小さな手
「剣の柄はできるだけ柔らかく握るんだ。あんまり力を入れすぎないように」
「でもそれじゃあ、簡単に落っことしちゃうじゃないか」
「だけどあんまりしっかり持とうとすると手首に力が入ってしまって腕の力が伝わらなくなるだろう? 普通に持っている限りでは力を入れなくても落としたりはしないよ。力を入れるのは一瞬でいいんだ。踏み込みと同時に、円を描くようにしてこう……振り下ろす!」
 ぶんっ! と音を立てて剣を振り下ろし、中空でぴたりと止める。
「はあ……」
 ナップの感心したような目に、照れくさくなって頭を掻く。
 今は武器を使った最初の戦闘訓練の真っ最中。レックスとしても気合の入れどころだ。
 ナップも父親が用意してくれたという剣と鎧を着けて、完全武装。真剣な顔でこちらの話を聞いている。
「まあ、最初は頭の片隅に置いておくだけでいいよ。とりあえず、さっき教えた型を自分なりにどうやればうまく相手に攻撃できるかってことを考えながらなぞってみてごらん」
「うんっ!」
 ナップは嬉しげにうなずくと、用意した等身大の人形に向けて剣を振るい始めた。体を動かすのが好きそうだから武術をメインに授業を進めていったほうがいいだろうという読み通り、ナップはいきいきとした表情をしている。
 懸命に体を動かしているナップを見ていると、その幼いがその分純粋な向上心が感じられ、可愛いなぁ、とか思ってでれっとしてしまうのだが、先生としては授業中にだらしない顔を見せるわけにはいかない。なんとかきりっとした顔を作って、ナップの動きを見つめた。
「そこまで!」
 ナップの息が荒くなってきたのを見計らって、声をかける。はあはあ言いながらこちらを見るナップに、真剣な顔で説明した。
「腕だけで武器を振ってるぞ。全身を使うんだ。踏み込みの勢いを利用して……」
 ナップはちょっとふてくされた顔をした。
「そんなこと口で言われたってさ。どうすればいいのかよくわかんないよ」
「まあ、それはそうだろうけど……じゃあ、ちょっと実際にやってみようか」
「え?」
 きょとんとした顔をするナップの後ろに回りこむ。
「な、なに?」
「構えてごらん」
「う、うん……」
 剣を構えるナップに、ぴったりと体を寄せてその手の上から柄を握る。
 ――その一瞬、レックスはぴたりと動きを止めた。
「……なんだよ?」
「……いや……肩の力を抜いてごらん」
 なんだかよくわからない、という顔をしながらも素直に力を抜くナップ。レックスは体を密着させて、言葉通り手取り足取りナップの腕と足をゆっくりと動かした。
「こうして……剣はこのくらいの力で持って……踏み込んで……体の流れをうまく使いながら……振る!」
 がつっと人形に剣が食い込む。ナップはちょっと呆けたような顔でレックスを見上げた。
「実際にやってごらん。感じが飲み込めるまで何度でも手伝うから」
「………うん」
 ナップはこくんとうなずいて、また剣を降り始めた。

「今日はこの辺にしよう。もう陽も落ちてきたし」
「えーっ、やっとなんとなくコツがつかめてきたところなのに」
 息を荒げながらも文句を言うナップに、レックスは微笑んだ。
「頑張りやだな、ナップは。でも、一人前の軍人になるためには自分の体を休めることもきちんと覚えておかなきゃ駄目だぞ。適度に休みを取っておかなきゃ、いざという時に戦うこともできなくなるからね」
「……ちぇっ、わかったよ」
 頬を膨らませるナップが微笑ましくて、頭を撫でてあげようかと思ったが諦めた。怒りそうな気がしたのだ。
「でも、ナップ、筋がいいよ。練習しているうちにどんどん上達していくのがわかったし」
「ほんとに!?」
 瞳を輝かせるナップに、レックスは笑ってうなずいた。
「うん。だから毎日基礎練習を怠らないこと。毎日きちんと地道に練習することが上達への早道なんだからね」
「するよ! 練習する!」
 ナップは勢い込んで首を大きく縦に振る。レックスはうん、とうなずいて微笑み、帰り支度を始めた。
 と、ナップがふいにややおずおずと問う。
「……あのさ」
「なんだい?」
「さっき俺の手握った時、なんでちょっと止まったの?」
「え?」
 レックスは一瞬きょとんとした顔をしてから、あっという間にかーっと顔を赤くした。
「な、なに赤くなってんだよ!?」
「え、いや、あのさ、別に大したことじゃないんだけど……」
 レックスはやたら照れくさそうに頭を掻きながら、おずおずと口を開いた。
「……ちっちゃな手だな、と思って」
 ……沈黙。
「……は?」
「だからさ、君の手があんまりちっちゃかったんで、君の年齢を再認識してしまったっていうか……」
 がすっ! と音を立ててレックスの腹に蹴りが入った。
「ガキ扱いすんなよっ! 俺のこといくつだと思ってんだっ!」
「ナ、ナップ、ちょっと待って……」
 腹を押さえながら呻くレックスにかまわず、ナップは顔を真っ赤にして怒りながら走り出してしまった。
 攻撃をもろにみぞおちに食らったレックスは、それを追うこともできない。呻きながら、その場にひっくり返った。
「……やっぱりあの言い方はまずかったのか、なぁ……」
 自分としては。
 握った手があんまりちっちゃくて、こんなに小さな手で剣を握って、頑張って剣を振るってるのかって思うと。
 その稚い、健気な強さに、ちょっと感動してしまっただけなのだけど。
「……俺もあのくらいの頃は、ああだったのかなぁ……」
 じじむさく呟いて、星空を見上げた。

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