう、挿れて……っ!」
 ぶふっ、と一瞬鼻から血を噴きそうになったが、鼻の周囲の筋肉を総動員して耐え、微笑んで返す。
「いいよ、もちろん。どういう風に挿れるのがいい?」
「……っ後ろから挿れて、しばらく抜き差ししてから、前からにして、のしかかるみたいに、いっぱいキスしながらぐちゅぐちゅしてイかせてぇっ……!」
 ぶふふぅっ、と鼻から大量出血しそうになったが、毛細血管を全力で固くして噴き出そうとする血を抑え、感極まったかぼろぼろ泣いているナップに優しく笑む。
「うん。いっぱい気持ちよくしてあげるからね」
 そして当然ながら超臨戦態勢だった股間の一物を、言われた通り後ろから、そっとナップの中に挿入した。
「あはぁ―――っ……!」
 全身を震わせながら後孔をぎゅっと締めるナップ。なだめるように尻の肉を柔らかく揉みながら、ぐい、ぐいと中に自身を侵入させる。経験上、ナップくらい後孔がほころんできていると締まっている時にうまく中を抉られると相当な快感を感じられるとわかっているからだ。
「あっ……ひぁぁっ! ひっ、あーっ……んっ」
 小さい体を揺らして快感に耐えるナップが心底愛しくて、ずちゅっにゅちゅっ、と小刻みに抜き差ししつつ体中を愛撫し、キスを落とす。耳をしゃぶり噛み背中を舐め胸を揉み乳首を弄り。もちろん股間の陽物をしごき揉み撫で回し、と全力で可愛がることも忘れない。
「あっ、ひゃっ、あひゃんっ、ひぁんっ」
 頃合を見計らってナップの要望通りぐるりと体を回転させて正常位にする。レックスとしてはこの体勢は苦しいんじゃないかなとつい避けがちになってしまうのだが、ナップは快感に我を忘れてくるとたいていこの体位をねだった。顔が見れるし、先生がのしかかってくるちょっと怖いくらいの感じがイイのだという。
 その気持ちはわからないでもないし、なによりナップのおねだりだ、どんなささいなことだってかなえてあげたい。ナップの小さな腰を持ち上げ、上向きにし、ずっ! と体を倒して思いきり奥を突いた。
「あーっ……! あーっ、はぁーっ、やっあっあーっ」
 そろそろナップの声が切羽詰ってきた、とみるやレックスは腰の速度を増した。もちろんナップの体を気遣いながら、けれどぱんぱんと腰を打ちつける音がするほどの勢いで、体感的にはずんっ! ずんっ! と音がするほどの力をこめてナップの最奥を突く。何度も唇を合わせ、舌を絡め、にちゃにちゃぐちゃくちゃずぷじゅぷぬっぷ、と音を立てながら、体中を、特に可愛い性器を愛撫していることは言うまでもない。
 一瞬唇が離れた時、ナップがいろんな液体でぐちゃぐちゃの、快感と激情に歪んだ、それこそ今にも死にそうな、けれどたまらなく愛しい顔でねだる。
「せんせ、もっ、もっ、イかせてっ……!」
「うん……一緒にイこう」
 その言葉にたまらなく安心したような顔でナップがほわんと微笑むので、レックスはいろんなところから噴き出しそうになる激情を必死に堪えて体を動かした。何度もキスをしながら勢いよく腰を動かし、ナップの中を抉り、ぢゅっぢゅっぢゅぷっと唇と舌を吸いながらナップのペニスを勢いよくしごき――
「あ………っ!! イく……っ!! イっちゃう、出ちゃう……っ、あーっ、はあーっ……」
「………っ」
 どくんどぷんどびゅっびゅぱっびゅるるっ。
 惑乱と快感に歪んだ顔が、絶頂の開放を経て、ゆっくりと忘我の状態に移っていくのを間近に見ながら、手の中に何度も何度も熱い迸りが叩きつけられるのを感じながら、レックスは溜めに溜めた精液をたっぷりとナップの中に吐き出した。
「あー……あー……」
 ナップが掠れた、呻くような声を漏らす。その表情が快感の余韻に浸った、法悦と虚脱感に満ちたものであるのを確認し、レックスはにこりと微笑んでちゅっと額にキスを落としてからナップの中を穿つ自身を抜き取った。
 それから素早く後ろを向いて行ったのは、いつもの通りお互いの体の消毒と病気予防のための召喚獣の召喚と、ついに耐えきれず噴き出した鼻血の処理だった。よし、今回もよく頑張った俺の鼻、ナップにみっともないところを見せずにすんだ、と自らに声援を送りつつ。

「……なんか……俺、何回ヤっても、いっつも先生に翻弄されっぱなしな気がする」
「そうかい?」
 ことのあとの余韻に浸りながら、ベッドの上で肌を重ね合わせつつの言葉に、レックスは首を傾げた。自分の方こそナップには翻弄されっぱなしな気がしているのだが。
「そーだよ。だってさ、先生はさ……いっつも余裕で。涼しい顔しててさ。俺だって、その……一人の時練習したから、少しは上達してんじゃないかなって思っても、全然平気でさ」
「それはただ、格好をつけてるだけだよ。君より十歳も年上なのに、やられっぱなしじゃみっともないだろう?」
 少なくともレックスなら攻められている相手に鼻血を出されたら驚くし房事どころじゃなくなるから全力で抑えているだけだ。
 だがナップは不満そうに頬を膨らませつつ、恥じらうように目元を染めて視線を逸らしつつぼそりと告げる。
「けどさ……俺ばっか。すんげー喘いで、気持ちよがってさ。なんか……俺ばっか、ヤるごとに、やらしくなってくみたいで……」
「…………」
「? 先生、どうしたの? 急に後ろ向いて」
「いやごめんなんでもないんだすぐ元に戻るから」
 素早く噴き出かけた鼻血への対処を終え顔を戻し、レックスは微笑む。こんな可愛い相手を愛してもいいなんて、本当に世界は俺に優しすぎる。
「それはただ、ナップの心と体がまだ成長の途中だってだけのことだよ」
「……そうなの?」
「うん。若い時……特にナップぐらいの年頃にはね、まだ心も体も固まっていないから、こういうことの気持ちよさに心身が支配されたみたいな気分になっちゃうのは当たり前なんだ。こういうことはある程度のところまでは経験を積むほど気持ちよさが増すしね」
「そうなんだ……」
「うん。……あとはまぁ、それだけ俺がナップを好きで、ナップが俺を好きって証じゃないかな?」
 悪戯っぽく笑ってみせると、ナップは嬉しそうに笑ってから、顔をしかめてちょっとだけ冷たく言い放った。
「俺のこと、他の奴好きになったんじゃないかって疑ったくせに」
「う……ごめんなさい……」
 思わず小さくなって頭を下げてから、おずおずと上目遣いに言う。
「……けど、なんだそれって思うだろうけど、本当に疑っていたってわけじゃないんだよ」
「……なんだよそれ」
 予想通りムッとした顔になるナップに、これ言うとたぶんもっと怒られるだろうなーと思いつつ正直に口にした。
「ナップが俺を捨てるとか、気持ちを無視するとか本当に思ってたわけじゃないんだ。ただ、怖かっただけなんだ。……ナップが他の人を好きになっても、俺はなにも言えないって思うからさ」
「はぁ!?」
「いやっ、誤解のないように言っておくけどそれが平気っていうんじゃないよ!? 今回みたいにさ、もしかしたらって思うだけではたから見てわかるくらいビクビクドキドキしちゃうし、もしはっきり別れてくれって言われても、たぶん俺は泣いてすがって捨てないでくれって懇願すると思う。……世界の誰より大好きな君を他の誰かに奪われるなんて、考えただけで世界が滅びるんじゃないかってくらいの衝撃だって、わかるから」
「…………」
 レックスの言葉に説得力を認めたのだろう(自分でも考えただけで目に涙が滲むのがわかったし)、ナップはとりあえず黙ったがもの問いたげな視線をぶつけてくる。それにレックスはできるだけ真摯に説明した。
「なんていうかさ……さっきも言ったけど、俺には立場にかこつけてまだ若い君に気持ちを押しつけた、って負い目がいつもあるし。それに、そうでなくても……君が好きだから、本当に好きだから、君の気持ちが俺から本当になくなったら、それを無理やり引き戻すというか……自分の気持ちを押しつけることが、理性的にはできないと思うんだ」
「……理性的にはって、なに」
「感情的にはそうもいかないだろう、ってこと。さっきも言ったけど、理性でどう思っていてもそういうことになったら俺はみっともなく泣きながら必死に君にすがると思う。君と別れるってことは、本当に、俺にとって世界の崩壊なんだから」
「…………」
「でも、だからこそっていうか……君がすごく好きだからこそ、君の気持ちが俺にないってことになったら、嘘をつかれるのはつらい、と思うんだ。好きでもないのに、君を愛してはもういけないのにそばにいられたらきっとものすごくつらいだろう、って。それでもきっとそばにいてほしいって気持ちは消せなくて、見苦しくすがっちゃうんだろうなぁ、とも思うけど」
「…………」
「だから、君の気持ちが俺から本当になくなったら、もう俺はなにも言えない。――けど」
 にこり、とありったけの愛情をこめて微笑んで。
「だからこそ、そんな時が来ないように、俺はありったけの力をこめて、君が好きだって気持ちを伝え続けるから、ね」
 そう言ってちゅっと唇にキスを落とすと、ナップはかーっと顔を赤くしてから、「先生のたらし」とまたレックスとしては不本意極まりない言葉を告げてから抱きついてキスを返してきた。

戻る   次へ