ボクがシーフになったワケ
『かんっぱーいっ!』
『青い小鳩亭』の奥テーブル。そこで、一つの冒険者グループ――イリーナ、ヒース、マウナ、ノリス、ガルガドの五人が冒険成功の祝杯をあげていた。
『金目の猫』という密漁団を捕らえ、奴らの持っていた悪魔召還の壷が二万Gもの大金で売れて、全員ちょっとしたお大尽気分である。
「んぐんぐんぐ……ぷっはーっ! やっぱり正義を行ったあとの一杯は最高ですね!」
 と言ってにこにこしながら勢いよくコップを置いたイリーナの飲んでいるのは果汁である。健康優良少女のイリーナはアルコールなど口にしたりしないのだ(飲みはじめたらザルなのだが)。
「ふっふっふ、もはや我々もデーモン・スレイヤー。(局地的には)英雄と言っても過言ではあるまい。それもこれも俺さまの華麗な魔術のおかげだな!」
「あんたのスリープ・クラウド″は単に煙を出しただけでしょうが。これからは素直に支援魔法に徹したら?」
 ハイペースでエールをあけてふんぞり返るヒースにマウナがシビアに突っ込む。
「いヤ、スリープ・クラウドハ本当は煙を出すだけでも難しいト言われている遺失魔術なんダ。とっても、難しいんだヨ」
「それもう聞き飽きた。ヒース、あんたそれでよくソーサラーになろうって思ったよね。躊躇とかしなかったわけ?」
 マウナのきついツッコミにめげるどころかまたもやふんぞり返ってヒースは答えた。
「俺さまは幼少のみぎりからご近所では神童と呼ばれるほどの轄児だったからな。当然のように魔術師ギルド奨学生の道まっしぐらだ。そういうマウナはどうなんだ。どうしてシャーマンに?」
「あたし? あたしは……もともと狩人で。仕事を探してファンの街にくる途中に……まあ色々あって、自分にも精霊が見えるってことを知ったばっかりだったから。ほとんど成り行きみたいなもんね。……イリーナは?」
「わたしはもう生まれた時からファリスの聖戦士になるって決めてましたから! 悪を懲らし、正義を行えとわたしの血が命じるんです!」
「まあ、土木作業を除けばそれぐらいしかその筋力を生かす道はないからな」
「ヒース兄さん……?」
「はっはっは……イリーナ、俺が悪かったからグレソ取り出すのはやめろ。それで殴られたらマジ死ぬ」
「ガルガドさんは?」
「わしか? わしは両親がマイリーのプリーストじゃったからの。早くに逝ってしもうたが……一緒に神殿へお勤めをしているうちに、順調に信仰に目覚めて、という感じかの」
「うーん、こういうのを聞いていると人に歴史ありって感じがひしひしとしますねー」
 しみじみとうなずくイリーナ。
「おいノリス。お前はどうなんだ」
「へ?」
 さっきからパスタを一本だけフォークで巻き取れるか、というしょうもないことに熱中していたノリスは、きょとんとした顔でみんなのほうを向いた。
「なんの話?」
「聞いとらんかったのかクソガキ。自分が今の仕事を選んだ理由じゃ」
「あんたの家はシャーマンの血筋じゃない。どこでシーフの技術身につけたわけ?」
「んー……」
 ノリスは手を頭の後ろで組んで、何かを思い出すように中空を見つめた。
「ボクがシーフになったのは―――」

 その日、ノリスはひとりで遊んでいた。
 別にハブられていたとかそういうことではない。単に友達みんなに用事があっただけである。
 とにかくノリスは鼻水をすすりながら白い石で石畳にいろんな落書きをしていた。
 と、ノリスの目の前に凄まじい勢いで一人の男が走りこんできた。
 年の頃は二十代前半。革鎧を身につけた、機敏そうなちょいとハンサムな青年だ。ちょっと見る目のある者が見ればすぐにシーフだと分かっただろう。ノリスはそんなことちらりとも考えなかったが。
 その青年はノリスの前でババッと周囲を見ると、ノリスに早口の小声で言う。
「おい! もし俺を追っかけて誰かが来たら、『あっちに行った』って言ってくれ! 頼む!」
 そう言って大通りの方を指差すと、すぐそばの細い裏路地に駆け込んでいく。
 ノリスは何がなんだかさっぱりわからなかったが、彼にとってそれはいつものことなので特に気にせず落書きを続けた。
 そこにばたばたと衛視が何人か騒々しい音をたてながら駆けてきた。ノリスを見ると、荒い息の下から早口で訊ねる。
「おい、そこの子供! こっちの方に盗賊が逃げてこなかったか!?」
 ノリスは盗賊というのがなんなのか、どんな格好をしているのかわからなかったので(その上その疑問をどう言葉にすればいいかも分からなかったので)首を傾げた。鼻水がたりーと垂れる。
 衛視たちはちっ、と舌打ちするとノリスに詰め寄った。
「こっちの方に男が逃げてきたのを見たのか? 見なかったのか? どっちなんだ!?」
 それならわかる。ノリスはうなずいた。
「見たよ」
「どっちへ行った!?」
 ノリスは素直に裏路地を指差そうとしたが、危ういところで男の言葉を思い出して大通りの方を指差した。
 ノリスはあの男が悪い人なんじゃないかとかそういうことは考えない。『大人の人の言うことは聞きなさい』と言われているので、男の言うことを聞いただけだ。
 嘘をついたという意識もない。『言えと言ったのはあの男の人で、ボクじゃない』というふうに考えるのである。
「あっちに行った」
 ノリスの言葉に衛視たちはうなずきあい、大通りに向かって走り出した。
「……『ありがとう』は?」
『人に何か教えてもらったら『ありがとう』と言いなさい』と言われているノリスはそう呟いたが、もう衛視たちはとっくに走り去っていってしまっている。
 ちょっと不機嫌になったが、とりあえずまた落書きを始めようと石畳に向き直ると後ろから声をかけられた。
「サンキュ。助かったぜ」
 驚いて後ろを見ると、そこにはさっきの男が立っていた。
 何に対して礼を言われたのかよくわからなかったが、とりあえずうなずいておくノリス。
「仕事の途中でちょっとドジっちまってな。衛視どもに追いかけられてたわけよ。ったくたった二千Gぽっちでしつこいってんだよなあ?」
 ノリスはやっぱりよくわからなかったが、とりあえずうなずいた。
 男はノリスを見て、ちょっと眉を寄せて訊ねた。
「お前、一人で遊んでんのか」
 ノリスはうなずいた。
「うん」
「友達は?」
「いない」
『今日は』とつけるべきなのだが、ノリスはそんなことにはまったく気付きゃしなかった。
 男は眉を寄せて、さらに訊ねる。
「父ちゃんや母ちゃんは? 一人じゃ心配するだろう」
「ううん。お父さんはいないし、お母さんは病気だから」
 お父さんは家に″いない(働きに出ている)のであり、お母さんはちょっと軽い風邪を引いたので大事をとって寝てるだけ、第一家には祖母がいて元気に家を切りまわしている。
 こういう言い方では誤解されるのではないかとか考えるのが普通だが、ノリスはそういうことは全然考えない。本当の事を言っているとしか思っていないのだ。
 アホ面で鼻水をすすりながら言うノリスをしばし同情と共感のこもった目で見つめると、男は後ろを向いて手招きした。
「ついてきな。助けてくれたお返しに、面白いもん見せてやるよ」
 そう言ってスタスタと歩き出す。
 ノリスは『面白いもん』という言葉に心を引かれ、素直についていった。
 細い裏路地を何回も曲がって、家の隙間に無理矢理ねじ込むようにして建っている古ぼけた一軒の小さな家につく。
「上がれよ。俺以外誰もいないから気兼ねしなくていいぜ。どっかの商人が夜逃げしちまったのをそのまま使わせてもらってんだ」
 ノリスはうなずき、男のあとについて家の中に入った。ノリスには気兼ねができるような神経の持ち合わせはない。
 家の中は台所も居間も寝室も、全部まとめて一部屋だった。というか、分けられるほどスペースに余裕がないのだ。
 男はノリスをベッドに座らせると、部屋の隅に積んであるガラクタとしか見えないものの中からいくつか何やら取ってきてノリスに見せた。
「いいか? ここに一枚のガメル銀貨がある。これをあっという間に目の前から消してみせよう」
 ノリスは芸人が似たようなことをするのを何度も見ていたが、それでも素直に驚いた(すぐ忘れてしまうのでいつも初めて見るような気持ちで見れるのだ)。
「ほんとに?」
「ああ、ホントさ。1、2の……3っ!」
 言った通り、銀貨は一瞬で消えていた。要するに袖口に落としただけなのだがノリスはごく素直に感心してパチパチと拍手する。
「すげえだろ?」
「うん、すごい」
「次はこの花を別の花に変えてみせるからな。よーく見てろよー……」
 そんな風にして男はノリスに簡単な手品を見せ続けた。ノリスはその度にアホ面で素直に感心して拍手する。
 男は嬉しそうに次々と手品を見せるが、やがて持ってきた手品のタネを全部使い切ってしまった。
「ねえ、次は? 次は?」
 ノリスは鼻をすすりながら期待でいっぱいの目で男を見た。男は困ったように頬をぽりぽりと掻いたが、ノリスは期待を裏切られることなど考えてもいない信じきった瞳で見つめてくる。
 男はしばし黙っていたが、ふとなにか思いついたように部屋の隅に積み上げられた荷物のところに取って返し、扉の錠前の部分だけを取り出したようなものを持ってきた。
「俺はこれを鍵を使わないで開けられるぜ!」
「ホントに?」
「ホントホント。ほら、開くかどうか確かめてみな」
「うん」
 ノリスは素直に受け取っていろいろいじってみたが、そう簡単に開くわけがない。
「開かないだろ? ところが俺の手にかかれば……」
 男は鍵穴に細い鉄の棒を突っ込むと、十秒もかからずに開けてしまった。
 要するに初心者シーフ用の鍵開け練習錠前をシーフ用ツールを使って開けただけなのだが、ノリスは目を見張り今までで一番大きな拍手をした。
「すごい、すごい」
「そ、そうか?」
「うん、うん」
 こくこくとうなずくノリス。それを見て男は面白そうな顔をし、錠前と鉄の棒をノリスに差し出した。
「?」
「やってみるか?」
「いいの?」
「もちろん」
 ノリスは興奮で顔を真っ赤にして、しばし手足をバタバタさせてから嬉しげな笑みを浮かべて錠前と鉄の棒を受け取った。そして真剣な顔になり、鉄の棒で錠前をいじり始める。
 男はニヤニヤ笑いながらノリスの真剣な姿を見ていたが、ふと妙に真面目な顔になり、ノリスの顔をのぞきこんできた。
 ノリスは真剣な顔のまま、男を見る。
「……なに?」
「……お前、よく見るとけっこうカワイイ顔してんじゃん」
 そう。普段浮かべている表情があまりにもアホっぽいのでめったに気付かれないが、実はノリスはけっこう美少年なのだった。
 白いすべすべした肌や黒いくりくりした瞳。少年らしいしなやかな肢体は年相応に細く、華奢だ。
 ベッドに座ってその細い体を抱き寄せて、男は耳元で囁いた。
「なあ。もっとイイこと、教えてやろうか」
「もっとイイこと?」
「そ、気持ちのイイこと」
 男はニヤリと笑ってきょとんとするノリスの唇を唇でふさぐ。
 そしてそのまま口内に舌を侵入させるが、ノリスはわけがわからず目を白黒させるだけだった。
 これがキスだということくらいはノリスでもわかる。しかしなぜキスを唇にされているのかはさっぱりわからない。
「………んう」
 なんでこんなことするの? と聞こうとして口を開けると、男はちょっと口を離して小声で囁いた。
「舌、出せよ」
「した?」
「そ。舌、出せって」
 なんだかよくわからないが、『言われたことには何にも考えずに従う』というのはノリス少年の習性になっている。素直にれっと舌を出すと、男はまた口付けて今度は盛大に舌を絡めだした。
 最初は戸惑うしかないノリスだったが、れろ、ちゅぷ、ちゅぱと背中を撫で下ろされながら舌を絡められているうちに、なんだか頭がぼおっとしてきた。
 背筋がゾクゾクするのに、不快な感じではない。体中がふわふわして、心臓はドキドキする。熱を出したときのようだけど、すごく暖かくて、気持ちいい……。
 たっぷり数分は舌を絡め合わせてから、男は口を離して得意げに言った。
「どーだ、気持ちいいだろ?」
「うん……」
 夢見心地で答えるノリス。男は満足げにうんうんとうなずいた。
「よーし、じゃ、大人しくしてろよ。すぐにもっと気持ちよくしてやるからな」
 そう言っててきぱきとノリスの服を脱がし始める。ノリスはまだぼおっとしたまま訊ねた。
「……なんで、服脱ぐの……?」
「そうしないと気持ちよくなれねえんだよ。……よっと」
 あっという間に下着まで脱がせて素裸にしてしまったノリスを、ベッドにひょいと横たえさせる。
 そしてもう一度深いキスをすると、いきなり左の乳首を口に含み、ちゅぱちゅぱと愛撫し始めた。右の乳首は左の指先でいじくる。
 さっきとはまた違う、痛いようなむず痒いような、切ない(という言葉は当時のノリスの語彙の中にはなかったが)とすら言っていいような感覚が胸を何度も走り、ノリスはうめいた。
「んん。ううん……」
「お前、感度いいな」
 男が胸から顔を上げて嬉しそうに言ってきた。
「気持ちよかったらどんどん声出していいぞ」
 かんど″とは何かはわからなかったが、ノリスはその未知の感覚に翻弄されていた。胸のたまらない疼きを何とかしてほしくて、手足をバタバタさせながら喘ぐ。
「んっ、うんっ、はあっ、んんっ……」
 男はノリスのささやかな抵抗をあっさり押さえこんで乳首を五分以上いじった後、おもむろにノリスの股間に顔をうずめた。これにはさすがのノリスも仰天し、おずおずと訊ねる。
「……そんなとこ、汚くないの?」
 男はニヤリと笑ってみせた。
「慣れればなんてことねえよ。そのうちお前にもしてもらうからな」
 どういう意味かと聞く暇もなく、ノリスは強烈な刺激に硬直した。男がノリスの陰茎を玉ごと口に含んだのだ。
 当然まだ皮を被っているそれを、口の中で舌で回したり軽く吸ったりしごいたりと好き放題いじくる。そのたびに、ノリスの体はそれこそ雷を落とされたかのような衝撃に震えた。
「………! …………!! ………!!」
 声も出せずヒクヒクと震えるノリスの顔を見上げてまたニヤリと笑い、男はノリスの陰茎の先っぽに舌を突っ込む。
「いたっ!」
 それまでの刺激とは明らかに違う激痛に、ノリスは悲鳴を上げた。男は舌を入れて、ノリスの陰茎の皮を引き下そうとしたのだ。
「んー、さすがにそう簡単にはムケねえか……ま、俺もそろそろヤバイ感じだし、ムくのはこれからの楽しみにとっとくか」
 そう一人ごちて、男は今度は痛みに硬直しているノリスの体をひっくり返す。
「………何するの?」
「心配すんな。大人しくしてたらもっと気持ちよくしてやっから」
 ノリスはこの期に及んでも何がなんだかよくわかってなかったが、さっきの気持ちいいことよりもっと気持ちいいことがあるならしてほしかったので、暴れはしなかった。
 男はベッドの下から小さな薬壷を取り出し、中味をたっぷりとつけた指をノリスの後孔にゆっくりさしこんだ。
「う……」
 ノリスは強烈な異物感に息を詰めた。指はじわじわと辛抱強く、ノリスの内部を探って穴を押し広げようとしていく。
「やめてよ……気持ち悪いよ……」
 自分の中を掻きまわされる感覚に耐えかねてノリスは懇願したが、男は意に介さなかった。
「我慢しろ。もうちょっとしたらすげえ気持ちよくなるから」
 ノリスは男の言うことを素直に聞いて、小指を噛んで我慢した。自分の中に何かが入っているというのはひどく吐き気を催す感覚だったが、男の言葉を信じて耐える。
 ――と、雷が走った。
「んウっ!」
 思わず体を跳ねさせるノリス。
 体の中のある一点を押された瞬間に、陰茎を刺激された時を上回る衝撃が走ったのだ。
「お、気持ちよかったみたいじゃん」
 男の軽口に答える余裕はなかった。男はノリスの中の触ると強烈な刺激を与える部分を、つつっとなぞるように撫でる。
 その度にゾクゾクゾクゥ! という刺激がノリスの体を走りぬけ、ノリスを硬直させるのだ。
「んう! ……はんっ! ……ふぐっ!」
 男の指はノリスのその部分をしつこいくらいに行ったり来たりする。耐えきれなくなり、ノリスは男の方を向いて叫んだ。
「やめてよ……! これ以上やられたら、ボク、おかしくなっちゃうよおっ……!」
 男は淫蕩な笑みを浮かべた。
「じゃあ、そろそろ一発キメてやっか」
 男はズボンを下すと、ノリスのものとは比べ物にならないほど大きなペニスを取り出した。なにをするつもりかと身構えるノリスに笑いかける。
「心配すんなって。たっぷり慣らして広げたから痛くねえし、俺はちゃーんとお前も気持ちよくさせてやっから」
 そう言って顔を前に向けさせて、チュ、と首筋にキスを落とし、ノリスがやっぱりなにがなんだかわかってないうちに―――
 入ってきた。
「ひぎっ……!」
 強烈な圧迫感だった。中をかき回される不快感よりもはるかに強い。体にくさびを打ち込まれるような感覚。とてつもなく大きなモノがノリスの体に突き刺さり、じわじわと進んでいき―――
「んあうっ!」
 ノリスの急所を正確にえぐった。
 男は小刻みな抽送を繰り返し、指とは比べ物にならないほど深く、強く急所を刺激する。
「やっぱガキはいいな。イイ締まりしてんじゃねえか、キッチキチだぜ」
 男の声も耳に入らない。ノリスの全神経は体の奥から伝わってくる刺激に集中している。
 男はいつのまにかノリスの陰茎もいじり始めた。幼いなりに勃起しているそれをくにくにといじり、皮の上から芯を押す。
 やがてその抽送は大きく勢いよくなり始めた。凄まじい勢いで急所を押され、陰茎をいじられ―――
「あっ、あっ、あっ、あっ、あぁ―――――っ!!!」
「くうっ、出すぞっ!」
 ノリスが生まれて初めての絶頂を迎えるのとほぼ同時に、背中に熱い何かが吐き出された。
 ノリスはそんな事に注意を払う余裕もなく、ぐったりとベッドにもたれるしかなかったが、男は上機嫌でノリスを抱え上げて膝の上に座らせる。
「まだ何も出ねえんだな。でも、気持ちよかったろ?」
 ノリスは体に力が入らないので男の胸に寄りかかって、うなずいた(気持ちがよかったのは確かなので)。
「うん」
 男はますます上機嫌になり、ノリスの額にちゅっと口付けして言う。
「なあ、お前暇な時はここへ来いよ。俺が時間あいてる時は、また気持ちいいことしてやるからさ」
「ほんと?」
「ああ。ほんとだ」
 ノリスはしばし考えて、上目遣いで言った。
「じゃあさ……あと、さっきのあれの開け方、教えてくれる?」
 男は一瞬虚を突かれたような顔になったが、ちょっと考えると笑ってうなずいた。
「ああ。お前も手に職つけといた方がいいからな。基礎からみっちり叩き込んでやるよ」
 ノリスはそれを聞いて嬉しくなり、にっこり微笑んだ。

「――っていうのがきっかけかなあ」
 テーブルの上は墓場のごとき沈黙に包まれていた。
 イリーナはなんの話だかさっぱりわかりませんって顔だ。
 ヒースはテーブルの上に突っ伏している。その耳が赤い。
 マウナは耳を押さえてしゃがみこみ、『あたしは何も聞いてない、あたしは何も聞いてない』と繰り返している。
 ガルガドは――廃人になっていた。
「そのお兄ちゃんにシーフの心得とか、考え方とかを一から叩き込んでもらってさ、今のボクがいるってワケ。そのお兄ちゃんはボクが13の時に『一旗上げてくる』って旅に出ちゃったんだけど……あの時はちょっと、寂しかったな」
 ふっ、と遠い目になって呟くノリス。
「ねえヒース兄さん、ノリス一体なんの話してたの? わたしぜんぜんわからなかったよ?」
「俺に聞くな。わからんでいい。つーか、一生わかるな」
 ヒースはそううめくと、バッと立ち上がりノリスに大きく指を突きつけた(まだ耳は赤い)。
「ノリス! お前はそれでいいのか!? 男として! 何か間違ってると思わんのか!?」
「んー……」
 ノリスはちょっと考えるような顔になったが、すぐに肩をすくめた。
「別に無理やりってわけじゃないし、あのお兄ちゃんいろいろ優しくしてくれたし。お金もらってたわけじゃないから売春ってわけでもないし。ま、たまにご飯ご馳走になったりはしたけど。ボクも気持ちよかったし、いいんじゃないの?」
「いいのか!? それでいいのか!? これってそういう問題なのか!?」
「……クソガキ。一つだけ聞かせろ」
 廃人状態からかろうじて回復したガルガドが、地獄の底から響いてくるような声で言った。
「なに?」
「まさか……まさかとは思うが、きさま今でもそういう……年上の男とい、いかがわしいことをしてはおらんだろうな!?」
「え?」
 ノリスはきょとんとした顔になって――やがててへっと笑ってみせた。
「秘密。やっぱ男には一つくらい秘密があった方がカッコいいでしょ?」
「どの面下げて言うとんじゃこのクソガキ―――っ!」
 ガルガドの手加減なしパンチをモロにくらい、ノリスはその場にひっくり返った。

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