華の穴

by ザッピー浅野

 暗く長いコンクリートの階段を降りてゆくと、すぐに鉄の扉が目に入った。
 扉の前には、男がひとり立っている。2・3回見たことのある顔だったが、調教師ではないようだ。多分、アルバイトだろう。
 男は持っていたクリップボードを覗き込み、
 「石川美華さんですね」
 と聞いてきた。
 「はい。───あの、優美子様は?」
 「吉澤さんは用事があって来れないそうですので、一人ではじめてくださいとの伝言です。部屋にはカメラが設置してありますので、不正等がありましたら失格になりますのでそのつもりで」
 私は頷いた。
 不正なんてするはずがない。私は誇り高きM女だ。
 男は足下の篭をボールペンで指差し、
 「こちらで洋服をお脱ぎいただいて、部屋にお入りください。あとは打ち合わせ通りです。24時間後には吉澤さんがお迎えにあがります。途中で絶えられなくなったら『お許しくださいませ』と3回大きな声で叫んでください。係員が救出に来ます。その場合はもちろん失格になります。眠っても失格です」
 すべて言い終わると、クリップボードにボールペンで何ごとかを書き込んだ。見ると、1枚の紙にM女の名前がずらりと並んでいて、私の名前にマルがつけられていた。この最終試験を受けるM女がこんなにいるものとは知らなかった。
 私は着ていたピンクのワンピースを脱ぐと、篭に放り込んだ。男が扉を開ける。途端にむわっと、悪臭がたちこめる。私はゆっくり中に入ると、後ろで静かに扉が閉まり、鍵がかかる音がした。鉄格子の小窓から見ると、男が洋服の入った篭をかかえて、忙しそうに立ち去ってゆくのが見えた。今日一日で何人のM女が卒業し、そして脱落するのだろうか。
 私はきびすを返し、部屋の中を凝視した。予定通り、部屋のなかには何もない。四方をコンクリートに囲まれた天井と床があるだけ。
 ただ唯一、中央にでんと置かれた、ドラム缶を除いては。
 目がしみるような悪臭は、ドラム缶からだった。私はドラム缶に近づき、その中を覗き込んだ。茶色い液体がなみなみと注がれている。ご丁寧に、あたりには蠅までが飛び交っていた。
 最初に優美子様の顔が見れなかったのは、少なからず私の覇気を衰えさせていた。でもやるしかない。私はドラム缶の淵に手をかけると、悪臭漂うその中へ、思いきって飛び込んだ。全身におぞましい不快感が駆け巡る。私はこれから24時間、ここで糞尿にまみれて過ごさねばならない。その間眠ることは許されず、ひたすらこの異常な状況に立ち向かわなければならない。これは調教と言うより、修行である。そう、修行なのだ。
 私はいつか見た、ピエル・パオロ・パゾリーニ監督のイタリア映画「ソドムの市」のワンシーンを思い出した。あの中で、糞尿まみれになった少年少女たちは自らの境遇を嘆いてこう叫ぶ。
 「おお神よ、わたしたちは一体どんな罪を犯したというのでしょうか」
 私もこうしていて、そう叫びたくなる辛さはよく解った。臭いといい肌の感触といい、気持ち悪くて頭がおかしくなりそうだった。
 これがこの総合変態M女養成期間である『華の穴』、通称“フラワーピット”の最終試練なのだった。この異常な状況を克服することによって、私たち受刑者たちは、本組織の卒業生として世に出る価値のあるものかその精神力を試されるというわけである。
 私はこの試練を乗り越え、輝くM女としての王道を歩み始めるのだ。


 私がこの総合変態M女養成機関『華の穴』でM女として本格的な修行をはじめることになったのは、私の憧れの女王様である、吉澤優美子様との出会いがきっかけだった。
 彼女と私の出会いは1年前、『フラワー・ピット』が経営するSMショー倶楽部「シャンデリア」でのことだった。
 そこで優美子様はジュリア様という源氏名で、ステージで女王様の役を演じていた。
 その日、優美子様は黒いレザーのボンテージを着て、コバルトブルーのベネチアンマスクを被っていた。
 私はその当時私生活で付き合っていた恋人と別れたばかりで、これからの自分の人生について試行錯誤をくり返す毎日だった。


 のちに詳しく述べることになるが、幼少の頃からの異常な性体験の数々により、常人とは少し異なった自らの性癖に目覚めていた私は、学生時代マルキ・ド・サドやバタイユ、アポリネール等の幻想的で異端的な文学に傾倒し、切り裂かれ血飛沫のなか崩れ落ちてゆく肉体や、背徳的で冒涜的な行為に脱落してゆく精神に恋い焦がれ、SMや変態という甘美な言葉の響きに酔いしれていた。
 高校2年のとき、サディストの恋人が出来てからは、それらの特種な性癖は私の実生活までを支配するようになった。“SMこそ我が人生”とさえ思うこともあった。少なくとも、自分はまともなセックスだけでは満足できない女になっていた。しかし、その頃はまだその世界で本業として生きてゆく勇気は持てなかった。
 「そんなにSMが好きなら、そこいらのSM倶楽部かSMショーパブなんかで働けばいいじゃない。趣味と実益が両立できるし、それに儲かるよ。僕を食わしてよ」
 サディストの恋人はよく私にそう言っていた。彼は売れない劇団を運営する演出家兼脚本家だった。彼は誰から見ても、人生の敗者だった。こうして思い出してみても、あのときなぜ私があのような男を好きだったのかよく解らない。十代半ばを過ぎたばかりの人生経験の浅い私にとって、彼の駄目人間ぶりは、或いは私の破壊願望を満たす理想のアウトロー的人物として目に映っていたのかもしれなかった。
 つきあって1年くらい経った頃、彼は私に、たびたびプロとしてSMの世界で働くことを勧めるようになった。
 SMを本業にするということは、彼以外の男にこの身をあずけることになる。第一私はM女だ。10年間その道に働いて、一度も男の陰部に触れたことさえない女王様とはやることの質が違う。男にしゃぶれと言われたらそうしなければならないし、局部を含め、身体のあらゆる部分を指や様々な道具で弄ばれ、恥ずかしめを受けなければならない。肌には生傷が絶えなくなるし、浣腸だってたまにされるだろう。はっきりと断れるのは極度に肉体を酷使するようなプレイと、直接の挿入くらい。仕事とは言え、そんなことをされるのは嫌だった。ましてや恋人の口からそんなことを強制されるのは、少なからず心が傷ついた。彼は私のそんな気持ちを知っていた。彼にとって、それ自体が趣味のSMプレイの一部なのだった。つまりは、恋人がいながら他の男に肉体を汚される恥辱が、彼のサディスティックな本能を刺激することになるらしい。
 私はその反面、SMを本業としてやってゆくことを拒絶しながらも、心のどこかで、普通の女性のように、当たり前の仕事を見つけ、平凡な結婚をし、ありきたりな人生を歩むということへの虚無感のようなものも確かに感じていた。
 それらは当時17歳だった私の心に、どちらに傾いても割り切れない感情として、しこりのようなものとして残ったままだった。
 高校を卒業して、私は都内の印刷会社に就職した。仕事は楽しくなかった。それはやはり自分の歩むべき道とも思えず、結婚して当たり障りのない普通の主婦として平凡な人生に未来を埋没させることを考えると、恐怖にもにた名状すべからざる絶望感に襲われ、その悶えは付き合っていた恋人と別れたことをきっかけに、一気に表面化した。
 私は彼に捨てられた。彼は私の中途半端な態度に肝を煮やし、ついでにSMのパートナーとしても飽きた。しかもたんなる捨てられ方ではなく、最後の最後に滅茶苦茶に傷つけられ、これが最後とばかりに身も心もぐちゃぐちゃにされて、独り放り出された。
 私は会社も辞め、鬱病になり、クリニックとアパートを行き来する生活が数カ月続いた。OLをしていた間に溜めた貯金は底を尽き、自殺未遂も何度か経験した。
 彼とたまに通っていたSMショー倶楽部「シャンデリア」に一人でふらりと足を運んだのはそんな矢先のことだった。
 気がつけば、カルアミルクを飲みながら、とり憑かれたようにステージを見つめている私がいた。それは懐かしくも輝かしい、本当の私が生きることのできる世界があった。
 優美子様はセーラー服を着た少女の胸を赤いロープで二重に巻き付け、両手を後ろ手に縛り上げ、天井のフックに引っ掛けた。少女の身体は床につま先が触れるくらいに半分宙に浮く形になった。少女を拘束しているあいだ、優美子様は「痛い?」「大丈夫?」と優しく少女の身体を気遣っていた。
 それまで無表情だった少女の顔に微かな陶酔の色がみえははじめ、肩が小刻みに震えだす。優美子様はその手を少女の背中に這わせ、髪の毛を無造作にかきあげた。そしてセーラー服の裾を捲りあげると、少女の小さな胸を露にさせた。柔らかそうな乳房が妖しい赤いライトの下、汗で生々しく輝いている。優美子様は少女の乳首を吸うと、スカートを捲りあげ荒々しくパンティをずり下ろした。
 「あっ」
 少女が初めて声をあげた。
 その声は私自身の心の恍惚に呼応するように、妙な透明感を伴って脳の中心に響いてきた。蛋白質とアルコールにかき乱され、火照った頭が心地よい重量をもって肩にのしかかり、ふいに胸苦しくなって思いきり息を吸い込むと、ホールの湿った空気が胸を包み、私をさらなる幻想へと誘ってゆく。
 そして優美子様の本格的な責めが始った。優美子様のサディスティックなオーラは瑞気がたちこめたようにホール全体を満たし、妖しい世界を形成している。
 薄暗いホールの赤いライトに照らされ、鞭や蝋燭やバイブレーターで激しく責め立てるその妖艶なまでの美しさに、私のそれまでの鬱な精神状態はどこかに消え去っていた…。



 それからどれくらいの時間が経過したのだろうか。
 気がつくと、空っぽのグラスを片手に、椅子に座ってステージの上に散らばる縄や蝋燭の滓を見つめている私がいた。
 ショーはすでに終わっていた。
 周りを見渡すと、もう店内には私以外に客はいなかった。
 私は立ち上がり、ステージへ向かって一歩一歩、現実を確かめるように近づいていった。
 がらんとした店内は、さっきまでの妖艶な熱気に満ちた世界が嘘のように味気なく、無意味な静けさに支配されている。
 私はステージに立ち、ひんやりと薄暗い店内を眺めると、しゃがんでステージの床にちりばめられた響宴の残骸をひとつひとつ手にとり、あの興奮を脳裏に呼び戻そうとした。
 縄も、溶けた蝋燭も、少女の身体を突き破ったバイブレーターも、最早単なる物でしかなかった。そこにはさっきまでの、妖しさにときめく心を鷲掴みにして離さない、ねばりつくような淫気はひとかけも残っていなかった。
 私は縄を身体に巻き付け、バイブレーターに舌を這わせ、床にこびりついた赤い蝋燭を掻きむしった。
 嫌だ、戻りたくない。
 ずっとここにいたい。
 私は泣いた。肩を震わせ嗚咽した。そして吐いた。
 別れた恋人。辞めた会社。空っぽになった私の人生。強い想いとは裏腹に、手をのばしても届かない甘美な世界が記憶の底へと消えてゆき、空虚な現実が再び私の人生を侵蝕しようとしているのが、おぞましいほどに恐かった。
 心がちぎれ破裂したように、私の口から白濁色の汚物が音をたてて床にこぼれ落ち、声にならない叫びが静まりかえった店内の空気をひきさいた。胃液とカルアミルクの混じった粘着液に、血のような涙が重なり落ち、醜く爛れた私の人生が表れた。私は決めた。死のう。家に帰って、最後にお風呂に入ろう。身体をきれいにしたら、湯舟で手首を切って、自分の血の中で眠ろう。戻る気力もない。前に進む勇気もない。ならば、今日のこの妖艶で夢のような世界が目蓋から消えないうちに、このまま死んでしまった方がいい。もう疲れたし。
 嗚咽は止まったが、涙はなおも流れ続けていた。この涙が枯れたら、掃除して、家に帰るつもりだった。
 「キタナイわね、あなた」
 ふいに背後で声がした。優美子様の声だった。
 「一体どうしたの?」
 私は振り向いて、両手で口を被い、優美子様を見た。声が出なかった。
 ふいに、優美子様は力強く私の両手をつかむと、無理矢理顔から引き離し、髪を振り乱して涙とよだれと汚物にグチャグチャになった顔をまじまじと覗き込んだ。
 「どうしたのよ? 言ってごらんなさい。黙ってちゃ解らないのよ。なにをそんなに泣いているの?」
 優美子様は笑っていた。それは爽やかな笑顔といったものには程遠く、どちらかと言うと意地悪そうな、突然のことに言葉を失っている私を楽しむような、そんな様子が感じられた。しかしその瞳は不思議な吸引力を持って、乱れた私の心をみるみるうちに吸い取っていった。
 もしそのとき優美子様が、苦しんでいる様子の私を哀れむような優しい表情をしていたら、私は優美子様の手を振りほどいて、その場から逃げ出していただろう。
 「私……私………なんだか………ごめんなさい……」
 「いいのよ。苦しんでいるのね」
 私は頷いた。
 「それで、どうしたの? 彼氏にふられちゃったの? それとも、この場所の毒気にあてられちゃったのかな」
 私は首を横に振った。それ以上言葉が出なかった。優美子様は私の瞳を覗き込み、何かを探すように首を傾げてみせた。そして思いついたように、口を開いた。
 「あなたもこの世界の住人なのね」
 私は少し考えて、微かに頷いた。
 「ずっとこの世界にいたいのね」
 今度はさっきよりもはっきりと頷いた。一瞬にして、優美子様の今までの意地悪な笑顔は柔らかい微笑みへと変化した。その笑顔とともに、私の心はもう溶けていた。
 「あなた、面白い子ね」
 優美子様は私のおでこに軽くふれるようなキスをすると、両手を離し、音もなく立ち上がった。
 「いいわ。あなたの望み通りにしてあげる」
 優美子様は私に向かって手をさしのべた。私が震える両手で恐る恐るその手を握ると、優美子様は私を立ち上がらせ、両手で私の両頬を優しく包んだ。
 そして吸い込まれるような瞳で私を見ながら、恐らく私が一生のうちでもっとも心に残るひと言をささやいた。
 「華よ。華よ。あなたは華になるのよ」


 今にして思えば、あの夜「シャンデリア」の扉をくぐったその瞬間から、私の目の前には既に華のレールが敷かれていたような気がする。でなければ、私がショーを見ている間にいつしか気を失い、あのように誰にも咎められることなくただ一人でカウンターに座っていたのかが、考えれば考えるほど不思議でならないからだ。
 ずっと後になって私は、優美子様にさりげなくそのことを聞いてみた。
 「優美子様。優美子様は私の変態M女としての資質を、『シャンデリア』で私の姿を初めて見た時から、見抜いていたんでしょうか?」
 優美子様はいつもの意地悪そうな笑顔で私の瞳を見つめながらうふふと笑って、何も言わずにただ私を見つめていた。
 「ねえ優美子様。いじわるしないで何か言ってください。美華、困っちゃいます」
 私は唇をシャープペンシルのように尖らせて、上目遣いに優美子様を見た。「困っちゃいます」というのは私の口癖だった。
 「うふふ。もちろんそうよ。じゃなかったらあなたを誘ったりしないわ」
 優美子様はしゃべりはじめた。「ひと目見てわかったわ。あなたはこの世界で生きる人だって。なんて言うのかしら。素質みたいなものを感じたの。いくらこの世界に興味があったって、素質のない子はダメ。精神的なものもあるけど、私が言うのは持って生まれた資質みたいなものね。虐めるにしろ、虐められるにしろ、それ相応の資質というものがあるのよ。サディストには相手を服従させるだけのカリスマ性、マゾヒストには傷ひとつ、悲鳴ひとつに宿るリアリティのようなものかしら。あなたにはそれがあったの。実はあの時、私はステージであの子を虐めながら、ベネチアンマスクの向こうでは、ずっとあなたを見ていたのよ」
 優美子様の言葉を聞いて、私は嬉しさのあまり恥ずかしくなって、少しおしっこをもらしてしまった。その頃の私は『華の穴』での激しい調教の余波で、ちょっとちびりやすい体質になっていた。
 優美子様は私の湿った股間を優しくさすりながら、
 「カウンターでグラスを両手でにぎりしめ、まるでルーブル美術館で絵画を鑑賞する美術学生のような真剣な眼差しで、私たちのプレイを眺めるあなたは、その場でステージをほっぽりだしてあなたを虐めに行きたいくらい可愛い健気さに充ちていたわ。私はあの時、少女を鞭で叩きながら、この鞭に切り裂かれ、血を滲ませる白い肌があそこの、あなたのものだったらどんなに面白いかしら。この、赤いライトに照らされ苦痛に身をよじらせる肉体があなたのものだったら、どんなにエロチックで素敵な光景かしらって、そう思っていたのよ」
 そう言って、優美子様は指先についた私のおしっこをぺろりとなめた。
 「お、お姉様……」
 私がそこで声をつまらせてしまったのは、嬉しさのあまりか、恥ずかしさのあまりか、それはよく解らない。ただその時の私の心は、夜の草原に真っ赤な満月を見たような妖しい喜びに弾んでいた。
 「ふふふ。あなたを実際に調教してみて、その時に私が感じた甘美な予感にもにた期待は間違いではなかったと確信したわ。いや、それどころか、私の期待を遥かに上回る底なしのM奴隷としての魅力にあふれた子だと思うようになったわ。───ああ、私の可愛い奴隷。私はこの数カ月、あなたを生徒として調教してきた。でも本当にあなたほど、私の生まれ持ったサディストの感性をくすぐる女の子には会ったことがなかったわ」
 私は優美子様の心にしみ入る言葉ひとつひとつをかみしめながら、目を閉じて、辛かったけど夢と希望に満ちていた『華の穴』での日々を思い出していた。





 優美子様に誘われ『華の穴』の事務所の門をたたいた私は、まず今までの経歴をすべて洗いざらい話すように言われ、書類に事細かに記録させられたのだった。
 以下がそのときの記録である。


 〜石川美華(19歳)の人生年譜〜

 昭和57年2月19日神奈川県に生まれる。魚座。A型。身長165cm。サイズ88-60-89。Eカップ。
 4歳 保育園に入園。人見知りの激しい子供だった。
 6歳 小学校に入学。股間を机の角にこすりつけて自慰をすることを覚え、週3〜4回行為に及ぶようになる。
 8歳 両親が離婚。理由は、アル中の父親の暴力。美華は母親に引き取られる。
 9歳 この頃からクラスメートによく苛められるようになる。苛められ方は様々だったが、とくに印象に残っているのは苛めっ子の男子生徒数人に学校の裏の林に連れていかれ、木切れで股間を突き回されたり、パンツを脱がされ、好奇心の赴くまま事細かに観察させられたこと。おっぱいを掌で叩かれるのは日常茶飯事。この頃から胸が次第に発達を始める。
 11歳 公園でひとりでブランコをして遊んでいたとき、見知らぬ中年のおじさんがやってきて、背中を押してもらううちに心を許してしまい、「おじさんの家でもっと楽しいことして遊ぼう」と言われ、ついてゆく。そこで犯され、処女喪失。痛さのあまり泣き叫んだが、おじさんを憎む気持ちは生まれなかった。帰って膣から血を流す娘を見て母親は初潮と勘違いする。
 14歳 体育館の道具置き場で不良学生4人に輪姦される。その後その4人の不良学生には事ある毎に誰もいない教室や森の中や彼等の自宅へと無理矢理つれていかされ、数十回に渡って犯された。
 15歳 教室で担任の先生と二人きりで進路相談の途中、話の流れから先生のフェラチオをすることになる。口の中で先生の精液を受け止める。志望校には合格。
 16歳 この頃からよく本を読んだり、小説を書いたりするようになる。サド侯爵の『ジュスティイーヌ』を読んで感銘を受ける。創作する小説はヨーロッパが舞台の少しエロチックなファンタジー風の作品が多かった。
 17歳 友達の紹介で、初めての恋人、サディストのパートナー・熊川と出会い、交際がはじまる。熊川は38歳のアングラ劇団を主宰している演出家兼役者であった。最初は普通の交際だったが、イメージにぴったりだということで、彼のアングラ劇にM女役で出演するようになり、稽古でも厳しく扱かわれ、いつのまにか私生活でも縛られたり鞭で叩かれたりするようになる。この頃からSMの道を意識するようになる。
 18歳 高校を卒業して、都内の印刷会社に就職。SM倶楽部で働けと言う熊川の命令を断ったことから関係がギクシャクするようになる。ある日体調が悪かったときに、熊川のフェラチオをしている最中に嘔吐。そろそろ潮時だと思っていた熊川は、美華を吐瀉物のなかへ突き飛ばし、鞭で血だらけになるまで叩いて立ち去る。2人の1年半に渡る交際はそのまま破局を向かえた。ショックで印刷会社を退社。鬱病で通院。自殺未遂4回。熊川とたまに飲みに行っていたSMショーパブ「シャンデリア」で吉澤優美子と運命の出会いを果たし、そのまま『華の穴』に入会。


 「おかしいわ」
 優美子様は私の経歴を読み返しながら、しきりにくすくすと笑った。「あなたほど完璧なM女としての半生を地で歩んできた女の子は今まで会ったことがなくってよ。経歴を読む限りでは、まさしくどん底の人生という感じね。でもあなたのその可愛い顔、しゃべり方、ちょっとしたしぐさ、全体からかもし出されるなんとも言えないおちゃめ…って言うのかしら、キュートな雰囲気。服を着てアイスクリームでも食べながら原宿の街を歩いているところを見たら、誰もあなたがそれほどまでに悲惨な過去を持った女の子だとは想像だにしないわよね。真っ白なハンカチがひらひらと風に舞うような歩き方、カスタードプリンがプルプル小皿で揺れるようなしゃべり方。そんなあなたのおしりに、幾重にも重なった細い生傷が無数に刻まれているなんて誰が想像できる? そんなあなたの背中に、痛々しい縄で縛られた跡がくっきり焼きつけられているなんて誰が想像できる? その、コントラストっていうの? 素敵すぎるのよ。私はあなたの可愛い笑顔を見て、その向こうに無限に層をなした苦しみと苦痛を想像しているだけで、もうあそこがぐっしょり濡れてくるのよ。そして、その天使のような笑顔をこの手で与える責苦によってめちゃめちゃに叩き壊し、新たな苦痛の傷跡を残すとき、えも言われぬ快楽に身が包まれるのだわ。…わかって?」
 「わかります! 優美子様! わたしの苦しみは、わたしの苦しみを必要としてくれる優美子様のようなサディストを前にして初めて、意味あるものとして光り輝くんです。そしてその運命を心の底で感じたとき、わたしの苦悩は天にも召される快楽へと変ぼうをとげるんです!」
 「ああもうダメ! ガマンできない!」
 そうして優美子様は手に持っていた鞭で、私の乳房といわず肩といわず、めちゃくちゃに叩きまくるのだった。着ていたピンクのワンピースはみるみる内に切り裂かれ、白い肌が露出し、赤い血に染まっていった。

 『華の穴』で面接をすませた次の日から、辛く苦しい調教の日々が始った。『華の穴』には男女合わせて数人のサディストの調教師が働いていたが、私の調教は優美子様が専属で担当してくれた。優美子様は先生と生徒の壁を超えて、私を愛してくれていた。
 『華の穴』のカリキュラムは、朝起きて事務所のトイレを隅から隅まで舌で掃除することから始り、浣腸、磔、鞭打ち、蝋燭、の基本カリキュラムをこなし、午後は野外で羞恥プレイ、たまに都内各地のSM倶楽部で実習があり、夜は1メートル四方の檻の中で眠った。食事は鉄格子の隙間から投げ込まれ、私はそれを手を使わずに四つん這いになって食べなければならなかった。私はとても幸せだった。
 ちなみに『華の穴』の事務所は六本木にある。主宰の炎帝神瑞穂(えんていしんみずほ)様はSM界のカリスマ女王様として、アンダーグラウンドでは有名な人だった。私も名前だけは高校の頃から知っていた。忙しい人で、私もまだ一度しか会ったことがない。



 ついに最終試練が終わる時刻がやってきた。
 鉄の扉が音をたてて開き、優美子様がコンクリートで囲まれた灰色の一室に足を踏み入れた。彼女の姿を目にしたとき、眠気と冷たい糞尿にさらされ麻痺していた私の心臓は再び激しく鼓動を打ち始めた。
 「時間よん。どう、美華ちゃん、元気?」
 優美子様は黒いレザーのボンテージを身にまとい、初めて会ったときのようなコバルトブルーのベネチアンマスクで目を被っていた。室内に充満した汚物の臭いにムッと眉をしかめたが、すぐにいつもの精悍な表情を取り戻し、その唇には笑みをたたえ、一歩一歩私の方へと近づいてきた。その手にはコンパクトな乗馬鞭が握られている。
 「優美子様! ああ優美子様! 私は大丈夫です! 元気です!」
 「よく今まで耐えたわね。合格よ。あなたは『華の穴』の卒業生よ。でも本当の試練はこれからよ。『華の穴』の名前を汚すこと無く、立派な変態M女として羽ばたいていって頂戴ね」
 「はいっ! 美華、ガンバリますっ!」
 私は唇を堅く結び、両手をギュッと握りしめ、元気よく頭を縦に振った。
 このあと私は、銀座の高級会員制SM倶楽部「ファルキオン」に所属することが内定していた。そこは、そこいらのSM雑誌などに広告を出稿している民間のSM倶楽部とは異なり、選ばれた一部の実業家や政治家のみが極秘に登録している高級SM倶楽部だった。プレイ料金も1時間数万円単位で課金される、SMの道を歩む者なら誰もが憧れるSMの天上界だと優美子様が教えてくれた。
 優美子様はかつてそこで働いていたことがあり、私がそこで働けることになったのも、優美子様の推薦だった。優美子様は2年前までそこでトップクラスの女王様として働いた後、独立して「シャンデリア」を経営する傍ら、「華の穴」の特別講師としても活躍していたのだった。
 「ふふ。あなたのそういう健気なところ、好きよ。それにしても……まあ、大変だったわね」
 優美子様は私の手をとり、ドラム缶の中から引き上げてくれた。「この最終試練を経て、ここまでまともに会話ができる卒業生はいなかったわ。1割くらいの子は発狂してしまったりするのよ。そうでなくても、ぐったりして、半分気を失っているような状態がほとんど」
 優美子様は、貯金箱を床に叩きつけたのに割れなくて下唇を噛んだときのような、なんともいえない表情をしていた。
 優美子様は右手を私の顎の下にそっとあて、唇を重ねあわせた。優美子様の舌が私の口中に伸びてくると、私の舌や歯や上顎をくすぐるように舐めまわし、その味に溢れるだ液を私の口へと流し込んだ。優美子様のだ液は空腹に渇いた私の口の中で蜜のように甘く感じられ、私の動悸は一層激しく脈打つのだった。
 優美子様は糞尿まみれになった私の頭から水をかけて洗ってくれると、タオルで丹念に拭いてくれた。汚水が染み込んだ肌はひりひりと痛みをともない、匂いはだいぶ感じなくなっていたが、糞尿に直接つかっていた下半身はもうほとんど感覚がなかった。
 「さあ、いらっしゃい。疲れたでしょう。休ませてあげるわ」
 私は優美子様に続いて歩きはじめた。コンクリートの部屋を出ると、エレベーターに乗った。ここは14階建てのマンションだった。『華の穴』はここのビルの、地下1・2階と、7・8階にひと部屋づつ部屋を借りている。それらは通常『華の穴』系列のSM倶楽部「ゾイリア」のプレイルームとして使われていた。『華の穴』はこの「ゾイリア」や「シャンデリア」のように、営利目的でいくつかのSM機関を運営している。ちなみに私の最終試験は地下2階の部屋で行なわれていた。
 私は8階の部屋に案内された。最終試練会場からエレベーターに乗り、ここにやって来るまで、私はずっと全裸だった。途中、このマンションに出入りしている一般の人に見られないかとハラハラした。もちろん、これは優美子様の趣味の軽い意地悪だったし、私は私でそれを楽しんでいた。
 「ここで今夜はお眠りなさい」
 優美子様は部屋の真ん中にきちんと整えられた白いベッドを指さした。柔らかそうな枕と、厚い掛け布団。1年以上檻のなかで寝ていた私の目には、気持ち悪いほど清清しい光景に見える。
 「ゆ、優美子様。私はここで、寝ていいんですか?」
 「そうよ。1年間、あなたは辛い調教に耐えてきたんですもの。今日くらいはちゃんとしたベッドで寝ないとね。さあ早く寝なさい。24時間も起きていたんだから、眠いはずよ」
 その通りだった。死ぬほど眠いし、本当はこうして立っているのもかなり辛い。私は吸い込まれるようにベッドの方に、一歩一歩、近づいていった。なぜか躊躇いがちに、ゆっくりと。
 ベッドのなかに潜り込むと、まっさらのコットンの生地が、痛んだ素肌に心地よく摩擦する。布団に包まれてみて、自分の身体が熱を持っているのに初めて気がついた。横になって目を瞑ると、意識がみるみる泥のように溶けてゆく気がした。
 私は目を開けた。
 「優美子様、なんだか、落ち着かないです。ずっと檻のなかで、犬小屋のように臭いのぼろ切れにくるまって寝てましたから。M女である私にとって、それが最高の寝床だと思ってたのに…」
 優美子様はうふふと笑った。私の心理をすべて見透かしているような笑いだった。
 「私は女王様。あなたはM女。私は支配する側で、あなたは服従する側。時として、M女性は自分自身へのコントロールを失ってしまうものね。なぜならM女性はあくまでも相手に主導権を握らせて、自己のアイデンティティを確認できるものだから。そんなあなたがこのシチュエーションに精神の均衡を失い、戸惑うのも無理ないことだと思う。だってこのベッドの優しさは、環境に翻弄され、人に痛めつけられ、虐げられるだけだったあなたの人生で、生まれて初めて与えられたまともな安らぎなのかもしれないからね。でもご安心を。あなたの骨髄まで染み渡ったM女道は、こんなことくらいで脇道にそれたりはしないわ。それどころか、これだって、これから始る新たなM女としての試練の幕開けにすぎないのよ」
 「本当……ですか。優美子様」
 私はまた目を閉じた。
 「本当よ。……だから、おやすみなさい」
 「おやすみ……なさい……優美子…様……愛してます」
 安心したのか、私の意識は再び渾沌へと沈みはじめた。
 「うふ。かわいいわね」
 そのひと言を最後に、私の意識は闇におおわれた。


 目が覚めた。意識がまだベッドにめり込んでいるように重い。ずいぶん長い時間眠っていたのだろう。本当にぐっすり、夢さえ見なかった。
 「んん……」
 首を動かし、身体をのけぞらせ、鼻から吐息がもれる。あれ。両手が動かない。足も。右と左がくっついたように締め付けられている。次第にはっきりしてゆく意識のなかで、私の手足は縛られているのだと解った。
 目を開ける。目脂がぱりぱりと剥げ落ちた。両手で目をこすると、手首に何重にも縄が巻かれているのが目に入る。間違いなく両足も、縄で縛られていた。ふいに熱苦しくなって、体中から一瞬に汗が吹き出した。息が荒くなる。辺りを見回す。最初にここに連れられてきたときと比べて、部屋はずいぶん変わっていた。同じ部屋には違いないのだが、奇妙なオブジェがあちこち目に入った。
 まず天井から、鎖が垂れ下がっている。部屋の角には、内臓や血管が露になった人体模型。違う角には骸骨標本。壁には動物の剥製やシュールで残酷な絵画が飾られている。私はそれらを見ているうちに、これから何が起こるのだろうという不安で身体中がゾクゾクしてきた。
 身体をもそもそ動かしているうちに、自分が何か着せられているのに気がついた。首を曲げて見てみると、それは襟の所に小さなリボンのついた、女子高の制服だった。白い半袖のワイシャツに、赤いチェック柄のミニスカート。見た感じはちょうどこんな感じである。
 それから数時間たった。私はもう眠れなかった。ただ部屋のあちこちにちりばめられたオブジェをかわりばんこに眺めながら、これらの異様な光景がもたらす淫靡な妄想に酔いしれていた。私のあそこはじわりじわりと時間をかけて湿り気を帯びてゆき、果てにはおしっこが漏れ出した。いったん綺麗になった私の身体が、再び様々な体液に汚れてゆくのが心地よかった。
 ふいに音楽が流れ出した。クラシック音楽のようだが、作曲家は誰だか解らない。あまり有名な音楽ではないようだが、でも確かに聞いたことのある音楽だった。
 ドアが開き、ベネチアンマスクで顔を隠し、大きな黒いマントで全身を被った髪の長い女性が姿を現した。優美子様だった。マントが左右に開き、しなやかな肢体にボンテージを装着した肉体が表れ、その手には黒光りする見事な一本鞭が握られている。
 「ごめんね。忙しくて目が覚めていたのに気がつかなかったわ」
 優美子様は私の上にかぶさっている布団をひと思いに剥ぎ取った。「……またもらしているの?」
 「……はい。優美子様。ごめんなさい」
 「いけない子ね」
 優美子様は一本鞭を私の身体の上でピシャリと鳴らせた。
 「優美子様……素敵すぎます。……こんな演出」
 「あらそう?」
 優美子様の口がニッと笑った。人を小馬鹿にしたような笑いだった。「これからもっと素敵なことが起きるわよん」
 言いながら、優美子様は私のスカートを捲って、ぐちょぐちょになったパンティを指先でもてあそんだ。そしていつものように、私の臭い汁をたっぷりすくったその指を、ぺろりと舐めた。
 「これはプロローグね」
 一閃、優美子様の鞭がうなりをあげる。そして二発、三発と、鞭の先が私の肉体に食い込む。たちまち私の太腿に真っ赤な血華が咲き乱れる。続いておしり、背中と、容赦なく鞭は私の身体に降り注いだ。太腿以外は洋服の上からだったので血は出なかったが、とても痛かった。
 「どう? 美華ちゃん、痛い?」
 「ああ……優美子様、すごく、すごく、痛いです」
 「もっと痛くなりなさい」
 鞭を振る力が一層強まった。空気を引き裂くような鋭い音が延々と鳴り響く。ついに制服が裂け、柔肌が露出する。無数のみみず張れが脈をつくり、血が滲む。優美子様は鞭を振るう手をとめると、ズタズタになった制服をつかんでビリビリと引き裂いた。「こんなもの、いい加減いらないわ」
 制服はほとんど切りとられ、胸の下の上半身がすべて露出した。優美子様は鞭を持ち直すと、露になった肉体の上に振り下ろし、続けて何度もしたたかに打ち続けた。鞭の先は、のたうち回る私の背中と言わずお腹と言わず切り裂いた。膾切りという感じだった。一度だけ鞭が私のみぞおちに入り、口から胃液がゴボッと飛び出した。鞭の動きが止まった。
 優美子様は肩で息をしながら、「ちょっとやりすぎたかしら?」と言って私を見つめた。そして優美子様はベネチアンマスクを外した。大理石のように美しい顔が姿を現す。私は血まみれだったが、優美子様は全身が汗だくだった。私はボーッとして、彼女の顔を見つめた。優美子様は私の髪の毛をつかむと、苦痛に喘ぐ私の口に、接吻をした。そして口の中や周りに流れ出た私の胃液を美味しそうに舐め回した。ひととおり舐め終わり、私の顔をだ液でべとべとにすると、顔を上げた。
 「そろそろメインイベントよ。今週のスペシャル・ゲストをお呼びするわ」
 優美子様は壁に向かって三回、勢い良く鞭を鳴らした。暫く沈黙があり、人が来る気配とともに、ドアが開く。そこには優美子様と同じような、ベネチアンマスクを被り、マントに身を包んだ男が立っていた。大柄で、金色に染めたボサボサの髪。
 鞭打ちにうっとりと霞がかっていた私の頭は暫く何が起こったのか解らなかった。新しく現れたひとりの男。私たちの新たな共犯者。珍しいシチュエーションでもなければ、滅多にない展開でもない。私のSM人生の何げないひとコマ。3人プレイ。最初は漠然と、その程度の認識だった。
 「美華ちゃん、紹介するわ」
 はっと気がついた。私はこの男を知っていた。
 「あなたの元恋人、熊川さん」
 不意に頭がはっきりと状況を理解した。男は被っていたベネチアンマスクを外した。現れたのは、思い出したくないすべてのものを象徴するあの顔だった。
 「クマちゃん?……なんでここに」
 一生会うこともないと思っていたし、また会いたくもなかった。私を地獄に落とした男。私の人生を2度と戻れない片道列車にのせ、そのまま置き去りにした男。『華の穴』での1年間は、こいつが残した呪縛からの解放だった。
 「彼にちょっと手伝ってもらうことにしたの」
 熊川が近づいて来る。
 「いや。来ないで」
 「久しぶりだね、美華。そうだ、どうだった? 僕がひと月ためたクソのなかで24時間を過ごした気分は? 大変だったんだよ。腐らないように大きな冷凍庫に保存してね」
 「いや!」
 熊川は私の髪の毛をつかんで、見るだけで吐気がしそうなその顔を、思いきり近づけた。私は顔をしかめた。
 「久しぶりに楽しもうよ。美華」
 「いや!」
 「さあ、口を開けて」
 「いや!」
 「口を開けろよ」
 熊川は鼻をすすりながら、指で私の口をこじ開けようとする。私は歯を食いしばって、首を振った。熊川は悪魔のような顔で、私の歯茎を引っ掻き、唇をひっぱった。
 「言う通りにするのよ」
 優美子様の鞭が私のお腹をピシャリと叩いた。またみぞおちにきれいに決まり、反射的に私は口を開けた。瞬間、熊川が私の口にむしゃぶりつき、舌でグチャグチャに掻き回す。塩っぱいだ液が私の口の中に流れ込み、私は眉をしかめた。そんな私の顔が熊川のサディスト心を刺激するのか、彼は一層興奮した面持ちで、私の口の周りを舐め回し、最後に上唇を血が出るほどに強く噛みついて、そして顔を話した。ベッドに投げ出された私は、ゲエゲエ言いながら、泣きわめいた。
 「ぼ……僕、もうガマンできないな。ジュリアさん、入れちゃっていい?」
 「ちょっと早いけど……いいわよ。好きにして」
 熊川が私の足首の縄をほどきはじめた。私は暴れ、抵抗しようとしたが、私の身体が激しく動くたび、優美子様は私の身体を激しく鞭打った。仕舞いに私はぐったりしたように大人しくなった。熊川は私の両足を観音開きにすると、パンティを剥ぎ取った。続いてカチャチャと、ベルトを外す音が聞こえる。
 また再び「あれ」が私の中に入ってくる。そう思うと気が狂いそうになり、私は再び暴れだした。優美子様の鞭がひとつ、大きくうなりをあげた。私の乳房に割れるような激痛が走った。同時に、下半身に激痛が走る。私の渇いた陰部に、黒く堅い淫らな棒が、ひと思いに挿入されたのが解った。
 「あっ……うう……ああっ!……いやあ!……やめて!」
 熊川は激しく腰を動かし、そして、すぐに果てた。私の中で。
 「あら。早いのね。熊川さんて」
 そう。こいつはいつも早かった。そしていつも私の中で出した。私はこの男の為に2回中絶を経験している。
 「中で出したのね」
 「うん。……そうだ、このまま逆さ吊りの刑に処そう」
 「いい考えね」
 熊川は私の両足を再び縄で縛ると、天井から下がっている鎖にからめ、カラカラと引き上げた。無茶苦茶だった。私は両足から天井に吊るされ、肩から頭にかけて、床にもたれる形になった。
 「これで僕の精子が彼女の全身に染み込むというわけさ」
 「ちょっとやり方はザツだけど……まあいいわ。どう、美華ちゃん、気分は?」
 私は何も答えなかった。目を半分だけ開いて、優美子様と熊川を交互に眺めていた。もう何がなんだか解らなかった。
 「ねえジュリアさん、このまま浣腸しようよ」
 「好きにして」
 熊川の提案を受けて、優美子様が冷蔵庫らしきものから牛乳を取り出し、熊川に渡すのが見えた。熊川は牛乳の口を開け、どこからか持ってきた大きな注射器の中に牛乳を目一杯補給すると、私の肛門に差し入れ、私の腸内にゆっくりと牛乳を注入しはじめた。冷たい感触がお腹の内側に広がった。
 「ああ…………」
 思わず声が出た。注射器が空になると、再び熊川は注射器の中を牛乳でいっぱいにし、また私の肛門に押し入れた。そんなことを数回繰り替えし、私の腸は揺らすと音が出るほどに、牛乳でいっぱいになった。足のロープが解かれ、私は逆さ吊りから床の上に投げ出された。お腹にズシンとした質量を覚え、お尻から微かに白い液体が漏れる。
 ジジジ……と音がした。いつの間にか優美子様がピンク・ローターを持っていて、それにスイッチを入れた音だった。
 「美華ちゃん。大人しくしてるのよ。もらしたらお仕置きだからね」
 そう言って、優美子様はローターを私の股の間に差し込んだ。私は拒否したかった。お尻からは今にも汚物まじりの牛乳が大量にあふれ出しそうなのだ。私は両足を堅く閉ざそうとしたが、股関節にどうしても力が入らず、ローターはあっさりと私の淫芽に到達した。ローターの振動がもたらす何とも言えない感覚が、小さな豆粒を通して全身に伝わり、浣腸による便意と相まって、苦悶と快感の境目を彷徨った。
 「ああ……優美子様………もれそうです……美華……こまっちゃいますぅ……」
 喉の奥から絞り出すような声で、私は哀願した。
 「まだまだ。もうちょっと辛抱しなさい。熊川さん、なにボサッとしてるの」
 優美子様はクリトリスを中心に、ローターを私のおまんこに這わせながら言った。熊川がせかせかと大きなビニールを引っぱりだしてきて、床一面に広げはじめる。優美子様はローターのスイッチを止めて、私の両脇を担いでベッドの上に導いた。
 「さあ、ここからするのよ。汚いうんこまじりの牛乳を、全部だしちゃいなさい。……熊川さん、用意はいい?」
 「ちょっと待って。僕もなんだかうんこがしたくなってきた。なあ美華、久しぶりに僕のうんこ食べてよ」
 「あら。あなたたち、そんなことまでやってたのね」
 嘘だった。一度だけ、食えと言われたが、私は断った。手にちょっとついたものを不意打ちに口の中に入れられ、嘗めさせられたことがあるだけだった。
 熊川は素早くズボンを下ろすと、汚いお尻を私の顔の前に曝した。私は目をつむった。
 「さあ、行くぞ」
 「面白いわ。前代未聞ね。自分でして、人のを食べるなんて、スカトロのフルコースじゃない」
 「あっ。…………でる」
 私はもう限界だった。肛門はもう感覚を失い、はち切れそうな汚物がちくちくと内側から腸を刺激している。マッチの火を消すほどのそよ風が吹いただけで、爆発しそうだった。脂の汗が全身の毛穴から吹き出し、全身は石のようにこわばり、下半身は別世界のように真空状態をなしている。
 「ああ……優美子様…………もう駄目です………で…あっ!!!!」
 ブビッと下品な音がして、肛門からすべてが吹き出した。同時に私の顔に、柔らかくてあたたかい物体が、こぼれ落ちた。
 優美子様の悲鳴まじりのひきつった笑い声が鳴り響いた。
 その声を聞きながら、私は気絶した。



 「熊川さんとはね、『シャンデリア』の常連だったし、前から面識はあったの」
 私の髪をなでながら、優美子様が言った。
 「優美子様……どうして……どうしてあんな酷いことしたんですか?」
 「私はね、ものたりなかったの」
 「ものたりなかった?」
 「そう。美華ちゃん。あなたにね」
 私は優美子様がなぜそんなことを言うのか解らなかった。優美子様はいつだって、私のことを最高のM女だと誉めてくれた。
 「そりゃあ、あなたほど苛めがいのある、素敵なM女さんはいないわよ。でもね、100パーセントのうちの99パーセントは満足でも、どこか1パーセントだけ、物足りないものを感じていたの。それはあなたほど完璧なM女にしか感じない、完璧さこそゆえ、残る物足りなさだったと言えるわ」
 「…………………」
 「私はサディストよ。筋金入りのね。そして本当のサディストは、最後の最後でマゾヒストを必要としていないの。わかる? 例えば、昔映画でこんなのがあったわ。あるところにサディストの歯医者さんがいました。サディストの歯医者さんは、麻酔なしで歯の治療をして、痛さに悲鳴をあげる患者さん達を見て喜んでいました。ところがある日、マゾヒストの患者さんがやってきました。その患者さんは自分から麻酔はいらないと言い、その歯医者さんがどんなに痛く治療をしても、『もっと、もっと』と喜ぶばかり。サディストの歯医者さんはたまりかねて言いました。『今すぐここを出ていけ! 2度と来るんじゃねえ!』」
 私は何となく、優美子様の言わんとしていることが解ってきた。
 「確かにあなたは完璧なM女よ」
 優美子様は続けた。「でも、最後の最後で感じていた物足りなさ。それは、あなたを心の底から傷つけることができなかったから。その顔がどんなに苦痛に歪んでも、羞恥にうち震えても、本心では、あなたはそれを喜んでいた」
 「はい」私は頷いた。
 「だから私はあなたに熊川さんを再び絡ませることにしたの。あなたを地獄に突き落としたその人をね。あなたは『華の穴』で、地獄から救い出された。でも、あなたは華として、単に開き直ることができたというだけ。真の意味であなたをここから卒業させるには、あなたに本当の地獄を味わわせ、それを克服させる必要があると思ったの」
 私はもう一度頷いた。
 「おめでとう。あなたはこれで本当に合格よ。これはプレゼント」
 優美子様は私にベネチアンマスクを手渡した。額の部分に深紅の薔薇の絵が描かれている立派なものだった。
 「フラワー・マスクといって、優秀な卒業生にだけあげる、貴重なものよ。本来なら主宰の瑞穂様から直接手渡されるべきものだけど、ご存知の通り彼女は忙しくてね」
 「優美子様」
 私は優美子様に抱きついた。
 「でもこれは単なるはじまりよ。あなたはこれから『ファルキオン』で、今までみたこともないサディストの強豪たちと出会うでしょう。そして今まで味わったことのない責苦を受けることでしょう。巷のSM倶楽部に溢れる百万凡愚のサディスト達では思いもつかないようなバリエーションを知るでしょう。人間の性欲の何と奥深く、深遠なる様を知るでしょう。それらをこれからあなたは実戦で学んでゆくの。わたしたちも容赦なくあなたに百戦錬磨のサディストたちを当ててゆくつもりよ。決して油断しないでね。でもあなたなら大丈夫。あなたは今年の卒業生の中でも首席の優等生だから、きっと『華の穴』の名を汚すことのない、立派なM女として華々しい経歴を築いてゆくこととわたしたちは信じているわ」
 私は泣いていた。涙にくもる視界のむこうには、大きな薔薇の石像が力強くそびえ立っていた。それは『華の穴』の象徴だった。
 私は幾千万の傷跡を、『華の穴』卒業生としての誇りとともに、この身体にしっかりきざみつけてゆこうと心に誓うのだった。







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