健康なひとは誰でも、多少とも、愛する者の死を期待するものだ。 −アルベール・カミュ 異邦人より−

赤い虹

by かんぞう



 里沙を含めて生き残りは、あと四人だった。
 板垣和人と山田剛が、激しい銃撃戦を展開している。里沙は、その成り行きを小高い丘の上の茂みの影から見守っていた。
 板垣和人は、サッカー部員らしい軽やかなフットワークを生かし、物陰から物陰へ移動しながら、山田剛に銃撃を浴びせている。山田剛は、柔道で鍛えた頑強だがでいかにも弾が当たりそうな大柄の体を岩陰に隠し防戦一方だ。接近戦なら山田に分があるだろうが、銃撃戦になったことで、板垣の方に勝算があると里沙は見ていた。しかも、手にしている武器が板垣がマシンガン、山田がピストルだ。これでは、山田が倒れるのは、時間の問題だろう。
 これだけ派手に銃撃戦を行えば、もう一人の生き残り井上正樹も、近くにいるかもしれない。慎重で冷静な里沙は、自分のいる位置を悟られないように、生き残った方を殺す準備を始めた。
 山田が腕を押えてうずくまる。腕に銃弾を受けたらしい。
 板垣が、素早い動きで、山田との距離をつめる。トドメを刺す気だ、と里沙は思った。
山田の正面に出た板垣が、なにかにつまずいたようによろめき転倒した。
 板垣が体勢を立て直そうとした瞬間、凄まじい爆発音とともに板垣の体が吹き飛んだ。
 山田が仕掛けたブービートラップに引っかかったのだ。あらかじめ、自分の周りにピアノ線のようなものを張り巡らし、手榴弾の安全ピンにでも結びつけておいたのだろう。
 抜け目の無いヤツだと、里沙が舌打ちし弓を引いた。弓道部だった彼女の最高の武器だった。
「生きる力は、殺す力だ・・・・」
 里沙は、そうつぶやいて、矢を放った。
 矢は、音もなく飛翔し、山田の電信柱のような太い首に突き刺さった。山田は、つま先立ちで硬直したかと思うと大木が倒れるようにその場にうつぶせた。
 里沙は、三本の矢で三人を殺めていた。部活のときでも三本連続して的中をすることなど珍しかった。
「殺す力は生きる力・・・・生きる力は殺す力・・・・」
 里沙は、教師の言葉をつぶやきながら、残る一人のターゲットを探した。生まれて初めて付き合った井上正樹の姿を・・・・


わたしは、ここまで書いて手を止めた。自分は、まだ小学生で男子と付き合ったことなどないけど、このあとどうしよう。まあ、いいか。殺してしまえば、物語は終わる。
最近、ネットで流行しているBR小説。クラスが丸ごと孤島に連れて行かれて殺し合いをさせられる物語。生き残った一人だけが、生きて帰ることができるという設定だ。
 とりあえず、《つづく》と打ってホームページにアップロードした。

こうして書いていると、人を殺すのは難しい。武器を使えば簡単なようだけど、相手も殺されまいと必死だから、わたしのような細い女の子が、相手を殺すにはかなり骨が折れるだろう。
 しかし、用意周到、準備万端で実行すれば以外と簡単なモノなのかもしれない。
 
「総合的な学習の題材は、決ったかな?今年で二年目になるけど、みんな五年生になったのだから、本格的なのを頼むぞ。各班でよく話し合って、題材を決めなさい。テーマは、この地域の名産品だ。地域の名人が載っているマイスター名簿は、職員室にあるから、使いたい人は、見に来るように」
 先生は、黒板に「生きる力」と書いて、「生きる力とは、自分で調べて、自分で実戦し、目標を達成する力を言います。総合的な学習は、みんなに生きる力をつけてもらうために行われるものです」と言った。
 わたしは、すごく難しそうだなあ。四年生のときは、工場に見学に行っただけだったけど、あのときはクラス全員で行ったから、級長の滝沢さんが連絡を取ってくれたんだ。今回は、班で行動だから、自分でもやらなきゃならない。自分で調べて、連絡を取って、教えてもらって、作るって・・・・とても出来ることとは思えなかった。
 
 結局、わたしたちの班は、笹寿司を作ることになった。この地域の名産品というテーマだからだけど、食い気も半分だった。
 笹寿司は、この地域の郷土料理で、お店でもたまに売っているのを見かける。笹の葉の上に、ご飯が載っていて、ご飯の上に、おかずが載っている。戦国時代の武将が、食器の代りに笹の葉を使っていたのだそうだ。
 問題は、笹寿司の作り方を知らなかったことだ。お母さんに聞けば、ある程度は解るかもしれないが、わたしたちが作ろうとしているのは、お店に並んでいるようなお客さんの目を引く特産品としての笹寿司だった。
 わたしたちの班は、わたしと、マサぶー、美帆ちゃん、まりも、の4人だった。仲良しグループなんだけど、いつも変わり映えしない面々だ。
 みんなで話し合った結果、地域の名人と言われる人に連絡を取って、材料や作り方を聞いてくるのが一番よいと言うことになった。
 私とマサぶーと美帆ちゃんで、職員室へ行って地域マイスター名簿を借りて、笹寿司の作り方を教えてくれる人を捜した。
 名簿をめくっていくと、佐藤さんと言う人が、笹寿司作りの名人として、掲載されているのを見つけた。佐藤さんは、写真の中で、皺だらけの顔で、ちょっと、左側が歪んだ笑みを浮かべていた。
 その下に、
「郷土料理の笹寿司を作っています。どうぞ、おいしい笹寿司を食べに来てください。」
 と書いてあった。
「この人に、頼んでみようよ」とマサぶーが言った。
 わたしは、変な顔をした人だなあと思ったので、あまり良い感じはしなかった。でも、他に笹寿司の作り方を教えてくれそうな人が載っていなかったので、仕方がないなあと思った。
「食べに来てくださいと書いてあるから、きっと、笹寿司をご馳走してくれるよ」
 と、マサぶーは、まん丸いほっぺを、さらにまん丸くして笑った。
 わたしは、マサぶーは、気軽だなあと半ばあきれてため息混じりに、うなずいた。
「じゃあ、ちーちゃん、電話かけてよ」
 なんで、わたしが・・・・ちょっと、ムカツイタ。
「マサぶーが、かけなよ。言い出しっぺジャン」
「なんでー、わたしがー、誰だって良いジャン」
誰でも良いなら、自分でかければいいのになあと思ったけど、だまっていた。
「そんな、かわいそうだよ」と、横でわたしたちの会話を聞いていた美帆ちゃんが言ってくれた。
「4人でジャンケンをしよう」と、美帆ちゃんは、わたしとマサぶーの手を握りながら、首をちょっと傾げて微笑んだ。
 美帆ちゃんのブリッコのところは、いつもウザイと思うけど、まだ、ジャンケンの方がわたしが当たる確率が低いと思った。
 まりもは、早速、両手を合わせ、腕をねじり、片目で指の間を覗いていた。わたしもあわてて、指の間を覗く。こうするとジャンケンで何を出せば勝てるか解るんだ。気休めだけどね。
 マサぶーは、自信満々に不適な笑いを浮かべている。美帆ちゃんは、微笑みながら、わたしとまりもが、決めるまで待っていてくれた。相変わらずの大人ブリッコ。
 結局、ジャンケンで負けたのは、わたしだった。
「じゃあ、立原さん、お願いね」と美帆ちゃんがわたしに言った。
「ちゃんと、礼儀正しくね」と、マサぶー。
 わたしには、とても出来るとは思えない大事業だった。知らない大人の人に、ものを頼むなんてしたことがない。ちゃんと頼めるだろうか。
 職員室で電話を借りて、佐藤さんの電話番号をプッシュする。
 ドキドキドキドキ・・・・なかなか出ない。
「はい」
 出た。
「もしもし、北野小学校の立原と言いますが、佐藤さんのお宅でしょうか」
「そうですけど」
 そっけない声。恐そうな人だなあと思った。
 わたしは、急いで用件を説明した。
 小学五年生で、笹寿司のことを聞きに行きたいと言うと、佐藤さんは、急に優しそうな声になって「お待ちしています」と言ってくれた。
 電話を置いたとき、背中が汗ばんでいるのに気づいた。
「どうだった」
 マサぶーが、あめ玉を頬の裏で転がしながら、退屈そうな目でわたしを見ている。
「OKだって。今度の土曜日十時ころに行こう」
「よくやった」
 まりもが、わたしの背中を平手で思い切りたたいた。一瞬、息がつまる。
「このやろ、やりあがったな」
 わたしは、まりもの三つ編みをつかんで、引っ張ってやった。
「ごめん、ごめん、痛いよ。やめてよ」
 まりもは、大げさに叫んだ。自分からケンカを売ってきて買うとすぐにごめんか。へタレなんて、相手にするだけバカらしい。
 わたしは、手を離すと、黙って美帆ちゃんを見た。
 美帆ちゃんは、ニッコリと作り笑いをしながら、
「とりあえず、ネットで、笹寿司のことを下調べしておこうよ」
 と言った。
 便利なヤツ。
「よし、みんなで、土曜日に校門の前に、九時半集合だぞ」
 と、マサぶーが、ガッツポーズで言った。
 何、張り切っているの。

 土曜日に校門の前で待ち合わせ。まだ、六月なのに気の早い蝉がうるさく鳴いていて、蒸し暑さをさらに不快なものにする。マサぶーがまだ来ないので、三人で待っている。美帆ちゃんは、わたしと目が合うと微笑んでいるけど、横目で見ると不愉快そうな表情をしていた。ブリッコお疲れ様。まりもは、校庭の松の木を見上げながら、ゆっくり周りを回っている。蝉でも探しているのだろう。無理無理。見つけられないって。
 マサぶーは、五分遅れてきたけど、その間にわたしがかいた汗は、五百ミリリットルのペットボトル1本分。約百五十円の損害だ。
「わるい、わるい、洗濯が長引いちゃって」
「まさちゃんは、お母さんが居ないから、たいへんよね。誰も気にしていないよ」
 と、美帆ちゃん。勝手に決めるなよ。
「よし、張り切って、出発だ。つづけー」
 まさブーは、グーの手を宙にかざし、威勢良く叫んだ。
 一応、「オーッ」と、やる。
「佐藤さんのうちについたら、ちーちゃん、あいさつな」
「なんで、また、わたし」
「わたしも、立原さんがいいと思うわ。電話もかけた人と同じ方がスムーズに行くと思うの」
「わかりました」
 わたしの不満なんて、この二人には理解不能なんだろうな。
「まあ、そのうち、いいことあるよ」
 まりもがわたしの背中をポンとたたいた。
 暑苦しいから、あまり近づかないで。ウザイ。

 佐藤さんの家は、町外れの長い坂道の途中に建っていた。途中と言っても、かなり上の方だったので、だるい。
 黒い木の家。古いけど頑丈そうだ。
 マサぶーが呼び鈴を押すと、わたしの後ろのくるりと周り、両手で背中を押した。
「はーい」
 低い声。
 不安が蘇ってくる。小学生が来ただけで、相手にしてくれるだろうか。忙しいんじゃないかな。帰れって言われたら、どうしよう。わたしの責任?
 佐藤さん、一目見た。仏頂面の強面の太ったおばさん。汚れたエプロンにモンペ姿。
 わたしと目があった瞬間、小さな目を皺にして笑うと、「よく来たね。立原さんね」と急に半オクターブ高い声で言った。やさしそうな小柄なおばさんだったんだ。
 わたしは、ホッと一息。背中に冷たい汗が流れていたのに気が付いた。
「はじめまして。佐藤さん・・・・。わたしたち、北野小学校から参りました。今日は笹寿司の勉強に来ました。マイスターでいらっしゃる佐藤さんに・・・・」
 と、通り一遍のあいさつをした。緊張していたけど、うまくいったと思う。
 マサぶーと、まりもが、「いらっしゃるだって・・・・」「参りましただって・・・・」とヒソヒソ声でくすくす笑い。人が一生懸命やってるのに、こいつら、あとで殺す。

笹寿司の工場は、思ったよりも狭くて、数人のおばさんたちが、頭巾をかぶりマスクをして忙しそうに働いていた。
 板で作った小屋のようなボロイ建物だったけど、調理台や機械類だけは、ピカピカに磨かれていた。
 佐藤さんは、笹寿司の出来るまでの課程を、順序立てて説明してくれた。わたしたちは、丁寧にメモをとる。
 マサぶーと美帆ちゃんがいろいろと質問をするので、佐藤さんも一生懸命答えてくれた。
 ビックリしたのは、笹は、全部、自分で取って来て冷凍保存しておくことと、酢飯を冷ますのは、人力扇風機を使うことだ。電気扇風機だと、味が落ちるのだそうだ。少しだけ作るときは、絶対にうちわを使うと良いと言っていた。
 用意してあった酢飯をつかって、デンブや昆布をのせて、笹寿司を作らせてくれた。
 はじめて作った割には、うまくできたと思う。
 味もなかなかのものだった。
 下ごしらえをしてあったのを順番に笹の葉の上にのせていっただけだから、当たり前だけどね。


そんなことがあったのだけど、結局、他の三人はいなくても、わたし一人でも、できたんじゃないかなあ。
どんな難しい目標でも、自分の力でなんとか出来ることをわたしは初めて知った。
 そのときから、わたしは、ささやかな目標を持ち、ささやかな計画を立てた。
 ささやかな計画の準備は、着々と整えられていった。
 大まかなことは、ネットや図書館で調べられる。
日曜日に立てられた綿密なプランは、火曜日に実行された。
 
わたしは、マサぶーと二人きりで音楽室に行った。
 窓のカーテンを閉める。
「まさブー、ゲームをしよう。この椅子に座ってよ」
「何?何のゲーム?」
「いいから、座って」
 マサぶーは、めんどくさいと言って、なかなか言うことを聞かなかった。
 ばれたかな? まさかな・・・・。
「簡単だよ。すぐ終わる。早くしないと、授業が始まっちゃうよ」
 わたしも少しあせり気味。
「わかった、わかった。座ってやるよ」
 マサぶーは、ピアノの前の椅子に腰掛けた。
「今から、目隠しをするよ」
 わたしは、左手で、やさしくマサぶーに目隠しをした。
 わたしの右手には、新しい刃に替えたばかりのカッターナイフが握られていた。火曜日は、図工がある日だから、カッターナイフを持ってきても怪しまれない日だった。
 わたしの人差し指は、とくんとくんと脈打つ頸動脈を探りながら、マサぶーの首を這った。
 動いている。脈打っている。
「早く〜。まだ〜?」
 マサぶーは、のんきそうな声を出す。
「もう少し。ちょっと待ってね」
 あせるな。あせるな。ここで焦ったら、「切れた小学生、友達にカッターナイフで斬りつける。被害者児童は、三針縫う全治二週間のケガ」程度で終わってしまう。そうしたら、わたしはお終いだ。
 焦らず、時を待つんだ。

 授業開始のチャイムが鳴った。

 キンコンカンコン〜ン キンコンカンコン〜ン
「殺す力は、生きる力なんだよ。マサぶー」チャイムに消されたわたしの声。

 わたしは、マサぶーの首から、ナイフを抜いた。
 暖かい液体がわたしの手を濡らしていた。
 マサぶーの首から吹き出した血は、まるで赤い虹のようにアーチを描き、ピアノの上に血の雨を降らせた。
 マサぶーの体が、わたしの腕の中で、ビクンビクンと跳ねる。
 わたしが手を離すと、マサぶーは、力無く床の血だまりの中に横になって倒れた。ピアノから流れ落ちる赤い滝壷に沈んで行くようだなと思って見ていた。
 頸動脈と食道をかなり深く切ったはずだ。こうすれば、声を上げることも出来ない。
 脳に血液が行かなくなって、五分で脳死に至る。
 動かなくなったマサぶーを見つめながら、五分待って教室に向かった。

 わたしをホームページで罵った、やめてくれと頼んでもやめなかった、マサぶー。
もう、学校に来なくていいからね。バイバイ。






〈この小説はフィクションです。実在の人物、団体、事件等には、一切関係ありません〉


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