1話  

  
「ンっ、はぁ、あぁ……」
 薄暗い部屋に、女の嬌声が響く。
 絡み付く、白くしなやかな手足。甘やかな喘ぎ。欲情に濡れた瞳と、艶かしい、紅い唇。振り乱される、艶やかな黒髪。
 俺は女を組み敷き、貫いていた。
 彼女のそこは、俺を柔らかく包み込み、しかし、決して離そうとしない。
 俺は熱く絡み付く肉壷の奥を、時間をかけ擦り上げる。
 一つ突く度にその喉はすすり泣く様に鳴き、横臥しても形の崩れない豊かな胸が、挑発する様に揺れる。
 俺はそのうちの片方の先端を指先でつまむ。そして、硬くしこったそれを弄んだ。
「あっ……胸、感じちゃう……」
「イイのか? じゃあ……」
 もう片方を、口に銜える。
 舌先で転がし、軽く歯を立てた。
「ンッ!」
 彼女が鼻にかかった声を上げ、同時に肉壷が強烈に俺のモノを締め付ける。
 ぞくり。
 快感が、背筋を駆け上る。
 強烈な衝動を、一つ大きく息を吐いてやり過ごすと、一つ大きく突き上げた。
「ああっ!」
 彼女の白い喉が大きくのげ反り、胸が弾んだ。
 もう一つ。
 俺の背中に回された彼女の腕に、力がこもる。
「ハァ……あっ、激しい……」
「激しいのが良いんじゃないのか?」
「そうだけど……ふあぁっ!」
 彼女の喘ぎの度、彼女のそこは俺のモノを貪り、締める。
 お互い、もう少しだろう。
「いい……イっちゃう、イっちゃいそう……」
 焦点の合わぬ目で、俺を見つめる。
 それなら……
 もう衝動に抗う事は無い。
 本能のまま、抽挿のスピードを上げる。
 肉のぶつかる音。粘膜がこすれる淫音。
 いやが上でも、お互いを求める衝動は高まる。
「駄目、ああっ、もう……」
「ッ!」
 彼女の爪が、俺の背中に食い込む。
「イくのか?」
「うん……気持ちよくて、もう……」
「俺もだ。もうすぐ……」
「もう駄目……あっ、ああ〜〜〜っ!」
 一際強烈な締め。そして、俺も……
「くっ!」
 彼女から引き抜くと、同時にその腹の上に俺のモノを放出した……

「……」
 彼女の腹の上のモノを拭き取ると、俺は彼女の隣に横になった。
 僅かな沈黙が流れる。
「環……」
 彼女の名を呼ぶ。
「ん……」
 気怠気に、彼女が答えた。
 言わねばならない事がある。
 意を決して俺が口を開こうとし……
「?」
 彼女の指が、それを遮った。
「ごめん……私、言わなきゃならない事があるの」
「……何だ?」
 話を遮られたが、不快よりも安堵の感情が勝った。
 彼女の言葉を待つ。
「……別れましょう、啓一」
 環の唇が、躊躇いがちに開いた。
 それは、俺にとって意外な言葉ではない。
 俺が切り出そうとした言葉だ。
「……そうだな」
 一呼吸置き、答える。
「…………」
 僅かに彼女の頬が緩む。
「ずいぶんあっさりと答えるのね」
 苦笑を漏らした。
「……俺もいつ言い出そうかと思っていた所だ」
「やっぱり……。でも、もう少し未練がましく言って欲しかったわ」
「性分じゃない」
「啓一らしいわ。万一話がもつれたらどうしようと思ってたんだけど、杞憂みたいね」
 俺達の関係……
 ただ、肉体だけの結びつき。
 彼女はきっぱりと、それにケリをつけるつもりなのだ。
 俺もまた、そのつもりであった。だが一つだけ、訊いておきたいことがあった。
「そうだ、ついでに分かれる理由を教えてくれないか?」
「そうね……」
 一瞬彼女は俺の目を凝視し、次いで自分の掌を見た。
「何て言うか……私だけを見てないのよね。貴方って」
 その言葉は、俺の心に鋭く突き刺さる。
 彼女の中に、別の女(ひと)の姿を見ていた。
「……そうかもな。それに、君も……」
 彼女もまた、同様だろう。
「やっぱり分かるわよね。貴方と付き合いながら、社長と関係持ってるなんて、最低よね……」
 彼女は自虐的な笑みを浮かべる。
「いや……」
 その事は、前から知っていた。知っていて、誘ったのだ。
 彼女は、俺の同僚。同じ社長秘書であった。そして、社長の愛人でもあったのだ。しかし以前から、想う人がいたのだ。とはいえ彼は、既に彼女にとって手に入らぬ存在であった。故に彼女は、社長の誘いに身を委ねた。
 だが……
「あの人はもういないのに、貴方に影を重ねていた……。でも、貴方はあの人じゃない」
 彼女のかつての想い人は、数年前に事故で亡くなった。悲嘆にくれる彼女の姿は、今でも覚えている。
 彼女と関係を持ったのは、その一年後。
 思い出し、ふさぎ込む彼女を誘って飲み明かした。そして……
「……何であの時、俺の誘いに乗ったんだ?」
「そうね……」
 彼女は一つため息をつく。
「寂しかったからかな? 貴方は何処か、あの人に似ているから……。じゃあ、啓一は、何故私を誘ったの?」
「ふむ……」
 一瞬、俺は視線を宙に彷徨わせた。
 あの時の彼女の姿を思い出す。
 あたかも、俺の姿を映し出す鏡の様であった。
 ずっと抱えていた心の空洞。あの時の彼女の中にも、同じものを見たのだった。
 想いを吹っ切ろうと社長に身を委ねながら、心の中で想い人の面影を追っていた彼女。
 俺に、想い人を重ねたのだ。
 俺もまた、彼女の中に、ある人の面影を見ていた。
「同じだな。俺も、寂しかったからな」
「ふふっ……」
 彼女は笑みを浮かべる。何かを吹っ切れた笑みだ。
「同じね。二人で傷を舐め合ってただけ。でも……」
「このままじゃ駄目になる、か」
 明日の見えない関係。このままずるずると続けていても、どうにもならない。
「ええ。だから……」
「…………」
 二人の唇が重なる。
 別れのキス。
 明日、それぞれに道を歩き始める為の。

2006/12/09(sat)掲載

  

  

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