「遅かったね、順」 「あ……ちょっと廊下走っちゃって、看護婦さんに怒られちゃった」 「もー、だめじゃん」 気がつくと夕歩の病室に戻っていた。 どうして自分はここにいるのだろう。 何故、あの話を立ち聞きしてしまったんだろう。 夕歩は――自分の病気のことを知っているのだろうか。 考えが上手くまとまらない。頭が上手く回らない。 「順、どうかした?」 「え?」 「なんか暗いよ」 考え事に気をとられていた順は、夕歩の言葉にどきりとした。 なんと答えていいのか一瞬迷う。ただ夕歩に悟られてはいけないのだということは、順にも分かった。 「あーなんかほら、やっぱ病院って苦手っていうか、薬の匂いにやられちゃったかも」 「まあ順は丈夫だから、病院なんかには縁ないかもね」 上手く誤魔化せただろうか。不安に思いながら無理やり笑顔を作っていると、背後でドアが開く音がした。 「夕歩」 「あ、母さん。お話し終わったの?」 振り返ると、夕歩の母が病室の中へ入ってくるところだった。夕歩の母は娘の顔をちらっと見た後、少し緊張した面持ちで順の方へ視線を向けた。 「ええ、もう終わったわ。……順さん、夕歩と話があるから、あなた先に帰っていてもらえるかしら」 「あ、はい」 「えー。私、順ともっと話したいのに」 夕歩は不満げに口を尖らせた。しかし夕歩の母が言った「話」というのが何のことか心当たりのある順は、夕歩をなだめるように微笑みかけた。 「夕歩、あたしも父さんと稽古の約束あるし。また明日来るよ」 「うん……」 夕歩は何ともいえない表情で、こちらをじっと見つめている。 「じゃあねっ」 その視線を振り切るように背を向けると、夕歩の母にお辞儀をして、順は病室を出て行った。 |
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