見上げると、青い空に白い雲がゆっくりと流れていた。春の風が甘い草の香りを運んでくる。 家の裏手にある小さな山の中ほど、獣道を抜けたところにある開けた草地に私達は座っていた。 小さな白い花が満開になった中で、順はさっきから私に背中を向けて何かごそごそやっている。手元を覗こうとしたら「まだ見ちゃだめ」と言われたので、代わりに辺りの景色を心に焼き付けておくことにした。小さな頃から慣れ親しんだこの場所とも、しばらくはお別れだ。 明日、私たちはいよいよ寮に入る。 天地学園の入学試験も、無事に……というわけでもないけれど、なんとか合格することができていた。 受ける前は病気のことで門前払いされるんじゃないかと不安だった。だけど校医の先生には、病状と今後の見通しについてひと通り質問されただけだった。 提出した診断書で、私の病気がかなり重いことは分かっているはずなのに。 もちろん入学の際には主治医の先生の指示に従うことと念を押されたけど、それ以外はたいして根掘り葉掘り聞かれはしなかったので、正直なところ少し拍子抜けしたのも事実だ。 そんなわけで、天地での試験と面接は問題なかった。だけど代わりに母さんを説得するのは大変だった。 無理はしないし、定期検診の結果は必ず報告する。順だって一緒に来てくれるから大丈夫。そういう風に何度も何度も繰り返して、やっと試験を受けることを許された。 でも母さんは、順がついてくれることに対してはあまり信用していないらしい。 まったく、順のどこを見ているんだろうと思う。 順は母さんと同じくらい――ある意味では母さん以上に、私に対して過保護なのに。 「できたー!」 不意に、順が嬉しそうに声を上げた。その声に目を向ける。順は私の方を見ながら、後ろに何かを隠し持っているように両手を背中に回していた。 「さっきから何やってたの?」 「夕歩、頭出して」 「え……こう?」 心持ち、順の方へ身体を向ける。すると差し出した頭の上に花の輪っかが乗せられた。 「お似合いです、姫」 花の冠。頭の上に手をやってそっと指で触れてみると、しろつめ草の感触が指に柔らかく心地良い。周りにも多くの白い花が咲いている。そういえば今年は随分早めに咲いたようだ。 顔を上げると、順が私の顔を見ながらにこにこと笑っていた。 ……順には悪いけど、「姫」とか言われると何となく腹が立つ。 「また姫って言う。それにもう、花の冠なんて乗せる歳じゃないよ」 「かたいこと言わなーい。でも夕歩、ほんとにお姫様みたいだよ」 いつからか順は私たちの関係を、「お姫様」と「お庭番」に喩えるようになっていた。まあ静馬の家と久我の家の関係は、昔は本当にそういう風に呼ばれていたのかもしれないけど。 でも私にとっては、姫とかお庭番とか――静馬とか久我とか、そういうものよりも、順が隣にいることが大切だ。 「あーそれにしても、いよいよ明日かー。天地ってどんなところだろうね」 たぶん順は天地学園がどうこうよりも、私が行くから一緒に来るんだと思う。例えばそこが天地じゃなくて、アメリカとか北極とか、いっそのこと木星とかでも、私が行きたいと言えば絶対順も一緒に来る。 本当のことを言うと、順には私のことを気遣ってくれるだけじゃなくて、ちゃんと自分の好きなこともやってほしい。 順が無理をしているのはよく分かる。 天地に入ったら大好きな剣で思いっきり力を出してほしい。きっとあそこなら、順が力を出し切れる相手がいるはずだ。 だけど、たぶん今の順は、私の身体のことで頭がいっぱいなんだろう。 見ると順は、上を向いてぼんやりと空を見上げている。私がじっと見ているのに気が付くと、不思議そうな顔をした。 「何? 夕歩。あたしの顔になんか付いてる?」 私はもう一度、頭の上に乗せられた花の冠を指で撫でた。 色々思うところはあるけれど、順が一緒に来てくれるのはやっぱり嬉しい。 だから…… 「ありがとう、順」 (「カローラ」 完) |
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