時夫の花、松代の蛇(仮題)

by 網悟

前回までのあらすじ

田舎の山道でカーセックスに励んでいた一組のカップル、時夫と松代はそれぞれの絶頂時に「愛しています」という強烈なテレパシーを感じ取り、2人はそれを本当の愛と早合点してしまう。その日から時夫は花の、松代は蛇の白昼夢に悩まされることになるが、お互いに話し合えぬままテレパシーの正体を思い出しては悶々とする日々を送る。結婚、そして流産を経験した二人はそれでも月並みな幸せを感じながら日々暮していた。そんなある日、時夫は突然不思議な光に包まれ、花の白昼夢の理由を目の当たりにする。


声の主

時夫は眩しさの中に少しづつ黒い影を確認した。向こうが近づいてくるのか、こちらが近づいているのかさえわからない。時夫は目を凝らして、両手で髪を掻き揚げた。車を運転していたはずだが現にこうして立ち尽くしている。ここがどこなのか、夢をみているのか。
彼は冷たい病院の廊下に映り込む自分の影を見ていた。新しい命が今、消えた。松代、松代と繰り返し唱える無力な自分に情けなさを感じている。待合の長椅子が冷たく肘に当たり、すると、またあの白昼夢をみるような予感に苛まれる。予感したとおりに、硬い無神経なナースサンダルの足音をバックに、小豆色の胡蝶蘭の映像に包まれた。
黒い影はおぼろげに人の姿になった。
次に彼は阪神淡路大震災の直前に感じた恐怖を思い出した。鏡越しに映ったキッチン。数秒後にはめちゃくちゃになる食器や調味料が鮮明に映し出される。またあの白昼夢がやってくる…そんな気配の後、全てを破壊する轟音をバックに小豆色の胡蝶蘭の映像に包まれた。
黒い影はさらに大きく、はっきりと人間の姿になっていた。
次に彼は幼い日の夢を思い出した。肺炎でうなされた夜に見た夢がはっきりと手に取るように目の前にある。砂漠の真ん中で家族が手を振り、笑いながら遠ざかっていく。砂漠の風紋はいつしか天井の木目に変わり、脈拍に合わせて伸び縮みを繰り返す。またあの白昼夢がやってくる…そんな気配の後、自らの呼吸の音をバックにまた小豆色の胡蝶蘭の映像に包まれた。
さっきまでの黒い影が、手を伸ばせば届くほどの距離にいる。
突然呼吸が止まり、真っ暗な何もない世界に飛ばされた。もう、だめだと思った瞬間、高らかな産声をバックにまた、小豆色の胡蝶蘭の映像に包まれた。そして…

「愛しています」

あのカーセックスの夜に1度だけ感じた強烈なテレパシー。あの声の主は松代ではなかったと、時夫は確信した。

闇夜を切り裂くように、ダンプのクラクションが通り過ぎ、タイヤが悲鳴をあげた。汗びっしょりの両手はしっかりとハンドルを握り締めている。呼吸は乱れているが、夢からははっきりと覚めている。車は国道の真ん中に止まっていた。対向車がまたクラクションを鳴らしながらパッシングしてくる。時夫は息を落ち着かせてエンジンキーを捻るがエンジンはかからない。気が付くとDレンジをNレンジに入れなおし、もう1度キーを捻り、車を走らせた。

時夫は隣に誰か乗っているような気配を感じた。そして実際に誰かが乗っていることに気が付いたが、わざと目を向けずに車を進めた。センターラインを凝視し、絶対に隣のやつを見まいと、歯を食いしばり、ハンドルを握り締めた。

「愛しています」

赤信号で止まった時に、隣からテレパシーが届いた。確かに二つの目がこちらに向けられている。時夫は耐え切れず、車を交差点の一角のモーテルの駐車場に止めようとギアをRレンジに入れた。いつもの癖で左手を助手席に掛け、上半身を大きく捻った時にその小さな侵入者と対面してしまった。

黒い瞳。長いまつげ。眉毛。黒々とした短髪から覗く耳たぶ。白いTシャツにジーンズ姿。小学校高学年くらいの背格好。しかしそのいでたちは時夫の目にはまるで映らなかった。彼の目にまず映ったのは、その侵入者の鼻と口である。

通常、鼻があるべきところに大きなペニス。口があるべきところに瑞々しいヴァギナ。そしてまた「愛しています」のテレパシーが聞こえると、時夫は歯を食いしばり、涙をこらえるしかなかった。

アクセルを踏むと車は「死亡事故発生地点」と書かれた看板と添えられた一輪差しをなぎ倒し、そこで一旦、止まった。  







「愛しています」

あちこちぶつけながら車を止めると、2人は「ホテル・ロンリコ」に、そしてその部屋に吸い込まれるように入っていった。強烈なテレパシーに時夫は逆らうことができない。松代の事は遥か彼方に忘れ去られ、気が付いたら声の主を抱きしめていた。

「愛しています」

その声に誘われるまま、服を脱ぎ、脱がせる。声の主の「鼻」はいきり立ち、「口」は犬のようによだれを垂れ流している。時夫のペニスも激しく勃起している。自然とシックスナインの形になった。目の前には「声の主」の股座があり、両足の間には見慣れた突起と孔が存在していた。鼻と口である。お互いクンニリングスの格好のまま時夫はそこにあった「上の口」に自分のペニスを挿入し、腰を動かした。
一瞬だけ小豆色の胡蝶蘭が見えると、その後から腰を振る度に声が聞こえるようになった。
「はじめまして。来宇宙の方。やっとお話ができますね」
そして時夫は、自分の意思が伝えられることに気が付いた。
「なんだかわからないよ」
「そうでしたね。私は次宇宙から来たんです。あなた方には想像しにくい概念ですが」
「つぎうちゅう?」
「そう。まああなた方から見れば私が来宇宙人で、あなたが次宇宙人ってことになりますが」
「らいうちゅう?」

時夫は一層激しく腰を動かし、その先の「口」は時夫のペニスを包み込んで締め付けた。時夫のでん部にもう一つの勃起したペニスがぴちぴちと当たる。

「ああ、だめ。ちょっと」
「あらら」
「出る」

時夫の目の前にまた小豆色の胡蝶蘭が広がり、
「じゃあまたね。愛しています」
の声がすると会話はそこで途切れた。

時夫は肩で息をし、声の主は股間から1秒間隔でぶふっ、ぶふっ、ぶふっ…と息をしていた。

時夫は声の主に話しかけた。
「要するになんだ、宇宙人ってことだろ」
ちょこんと黙って隣に座っている「次宇宙人」はまた股間から
「ぶふっ」
とだけ音を出した。

「ねえ、ちょっとよく見せて」
そういって時夫は「次宇宙人」の両足に手を掛け、開こうとしたが、「次宇宙人」はそれを拒絶した。足をばたつかせ、時夫から逃げようとするが、目は確かに笑っていた。

「何、恥ずかしがってんの?ようし…」
時夫が両足をがっしと掴むと、その目は「止めて下さい」と懇願するような目に変わり、しかし両足は抵抗をやめた。
「ホント、不思議だよな。こんなとこに口と鼻がある…不思議だ」
次宇宙人は目を潤ませながら、心から恥じらっているようだった。顔にあるペニス状の鼻は勃起し始め、ヴァギナ状の口はまたよだれを垂れ流していた。
「キスしていい?」
時夫はそう言うと足をしっかり掴んだまま次宇宙人の股間にある口に自分の口を重ねた。掴んだ両足は少しだけ抵抗しようと試みたようだが、唇が重なった瞬間、ぐったりと力が抜けるのがわかった。
「こうだぞ、こうだぞ、んんん…っまっ」
その股間の口の中には歯があり、舌もある。じゅるじゅると音を立てて舐め尽す毎に、次宇宙人は身をよがらせ、性的興奮を露にした。背徳感さえ忍ばせるその身悶えは、次第に時夫のペニスを勃起させた。

背徳感は時夫も感じていた。まるで子供を犯しているような気分にさえなる。乳房のふくらみこそないが、細い腕と足は滑らかでうっすらと産毛が生えている。もちろん子供を犯した経験などなかったが、そのセックスには松代では感じるはずのないまったく異質の感動に満ちていた。
2人は今度は騎上位で戯れた。驚いたことに次宇宙人の下の口は歯と舌先を巧妙に使いこなし、見事なフェラチオを始めたのである。
「ちょっちょっちょ…ちょっと待った」
時夫はあわててペニスを引き抜き、さっきのように次宇宙人の上の口に挿入しなおした。
腰を動かすと目の前にまた小豆色の胡蝶蘭。そして怒鳴り声が聞こえてきた。

「意地悪!もう」
下の口のクンニリングスに怒っているらしい。
「ごめんよ。でもいいじゃんキスくらい」
「私達はそれに弱いの」
「なんか、かわいいよな、君」
「えへ」
「でもさ、君は男?女?どっち?」

勃起し続ける次宇宙人のペニス状の鼻が時夫の尻を突付く。しかしヴァギナ状の口は時夫のペニスと繋がったまま、上下運動を受け止める。非常に複雑だが、そうしないと会話が成り立たない以上しかたがない。

「どっちも…としか言えないわ」
「『言えないわ』って思いっきり女言葉じゃん」
「合わせてやってるんです」
「君をなんて呼べばいいかな」
「次宇宙から来たつぎこちゃん」
「次子ちゃん…か」
「ね、時夫さん」
「次子」
「いっぱいお話しようね」
「うん、でも、ちょっ…」
「やだ、いっぱいお話するの」
「ああっ」
「まだだめ」
「ごめん」

時夫の目の前にまた小豆色の胡蝶蘭が広がり、

「愛しています、時夫さん」
の声を最後に次子は黙ってしまった。
「俺も、愛してるよ、次子」


次子の股間からブッ、とため息が聞こえてきた。 
 

続く。



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