非幻想異端的日常
2004年 12月 1日 (水)
 長年愛用してきた白澤の携帯ストラップがぶちっと切れた。
 池袋でめしを食って金を払ったら5千円近くもおつりが多かった。
 いつも集金するだけのクライアントのところで2時間以上も足どめをくった。
 ちょっと変な一日だった。

2004年 12月 2日 (木)
 歯医者に行った。治療の後また仮歯を入れられた。いつになったら本当の差し歯を入れてくれるのだ。
 歯医者に通いはじめると、このまま永遠に通い続けなければならないのではないかという錯覚にいつも陥る。ある種の法則である。

2004年 12月 3日 (金)
 入れてもらったばかりの仮歯がもうとれた。しかもものを食ってるときとかではなく、鼻をかんだりしたようなときの衝撃でポロリととれた。どうもいま通っている歯医者は俺の周囲で評判が悪い。仮歯とはいえ隣接した歯と明らかに大きさも並びも違うし、簡単にとれるし、治療は遅い。どこもこんなもんだろうか。
 慌てて歯医者に電話をし、またつけてもらいに行った。文句を言ったら今までと違う腕のよさそうな女性の歯科医さんが相手してくれて、あざやかなお手並みで今までとは格段に違う、出来の良い仮歯を作ってくれた。しかもえらい美人であった。こんな隠し玉が奥に控えていたとは。
 その後でいつもの先生がやってきて、一応またとれないようにと、仮歯と両隣りの歯の隙間に接着剤をつけられた。確かにとれにくくなったが常に食事の後のあの、歯の間にものがつまっているような感覚に襲われていて気持ちが悪い。

2004年 12月 4日 (土)
 やたら忙しくて時間がほしいところに、いきなり臨時の外出ができたりして、さらに忙しさは究極を極めた。事務所に戻り、まずこまごまとした雑務から片付けたらその時点で深夜2時になった。その後メインのやっかいな大仕事にとりかかった。明るくなっても半分も終わる気配がなく、6時頃絶命するように椅子に座ったまま眠った。
 土曜だというのに仕事だ今週は。

2004年 12月 5日 (日)
店名は忘れた 先日営業のコジロウさんと仕事で麻布に行った帰り、うまそうなラーメン屋を見つけて食べた。出てきたのはどんぶりの表面の半分以上を覆うような巨大な豚の角煮の固まりがのっかったラーメンだった。画像を見ればその巨大さはおわかりかと思うが、実はこれでも半分近く食べた後である。味はかなりうまかったが、やはり油が多すぎて汁を最後まで飲み干すと胸が悪くなった。最近の流行りのラーメン屋は味はかなりいい線いってるのにやたら油臭いというタイプが多いが、あんな油臭いラーメンが好きだというやつは少なくとも俺の周囲にはひとりもいない。いったいどこにこんなラーメンのニーズが宿っているというのだろうか。不可解な現象である。

2004年 12月 6日 (月)
 金がなくてずっと家にいた。
 先週借りてきたインパルスのビデオなんぞを見ていた。

2004年 12月 7日 (火)
 悠里の病状が回復にむかってきたので、リハビリにいいかもしれないと思って先日保健師の女性にすすめられたデイケアというのを見学に行ってきた。これはいわば病気が快復にむかってきている人たちが、社会復帰を目指して通う、カルチャー・スクールのようなものである。
 案内されて、中に入り、その様子を見てちょっと引いてしまった。悠里はすぐに具合が悪くなり、外に出ることになった。彼女はとっくにこの段階は通り過ぎている。間違いない。
 仕方なく俺のいきつけのインド料理「グレートインディア」で食事をし、ネパール人のコックさんとインド映画の話でもりあがり(俺の方が詳しかった)、帰った。それにしてもなぜ、都内のインド料理屋で働いているのはネパール人が多いのだろう。

2004年 12月 8日 (水)
 最近週刊モーニングで、毎週楽しみに読んでいた漫画が中途半端なところで最終回をむかえるという不可解な現象が続いている。こころざし半ばで打ち切られたのか、最初から予定していた終わり方だったのか、話しが続けられなくなったのか。とにかく不可解だ。ここ半年分のモーニングの代金返してもらいたい気分である。蒼天航路もほとんど休載だったしな。

2004年 12月 9日 (木)
 免許の更新で川越に行った。この5年間、2回くらいしか運転していなかったため(そのうちの1回は2002年12月27日の日記参照)、見事ゴールドをゲットした。帰り、駅にいきなり出来ていたルミネを見学し、地元の友達と電話で話し、池袋をブラブラして、新宿でクライアントのところに一件寄って帰った。

2004年 12月 10日 (金)
 営業のコジロウさんと都内某所で打ち合わせ。相手は初めて合う二人組。ある意味ガラ悪く、ある意味当たり良く、ある意味面倒くさく、ある意味素直で、ある意味とれそうで、ある意味手強そうで、ある意味おいしそうで、ある意味無駄の多そうな展開が予想された。こういう場合はとりあえず最高の注意をはらいながら、イケイケである。

2004年 12月 11日 (土)
 いろいろあって精神的ダメージを被り、ずっと悲観にくれて死んでいた。混乱した頭を整理し、反省し、どうすればいいかを考えた。ひとまず気持ちはゼロの状態に戻り、状況の悪さは変わらないながらもマイナスに戻ることはなく、ただプラスに向くこともなく、ひたすら平常心で仕事をし続けた。夜、世界がすべて個人的な幻想によって構成されているのだとすれば、その幻想の一端を照射している光源の存在に気が付いたような気がした。ただ幻想であることこそが幻想なのだとすれば、やはりこの世界は救いようがないということにもなる結論だった。とりあえずゼロのまま夜は眠った。

2004年 12月 12日 (日)
 占い師さんのお茶会に呼ばれて赤羽のタイ料理に行った。悠里は焼きビーフン、俺は豚肉がのっかっているご飯のようなものを食った。タイ料理なのに中華料理みたいでうまかった。食後に占いをしてもらった。いつもながら、悩んでいるときにタイミングよくこのお茶会は開かれる。いまかかえている悩みを観てもらったら、目の覚めるような素晴らしいお答えをいただいた。俺のカードは「愚者」と「皇帝」だそうだ(だったっけ?)。まあとにかく参考になった。

2004年 12月 13日 (月)
ハウルの動く城 オールナイトでついに宮崎駿の新作「ハウルの動く城」を見にいった。深夜だというのにやっぱりたくさんの人が見にきていた。事前にネットで調べたらかなり評判が悪いのであまり期待しないで見始めたが、最初はなかなか面白く、それなりに引き込まれた。なんだ、面白いじゃん、とか思いながら、どうしてこれが評判が悪いのかその理由を無意識のうちに探していた。途中まで見た段階での結論は、他の優秀な宮崎駿の作品と比べて若干、心の奥底に響くものがないような気がした。そのうちだんだん眠くなってきて、面白いのになぜ眠くなるのか疑問を感じながら、それでもやっぱりちょっと退屈な気もして、必死に睡魔と戦いながら見ていたが、半分ちょっと見たあたりでついに眠ってしまった。それからは十回くらい目が覚めたりまた眠ったりを繰り返し、目が覚めるたびに「なんでこいつらは騒いでいるのだろう」とか「なんでこの人は怒っているのだろう」とか「なんで建物が壊れているのだろう」とかいちいちそのとき目に映っている光景を頭の中で物語につなげようと無駄な努力を続け、何ひとつまとまらぬまま、ついに映画は終わった。結局、前半はそれなりに面白いが後半は支離滅裂になり、未消化の要素も多く、全体的にはたいした映画ではなかったような気がする。というのが最終的な感想である。が、とにかく眠ってしまったので偉そうなことは言えない。

2004年 12月 14日 (火)
 逃げられたと思っていた人からいきなり連絡があり、やって来た。都合が悪いことに、彼の取り扱い説明書が今日に限って見つからず、仕方なくパソコンから資料をかきあつめ、適当に対応した。結果は恐らく完璧に近かった。

2004年 12月 15日 (水)
 人間が信じられなくなった。

2004年 12月 16日 (木)
 それでも人間を信じて生きていこう。

2004年 12月 17日 (金)
 いつのまにかお尻にガムがついていたり、レストランで水をこぼしたり、喫茶店で人に不愉快な思いをさせてしまったり、不愉快なことを言われたり、自分が酷く俗な人間に思えたり、つまらないものを見たり、妙に小さな災いが重なる、気持ちの悪い一日だった。

2004年 12月 18日 (土)
 夜十時過ぎ、取引先に電話した。この時間はいないだろうと思ったが、急ぎの用だったので一応電話してみたのだ。そしたら誰かが電話に出た。
 「はい、○○社です」
 「夜分遅くすいません、△△さんいらっしゃいますか」
 「あなたねえ、常識から考えてこの時間いるわけないでしょう」
 間髪入れずにぶしつけにそんな言葉が返ってきた。
 「一応、いるかもしれないと思って電話しただけなんですが」
 「だって常識から考えてこの時間にいると思いますか?」
 じゃあ電話に出ているお前はなんなんだよ。ってゆうか、こいつは知っている。一度会ったことがあるが、実に感じの悪い男だ。
 頭にきて、さっさと電話を切った。客にこういうことを言われるのはまあいいが、こちらが金を払っている客の立場で言われるのは腹に据えかねる。今後この会社とはいっさい手を切ることにした。
 なんか最近、この手の腹の立つことが多いなあ。やっぱり人間不信やや継続中。

2004年 12月 19日 (日)
ソニン ソニンの格闘シーン見たさについ日本映画「あゝ! 一軒家プロレス」なんぞを見に行った。これはテリー伊藤と高橋がなりが5億円かけて制作し、あまりの酷さに1年以上も公開してくれる映画館が見つからず、最近になってやっと歌舞伎町の映画館で単館上映が決まったという曰く付きの作品である。最終日に見た。意外にも劇場は混んでいた。
 主演は橋本真也、ソニン、佐野史郎など。脚本はあの橋本以蔵である。監督は知らない。
 思ったよりは悪くはなかった。普通に作ってたら面白くなってただろう。最大の問題は映像がやたらグロくてイタくてキタないところだ。アクションも派手だし、キャラもキワモノがそろってるし、ツメもしっかりしてるし、良いところもあるのだが、映像が正視に耐えず、せっかくの良い点がストレートに目に入ってこない。ストーリー運びがヘタすぎるのも邪魔になっている。
 ソニンはめまいがするほどセクシーで美しかったが、期待したアクションは残念ながらあまり決まってなかった。彼女はガンバリやさんだから、きっとヘタな演出のせいに違いない。橋本真也は映画的な演技はヘタだがさすがプロレス的な演技は随所でしっかりうまくやっていた。
 駄目な映画だったが、バカ映画としてはまったく駄目ではなかった。意外にもプロレスへの愛もちゃんとあった。それにしてもなぜこの映画には大槻ケンヂが出ていないのだろう。


 第一回幻想異端文学大賞に掲載されている拙作「黒夢精神病院」を読み返していて、重大なミスに気が付いた。
 なぜ、宮城県が九州にあるのだ。
 九州にあるのは宮崎県ではないか。
 五年近くもこのサイトに掲載されていて、誰も気が付かなかったなんて。しっかり読んでないじゃないか、みんな。気が付かなかった俺もバカだが、それ以上にこんなことも気が付かないくらい誰も僕の作品をちゃんと読んでくれていなかったという事実がかなりショックである。

2004年 12月 20日 (月)
ミラーズ・クロッシング ケンちゃんのすすめでコーエン兄弟の名作「ミラーズ・クロッシング」をビデオで初めて見た。最初は解りにくかったが、ストーリーと登場人物を理解してゆくにつれ、むちゃくちゃ面白くなってきた。見終わった直後にビデオを巻き戻し、最初からもう一回見た。二度目はさらに面白かった。一度目でストーリーと登場人物を把握し、二度目で俳優の演技やきめ細やかな演出の妙技を楽しむ。タランティーノなんかもそうだが、コーエン兄弟の映画はそういう味わい深い映画が多い。キャスト全員が世紀の名演技で、「ファーゴ」に匹敵する傑作である。

2004年 12月 21日 (火)
 書くことが、ない。本当はあることはあるが、書きたくない。

2004年 12月 22日 (水)
 やっかいな仕事があって朝までめしも食わずに仕事していた。最近、俺は深夜4時まで仕事をし、その後夕食をとり、しばらくDVDなどを見ながらくつろいで、朝7時すぎに携帯でやっている三国志のゲームの進行状況をチェックしてから寝るという生活を続けている。ひと晩でやりきれるような仕事じゃなかったが、適当に細部をいい加減にしてなんとか終わらせた。しかしできたものはそれほど一生懸命やったものと変わらなかった。この場合、喜ぶべきなのだろうか、悲しむべきなのだろうか。いい加減にやってもそれなりのものが出来るとも言えるし、一生懸命やってもいい加減にやったものと変わらないとも言える。
 しばらく現場を離れていたが(社内のオートメーション化に向けて、あえて離れようとしていた)最近ものを創る仕事をちょくちょくやる機会があり、やはりこういうのも大事だと思った。マンパワーの効率化にもつながるし、オートメーション化にしても現場の空気に触れ歯車の一部に組み込まれた方が状況も理解できるのでプラクティカルな方策をたてやすい。まあある意味あたりまえのことである。

2004年 12月 23日 (木)
 やっと前歯が入った。最近金がなくて困っていたのは前歯がなかったせいだと俺は信じて疑わなかったので、これでいい年末年始が過ごせることは間違いない。

2004年 12月 24日 (金)
 第八回幻想異端文学大賞第三部門【自由形式】の部門賞を発表した。栄えある受賞者はつぶらさんで、以下点数の多かった順に並んでいる。だいたい想像した通りの結果だが、編集長の「変身入門―中級編―」の評価が低いのは納得いかないわけではないが、個人的に残念だ。「皆様の批評」は似たような感想があったりバラバラだったり、人間の多種多様なものの見方がわかって実に面白い。同じ作品を村上春樹っぽいと誰かが言えば、また別の人は星新一や安部公房のようだと言う(あれ。でも似てるか)。誰かがこの作品は雰囲気が良いと言えば、他の人はストーリーが良いと言う。ある作品を誰かが創造性皆無と非難する側で、他の人が創造性が素晴らしいと賛美している。読者というのはそういうものだ。どれも立派な意見である。

2004年 12月 25日 (土)
 世間ではクリスマスだが、俺にとっては普通の日だった。
 それより iBookのオーエス(カタカナで書くと運動会のようだ)をバージョンアップし、ついにスカイプを入れた。これはネットで携帯電話なんかよりずっと音質の高い音声通話ができるというスグれもののソフトである。さっそく編集長や墨森先生などとお話した。ただ編集長の場合はたまたま彼の接続環境が悪く、速度も遅く音も悪かったため、途中でチャットに切り替えた。これでは何も意味がない。

2004年 12月 26日 (日)
 まあクリスマスなので、せめてものイベントとして久しぶりにデニーズで食事をした。本当は焼き肉の予定だったが、デニーズにしたのだ。クリスマスだから食後はケーキを食べようと思ったのだが、たまたまクーポンがあり無料でナタデココが食えるというので、ナタデココなどそれほど好きではないのだが、食後はそれを注文した。やはりケーキを食べたかった。実に残念である。

2004年 12月 27日 (月)
 最近パークタワーに活気がない。クリスマスのイルミネーションもいつになく寂しかったし(というより無かったに等しい)年末年始は四日間も休館になるらしい。ここらへんも風水的に下火になってきたのだろうか。ちょうど来年あたり事務所の移転を考えているところなので、そろそろ潮時なのかもしれない。この二三日一階ロビーでミニコンサートを開いていたフィンランド歌手の歌声がものがなしく響いていた。

2004年 12月 28日 (火)
 池袋のビッグカメラを散策。そのうち歩き疲れ、マックで食事。トマト・マック・グランを食ったらやたらまずかった。でもビッグカメラは面白かった。

2004年 12月 29日 (水)
 六本木に行った。思いがけず、むかし顔見知りだったSMの女王様と数年ぶりに再会した。今では結婚して子供もおり、人生はすっかり落ち着いているが、雰囲気はまったく変わっていなかった。なんだか嬉しかった。もうひとり先月にやはり数年ぶりに再会した女王様もその場に居合わせたが、彼女も相変わらずである。しかも会ったときのお互いの座っている位置さえ、4年前のままだった。そしてわれわれは4年前と同じ人を間にはさんで、同じことをそこでした。まさに4年前に時間が逆行したようだった。帰らない日々というのはたまに気まぐれに帰ってくるものなのである。それは帰ってきたようで、二度と帰らないことの象徴でもあるのだ。これを書きながら意味も無くチャン・イーモウの「初恋のきた道」のラストを思い出した。

2004年 12月 30日 (木)
 今日からうちの会社は冬休み。相変わらずどこへ行くでもなく、何をするでもなく、まったりと過ごしている。最近、人生など半径数百メートル以内でずっと過ごしてもかまわないのではないかと嘘くさくたまに思うようになった。出不精で何が悪い。ちなみに仕事はまだやっている。

カリシュマ・カプール またインド料理を食べに行った。三週間前来たばかりの店長さんが早くも移動で、今日が最後と聞いて驚いた。初めてじっくり話してみたら、なんか彼はインド映画界に顔が広いみたいで、有名な俳優や映画監督や歌手とお友達だと聞いてまた驚いた。カリシュマ・カプールの両親と親しいとか、インドで俺が一番好きな監督であるインドラ・クマールとは仲の良い友達だとか、アドレス帳を見せて貰ったらアニル・カプールやスシュミタ・セーンの電話番号などもあったりして、あまりにも唐突でいきなりだとにわかには信じがたい。とりあえずいつかインドに行ったらカリシュマ・カプールに会わせてくれる約束をした。

 そろそろ第八回幻想異端文学大賞第一部門【ロリータ】の審査締切が迫っている。まだ未提出の方は急いで読んで、提出されたい。

2004年 12月 31日 (金)
 大晦日である。大晦日には毎年この場において時空の歪みが生じるのだが、知ってる人は知ってるし、知らない者もあえて気にする必要はまったくない。

 年末年始の食料を買う為に外出した。外は雪だった。
 寒いので、ワシントンホテルから地下道を通ってルミネのデパチカに行くと、腹が減っていたのでまずお気に入りの台湾料理屋で腹ごしらえをすることにした。ら、台湾料理屋がなくなっており、代わりに小ぎれいな中華料理になっていた。ランチを食ってみたが、デザートの杏仁豆腐以外はたいした味ではなかった。前の店の参鶏湯(朝鮮人参と鶏肉のスープ)は大好物だったのに残念だ(2004年2月12日の日記参照)。
チョロギ 食事を終え、悠里が人間不信に陥り具合が悪くなったので喫茶店でうまいコーヒーを飲みながら休み、デパチカでささっと餅と天ぷらと生そばを買い、帰って近所のスーパーで買いそびれていた麺つゆと鶏肉とほうれん草を買い、あとチョロギがあったのでチョロギを買った。数年前、澁澤龍彦のチョロギに関するエッセイを読んで以来、年末年始はチョロギをボリボリ食うのが習慣になっている。
 夜、格闘技を見ながらそばを茹で、ほうれん草を湯がき、鶏肉を炒めて、麺つゆにぶちこみ、できあいの天ぷらをのせて年越しそばを作り、格闘技を見ながら食った。

 今年の格闘技はいつになくあまり面白くなかった。
曙とホイス 曙 vsホイス戦に関してだが、このカードを見たときどうして最弱と最強を戦わせるのかと疑問だったが、試合を見てみてそれなりに理にかなったマッチメイクであると思った。小柄なホイスが巨大な曙を倒すというのは、格闘技はよく知らなくても曙くらいは知っている一般大衆にとって相撲でもよく見慣れた光景でありビジュアル的にわかりやすく、万が一体格差を駆使して曙が勝ったらそれはそれで格闘技マニアには意表をつく結果であることには間違いない。つまりはどちらにころんでもエンターテイメント性が高いのだ。
 あと、柔道の金メダリストとレスリングの金メダリストの対戦があったが、日頃より最強の格闘技は柔道かレスリングであると考えている俺にとっては興味深いカードであった。この二つの格闘技に共通するのは戦いの極意とは攻撃ではなくその前のポジション取りにあるという基本的な考えがあって、つまり戦で言うと陣取り合戦なのである。つまりは自らは攻撃しやすく、相手は攻撃しにくい体勢に如何に持ってゆくかが最大のポイントなのである。その最たる形態がいわゆるマウントポジションということになるのだが、人を傷つけることなく最強になれる格闘技の金字塔として、俺も将来子供が生まれ何か格闘技をやらせるとしたら柔道かレスリングをぜひやらせたいと考えているわけだが、しかし今日の試合は意外にも双方の技術があまりにも高度すぎ、グラウンドの攻防といったものがまったく成立せず、立ち技での攻防のみに終始してしまうという最悪な結果になった。これで例えばノゲイラとヒョードルのような柔術どうしであれば高度なグラウンドの攻防といったものが楽しめるのだが、グラウンドにおいて最高水準を有した異なる格闘技どうしが相まみえると、ぜんぜんまったく面白く絡まないのだということがこれでよくわかった。

 まあとりあえず年越しそばと格闘技と、いつもの大晦日のパターンであった。

 大晦日でも仕事はする。そして幻想異端文学連盟の更新も。
 ついに第八回幻想異端文学大賞の目玉、第一部門【ロリータ】の部門賞を発表した。今回はなかなか面白い結果になった。ダントツの最高点でぶっちぎりの部門賞を獲得した夜長姫はまあ予想通りだとして、茶さんの「葬儀の日」が二位に来ているのはいささか驚いた。個人的にテーマの外し方がツボに入ったお気に入りの作品のひとつだが、この良さを理解する者は少ないだろうと思っていたところが、なぜか審査員の評価もそこそこに高く、夜長さんの点にはほど遠いながらもその他の作品を差し置いて二位となった。
 天野先生の作品はかなり評判が良かったが、惜しくも三位になってしまったのは恐らくテーマ的にただ少女を出しただけだったのが減点対象となってしまったのだろう。誰だか知らないが新参のジャンゴさんの「くとるふ」も文章は粗削りながら少女の描写などなかなか股間にくる書きっぷりで、個人的にはいいと思った。
 ここでロリータの基本理論になるが、ロリータというテーマで小説を書いた場合、まず少女の存在は例え現実に存在していても主体となる男性(あるいは女性)の妄想が作り上げたオブジェとしての価値観を内包していなければならず、少女の主体性が描かれるとすればそれは物語の核となる関係性を裏切るアンチテーゼとでしか存在しえない。
 小説のパターンとしては妄想する主体とオブジェとの関係性に焦点を当てたものと、作者自らが主体となり内容はオブジェのポートレイトに徹するものとの二種類にわかれる。仮に前者を妄想系、後者をポートレイト系と呼ぶとすれば、その両方を等しく兼ね備えた傑作が夜長姫の「遊び時間」であり、妄想系を逆転させた形で描いた秀作が茶さんの「葬儀の日」であり、そしてポートレイト系で最も秀でていた作品がジャンゴ殿の「くとるふ」ではないかと思っている。ちなみにCVCのロリータに主催の長島さん本人の手による「ロリータ」という作品があるが、これなども同種の傑作である。天野氏の「風と水と僕とその先」もポートレイト系の部類に入るが作品全体の中で少女の占める比重が少なかった。ソータさんの「ブルドネージュ」は女性の年齢が若いというだけで双方が主体性のある普通の恋愛ものであるし、ネロ・パドローネ殿の「13」は典型的な妄想系のパターンだが、関係性の部分が月並みすぎたような気がする。かんぞう殿の「赤い虹」に至っては、単なる少年少女たちの物語というだけで、ロリータ的にはまったく関係が見受けられない。
 まあ以上のごときが俺の第一部門【ロリータ】の総括である。テーマに関しては人それぞれいろいろな解釈があると思われるが、俺の見解ではジャンゴ殿の「くとるふ」の評価が低かった以外はだいたい希望通りの結果になったと言えよう。


戻る
wwwnikki ver 0.641(20020410) (c)AuSYSTEM 2002