第七話 1999 進化の記憶

by 雅 珍公


  月光が冴えている。遠くで、何やらけたたましく、物音や怒号が響いてくる。暗い部屋の中で、テラスに抜ける三メートルは在ろうかというガラスをはめたドアの前で、二人の男は、対峙している。彼らは、月光を受けて、影がその存在を表していた。この場感の異質さは、椅子に座った初老の男の額に、鋭く赤いレーザーポインターが、マークされていることである。迷彩服を着た左腕のない男が、口火を切った。
  「何故、人類の進化にあんな不必要な化け物を作った?」
  「まさか、あの覚醒の大虐殺を生き残った者がいるとはな。」
  椅子の男が、話を飲み込まずに答えた。
  「俺は、この半年間お前の計画とやらを調べ尽くした。親愛なる友と愛する女を奪ったお前に復讐する為に。お前の計画は終わりだ。」
  「今の人類は、生きるために不必要な価値観で生きている。すべてを始めからやり直す必要がある。」
  椅子の男は、ただ淡々に口を開く。
  「人類の最大の感情、それを無くした人類に、生きる権利などない。私は妻を無くした時に、全てを知った。人類は生まれ変わらなくては、いけない。」
  「人類の最大の感情・・・・・?」
  赤いレーザーポインターが揺れる。
  「お前のやった饗宴は、そんな事、微塵も感じないぜ。」
  椅子の男の唇に、不気味な笑みが、浮かぶ。
  「だから、私は快感を貪った。骨に染みるまでの快感をだ。無くした感情を埋めるために。ヒトが、ヒトに求め、与え、支え合い、奪い合う幾つものカタチの在る感情、ヒトは他人のこの感情を理解しきれない。」
  椅子の男の目に、冷めた青い光が、宿る。それは月の光なのか、それとも、この男のカリスマの光なのか。どちらにせよ見下ろす男には、不気味なそして、巨大なプレッシャーの波がうねり襲ってきた。
  「愛というもののカタチを私、アンチナチェル風に、解釈すれば『ソドムの饗宴』に至るわけだ。あと72時間後には、貴様にも解る。我々が選択した未来のヒトの愛のカタチが何なのであるか、そして行き着くす所に何があるのか。」
  「お前に、愛を語られたら、死んでいった奴等が、浮かばれねぇぜ。」
  月明かりの中銃声とともに、閃光がきらめく。額からドス黒い血を噴き出し、床に崩れ落ちる初老の男。
  「徹 静香、カタキは取ったぜ。」
  1999年7月28日23時30分 元合衆国大統領 暗殺事件勃発

ソドム1999 あるいは悪徳の世紀末


  青い空間の中、何故か気分は悪い。落ち着かない、向こうで父がたくさんの白い服の人に囲まれている。写真で見た母が、病院のベットの上で、科学者達に、体内をいじくられている。暖かい血が辺り一面に広がり、子宮を手にした科学者が、薄笑いをしている。

  「やめてーー!!」

  ハッと、とび起きる。目の前が、いつもの情景とは違う。それどころか、私は無人島に監禁されていたはずでは? 当たりをそっと見渡す。ドアの所に17、8位の女の子が立っていた。
  「あら、何か叫び声がしたと思って来たら、やっとお目覚めな訳なのね。」
  起きたばかりらしいが、どうもまだ目が、まだうまく起動していないらしい。目の前にいる彼女は自分にそっくりなのだ。
  「気分はどうジュスティーヌ?」
  差し出された水を受け取る。飲まずにいると、
  「そんなに警戒することはないわよ。毒なんか盛ってないから。」
  慌てて、
  「そんなこと考えてないわ。私は今、飲みたくないだけ。」
  と、取り繕った。
  「そんなこと言わなくてもいいわ。私には、解るわ。ジュスティーヌの目の前の私は現実にいるわ。そんなに怖がることはないわ。」
  ジュスティーヌは、今度は注意深く当たりを見渡した。
  絶え間なく聞こえる波の音、小振りな窓はどうやら開くようには、できてないらしい。船? しかも、かなり大きい、揺れが、ほとんど無い。ジュスティーヌは、そう推理した。そして彼女の方に向き直った。
  「ここはどこ? あなたはだれ? 何故、私はここにいるの? と、質問したいのね。」
  ジュスティーヌは、しゃべりかけるタイミングを見逃した。一瞬目が合い、二人の顔にうっすらと、笑みが表れる。
  「私はジュリエット。ここは、ノアと呼ばれる船の中。ある特殊な機関の船よ。」
  ジュリエットは、ベットの脇の椅子に座り、さらに続けた。
  「この船は、今『バベルの塔』と呼ばれるフトルディオの要塞に向かっているわ。」
  「フトルディオ?!」
  クーデターの標的である男の名前が、ジュリエットの口から出て、ジュスティーヌは、慌てた。続けて、言葉が出た。
  「私は、どのくらい意識がなかったの?」
  ジュリエットは目をつぶり、一呼吸ついて、ジュスティーヌを見つめて、
  「あなたは二日間、意識がなかったわ。無理もないわ、私も結構、辛かったもの。」
  ジュスティーヌは、自分が無人島にとらわれていた日数、そしてクーデターの日付をすぐさま計算した。飲まず食わずの三日間の恐怖、悪魔のような父の所業、一瞬憎悪に近い感情が沸き上がる。そして、確信した。熱い意思を込めて、ジュリエットを見る。
  「彼は、今そこにはいないわ。フトルディオなら、今頃、ソドムの宮殿にいるわ。」
  ジュリエットはそっと視線を窓の外の青い海原に移した。
  「知っているわ。だから、フトルディオのいない間に、『バベルの塔』を破壊するの。」
  ジュリエットは、憎悪の炎を瞳の中に宿らせた、しかし、なぜなのか、唇には、冷たい笑みが溢れていた。
  「私達が生まれ落ちた故郷、そして、悪夢の始まりの場所。『バベルの塔』はヒトが、神の領域にふれた懺悔の塔。だから、ヒトではない私達が、壊すの。」
  ジュスティーヌの背筋に、闇に引きずられるような戦慄が訪れた。ジュリエットの額にジワリと汗がにじむ。
  「今、私達って言ったわね。この船の人たちね。その人たちは、軍の人なのね。あなたは、」
  「知るはずないわね。ジュスティーヌ。人は何故、この地球で生き長らえていると思う。」
  ジュスティーヌは、面食らう。ジュリエットには、会話が先読みされてしまう。何故、今、心で推理する全てが読まれるのか?
  「解らない? 私は、ジュスティーヌの心が、聞こえるわ。あなたにも聞こえる筈よ。だから私の質問も解るわね。」
  思い当たる。ジュスティーヌが、考え推理するたびに、聞こえる声。渡された水には、青酸カリが含まれていること、小振りな窓で船だと思うこと、そして質問する前に、答えが返ってきたこと。何か、声が聞こえる。
  ジュスティーヌの、後頭部の脳の中で、何かスイッチの様な音が微かに聞こえた。それは、ジュスティーヌの中で何かが変わる予感のスイッチ。
  「ジュリエット達は、軍の人間ではないわね。何故か解るわ。しかし、クーデターのことを知っている。私が、軍に父の悪行をバラした事も知っている。あなた達は、何者なの。」
  ジュスティーヌは、ジワリジワリ来るプレッシャーに、業を煮やした。
  「ANGEL計画。聞いた事ある? 進化の限界に来たとされる現在の地球人。私達は『現行人種』と、呼ぶわ。進化の速度を追い越したオーバーテクノロジーを持つ不安定な『現行人種』。そのギャップに、精神的にも肉体的にも、限界が訪れようとしている。いずれ『現行人種』は、地球を嬲り尽くしてしまう。」
  ジュスティーヌの脳裏に、またカチリとスイッチの様な音が聞こえた。今度は、さっきの時よりも、近くで聞こえたみたいな感じだった。それを横目で見て、ジュリエットは話を進める。
  「それを危機と思い立ち上がった科学者達がいたわ。そして、彼らは、ある場所に呼び集められた。」
  「その場所が、バベルの塔ね。」
  「そうよ。だけど、『バベルの塔』は後からついた名、最初科学者達が集まった時は、『未来の塔』と呼ばれていたわ。」
  ジュスティーヌの思考に音が聞こえた。今度はハッキリと、よく聞こえた。それは、カチリという音ではなかった。カチカチと鳴る集合音だった。
  「『未来の塔』での研究は、『現行人種』の人為的進化だったわ。オーバーテクノロジーを使いこなせる人種『先行人種』を造り出す事だったの。その計画の事を科学者達は、未来に希望を託す為、『ANGEL計画』と、呼んだわ。」
  刹那、ジュスティーヌを強烈な電撃が襲う。そしてベットの上から落ちて、頭を抱えて床の上を激しく転がりまくった。


ANGEL 01    
Error       
再起動開始       
SYSTEM Error
心拍数 上昇      
生命維持SYSTEM異常
特異能力 制限付開放  
SYSTEM再構築   
再起動開始       



 

  学校に続く緩やかな坂道をテクテク登っている。坂の下の方から、女の子の声が聞こえる。だんだん近づいて来て、その声の主が、キルシェだと気付く。
  「待ってよう、ジュスティーヌ。いつも、久しぶりに会うときは、決まってこの坂ね。どうしてたの、みんな心配してたんだから。」
  走って来たらしく、呼吸が乱れて、言葉が途切れ途切れになっている。
  「おはようキルシェ。久しぶりね、元気だった? 暑くなってきたから、もうすぐ夏ね。夏休み、どこへ行こうか?」
  キルシェが不思議そうな眼でジュスティーヌを見る。そして、
  「どうしたの? 北極でも行ってきたの? 時差ボケじゃないの? しっかりしてよ、お嬢さま。」
  と、クスクス笑い出した。その、無邪気に笑うキルシェには、微塵の嘘や、冗談が見えてこない。ジュスティーヌは辺りを見渡す。ふと、気付く、何かがおかしい。記憶の欠落? それにしては、変、しっくりしない。
  私はいつからこの坂を登っているの? 確か、登り始めたときの記憶は、『雪が、降っていた』。ジュスティーヌの昨日の記憶は、『もうすぐ、クリスマスだね。今日、プレゼントを買いに行かなくちゃ』とキルシェと話をしていたところまでだ。
  斑の異様な記憶の断片が、ジュスティーヌの脳裏を駆け巡る。そして、何かを掴んだ。それは、大統領である父の記憶。しかし、悪に染まった父の所業の記憶。三日三晩、父に犯され続けた記憶。大勢の科学者の前で、恥骨と恥骨がゴツゴツと激しくぶつかるSEXをした記憶。膣の中が父の精液で満たされ、さらにバイブレーターで掻き回された記憶。そして、その先の記憶は、、、、
  ジュスティーヌは、頭を抱えて座り込んでいたが、不意に立ち上がりキルシェの方に、向き直った。その眼には、怒りの炎が揺らいでいた。
  「キルシェのお父さんは、確か国防省の長官だったわね。力になって欲しいの。」


サンドフイッシュ作戦の一週間前の記憶

ヒトの退化に必要なのは、博愛    
ヒトの進化に必要なのは、犠牲愛   
愛とは自分の精神の奥では、正義である

アンチナチェル大統領

  ジュスティーヌはジュリエットの金色の髪をなでながら、この子から聞いた事を思い出していた。

つづく


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