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ティンカー・ベル

■side:Cipher

<<ウスティオの傭兵、見事だ>>
 ミサイルを当てた直後、シュネー隊の一番機はそう言った。嬉しそうに。
 戦闘中、楽しませてもらっているぞ、と言った彼。
<<ありがとう>>俺はすぐに応答した。<<俺も、楽しかった>>
 その無線通信は伝わらなかったかもしれない。彼の機体……F-14Dは爆発炎上した。そして、ベイルアウトした彼が見えた。殺さなくてよかった。生きていてほしい、と思う。生きて、また空に上がってきてほしい。
「いつか、また」
 伝わらなくても、言葉にしたかった。こんな気持ちは久しぶりだ。自然と微笑みがこぼれる。興奮しているのが分かる。楽しかった。本当に、楽しかった。空はいつでも素晴らしいけれど、今日はより一層。彼のおかげだ。純粋に空を楽しむ強者。憎悪も恐怖もない。戦争という概念も消えていた。ただの、空の戦い。
<<よう相棒、まだ生きてるか?>>
 ピクシーのいつもの言葉が飛んできた。いつもどおり隣に並んできた、片翼を赤に染めたイーグル。
<<生きてるよ、相棒>>
 応答すると同時に、自機の青い両翼を小さく振った。
 生きていて、よかった。
 ピクシーも。
 大切な相棒。
 生きていれば、また飛べる。
<<何だ?随分ご機嫌じゃないか>>
<<うん>>
 自分でも、声が弾んでると思う。歌い出しそうなくらい。
<<よし、帰ったら祝杯だ>>
<<そうしよう>>
 ピクシーが前に出て、一回ロールした。スピードを上げて飛んでいく。俺もピクシーと同じように一回ロールして、彼の後を追いかけた。
「また、一緒に飛ぼう」


■side:Pixy

 円卓で劣勢を覆して勝利を収めたその夜、俺達ガルム隊は基地のバーで祝杯を挙げた。先にそこにいたクロウ隊が合流してきて、皆で乾杯した。ビールを何杯も注文し、飲んで騒いで、大いに盛り上がった。しばらくすると、語り合うメンバーは自然とガルム隊とクロウ隊の二組、つまり入店時の状態に戻った。クロウ隊は恋愛話で盛り上がっているようだった。クロウ3ことPJがクロウ1と2の二人に延々弄られている。とはいえ、PJはしっかり惚気て、満更でもない様子だ。
 一方俺達ガルム隊は、至極真面目な話をしていた。今日の戦闘の話。味方の動き、敵の動き、機体のこと、一つひとつを丁寧に振り返って語り合う。この類の話になると、普段無口でぼんやりしている相棒が、途端に覚醒する。熱心に、饒舌に語る。この彼ならば「鬼神」のイメージからも遠くない。
 それにしても、今日の相棒はいつもと一味違う。そう、上機嫌だ。戦闘が終わった直後からずっと。酒を飲むペースも速い。ウイスキーロックも、もう3杯目。心なしか声のトーンも少し高い。身振り手振りも多い。微笑みも絶えない。目も爛々としている。嬉しそうで、そして楽しそうだ。
 一通り評価を終えて、サイファーはまた、彼……シュネー隊の一番機について語り始めた。先程も最も熱を籠めて語っていた。事細かに、そして賞賛を交えて。
 彼は心の底から空を楽しんでいる。気持ちのいい男だ。飛行技術も素晴らしい。俺も楽しかった。また一緒に飛びたい。
 手放しの賞賛を、相棒は何度も繰り返す。
 相棒の上機嫌の理由は勝利だと思っていた。けれど、違った。理由は、シュネー隊の一番機、ただそれだけだった。
 俺は相棒の話を聞きながら、笑顔を見ながら、ウイスキーを口にする。自分の口元からも微笑みを消さないように、努力、した。
 俺は、面白くないと感じている。
 相棒がこんなに楽しそうなのに。
 でも、それが原因だ。
 相棒が楽しそうなのが、面白くない。
「でも、生きてるかどうか」グラスをテーブルに置いて、俺は言った。
 笑顔のまま、なんて意地の悪いことを言うんだ。
「ベイルアウトしたのは見た」
「円卓でベイルアウトしても、生還は難しい」
「でも、きっと生きてる。あの人はまた空に来る。そんな気がするんだ」
 ああ、そうだな。
 そう同意してやるのが正解だろう。
 でも、言えなかった。
 馬鹿にするように、鼻で笑っただけ。
「また三人で飛びたいな」相棒が言う。
「……三人って?」
 とんだ愚問だ。俺はまた鼻で笑う。自嘲だったけれど、相棒がどう受け取ったかは分からない。
「ピクシーと、俺と、シュネー隊の一番機だよ」
 当たり前だろう、と相棒の顔は言っている。
 真っ先に自分の名前が出てきたことに、俺は安堵した。
 サイファーの一番は自分だ、と思っている。今、彼のパートナーたり得るのは自分だけだ。サイファーも同じように思っているだろう。組んでから日は浅いが、しかしガルム隊は最高のコンビだ。俺は、そう思っている。
 だから、面白くなかった。
 サイファーの心をこれ程までに動かす奴がいることが。
 悔しかった。
 シュネー隊の一番機に相棒を盗られたような気がして。
 醜い、そして幼稚な嫉妬だ。
 サイファーは何も間違っていない。実際に、シュネー隊の一番機は素晴らしかった。飛行技術も、精神も。十分賞賛と尊敬に値するパイロットだろう。好敵手に会えて喜ぶのも、戦士としては至極真っ当な感情だ。
 解っている。
 理性では、納得している。でも、感情は納得しない。酔いのせいもあるだろう。負の感情は膨らみ、乱れる一方。コントロールできずに、堕ちていく。これが戦闘機だったら、先に待っているのは、死だぞ?
 最低だ。
「ピクシー、どうした?」
 俺は顔を上げた。口元に右手を持っていく。微笑みはとっくに消えていた。
 笑え、馬鹿野郎。
 無理矢理に微笑みを作る。脆い、張りぼての笑顔。
「いや、何でもない」
「もしかして、飲みすぎた?」
「あぁ…そうかもな。少し目が回ってる」
 それは嘘だ。まだ、そこまで酔ってない。
「ピクシーは意外と酒に弱いな」相棒は歯を見せて微笑んだ。「無茶するなよ、相棒」
 無垢な笑顔。
 シュネー隊の一番機と戦っている時も、こんな風に笑っていたのだろうか?

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