非幻想異端的日常
2007年 10月 1日 (月)
 オフ会。この度は愉快さんの「大縁会」と俺の主催する「ゼロから自主映画をつくる」の合同オフということで、「ゼロから自主映画をつくる大縁会」と題して開催された。お互いなかなか人が集まらないので、合同にしたのだが、参戦表明がうちから5名、大縁会から2名。ところが蓋を開けてみたら実際に来たのはうちから2名(俺を含めて)、大縁会から7名ほどと、大逆転で完敗だった。
 ひさびさに俺が前から目をつけていた俳優さんのチカさんとソラさんとサバキさんと会えて話せてよかった。あと若干19歳の女流映画監督の方がいて、とても話しの解る子で良い出会いだった。お近づきになりたいものだ。

 飲み会の最中、いきなり夜長さんから電話があり、宇井郎さんがまた行方不明だと心配していた。宇井郎さんはちょうど今日の飲み会にも参加予定だったのだが、なんの連絡も無く来なかったので、確かに心配ではある。体調や経済的に様々な問題をかかえている方だけに、心配の種は尽きない。
 ついでに夜長さんと自主映画の近況などを話していたら、「最近は映像制作ばっかりで、文学のほうはどうなったの?」と言われた。どうなった、と言われても、どうなってもいなかったりする。原稿依頼している皆様には早く原稿送って欲しい限りであるし、でないと幻想異端文学連盟の雑誌の完成がいつまでたっても長引くし、第十回幻想異端文学大賞の審査を送ってない方は、早く送ってほしいと思う限りである。俺は当サイトの幻想異端文学大賞くらいでしか滅多に小説を書かないので、第十回幻想異端文学大賞がこの調子でなかなか終わらないと、オフ会も出来ないし、第十一回幻想異端文学大賞の募集も始められないし、俺も小説の新作にとりかかるきっかけもない。
 まあ映像制作が若干、文学活動を浸食していることは認めよう。雑誌制作は原稿やビジュアル・コンテンツが揃わない、幻想異端文学大賞は審査が揃わない、という外的な問題が一番のネックになってはいるものの、揃わないなら揃わないなりに、それらを無しにやっつけ事を先に進めるとか、他の人に頼むとか、そういった水面下での裏工作のようなことを映像制作にかまけて怠っているということはある。しかしそれらはあくまでも今まで表に出ていなかった水面下での動きなので、とりあえず人のせいにして映像制作に集中してしまっているのが現在の俺の創作活動状況なのだったりする。

 飲み会の後、すぐ近くだったのでついでに一人でゴールデン街へ道草。
 YOYO行ったらジローさんやら男たちが飲んでいた。暫くしてレイさんも来た。来れば必ずいるね、この人たち。

2007年 10月 2日 (火)
 夜、某イベントに誘われていたのだが、仕事が忙しいので断っていた。そしたら今日は外出が中止になったり仕事が思いの外はかどったりして、余裕ができ、行けないこともない感じになった。こういう時、イベントに行くか、それともこういう時にこそ今までやれなかった仕事を片付けるべきかで迷う。今夜は結局、仕事をとった。「金が減らない方」というのが最大のポイントであった。貧乏は辛い。物事を天秤にかけるときは極力、金銭を気にすること無く、内容のプラスマイナスだけで客観的な選択をしたいものである。

2007年 10月 3日 (水)
 ゴールデン街で制作する自主映画の脚本がとりあえず書き終わった。尺にして90分くらい。これだけのオリジナル脚本を本業を持ちながらたった1ヶ月、延べ日数にして1週間くらいで書き終えてしまうなんて、意外と早かったな。1週間くらいかけて推敲して、キャストに配ろう。

2007年 10月 4日 (木)
 こないだTSUTAYAで中古で買ったメル・ブルックスの「珍説世界史」のビデオを見ようと思って再生したら、なんと「冬のソナタ」が入っていた。最初は予告編かと思って、メル・ブルックスに冬ソナの予告編とはチグハグだなと思いつつ、更に、やたら長い予告編だなと思いつつ、5分ほどしてやっと間違いに気がついた。
 TSUTAYAは中古ビデオに不備があったら、一週間以内に伝票と一緒に持ってゆくと返品が可能なのだが、今まで何度もTSUTAYAで中古ビデオを買って一度も不備があったがなかったので、今回も大丈夫だろうとタカをくくって伝票はすぐ捨てたし、買ってから一週間以上放置していた。だから、俺がすべて悪いのです。TSUTAYAに責任はありません。
 見たかったな、珍説世界史。

2007年 10月 5日 (金)
 ゴールデン街。YOYOで完成した脚本を読み直しながら飲み、虎の穴でサンマとご飯を食べ、最後はシネストーク。クナイの美女、ナナさんが来ていた。

2007年 10月 6日 (土)
 ゴールデン街。YOYO。やたらイメクラみたいなコスプレに遭遇。

2007年 10月 7日 (日)
 サロン・キティファイヤーというアングラなイベントに参加。
 ゴールデン街に寄って、シネで軽く飲んだ。そこから渋谷のイベント会場に向かう途中、レイさんがいきなり怒りだし、手が付けられなくなってきたのでとりあえず帰ることにした。新宿まで戻ってから電話がきて、戻ってこいと至上命令が下ったが、既に終電が過ぎていた。
 実は今日のイベントに出演する『情念』というバンドを今回の自主映画に出演交渉するのが目的だったので、監督の俺が来ないと話にならないらしい。仕方がないので歩いて渋谷まで向かおうと思ったら、ちょうど同行しているヤマダが新宿に自転車を置いてあったので、それを借りて渋谷まで向かった。
 十年以上自転車に乗ってなかったので気持ちよく、暫くサイクリングしてから現地到着。会場に入るなりステージではニナ・ハーゲンの曲に合わせて美女がおしっこをしていた。つかみはオッケー。下関マグロさんも来ていて、ご挨拶。
 出し物ではアゲハさんとスティーブ師の緊縛ショーと、メインの情念のライブが良くて、持参したDVX100Bで撮影した。情念はきっちり映画の出演交渉も成功。こんな素晴らしい有名なアングラ・バンドが俺の出演してくれるなんて、感激である。
 明け方、渋谷で若者向けの最初のひとくちはうまいがコッテリすぎて最後まで食えないよくあるタイプのラーメンを食って帰った。

2007年 10月 8日 (月)
 あることの精神的ダメージで外出する気力が無く、外出予定はあったのだが、すべて中止にして、一日中事務所に居た。

2007年 10月 9日 (火)
 俺は人と約束をすると50%以上の確率でドタキャンされるという、ドタキャンの星の元に生まれた人間らしい。これは十代の時から今までずっとそうなのだ。だからいつも人と約束しても、半分以上はどうせドタキャンされると普通に思っている。そういう姿勢がまた返って、逆に、ドタキャンされる空気を生むんじゃないかと思う。とりあえず今日の約束もドタキャンであった。仕方なく昼は脚本の見直し、夜は編集をやってまったり過ごした。

2007年 10月 10日 (水)
 ゴールデン街。シネ&YOYOのオーナー・いってみるくさんの全快祝いとのことで、仕事が終わってかけつけた。宴は既に終わっていたが、シネで少し飲み、お話しもできたのでよかった。

 それにしても、俺は最近、精神的に大きな障害をかかえていたりする。どうして俺はここまで我慢してまで、こんなことをやっているのだろうと思うこともある。精神的なダメージを引き換えにしてまで、得るものはあるのだが、弱い自分や、根底にくすぶるプライド(って呼んでいいものかどうか疑問だが)がすべて投げ捨てて逃げてしまおうかと魔がさしそうになる時もある。しかし後に残された人々がどんなことになるのか想像すると、それはやってはいけないので、やはりここは我慢するしかないのだろう。これも試練なのかもしれない。

2007年 10月 11日 (木)
 この冬、新たに制作することになった自主映画の全貌が明らかになってきた。俺が作ってるのだから当たり前だが、とりあえず前振り用フライヤーの大公開である。

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 映画のタイトルは「電気苺」。デンキイチゴと詠む。
 原案・脚本・監督・撮影・編集はもちろん俺だ。
 コンセプトはゴールデン街に出入りしている人たちを俳優に使って、ゴールデン街を舞台に、荒唐無稽なコメディ・ホラー・ミュージカル群像劇を撮ろうというものだ。
 安易に群像劇などと決めてしまったが、自主映画で群像劇は意外とキツかった。複数のエピソードが微妙に絡み合い最後はまとまる構成なので、どうストーリーをシェイプアップしても、尺は1時間半くらいになってしまう。自主映画でこの長さは大変だが、まあ短編映画が複数集まったのだと思えば、段階踏んで気楽に撮り進めていけそうな気もする。
 とりあえず脚本の初稿が完成したので、この後リハーサル、最終稿、コンテ作成と、撮影まであと二三ヶ月というところか。そして公開は来年のゴールデンウィークあたりになるかもしれない。
 ちなみに楽しみなのは、特別出演がかなりスゴい。日本を代表するアングラ・バンドの情念に、下関マグロ、いってみるくさん、そして俺が日本で最も敬愛するシンガー・ソング・ライターである笛田さおりさんまでが出演を承諾してくれたのだ。こんなスゴいアーチストの方々が俺の映画に出演してくれるなんて、感激だ。これもプロデューサーであるレイさんの勢いの賜物である。
 そんなわけで、映画制作の進行状況は随時こちらの日記にアップしてゆくので、楽しみにしてくだされば幸いである。

2007年 10月 12日 (金)
 TSUTAYAで買ったチャウ・シンチーの「食神」の中古ビデオを見た。最近、映画というとTSUTAYAの中古ビデオばかりになったな。
★★★ 「食神」はずいぶん前に見て、ほとんど内容を忘れていたのだが、クライマックスを見たらこれはまさに「少林サッカー」のお料理バトルものバージョンではないか。
 俺の大好きなチャウ・シンチー三大傑作である「喜劇之王」「0061 北京より愛をこめて!?」「少林サッカー」に比べるとかなり落ちるが、あまり好きではないチャウ・シンチーの凡作群「008皇帝ミッション」「カンフーハッスル」などに比べるとかなり良い。
 クライマックスの妙なテンポの悪さは音楽のせいか、編集のせいか。意図的とも思えんし、初見の時はかなり萎えたが、こうして再見してみると脱力っぷりがおもしろいとも言える。でもやはり前半がよい。

2007年 10月 13日 (土)
★★ 「毒婦マチルダ」という映画を見た。松梨智子さんという女性が監督・脚本・主演したバカ映画である。自主映画なのだが、昔ビートたけしの番組で紹介されたことがあるらしく、DVDは売れていて、TSUTAYAにも置いてある。
 今度、俺が撮る「電気苺」はバカ映画ではないが、その要素はあるので、なんとなく参考になるかもしれないと思って借りてきた。
 確かにバカ映画だった。しかしタイトルの「毒婦」から想像するドクドクしいイメージからは程遠く、バカ映画でタイトルに負けてたら致命的なんじゃないかと思ったが、そういうところがバカたる所以なのかとも思う。ちなみにポスターにはもっと負けている(画像参照)。
 冒頭がおもしろい。あと、主人公のマチルダは生まれた時から小学生まで男の子として育てられたわけだが、その前半の松梨さんの男の子の演技が良くて、そこだけ2回見てしまった。その後の北朝鮮に渡って見世物小屋に勤めて歌手になっての下りはいろいろな意味で少し気持ち悪かった。

2007年 10月 14日 (日)
★★★ アルモドバルの「神経衰弱ぎりぎりの女たち」を見た。ひとりの男を中心とした三角関係を中心に、複数の女たちの女としての葛藤をおしゃれにコミカルに描いたアルモドバルの代表作である。
 80年代のアメリカ公開時に劇場に見にいったが、スペイン語に英語字幕だったのでストーリーがよくわからず、映像はかなり覚えていたが、映画的にはほとんど初見。物語はたいしたことないが、思ったよりはおもしろく、映像がとにかくオシャレな感じで良い。
 このところ積極的に「電気苺」制作の参考やインスピレーションになりそうな映画ばかりを見ている。「神経衰弱ぎりぎりの女たち」は群像劇というほどではないが、複数の女性の人生が交差する物語なので、ちょっと共通点があるかと思い借りてきた。なんとなく参考にはなった。やはり海外のこういった骨のある監督の作品のほうが断然、見ていて得るものがあるな。
 キャストで若き日のアントニオ・バンデラスが出てるなんて知らなくて驚いた。

2007年 10月 15日 (月)
 マイミクの千佳さんとあくたまさんの出ている芝居「天使の涙はダイヤモンド」を見にいった。千佳さんは来年あたり俺の自主映画の主演で出ていただく予定なので、その演技を見てみたかったというのが一番の目的である。
 俺は演劇の魅力が未だによくわからず、なんとなくおもしろいとか、つまらないとか、出来がいいとか、クオリティが低いとかは思うところがあっても、やっぱり基本的に演劇というものがわからない。それはひとえに演劇を見て、素晴らしい映画や歌舞伎やプロレスを見て鳥肌が立ったり、ハンマーで後頭部をカチ割られたり、金縛りにあったり、全身の血液が沸騰したり、逆に凍り付いたり、そういった経験を一度もしたことがないからなのだと思う。だからあえて芝居そのものの感想は書かないことにする。
 千佳さんの演技はとてもよかったが、あくたまさんも味があってとてもよかった。ふたりとも俺が毎月参加している大縁会のメンバーだが、ここの俳優さんたちはとても良い人が集まっているので、俺が本当に撮りたい映画が実現できるような気がしている。
 自主映画活動をしていると様々な飲み会や集まりに参加する機会が多いが、不思議と場所によって集まる人材の種類が異なる。俺の主催している「ゼロ映」は俳優がさっぱり集まらない。そのかわり、ミュージシャンや女性スタッフが多い。少し前までよく参加していた「月一自主映画ミーティング」は実力ある映画監督が多かった。そういう点で、「大縁会」は圧倒的に俳優の宝庫だと言える。
 とにかく今日は今後の創作活動に夢が広がる演劇鑑賞だった。

★ 芝居の帰り、招待券があったのを思い出して、歌舞伎町に寄り、和製ウエスタン映画「スキヤキ・ウエスタン ジャンゴ」を見た。
 つまらなくて、冒頭のタランティーノの無駄遣いシーンを見た直後に寝て、それからエンディングまでほとんど目覚めることなく眠りこけた。
 よって正統な評価は難しいが、二度と見る気はあまりない。

2007年 10月 16日 (火)
 「電気苺」の脚本が書き終わって、それまで積極的に参考になりそうな映画ばかり見ていたところが、途端に見たい映画を気楽に見るようになれて、映画を見るのがやたら楽しくなった。俺にとって芸術を楽しむ心とは創る立場にしろ観賞する立場にしろそれは互いに影響を与え、与え合う相互関係で成り立っているものなので、この現象は明らかに矛盾するものを感じる。恐らく俺の精神が未熟なせいだろう。もっと身体の力を抜きつつ、前を見据える視界は鮮明にならねばならない。

2007年 10月 17日 (水)
★★★★ アニメ映画「時をかける少女」を見た。
 意外と話題になった作品だが、確かに出来が良い。
 途中はテンポ良く爽やかに笑えて、最後はひさびさに映画で泣けた。

2007年 10月 18日 (木)
 「電気苺」の脚本を印刷してたら、プリンタが壊れた。一部六十九頁、五部目の三百枚くらい連続で印刷しただけなのに、いきなり印刷がかすれ、暫く休ませて再び電源を入れようとしたら電源が入らなくなっていた。買って三年半ほど経っているので寿命かとも思うが、とりあえずヨドバシに修理の見積りに持っていった。その間、プリンタがないと仕事にも困るので、ご近所のレイさんにプリンタを借りた。うちのプリンタよりも性能が良い。

2007年 10月 19日 (金)
 夜、ひさびさにテステス助監督が遊びに来た。「助監督」とか言って、もう「Re」の撮影終わったんだから助監督もクソもないのだが、死んで何千年経っても諸葛孔明は丞相だし、項羽は覇王だし、信長は上総介だし、伊集院忍は少尉だし、東洋では最後につけられた肩書きでその後もずっと呼ばれ続ける習慣があるので、彼は今でもテステス助監督なのである。少なくとも彼が処女作品を監督するまでは。
 ずっと貸してたコーエン兄弟の「ファーゴ」のビデオをやっと返してもらったので、ひさびさに「ファーゴ」を流しながら、新たなビジネス展開の打ち合わせや映画の話しをした。
 ついでに「ソナチネ」のDVDを持ってきてくれたので、それも見た。

★★★★ というわけで、北野武監督の最高傑作と誉れ高い「ソナチネ」を見た。
 さざ波ひとつ立たない水面を覗き込むような映像美に見とれているうちにだんだんストーリーなんてどうでも良くなってきて、沖縄でバカな遊びに興じるヤクザたちの日常にとりとめなく笑ったりあくびしたりしてたら、いきなり人が死にだして、とり残されたように映画は終わる。
 えと、結局なんだったんでしょうか。な、傑作なのだった。

2007年 10月 20日 (土)
★★★★★ ついにタランティーノの新作「デス・プルーフ」を見た。これとロドリゲス監督の「プラネット・テラー」でふたつ合わせて「グラインド・ハウス」という二本立ての60〜70年代のアメリカのドライブインシアターなどで公開されたB級エログロ・SF・ホラー・バイオレンス路線のクズ映画を模したシリーズ作品らしい。
 映画バカであるタランティーノは、自作の映画で必ず古の映画からその精神やスタイルをパクっている。「ジャッキー・ブラウン」はダグラス・サークのメロドラマだったり、「キルビル2」はセルジオ・レオーネの西部劇だったり。これを人は「オマージュ」と呼ぶが、俺はあえてこれらを古典復興運動と呼びたい。CG全盛期の現在の映画が忘れてしまった、古き良き時代の映画の良さを、改めて今の世代の観客に蘇らせようという、ルネッサンス的な試みなのだ。
 そしてこの「デス・プルーフ」である。これはまさしく、俺がアメリカ在住時代に腐るほど見た、タイトルさえほとんど覚えていない、古き良き時代のアメリカB級映画の見事な再現ではないか。それは演出スタイルだけでなく、わざわざ画質まで荒くしてゴミや音飛びまで挿入させる徹底ぶり。これこそ俺の好きだったアメリカ映画の映像だ。
 俺は今でも深夜放送などで、あの頃のアメリカ映画が放映されてると、思わずその荒く味のある映像にしばし見とれてしまう。俺にとって、あの頃のアメリカ映画こそがアメリカ映画なのだ。「デス・プルーフ」はもう、まるっきりあの頃のアメリカ映画の映像そのまんまで、ストーリーもアクションもそのまんま。しかしそれにしても、後半の大逆転の展開の素晴らしさ。70年代のアメリカB級映画にはいくつかのパターンがあったが、まさか「あの」パターンから「あの」パターンへ、こういう形で展開を逆転させるとは。タランティーノの凄まじいサービス精神あふれる天才っぷりがアドレナリンを直撃する怒濤の展開である。
 この映画の前評判で、映画が終わると観客が拍手をすると聞いていた。俺が見た映画館では観客が10人くらいしかいなかったので、ほとんど観客の反応は期待してなかったのだが、映画が終わると、その僅か10人の観客が全員大拍手だった。もちろん俺も思わず大拍手。
 音楽も前半の女たちの演出もキレのある会話もすべて最高。なによりも、俺が好きだったあの頃のアメリカB級映画を、大好きなタランティーノの演出で、しかもこんな素敵な形で再現してくれたってことが、もうタマらなく嬉しい。映画を見てこんな幸せな気分になったのは何年ぶりだろうか。
 本当に、死ぬほどおもしろかった。見てよかった。生きててよかった。この映画に出会えてよかった。映画が好きでよかった。タランティーノと同じ時代に生まれてよかった。目に映るものすべてを愛したくなった。人生に感謝したくなった。文句無しに今年のナンバーワンである。


 歌舞伎町のインド料理「HATSUMOMIJI」で昼食。インド料理でこの店名は如何にと思ったが、店内も和食の店を改装したみたいな和な雰囲気。シーフード・カレーを食べたが、味はよくあるスパイス・ヘブンとかマハラジャ系の味だった。鯨カレーってのがあるみたいなので、今度はそれを食ってみよう。

2007年 10月 21日 (日)
 ゴールデン街で【電気苺】のヒロインの相手役のタケシさんと脚本を渡しがてら初対面。彼は先日、主要キャストのひとりであるかおるんが見つけてきた人材で、ヒロイン役の女優さんもプロデューサーのレイさんも太鼓判を押している。確かにいい人で、イメージぴったり、とは言わないが、ばっちり、という感じだった。
 ついでにYOYOに重要キャストのひとりであるユウキさんが来るとの情報をキャッチし、飲みながら待っていたら、午前中やってきて、とりあえず脚本を渡せた。
 後まだ会わなきゃならん人がたくさんいる。

2007年 10月 22日 (月)
 渋谷のルノアールで、音楽で映像制作コミュの定例ミーティング。12月の上映会に向けて打ち合わせなのだが、俺は今回は笛田さおりさんのライブビデオ一本だけでの参戦となりそう。つっても前回(2006年10月1日の日記参照)も一作品だけだったわけだが、とにかく忙しくて新たな制作をねじ込む隙は微塵もないわけだ。
 ミーティング後、どこかでめしでも食おうということになり、エスニックが良いと宣うコンノさんに乗じてならばインド料理にいたしませうと無理矢理オーカルカッタに連れ込んで付き合わせ、食べ放題のインド料理をしこたま食った。金が無いのに一食千円も遣ってしまった。ウマかった。

2007年 10月 23日 (火)
★★ TSUTAYAで買った石井聰亙監督の邦画「エンジェル・ダスト」の中古ビデオを見た。
 これは石井監督が「逆噴射家族」以来十年ぶりに撮った復帰第一作で、当時はりきって劇場に見にいって撃沈したのだ。もう十年以上前の話しだが、ひさびさに見てみると、映像や演出は素晴らしくセンスが光っているものの、やっぱりストーリーがいまいちおもしろくない。
 映画を見ている途中は、その映像のステキさに見終わったらもう一回見ようと思っていたが、見終わったら、オチの地味さに見る気が萎えた。ステキな演出や映像を思い返してみても、逆に虚しいばかり。
 こういった映画は扱いに非常に困る。少したったら見直そう。

2007年 10月 24日 (水)
 十年以上に渡ってお付き合いしてきたクライアントのTさんがこの度ついに廃業した。親しくしていた人の人生の転機に立ち会うのは、時に物寂しく、時に胸が騒ぎ、時に自分の人生を振り返るきっかけを与えてくれる。今回は物寂しいばかりで、自分の人生を振り返ることはなかった。

2007年 10月 25日 (木)
 十年以上に渡ってお付き合いしてきた株式会社AのS社長さんがこのたび天然石販売のネット通販を始めるので、俺が総合プロデュースをすることになった。今日は浅草の卸販売業者のところに行って、天然石の撮影をしてきた。一日がかりで、数百点の天然石のパーツやらアクセサリーやら原石やら置物やらを撮影しまくった。ちょっと準備が足らず、ライティングがよくなかったので、後でPhotoshopで色補正をしなければならず、かなり時間かかりそうで撮影してる最中からウンザリ。時間も無いことだし、はてさてオープンはいつになることやらと。S社長は貧乏で金が無いので、思うように約束通りの報酬を払ってくれず、そこが俺が時間を割けない最大のネックになっている。まあ社長が死なない限り、これまでお世話になってきた縁もあるので、時間かかってもやるだけのことはやるつもりである。

2007年 10月 26日 (金)
 朝早く起きて、金融機関へ赴き融資のご相談。人間、窮したらただひたすら素直に正直になって、後は腹をくくることだ。素直で損した人はいないとこないだテレビで某ボクサーも言っていた。
 いや、しかし、今日の俺は少し素直じゃなかったところもあったかもしれない。ダメかも。

2007年 10月 27日 (土)
 深夜1時頃、天野がひさびさに泊まりにきた。
 用件は前に彼に古いiBookを貸していたのを一刻も早く返してもらいたかったので、何時でもいいから持ってこれる時に持ってきてくれと頼んだらじゃあ泊めてくれるなら深夜に持ってこれるということになったのだ。
 古いiBookが必要だったのは綿密に言うとiBookそのものよりも、現在使っているiBookのバッテリーがバカになってしまったのでバッテリーだけ欲しかったのだ。
 ついでに仕事や会社の話しをした。お互いの状況理解と今後の役割と展開がうまくまとまったので何気に有意義な夜だった。

 同じ過ちは二度と繰り返さないのはもちろんだが、それだけじゃ人生、必ずしもうまくいくとは限らない。必要なのは応用力、応用力とは即ち、想像力である。
 俺はある種の想像力は豊かだが、またある種の想像力は決定的に欠けている。いやあるいは、それを妨げる別の巨大な要素があるのかもしれない。兎に角、今の俺の貧困と精神的負担の最大の原因はそこにある。

2007年 10月 28日 (日)
 今日ぶらっきぃ!さんと電話で話してて、先月末に見にいった彼の舞台に、【電気苺】のヒロインの相手役のタケシさんが出演していたことが発覚した。タケシさんとは今月21日に顔合わせしてきたのだが、そのつい2週間前に彼の舞台を一番前の席で見ていたなんて、まったく気がつかなかった。結構出ていたのに。
 その舞台はドラマの撮影中に起こる騒動を描いた「ラヂオの時間」のTVドラマ版といった内容で、タケシさんはそのドラマに出演しているエキストラの役だったのだが、エキストラにしてはやたら濃いキャラで目立ってるなぁ、と思いながら見ていたのを覚えている。
 とにかく【電気苺】はこのような、恐ろしい偶然が連続しつつ制作が進んでいる。ゴールデン街ってつくづく不思議な場所なのだな。

2007年 10月 29日 (月)
 ゴールデン街自主映画【電気苺】の初めての本読み&軽いリハーサル。
 本読みと言っても、今回の作品の場合はキャスト全員集まったりはせず、数人づつ事務所に呼んでパートごとに行なう。皆さん忙しいので全員の予定が揃うのは難しいし、群像劇なので絡みの無い人同士を集めても効率が悪いのだ。
 本日はくまちゃんとかおるん。アシストは鬼プロデューサーのレイさん。カメラを回しながら、脚本のセリフをひととおり読んでもらい、特に気になる部分は本番で想定しているカメラアングルで実際に演技つきでやってもらい、軽く演技指導をした。
 くまちゃんは最初はぎこちなかったが、脚本の通りじゃなくても良いので、演技することは考えず、普段しゃべる通りに読んでもらうようにお願いしたら、良くなった。
 かおるんは演技経験ゼロなのが嘘のように最初からうまかったが、役のイメージには少し違った。演技指導をしてみてもなかなか要領を得ないので、聞いてみると彼女はテレビをほとんど見ないとのこと。かおるんの役どころは、俺は脚本を書いてるときは意識してなかったが、よく考えてみるとかなりアニメ・キャラっぽかったり、ヲタク向けのテレビ・ドラマっぽかったりするので、その場でアニメのビデオやスケバン刑事のDVDを見せてみたら、一瞬で理解してくれたようで、その後はかなり良くなった。打てば響く、理解の早さにレイさんも喜んでいた。特に俺が脚本を書いてて、書きながら爆笑したほど可笑しいシーンがあり、かなり高度な笑いなので実際に映像になったときに思い通りに決まるか不安があったのだが、かおるんに実際に演じてもらったら普通に笑えたので安心した。
 初リハを終えて、われわれは何気にかなりスゴいことをやろうとしている実感を持った。無謀への挑戦と、世紀の偉業とは、つくづく紙一重なわけだな。

 月イチのアーチストの集いな飲み会・大縁会に参加。直前にリハが入ってたためラスト1時間くらいの参加だったが、また新たな俳優さんや自主映画作家の方との出会いがあって、楽しかった。
 大縁会の後、ゴールデン街。YOYOで軽く飲んだ。ついでにゴールデン街で知り合ったIさんに仕事をもらった。

2007年 10月 30日 (火)
 昨日ゴールデン街でもらった仕事にあけくれる。
 内容は単調な画像のキリヌキ作業。昔、印刷会社で働いてたときにとったキネヅカで、キリヌキは割と得意なのだが、それにしても3日間で150点はかなり過酷な注文なのだった。
 一日中、めしも食わず、キットカットと豆せんべいだけをボソボソ口に入れながら、作業した。次の日も夜までめしを食わなかったので、まる36時間マトモなものを食わずに仕事し続けたことになる。
 俺はどうしても睡眠時間は削れないたちなので、めしの時間を削るのは致し方ない。気持ち的には、めしを食うのは何より大好きで、寝るのは時間の無駄なので嫌いなのだが。

2007年 10月 31日 (水)
★★★ 映画「ジャガー・ノート」を見た。
 ゴールデン街の自主映画【電気苺】では爆弾のシーンがあるのだが、爆弾の資料ならこの映画を見なされと、ゴールデン街のその道のマニアの方に教えられたので、見たのだ。
 まあ映画制作の参考にはなった。
 映画としては、俳優の演技とか映像とか、昔の映画っていいなあ、と思える面もあったが、ところどころ演出が古臭い。仮にも爆弾処理のプロがだよ、作業中に弟子が爆死したからって、いきなり落ち込んで、自信を失い、1200人の命をほったらかして飲んだくれるとは如何なものか。こういう演出って昔なら「弟子が爆死したショックを乗り越え最後はやっぱり1200人の命を救うため立ち上がる」って感動にもなったのかもしれないが、今の俺には少し安易に見え、萎えた。それがきっかけで、それまで気にならなかった演出の古臭さが随所に目についてきてしまって、まるで階段を転げ落ちるように俺のこの映画への印象は下降線を辿ったのだった。
 いやしかし、最近の映画よりはずっといいし、充分おもしろい。
 「サスペリア2」のデビッド・ヘミングスが懐かしかった。

 映画のビデオを見たり、先日のリハの撮影テープを見たり、イメージの参考にと渡されたライブのDVDを見たりしてて、たまに頭の中がスゴいことになる。様々なイメージやアイデアや言霊が頭の中に満ちあふれ、ぐるぐるぐるぐる回転し、アドレナリンが脳のすきまから飛び散る感覚とでも言おうか。こんな気持ちのよい感覚を、この世の何パーセントの人々が味わえるのだろうか。創作の道を志してよかった。俺はこのために生きている。


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