紫音さんについて
ザッピー浅野

 紫音さんとの出会いは3年前、目黒のSM倶楽部Lに出入りしていた頃のことだった。と言っても俺にSMの趣味があったわけではなく、仕事のおつきあいである。当時俺は広告代理店Zに勤めるサラリーマンで、主に風俗産業のインターネットを担当していた。紫音さんは目黒Lに勤めるM女性だった。
 ホームページの広告効果をあげるため、なにか文章で面白いコンテンツはないものかと模索していた矢先のことだった。目黒Lの番人・Cさんにそのことを相談したところ、紫音さんを紹介してくれたのだった。紫音さんはお店のオフィシャルサイトでもエッセイを連載していて、以前から愛読していた。Cさんに話をもちかけたのも紫音さんの文章のファンだった俺が、密かに彼女の予稿を狙ってのことだった。
 実際に会ってみると、紫音さんはその文章のイメージと変わりなく、独特の妖しい雰囲気を持った少女だった。話すときは人と目を合わせずキョロキョロと落ち着きがなく、「今日、卵を産んだんです」とか「わたしは金星で生まれたの」とか訳のわからないことばかりしゃべっては、トレードマークのうふふおほほ笑いで俺を煙に巻く。「好きな作家は?」と聞いても、出てくる名前は「本当にそんな作家がいるのか?」と思うような得体の知れない名前ばかり(でもいるんだろう)。話しているうちにサド侯爵の話題になったので、俺のホームページの宣伝をすると「サドマニアは高校の時に学校のパソコンでこっそり見たことがありますわ」と言っていた(高校の時ってのがすごいよな)。彼女とは正味3回ほどお会いしたが、結局彼女の性格は最後までよくわからなかった。
 その後、彼女の紹介でダンテさんと知り合い、ダンテさんの紹介で団鬼六先生とも知り合いになった。紫音さんがいなければ俺はいま団鬼六オフィシャルサイトの制作にも携わっていなかったし、第6回幻想異端文学大賞のテーマも「花と蛇」にはなっていなかったのである。そう考えてみると、紫音さんは俺の人生でも貴重な人間関係のきっかけを作った人物だったと言える。人間的にはすれ違いばかりだったが、インパクトのある子だったし、いろいろな意味で忘れ難い女の子なのだ。
 そういった経緯があって、俺の運営していた広告サイトに、思惑通り紫音さんの読み切り短編小説を連載することになった。
 コーナー名は「紫音ちゃんの分泌活動」。月1回の連載だった。入稿はノートに鉛筆で走り書きしたような簡単なもので、読んでみるとどれも面白かった。ただいつもタイトルが付いていなくて、「紫音さん、この小説、タイトルないんですか?」と聞くと、「タイトルは、あるようでない。ないようであるんですのよ」みたいな訳の解らないことを言うばかりで、面倒くさいのでどれも「無題」となった。とにかく彼女とはまともな会話が成り立った試しがなかった。
 知り合って半年もたたないうちに、早くもお別れの時がきた。紫音さんはLを退店し、パリに留学することになったのだ。結局、小説の連載は2回だけで終わるはめになった。
 彼女がパリに留学する直前、最後の挨拶に電話がきた。
 相変わらずうふふおほほと笑いながら、とりとめのないことばかりしゃべりまくっていた。
 俺は彼女にひとつ頼みごとがあった。
 「紫音さん、いままで連載していた小説なんですけど、このままお蔵入りにしてしまうのは勿体無いので、僕が個人的にやっている文芸サイトに掲載してもいいですか?」
 「煮るなり、焼くなり、お好きにどうぞ。おほほほほ!」
 彼女は気持ち良く(悪く?)承諾してくれたのだった。
 あれから2年。ずっと忘れていたのだが、第6回幻想異端文学大賞のテーマがSMがらみということで思い出し、この度、幻想異端文学連盟にやっと掲載する運びとなった。
 紫音さんの小説はこの他にもタコのような金星人が地球にやってくる小説とか、オナニーに関する自伝的論文とか、かなり面白い作品があるのだが、それらは現在ダンテさんがテキストに起しているので、そのうちどこかで目にする機会もあるかと思う。とりあえず僕が自由にできる作品はこのふたつだけである。どちらも短くて読みやすくとても面白いので、ぜひ読んでいただきたい。

 さて、それから紫音さんはどうなったのかというと、誰も知らない。
 パリに旅立ったまま、現在にいたるまで行方不明である。たぶん故郷の金星にでも帰ったのではなかろうか。
 もともと根っからのハチャメチャ自滅型変態M女だったので、何があっても不思議はないのだが、命だけは大切に、この宇宙のどこかで元気でいてほしいと願うばかりである。




2003年1月19日

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