跳ねる心、焦げる体
 なんだか最近、オレは変だ。
 先生のそばにいると、すごく変になる。
 先生が授業中、オレがうまく答えられたときなんかに、
「うん、そうだ。よくわかったね、ナップ」
 なんて言って笑ってくれるよな? その顔見たらもうダメ。オレ変になっちゃう。
 前はただ先生が笑ってくれるのが嬉しくて、よーっし次も頑張るぞーって気になったんだけど、今だと……なんていうか、体中がざわざわざわざわっ! ってして、まともにものが考えられなくなっちゃうんだ。
 そんな風に先生が優しく笑ってくれるたびに、オレをぎゅってしたり頭を撫でてくれるたびに、体が変になるんだよ。心臓はドキドキするし背筋はざわざわするし、いてもたってもいられなくなって逃げ出すか先生に抱きつくかしたくなっちゃう。
 あ、先生が嫌いになったってわけじゃないんだぜ!? それは絶対だ。
 ただ、なんていうか……先生がそばにいると、なんか胸が苦しくて、もうダメって感じになっちゃうだけで。
 先生がそばにいないとなんかつまんないのは前と変わんないし、先生に抱きついて頭すりすり押し付けてる時に優しく抱きしめて頭撫でてくれると、体中が溶けそうなくらい幸せな気持ちになるのも前と同じだ。
 でも、なぜだか………
 先生の顔、時々まともに見られなくなっちゃうんだ。
 オレ、本当におかしくなっちゃったのかもしれない。夜なんか……先生の夢を見ちゃうこと、よくあるし……。
 先生の夢を見ること自体は別にいいんだよ。前からよく見てたし。むしろいい夢見れたって思えた時の方が多かった。
 けど、最近見る夢はなんかおかしいんだ。
 なぜだか先生もオレも裸の時が多くてさ。そんで先生がオレの体にキスしたり触ったりしてくるんだ。
 そんで、なんだか体がすごく熱くなって、頭も体もだんだんわけわかんなくなってきて――
 起きたら、下着が濡れてるって寸法。
 最初はおねしょしちゃったんじゃないかって焦ったけど、なんかねばねばっていうかべとってしてて、その時初めてこれっておねしょじゃなくてもっと恥ずかしいことなんじゃないかって思えてきて。
 オレ、なんだかすごく怖くなって、自分の部屋でベッドの上でわんわん泣いた。それで一人でこっそり下着を、ごしごしごしごし洗う手が痛くなるまで洗った。
 もちろん、誰にも言えなかった。自分がすごく汚いものみたいに思えて、こんなことしてるの世界でオレ一人なんじゃないかって思っちゃって。
 そんで、嫌なのに、そんなのは絶対嫌なのに、ますます先生の顔が見られなくなって――

「―――ってっ!」
「ナップ!」
 青空学校の帰り。考え事をしていて転んだナップに、レックスは血相を変えて飛んできた。
「大丈夫かい、ナップ!? どこか怪我してないかい!?」
「平気だよ、これくらい……つっ!」
 ナップは後ろ暗いことを考えていたことを知られたくなくてそっぽを向いたが、膝に走った痛みに顔をしかめた。
 見ると、膝には木で切ったのか深い切り傷ができている。
 レックスは大声で叫んだ。
「こんなに深く切ってるじゃないか!」
「別に、このくらい大したことないよ」
「なに言ってるんだ、ばい菌が入ったら大変じゃないか! ちょっとじっとしてて!」
 言うや、レックスはナップを座らせて切った足の方を出させ――
 傷に、口をつけた。
「せんっ……!」
 ナップは絶句した。なにをやってるんだよガキじゃねぇんだから子ども扱いすんなよなっ、と罵声を浴びせなくてはと思ったが――
 硬直してしまって言葉が口から出てこなかった。
 先生の口が自分の足に触れている。夢の中では何度も見たけど、現実でレックスの唇が自分の体に触れるなんていうのはこれが初めてだ。
 舌が優しく動いて自分の傷をなぞる。ひどく熱い唇が何度も、何度も足に触れた。ちゅっ、ちゅと先生の唾が傷に触れる音がナップの耳に音高く聞こえ――
 どんっ。ナップはレックスを突き飛ばしていた。
「ナ……ナップ?」
 呆然とするレックスを、泣きそうな顔で睨んで怒鳴る。
「先生の、バカヤロ―――っ!」
 叫んであらぬ方へと駆け出す。
 なにがバカヤローなんだ。先生を罵ることなんかない、先生はいつもの通り優しく自分に接してくれただけ、ただ消毒しようと思ってやってくれた、それだけなのに。
 でもナップはたまらなく苦しかった。レックスに触れられた足が熱い。足から体の奥に鮮烈な熱がどんどん送り込まれ、体をひどく疼かせる。
 あの夢を見た時のように、体の中心が猛烈に、痛いくらい盛り上がっている。レックスはただ、何の気なしに、自分を労わろうとやっただけのことだろうに――
(先生の馬鹿、馬鹿、馬鹿)
 なにが馬鹿なのかもわからないままナップはひたすら心の中で喚いた。自分がこの世で最低の、ひどく汚らわしい存在に思えてしょうがなかった。

 一方そのころレックスは、ナップの内心の葛藤など気づきもせず、『や、やっぱり口でやるのはまずかったんだろうか!? 俺の邪な思いに気づかれた!? うああ、どうしたらいいんだーっ!』とかアレなことを考えていた。

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