fleur et serpent または 或る不条理な王と女王の物語

by 深江三成

 昔々──と書き起こすのが相応しい時代、とある小さな王国に可愛らしい王女が産まれた。往々にしてあるように美しく成長し、予言通り十五歳の誕生日に糸紡ぎの錘に指を刺され、爾来百年の眠りについた。悲しみはまず王と王妃に死に至る病として襲いかかり、数少ない国民を離散させた。わずかな国土はやがれ荒れ果て荊棘の森へと変わる。風雪に晒されたかつての王城の形骸にひとり昏々と眠る姫君を、仮に野薔薇姫と呼ぶことにしよう。
 野薔薇がわずかに息苦しくて目を覚ますと、そこには好ましい上品な顔立ちの少年が微笑んでいた。いぶかしげに自分に堆積した厚い埃を払って野薔薇は尋ねた。
「貴方はだあれ」

 繁れる荊の森が途切れたところに小高い丘があり、そこにも小さな王国があった。ただひとりの王子は容姿も上々、明晰であったが少しばかり乱暴なところがあった。ある時、草原で散歩をしている途中に足を小さな毒のない蛇に噛まれたので、つい衝動的にそれをひきちぎった。それを見咎められて、魔女に呪われた。醜い毒蛇へと姿を変えられて、美しい姫君のくちづけを受けるまでその呪いは解けないと宣告されたのだ。朽縄の王子と蔑まれ、城を追われ旅を続けた。
「貴女のおかげで僕の呪いも解けました。美しい姫君、どうか一緒に国へ帰って僕と結婚してください」

 互いを好ましく感じたふたりは愛し合い末永く幸福に過ごしましためでたしめでたし──と、ここからこの物語ははじまる。

 流浪の民と化していた野薔薇の国の人々の子孫も姫君覚醒の噂に集まり来たって、瞬く間に王国は再建された。荊棘は拓かれ、市が立ち、城は補修された。係累の絶えた野薔薇はすでにして一国の女王となっていた。
 朽縄が無事に元来の姿を取り戻し国へ戻ると、石持て追うた両親も涙を流して迎え入れてくれた。事情を話すと、野薔薇女王の位に引けを取らぬように慌ただしく戴冠式を行い、王位を朽縄に譲ることになった。晴れて王と女王になったふたりは婚儀を執り行い、ふたつの国を統合して、かつての国境に城を構えることになった。
 落成式典と婚儀を合同で行ったものだから、月の傾く頃になってもいまだ閉会した大広間でぐずぐずと飲み続けている酔漢の音の外れた歌声や、城壁の陰でにわかに誕生した恋人同士のあげる嬌声などが今宵初夜を迎えるふたりの新枕にまで届いてくる。
 人払いしてすでに寝室には野薔薇と朽縄ばかりが、肌を寄せ合いベッドに並んで腰掛けていた。
 祝いの席でわずかに一盞の葡萄酒を口にしただけの野薔薇の肌が熱く火照っているのがわかる。化粧白粉や香水などとはまた別の野薔薇の甘い体臭が立ち上っているようだ。朽縄は僅かに触れる肩や腕、腿などから伝わる上気した体温を味わった。目を閉じて咽せるような香りを貪る。酔いに力の抜けがちな野薔薇が肩に頭を寄せてくる。豊かな髪に頬をくすぐられて心地よい。そっと小さな手を握ると、弱く心細げな風情でゆっくりと握り返してくれる。
 腰をよじり躯の向きを変えて下から覗き込むと、うたた寝でもしていそうだった野薔薇が小さく微笑んだ。朽縄はそのまま顔をあげて唇を重ねた。
 くちづけを交わしたまま朽縄は野薔薇をそっとベッドへ押し倒していった。抵抗するほどでもなくごく自然に野薔薇の躯は深く沈んだ。躯を重ねたままふたりは唇をより激しく吸った。つがいの小鳥が餌をやり取りするように忙しなく互いの舌を絡ませる。混じり合った唾液が水気を失って粘った音を立てた。息をするのももどかしく口を吸い合う。息継ぎのために唇を離すと、その間に白濁した糸が曳く。
 自然と朽縄の手は野薔薇の躯をまさぐっていた。柔らかでそれでも芯に堅い弾力のある乳房を鷲掴みにして揉みしだく。あまり強く握ると痛いらしく、野薔薇の眉根が曇る。
「んっ」
 と痛みを飲み込むように音を立てて食いしばる唇に強引に舌を割り込ませて、いっそうきつく乳房を揉んだ。
 朽縄は荒々しい手つきでところどころ破きながら野薔薇の薄物を剥ぎ取った。一旦、躯を離して朽縄は眺めいる。寝室にしつらえた小さな洋燈に照らされて、野薔薇の裸体はその陰翳をちろちろと揺らしていた。
 なすがままになっていた野薔薇は裸に剥かれてなお顔を隠すことも、胸や股間を隠すこともなかった。ただぴったりと脚を閉じ、腕をまっすぐに胴に沿わせていた。緊張のために力が入りすぎるのか、かすかに震えている。
 そのままどれほど過ぎたか、朽縄の吐息は荒々しさを失ってやがて深呼吸のようにゆっくりと、深く重々しく吐き出された。
「どうしたの」
 裸体に柔らかな羽布団を被せられた野薔薇が尋ねた。
「今夜はここまでにしておこう。それとも続きがしたいかい」
 朽縄がすでに眠そうな目で口の端を持ち上げながら答えた。
「続きなんて、そんなの私したくないわ」
「僕もなんだ、それじゃあおやすみ」
 ふたりはそのまま手をつないで目を閉じた。寝付けぬようで互いに幾度も輾転としていたが、声をかけることもなくやがて朝を迎えるころにようやく浅い眠りについたのだった。

「ねえ。いったいどういうことだと思う」
 野薔薇は身繕いしながら、それを手伝っている侍女のティシャーに目覚めてから幾度もしている質問を再び繰り返した。
「彼ったらキスして胸を触って……それだけよ、それだけ。貴女から聞いていたのとぜんぜん違うわ。それとも私、なにか間違ったのかしら」
「そんなこともないと思うけど。ちょっと飲み過ぎただけかもしれないじゃない。気にしすぎよ」
 野薔薇の乳母の曾孫にあたるティシャーは女王であるとか、王妃であるとかの地位に物怖じせずに対等以上の口を利く。腫れ物に触るような堅苦しい関係ばかりの野薔薇の唯一心を許せる友でもあった。結婚とは実質としてなにをするものなのかを教えてくれたのもティシャーである。
「そんなに酔ってなかったと思うわ。あんなに激しくキスされたりしたのは初めてだったけど。でも絶対もう酔ってなんかいなかったと思うの」
 濃緑のドレスを着た野薔薇を椅子に腰掛けさせ、ティシャーは跪いて足の指を一本一本丁寧に磨きはじめた。
「股間は確かめたの? アレはちゃんと勃っていたか確認した?」
「よくわからないわ。彼は脱がなかったし。いつもと変わりなかったようだけど……」
「そうだろうね。酔ってなくたって童貞ならいざって時に勃たない奴もいるからね。心配することじゃないよ。今夜にでも処女とはおさらばさ」
「そうなのかしら。私に魅力がなかったのじゃないかしら。ねえティシャー、本当は私って醜いのかも。抱きたくなくなるほど……」
「馬鹿ね」
 丸く艶やかに仕上がった指先にくちづけしてティシャーは顔をあげた。
「頭のてっぺんから足の先まであんたは美人だよ。さらにこの私が磨きを掛けたんだ。どんな男だって我慢ができるわけないよ。ほら、立って鏡を見てごらん。ほらほら笑って」
 促されて立ち上がると、姿見の中に美貌と可憐を綯い交ぜにした美しい少女が微笑んでいた。

 晩春の日差しは透明で眩しさのわりに押しつけがましい熱を持たず、朽縄の背中をほんのりと温めていた。快活そのものであった昨日までなら今頃は瞳を灼く太陽に平然と顔を向け、大きく胸を広げて伸びをしているところだろう。
 惨めな初夜はほぼ一睡もすることなく明けた。人気のない中庭でぼんやりと日にあたり俯いている自分はすでに一晩で晩年を迎えたかのようだ。掌にまだ野薔薇の乳房の感触がなまなましく残っている。思い切りあの弾力ある肉の球を握った時、野薔薇が苦痛にいくぶん顔をしかめた時を思い返すと、股間にじんわりと熱い血の凝るのを感じる。あの時なぜ自分はそのままいきり立ち、王らしく振る舞えなかったろう。そう考えると僅かな血のたぎりも冷え込んで失せてしまう。
「こんなところでなにをしてるんだ。随分探したぞ」
重たい頭を上げるとそこには従兄弟のド・コック候が立っていた。
「一日遅れてしまったが許せ。結婚おめでとう。どうやらその顔つきでは昨夜は初めて知った蜜の味に我を忘れて貪ったようだな。いかんぞ、満腹になってしまっては。今宵も、明晩も蜜は尽きることなく溢れているのだから、男子たるもの常にある程度は飢えているように心掛けねばな」
 朽縄はこのあけすけな従兄弟が好きだった。放蕩者として親族から鼻つまみ者とされているが、毒蛇に姿を変えた朽縄を庇ったのはド・コック唯一人だったのだ。
──ええい、それでも親か叔父か従兄弟なのか。姿こそ違えどもこのひとくさりの蛇が我が国の王子であるのは変わらないではないか。まして元に戻ること可能とあれば、協力するのが親子の情ではないのか。なにを恐れている。蛇ならば男子ならば長短大小の差があれど一匹ぶら下げているぞ。この中の誰よりもぶっとい蛇になった王子こそ男の中の男だと称えるくらい出来ないのか!
 そう叫んで孤軍奮闘したド・コックはいまだに王族の集まりには顔が出しにくいらしく、今日もわざわざ一足遅れて祝辞を述べに来てくれたのだろう。
「ド・コック兄さん、この顔はそんなのじゃあないんです」
 寝不足で隈が目の周りを縁取り、血の気のない青白い顔に精一杯自嘲の笑みを浮かべて朽縄は切り出した。
「それは緊張過多というものじゃないのか。だから私の勧めに従って、数回他の女で経験を積んでおけばよいものを」
 自慢の口髭をなでつけながらド・コックはそれでも深刻な表情で話を聞いている。
「ふむ。緊張ではない、と。普段は立派に機能するのだろう? ひとりであてがきすることだってあるだろうに」
「それは、ありますけど……」
「だったら、その時に想像するように行動するだけだ。野薔薇姫というのは大層な美形だと聞いているぞ。もったいないことだ。いまから昨夜の分を取り戻してこい」
「野薔薇を相手にそんなことできませんよ。僕はこれでも野薔薇を大事に想っているんですから」
 つい朽縄の声が大きくなった。自分で自分の声に驚いて周りを見回す。挙動の怪しい朽縄の様子にド・コックまでつられて小声で尋ねた。
「話がかみあわんな。いったいお前は普段どんなことを想像しているんだ」
 朽縄は息を沈めて周りに目を配った。気配のないのを確認してから、そっとド・コックに耳打ちをした。
「僕は、あの蛇を引き裂いた時を思い浮かべたり、人を叩いた時のことを思い返すと勃起するんです」
 告白しながらその時の経験を反芻して、朽縄の陽根は激しく反り返っていた。

 懇願されてド・コックは城に滞在することになった。うんざりするほど表面的に繕われた己と隠居した元王夫妻らとの会話を、晩餐の不味い食前酒だと諦めてやり過ごし、そそくさと宛われた寝室へ下がった。もちろん独り寝などの野暮はこんな場合でもしたくはないので、以前に手をつけた下働きの少女がなかなか硬さも取れて芳醇なみずかしのように成長しているのを掴まえてベッドに潜り込んだ。

 心地よい気怠さと運動後の爽快感とを合わせていたく晴れ晴れした気持ちで中庭に出たド・コックは、春の日溜まりで深く自己の内面に閉じこもった朽縄を見いだして目を覆った。
「どうした。駄目だったのか」
「ええ」顔をあげる気力もなく朽縄は項垂れたままのろのろと答えた。「ともかく教えてもらったように頭の中では蛇を殺したり、野薔薇を叩いたりしてかなり調子はよかったのです。血が上りすぎて痛いくらいでしたよ。ところがいざ嵌入となると途端に萎えてしまって。気が散ってしまうのですね。幾度か挑戦したのですけど」
「しかしそれなら集中力だけの問題だろう。なに一度味を占めればそんな苦労も吹き飛ぶというものだ」
「それだけならまだいいのですが……」
 ド・コックは天を仰いでなるべく自分の滞在期間が短くなることを神に祈った。

 春とは言ってももう一月もすれば夏になる。日中は汗ばむくらいの陽気も珍しくない。好天続きの今日も午前中から気温は上がりはじめている。しかしティシャーが汗を滲ませているのはそのせいばかりではなかった。
 自分の部屋の小さな一人用のベッドの中で、野薔薇と一緒に通気性の悪い掛け布団を頭から被っているからだった。
 天蓋のように膝立ちで両手を広げその上に布団を被っている。ティシャーが作る見窄らしい天蓋に覆われて野薔薇は一糸も纏わずに仰向けに寝ていた。頸の下に小さな枕を置いて、頭を反らして心持ち顎をあげて目を堅く閉じている。両の脚は膝を立ててM字型に開かれ、その中心に両手が添えられている。亜麻色の陰毛を掻き分けて、白い指が肉色の襞をぎこちなく広げていた。生々しい傷口に触れるように指はそろそろと力を入れないように蠢いていた。
「そこじゃないよ。そう、もっと上。そこだよ。わかる?」
 時折ティシャーは野薔薇に叱咤を飛ばし、指導の声をあげる。陽気と人いきれで額に汗が浮かんだ。いったいどうしたらこんなことになるのかティシャー自身にもはっきりとはしなかった。
 はじまりは朝の身支度をするために野薔薇のもとを訪れたことだ。すでに夫である朽縄の姿はなく、ただぐずぐずと泣いている野薔薇だけが取り残されていた。
「昨日もだめだったのかい?」
 ティシャーが声を掛けると泣きじゃくる野薔薇が首に抱きついてきた。生暖かい涙が首筋を伝う。湧き出たばかりの涙は熱いものだなあとティシャーはなぜかのんびりと考えていた。
 事情を聞いてみると昨夜の仕儀はいいところまでは進んだらしい。しかしいざと言う時に朽縄の陽根が用をなさなくなる。それを三度ばかり繰り返して、また手を繋いで寝てしまったのだと言う。
「やっぱり私になにか欠陥があるんだわ」
 言い張る野薔薇を宥めて話を詳しく聞きだしたが、ティシャーにも思い当たるふしはなかった。
「おかしいねえ。ちゃんとあんたも濡れてたんだろ。それで駄目ってことはあっちに問題があるんじゃないかしらねえ」
「濡れるって、なにが?」
 聞き返す野薔薇の顔は無垢な少女のようだ。
「いやなこと訊いてくるね。キスされたり触られたりして気持ちいいだろ」
「気持ちいいわ」
「気持ちいいと、こう下っ腹とかが熱くなって股のところがくちゅくちゅにならないかい。じんわりと」
「ならないわ。ならないと変なの?」
 泣きやんだばかりの野薔薇の大きな目の縁に見る見る涙が粒をなす。結果として、せがまれたティシャーは実地に教えることとなり見つかりにくいであろう自室に野薔薇を招待することになったのだった。
「どう? 少しはわかってきた?」
 布団蒸しの暑さにぼんやりとしてきたティシャーは早く終わりたい一心で訊いた。
「ぜんぜんわからないわ」
「ああ、もうやめよう」布団をはね除けた。部屋の空気は思っていたよりもはるかに涼しい。「感じないんじゃ、これ以上どうこうしても無理よ」
「じゃあ、ティシャーがやり方を見せてよ」
 そう言い出した時、野薔薇の瞳は潤んでいたが涙のせいではないようだった。

「しょうがない。見せるのは一度だけだよ」
 とティシャーは仕方ないように思い切りよく衣服を脱いだ。張りはあってもどこまでもやわやわとした自分の躯と違い、ティシャーはしっかりと中身の詰まった美しい肉体を持っていると野薔薇は感じた。血色のいい肌と日に灼けて少し色づいた腕が好ましい。
 ひっつめていたブルネットの長い髪を下ろして、頭を軽く振った。野性味のあるたっぷりした髪が汗ばんだ肌に張り付くのを手で無造作に掻き上げる。乱暴にベッドの上端に腰を下ろすと、背を壁にもたれさせて脚を開いた。
 野薔薇が布団を被せようとすると即座に断る。
「もう暑いのはごめんだよ。このままでいいから」
 言うなりティシャーは目を軽く瞑った。
 そっと左手を乳房にあてて、軽く触りはじめる。右手は左手を補うように一緒に左胸をまさぐった。絞り出すように付け根から乳房を揉み、時折乳首をつねった。しばらく胸を揉みながら神経を集中するように眉間に軽く皺を寄せている。
 もぞもぞと小さく腰を揺すりながら、右手の中指を口に含んだ。唾液のついた中指を股間の中心にあてがい、掌全体を使ってやさしく周辺を揉む。
 乳房を荒々しく揉む左手と、股間に添えられてゆるゆる蠢く右手は不思議な連動を為しているようで、対照的な動き方であるのに一定の強弱のリズムを共有している。
 ティシャーの唇が堅く閉じられ、ふっふっと荒くなった鼻息が漏れてきた。
 ねちねちと股間から音がしはじめる。すでに左右の手の緩急は逆転し、右手は激しく動き回っていた。滑らかに素早く、そして正確に右手の指は細かく動き、それは確実にティシャーに快楽を与えているようだ。
「ほら、見てごらん」犬のように忙しい呼吸の中であえぎながらティシャーが言った。「濡れてるだろう」
 野薔薇の前に大きく開かれたティシャーの股間は、濡れた毒々しい紅薔薇のようだった。なのに小さく呼吸するように動いていて、単体で生きているようで生々しい。
「どうやると、こんな風になるのかしら」
 それはね、と大きく開かれたまま再びティシャーの指が細やかな動きをはじめた。
「ここが一番気持ちいい場所なんだ。ひとりでやるならね。あとここに指を入れるのもいい。本当は男のが入る場所だけど、指だけでも気持ちよくなるんだ」
 言いながらティシャーの顔は喜悦の表情が浮かんでいた。野薔薇は自分が抛って置かれているように思えてならない。
「ねえ、少し私にも触らせて」
 返事を待たずに野薔薇は人差し指を挿し入れた。
 一瞬、ティシャーの躯は硬直したが、すぐにもとの柔らかさを取り戻す。何も言われないのでさらに中指を一緒に入れた。薬指、小指まで入る。窮屈で締め付けられるようだが、まだ他にも入る余裕もあるようだ。小さな野薔薇の手はほとんど全て入ってしまい、親指ばかりが申し訳程度に外に出ているだけだ。
 温かくぬらぬらとしている。粘液で指の間が痒くなるようで入れたまま野薔薇は指を動かした。
 ヒゥッとティシャーが口笛のような音を鳴らした。
「もっと、ねえもっと動かしてちょうだい。すごくいいわ」
 ティシャーが右手で股間上部の肉を引き上げる。ぽっちりとした肉粒が赤らんで反り返っていた。
「ねえ、ここも触って」
 野薔薇が差し入れていた手を回転させ、残った親指でそのボタンを押すと、ティシャーが小さく悲鳴をあげた。あげながら自ら腰を振っている。見るからに気持ちがよさそうではあるが、野薔薇はその快楽を自分が与えているのかと思うと吐き気がしてきた。
 ずるりと野薔薇が手を抜くと、ティシャーの狂騒も収まった。
「もうやめるの?」
 ティシャーのその言葉を聞いた途端、反射的にそれまでティシャーの中に入っていた手を叩きつけていた。
「なにするのよ」
 自ら分泌した粘液で頬を張られたティシャーはようやく我に返った。
「ティシャー、貴女はいいお友達だけど立場はわきまえなくちゃね。どんな時であっても私が主人でしょう? 命令するのは貴女じゃないわ」
 冷たい響きの声色でそう言うとティシャーの大柄な健康体が急に萎縮したようだった。
「そう、そうね。ごめんなさい。私、夢中になっちゃったみたいで……」
「いいから、この私の汚れた手を自分で舐めて綺麗にして」
 野薔薇はもう一度ティシャーの頬を殴りつけた。今度は確信的に。自分の脚の付け根に熱く滴るものを感じながら。

 三勝十二敗という散々な戦績で朽縄は負け続けた。午後から始めたド・コックとのチェスは、当初鬱々としている朽縄の気晴らしのはずであったが、身の入らぬところをあの手この手で攻められてわずか三勝でもあげられたのが不思議なくらいであった。
「すまんな。チェスに手心を加えるのは苦手でな。勝負は時の運でもある。気にするなよ」
 もちろん朽縄はそんな事を気に病む余裕はなかった。連敗記録を更新するためといわんばかりに意味なく駒を進めている。
「まだくよくよ悩んでいるようだな」
 ド・コックは連勝に気分を良くしてか葡萄酒を一気に干して楽観的に語りはじめた。
「何事にも勝負の要素というのはある。男女の仲もそうだ。いままでお前は優しさという駒だけで押し進めて来たがどうもいけなかった。そんな柔な愛撫ではいかんのかもしれんという発想の転換が大事だぞ。もしかすると野薔薇姫は話に聞く被虐趣味の女かもしれんではないか。そうなれば加虐趣味のお前との相性もばっちりというわけだ。互いに一目惚れの運命の相手だと信じたのだろう? ならばこういう奇跡もあってもいいではないか。なにもメルヒェンの世界にばかり奇跡があるのではないぞ。まず自分の信じた運命を信じるんだな。そこから奇跡ははじまる」
 従兄弟の長広舌もろくに耳に入らず、朽縄は頷きながら無闇に敵側の駒の前に自軍の手駒を突きつけていた。

 明くる朝はド・コックにとって城を訪れて以来、初めての明るい朝であった。
 いつものように中庭へ向かうと、回廊から出たそばから声がかかった。
「ド・コック兄さん、こっちです。こっち。早く来てくれませんか」
 近来聞いたことのない朽縄の明るい声が自分を呼んでいる。さてはアドバイスが功を奏したかと自然、喜びに顔も綻ぶ。
 近寄ってみれば朽縄の顔色はつやつやとして、それまでの暗雲の立ちこめたような苦悩の色は無くなっていた。かつての明朗な従兄弟に戻ったらしい。
「兄さんのおかげでずいぶんと助かりました」
「おお、そうか。いや私の少ない経験が役立ったとは嬉しいよ」
「ええ。やはりド・コック兄さんの慧眼が指摘したように、野薔薇は被虐趣味でした。ただ、ちょっと困ったことがありましてね」
 困ったと言いながら朽縄の顔は微笑んでいた。判じ物を突然目の前に出されたようでド・コックが戸惑っていると、たいそう秘密めかした調子で朽縄が囁きはじめた。
「実は、僕ひとりに責められるだけじゃ物足りないと言うんです。かと言ってそうそう他人に頼むようなものでもないし。兄さん、アドバイスついでに僕を助けると思って協力してくれませんか」
 思わず大きな声が出そうになるところをぐっと堪えてド・コックは考えた。
 滞在できるのも延ばせたところであと数日が限度。その間、半端な間男の道化役ではあるがあの野薔薇姫のからだを存分に味わえるならば釣りがくるだろう。
「そうか。これも人助けであるし、他ならぬお前の頼みだ。私としても恥になることだから口外しないし、協力しよう。ただしあと三日しか私はこの城に滞在できんぞ。それでいいな」
「ええ、ええ。三日どころか一日でも協力いただければ幸いです。快諾していただけると信じてました。さすが兄さんは違う。ただ、くれぐれも他言なさらないでくださいね。では今夜、夜半を過ぎましたらいつでも僕たちの寝室を尋ねてください。待ってます」
 それだけ告げると足取りも軽やかに朽縄は去っていった。ド・コックも努めて何気ない風を装い中庭を後にした。

 春宵一刻値千金などという言葉を、もちろんド・コック候は知らぬであろうがこの夜はまさにそれに相応しいものであった。昼間の陽気が抜け切らず、夏もいよいよかという暖かなところに、ぼんやりと月が朧がかってまたそれがいやに赤味を帯びてもはや肉色で。頬を撫でる風がいずこからか梔子の甘い香りを漂わせるのもなお官能を刺激する。
 宵闇を待たずにふいに怒張したりする己の陽根を宥め賺して、ド・コックは月の中天に差しかかるのを待ちかねていた。
 ようやく頃は夜半に折良く雲も晴れて、夜目を利かさずとも過つことなく城内を忍び足で歩いていける。
 他国の女王と通じたことがないわけではない。
 三人四人と乱れて交わったこともないではない。
 鞭打ち遊びなどは若い頃にさんざ繰り返してきた。
 それでもなお自分の弟のような従兄弟と昨日まで処女であった妻を囲んで、となれば格別。
 頭では自重するよう言い聞かせても、心の臓は否が応にも高まって、はや身の丈五寸の全身に血を巡らせてしまっている。
 朽縄たちの寝室の扉の前に辿り着き、深呼吸を繰り返す。落ち着き払ってさも平然とことに臨まねばなるまいぞと自分に言い聞かせ、そこでようやくノックをした。

 調度を退けられて足の長い絨毯だけが拡がっているその真ん中に、猿ぐつわを咬まされて目隠しをされ、後ろ手に縛って余った分で足首まで締め付けて反り返るような不自然な裸体が横たわっていた。
「どうぞ。兄さん、奥まで」
 朽縄の声に導かれて歩を進めるが、果たしてどこまで進んだものか。この倒れている女は何者であろう。薄暗い洋燈の灯りでも、これが野薔薇姫でないことは容易に知れた。
「おい、この女はなんだ? 聞いてないぞ」
「気にしないでいいですよ。野薔薇の侍女のティシャーという女です。この女がまたひどい被虐趣味でね。今夜もどうしても仲間に入りたいというものですから。安心してください。口止めはしてありますから」
「そうか。ならいいんだがな。楽しい夜にしようと思っているところだ。飛び入りもまた面白い」
「ド・コック兄さんならこの趣向を喜んでくれると信じていましたよ。どうぞどんどん奥へ進んでください。僕たちは一番奥にいますから」
 言われるままに進むほど洋燈は心細く数を減らして、いよいよ最奥はただの暗闇であった。灯りを背にしてなお奥のふたりの姿は見えず、ド・コックの心にも陰が差したようだった。
「おい、どこにいる」
 声を掛けると暗闇が裂けた。暗い図案の壁掛けを選んで吊り下げていたものと思われる。
「すみません。これを忘れていました。どうぞ、中へ。いきなりベッドですから段差に気をつけて」
 中に入ると妙にまとわりつくような甘い香が焚かれていた。重い壁掛けと壁に封じられて光は届かず香気は咽せるほど立ちこめる。手探りしてもどれほどの広さであるのかたかだかベッドの上ではあるが自分がどのあたりにいるのか見当もつかなかった。
 それでも徐々に目が慣れるにしたがってもやもやと形のはっきりしない人影がふたつほど識別できるようになった。
「ふむ。ようやく慣れてきたが。実に変わった趣向を凝らしたものだな。これはお前の趣味か? それとも野薔薇姫の?」
「いえ、ふたりでじっくり相談して考えたんですよ。どうやってド・コック兄さんを楽しませてあげようかって」
 判然としない陰が答えた。
「ありがたい心遣いだが、まあ、少し凝りすぎかな」
「やりすぎでしたか。なにしろ兄さんは僕らの恩人と言ってもいいような人だから。つい力を入れすぎてしまったのかもしれないですね」
 言いながらその陰はベッドを軋ませて動いていた。
「それで、一晩中この中にいるのか? それともここから出てあそこで転がっている女も交えてか?」
「そうですね。最終的には四人で楽しもうと思っているのですけれど、まず兄さんは野薔薇の躯を試したいんじゃないですか?」
「うむ。まあ、それは否定せんよ」
 ド・コックは自分の声色や抑揚に焦燥と色情の滲むのを見事に抑えたと思った。
「それでいま準備をしているのです。なにしろ野薔薇は縛らないと出来ないものですから。ああ、でも縛るのを見られるのはとても恥ずかしがるので、兄さん、こんな暗闇でも申し訳ないのですが目を瞑ってもらえますか。ついでに瞑ったまま脱いでおいてください」
「そうか。まあ趣味嗜好はそれぞれ特徴があるというからな。指図に従おう」
 物わかりのいい言葉を並べたものの、脱いでみれば我ながら現金だと思うくらいに陽根は天を指して脈打っていた。
「兄さん、脱ぎましたか?」
「ああ」
「兄さん、まだ目は瞑ってますか?」
「ああ、」
 瞑っている、と答えようとした言葉は喉の奥で立ち消えた。紐状のもので激しく首を締めつけられて声どころか息も血液も通る隙がないようだ。
 突然の事に目を開けると、ド・コックは首を絞められ背中合わせに担がれて寝室の中央へ運ばれているのを知った。慌てて暴れてみるがすでに足は地についておらず、腕は背中の方まで廻らない。動くほどに首は締めつけられて眼球が飛び出すような内圧が意識を朦朧とさせる。
 ようやく足が着いたと思えば、それは爪先立ちする以外にない状況であった。かつてシャンデリアを吊したと覚しき大きなフックに首を絞めた紐を引っかけられて、しかもそれは爪先立ちでなければ首が締まる高さに調節してあった。しかもその紐をあっという間に後ろ手にも回されてもはや立っていること以外になにも出来ない。
 よろめきながらも一息ついて、ようやくド・コックは怒号を発した。とは言えそれは締め上げられた末の嗄れ声であった。
「いったいこれはどういうことだ! いったい私になんの恨みがある!」
 爪先と揺れるフックに翻弄されてくるくると回転しながら叫ぶド・コックの視界にようやく朽縄と野薔薇の姿が入った。
 全裸の朽縄は残忍な笑みを浮かべてド・コックを眺め、その股間に若々しい陽根の鎌首をもたげさせていた。同じく全ての肌を露わにした野薔薇は右手を股間に深く差し入れて濡れた眼差しを向けている。
「恨みはありませんよ、兄さん。まあ野薔薇が被虐趣味だというのはぜんぜん的はずれでしたけれどね。おかげで僕たちはよりわかりあえたから、感謝しこそすれ恨むなんて」
「ええ、本当に。ド・コック様のおかげで私たちやっと本物の夫婦になれた気がしますわ」
「ただ僕と野薔薇がこういう趣味があるというのを知っている人がいるのは困るんですよ」
「ふたりで相談したの。知ってしまった人は片端から口止めしようって」
 薄く笑みを湛えながら近づくふたりにド・コックは狂気を認めた。
「わかった。なんでも言う通りにしよう。な。私も絶対他言しない。安心しろ、従兄弟だろう。兄弟のように付き合ってきたじゃないか。いつもお前を庇ってきたのは私だろう」
 廻りながら叫ぶド・コックの肩に手を置いて野薔薇が婉然と笑った。
「まだこの方、わかってらっしゃらないみたいよ」
「そうみたいだね。いいかい、ド・コック兄さん」
 朽縄は両手をド・コックの肩に乗せた。その重みで首が締まり耳鳴りがする。
「なんでも知っていればいいってもんじゃないんだ。知ってしまえばおしまい、というものだってこの世の中にはあるんだよ。まあ、とにかく今夜は楽しもうよ。兄さんもそのつもりで来たんだろう?」
 それにしても回転するのは具合が悪い、と朽縄は別の長い紐を持ち出すとド・コックの陰嚢と陽根の付け根にぐるりと巻き付けて左右に伸ばした紐の端をテーブルとチェストに結びつけて固定した。
「でもこれじゃちっとも面白くないわ」野薔薇は縮み上がったド・コックのものを弄びながら言った。「早速虫を使ってみましょうよ」
 朽縄は軽い足取りでテーブルから小さな瓶を持ってきた。
「兄さん、この中の虫がなんだかわかるかい。これは中庭にもいる斑猫の仲間なんだけどね。咬む時にちょっとした毒を出す。まあ効能はすぐにわかるよ」
 野薔薇の細い指がド・コックの陽根の先をぱくりと開いた。覗いた尿道に黒い小さな甲虫の頭が差し入れられる。
 ド・コックは吠えた。叫び声ではなくそれは啼き声だった。喉が割れて血が吹いたらしい。叫びながらド・コックは激しく吐血した。
「うるさいな。あまり大きな声で叫ぶなら、もう一度虫に咬ませるよ。もう叫ばないって誓えるかい」
 ド・コックは半分意識の飛んだ頭を上下に振った。
「ねえ、その誓いが本当か試してみましょう」
「もちろんさ」
 再びド・コックの開かれた鈴口の中に虫が差し入れられた。ド・コックはやはり叫んだ。しかしそれはすでに声にならず、ただ太い音を立てる吐息にしかならなかった。陽根の先からは鮮血が滲み出ている。
 しかし毒の効能なのか痛みは次第に痛痒感に変じて、むずむずと刺激を増し、たちまちド・コックの陽根はどす黒く立ち上がった。
「ちゃんと大きくなったわ。それじゃあティシャーを起こして四人で遊びましょ」
 ド・コックの虚ろな目にはその野薔薇の姿が、本当に、いそいそと遊びに出かけるように見えた。
「ほら、いつまでも死んだふりしてないで起きなさい。ティシャー、ティシャー」
 首から表は両の乳房を分けるように回された紐が、ぐるぐると幾重にも巻かれて豊かな乳房をあらぬ方向へ飛び出させている。後ろに回された紐が両手首を締め上げて残りがそのまま両足首を固定しいた。野薔薇はぴんと張られた首から手、足にまたがる紐を引っ張り揺すったがティシャーは意識を取り戻さない。
「どうしよう、起きないわ」
「ティシャーにも虫を使ってみようよ」
 無垢な子供の悪戯のようにふたりは罪悪感や良心の呵責など微塵も持たずに振る舞っていた。野薔薇が反り返った不自然な姿勢のティシャーを無理矢理うつ伏せにすると、朽縄が膝を開いて股間に頭と手を潜り込ませる。
 手探りでみつけたクリトリスを幾度か虫に咬ませた。
 激しい痙攣と猿ぐつわによってくぐもった叫び声がわき上がり、股の間に潜っていた朽縄はしたたか頭を膝で小突かれることになった。
「なにするの、やめてよ!」
 野薔薇はティシャーの背中を蹴りつけた。
 意識を取り戻したティシャーを引きずってド・コックの前に座らせると、そこでようやく目隠しと猿ぐつわを外した。
 目の前で脈打つ黒々とした陽根に反射的に目を背けると野薔薇の平手が飛んだ。
「ちゃんと見てね」
「よしゲームをしようか。これからティシャーは口だけでその陽根を舐めて射精まで導く。兄さんは堪え続けてくれ。制限は虫の効果がなくなって、射精せずに兄さんのものが縮みあがるまで。いいね。ふたりとも逆らいたかったらそれでもいいんだよ。文句がないようならスタートだ」
 もはやド・コックもティシャーも逆らう気力はなかった。解放を願う気持ちに変わりはなかったが、それはすでにここから逃げるという解放ではなくいま行われている仕打ちからの解放に過ぎなかった。
 そのために懸命にティシャーはしゃぶりついた。口腔を思い切り狭めて吸い、頬の内側の粘膜に擦りあて、時には横ざまに甘咬みし、あらゆる技法を尽くした。
 ド・コックはとにかく射精でも縮み上がるのでもどちらでもよいから、この屈辱からの解放を願った。斑猫の毒で腫れ上がっているだけの陽根は痺れて感覚が鈍く、ティシャーがいくら激しく吸い立ててもいっこうに快感を感じられない。かと言って自らの情欲で勃起しているわけでもなく、ただじんじんとむず痒い痺れが股間を覆っているだけなのだ。ド・コックは意識を陽根に集中してなんとしても早く射精を迎えようと、自ら首の締まるのを覚悟で腰まで振った。
 その光景を見ながら朽縄と野薔薇は互いに交接するでもなく、触れあうわけでもなく、それぞれが一人で自慰をしていた。朽縄はまるで憎悪の対象であるかのように自分の陽根を力一杯擦り挙げていた。野薔薇は女陰を破壊せんばかりに乱暴に扱っていた。
 ふたりともそこに快楽があることがまるで憎いように、ひたすら自分たちの性器をいたぶっていた。
 朽縄が射精した。掌に溢れさせた精液を野薔薇に見せた。野薔薇は悲しげにその白濁した熱い液体を見やり、顎でティシャーの方を指し示しす。吐き出された精液はド・コックのまだ衰えぬ陽根に注がれ、それをティシャーが舐めとることになった。
「これだけじゃつまんないな」
「そうね、もっと面白くしないと」
 ふたりは小物入れから糸のついた釣り針を出した。
「用意しておくにこしたことはないね」
「もっといろいろ集めておかなくちゃ」
一心不乱に陽根に食いついていたティシャーの髪を引っ張ると、しゃがみ込んだ朽縄はド・コックを見上げながら唾液まみれの陽根を握った。
「兄さん、これ何かわかるよね。ちゃんと返しのついた針だから暴れるとちぎれちゃうよ。ちゃんと我慢するんだぜ?」
 言うや否や鈴口の内側から尿道に差し入れ、亀頭を貫いた。手早く左右に二本。それをまた引っ張って縛り付ける。花弁が捲れ返ったように変形した陽根が傷口から脈動に合わせて小さな血の噴水を吹き上げていた。
「ティシャーにもしてあげるわ」
 縄目から飛び出たティシャーの乳首に釣り針がピアッシングされた。それもまた無理に左右に引っ張り、乳首は鮮血に染まりながら長く伸びた。
「こんな針の飛び出た陽根をしゃぶったら怪我するからな。ティシャーは舌先だけでこの捲れたところを舐めてやりな」
 言いながら朽縄の陽根は見る見る快復していく。話しながらそれを力一杯握りしめ、また擦り上げる。野薔薇もまたピアッシングしながらしゃがみ込んで拡がった陰部をかき回していた。
「おい」
 ド・コックが聞き取り憎い声で話しかけた。
「お前ら、そこまでして何故セックスをしないんだ。私たちにこれだけの仕打ちをして、それでもまだ足りないのか……いっそ自分たちで鞭を与えあい、縄で縛ったらどうだ」
 朽縄はその言葉になにも言わず、悲しげに見返した。黙ったまま野薔薇の手を取りふたりとも立ち上がる。朽縄がやさしくくちづけすると、野薔薇もまたそれに応えた。
 野薔薇が自分から背を向けて両足を大きく開き、手を前に突いた。濡れそぼつ肉の襞は鮮やかな朱鷺色の花弁だった。開かれた花の奥にわずかに認められる処女膜。見せつけるように高々と上げた腰に手を添えて、朽縄はそのまま嵌入の体勢に入った。
 しかしそれはならず。
 挿入しようとする間際に朽縄の陽根は力無く萎れていた。
「僕たちはこういう人間なんだ。奉仕しあうようなセックスとは無縁だ。僕のこのぐんにゃりした蛇が野薔薇を一生散らすことはない。」
「だからって謝らないわ。仕方のないことだもの」
「もし何が悪いとか言うのなら、いっそこのおとぎ話みたいな運命を罵って欲しいな」
「そうそう。愛し合うふたりは末永く幸福にすごしました」
「めでたし、めでたし、ってね」

 それからふたりはすっかり褪せてしまった情欲を再び燃やすために、力一杯釣り糸を引っ張りました。その後ふたりの国は栄えて喧噪が絶えず、途切れることのない城からの悲鳴もさして気にされませんでした。

END



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