夕歩が家に戻ってきているいつもの週末、順は心の片隅に重いものを抱えながらも夕歩と共に過ごしていた。 夕歩を楽しませるためにバカなことを言ってみる。 怒った風に夕歩の眉が寄せられる。 そういうことを繰り返していれば、いつかもっと自然に振る舞えるようになるかもしれない。 「ねえ、順」 「何?」 とりとめのない話をしている途中で、夕歩が不意に真剣な顔をした。 ……何か、嫌な予感がする。 「私の病気のこと、知ってるんでしょ?」 「え……」 いきなり核心を突かれて、順は動揺した。 「病気って、何が?」 他に言葉が見つからない。上手くかわせない自分をもどかしく思いながら、ぎこちない笑みを浮かべる。 そんな順を、夕歩はじっと見つめていた。 「誤魔化さないでいいよ」 静かな声。 隠していたことを責めるでもない夕歩の声音に、順は自分の心を見抜かれていることをすぐに悟った。 「ごめん……夕歩のお母さんが先生と話してるの聞いちゃったんだ……」 「いいよ、順には知っといてもらいたいし」 夕歩は何でもないことのように、さらりと言った。 「もー。そんなに暗い顔しないでよ」 沈んだ順の顔を見て、夕歩は怒ったような困ったような表情を浮かべている。 「それより順も、サボってないでちゃんと稽古しといてよ。一緒に天地に来てくれるんでしょ?」 「えっ」 『天地』という言葉に、順は驚いて目を見開いた。 「夕歩、天地って……」 「何? 順、忘れちゃったの?」 「そうじゃなくってっ! そんな身体で天地なんて!」 もしかしたら、順がそう反対するだろうということを夕歩は分かっていたのかもしれない。 順の勢いとは反対に、夕歩はあくまで静かに言った。 「私、諦めないよ。絶対、元気になってみせる」 静かな声だが、その瞳には力があった。 それでも順は不安な気持ちを止められない。 「夕歩、どうしてそんなに天地学園にこだわるの? あたしには分からないよ。何よりもまず、自分の身体が大事じゃん!」 自分が止めないと。ここで自分が止めないと、夕歩は病気を抱えて本当に無茶をしかねない。 順は焦りと共に、義務感のようなものにとらわれていた。 「別に天地じゃなくたっていいじゃん! そりゃあ剣で戦って順位を競ってって、そういうのは面白そうだとは思うけどさ。そこまで無理してやらなくたっていいよ」 順の言葉を聞いて、夕歩の瞳に悲しげな色が浮かんだ。 「病気が治って、退院して、それでまた身体のことを気にして、大人しく寝て過ごすの? 私、そんなことのために治療頑張ってきたんじゃないよ」 順につられたのか、夕歩の声にも徐々に強いものが混ざりはじめる。 「薬を飲むのとかつらいこともあったけど、でも、私には我慢できる理由があったから」 「理由……?」 「私……天地に入ってどうしてもやりたいことがあるの。きっと、あそこじゃないとダメだと思う。あそこに入って、順と……」 「え?」 言い淀んだ夕歩に順は問うような視線を向けたが、夕歩は仕切りなおすように息をついて言葉を続けた。 「とにかく、天地にはきっと強い人たちがたくさんいるよ。順だって絶対気に入ると思う」 「でも……」 「順が反対する気持ちはよく分かる。だけど私、諦めないから。だから順も……考えといて」 夕歩の切実な眼差しに、順はそれ以上反対する言葉を言えなくなった。 正直言って、夕歩がどうしてそんなに天地学園にこだわるのか分からない。 剣道をちょっとかじったことがある者なら、天地の「剣技特待生制度」には心惹かれるものがあっても当然だとは思う。 だけど順には、天地学園が自分の身体と天秤にかけられるほどのものであるとはどうしても思えなかった。 |
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