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白雪姫


 所用があって、ジョシュアはラリーの部屋を訪ねた。そろそろ日付も変わる時刻だが、明日の朝の仕事に関わることなので、今のうちに済まさねばならない。ドアをノックする。しかし、反応はない。もう一度ノックする。やはり、反応はない。ドアノブを回すと、案の定はドアはあっさり開いた。在室だろうが不在だろうが、ラリーはドアに鍵をかけない癖がある。幼い頃から全く変わらない。悪癖だ、とジョシュアは思っている。知る限りでも数回は痛い目を見ているのに。懲りない奴だ。
 結局ラリーは不在だった。ドアを静かに閉じて、さて、と考える。彼は何処に行ったのか。ここで待っていればそのうち戻ってくるだろうか。闇雲に探し回るのは手間だ。一番確実で手っ取り早いのは、放送で呼び出すことだろう。
 ジョシュアは歩き出して、しかしすぐに足を止めた。一つ心当たりが浮かんだからだ。放送室の前に、そこに行ってみよう。そこで見つからなければ呼び出しだ。反対方向に向かって歩き出す。
 果たして、ラリーはそこにいた。ほとんど消灯された格納庫。そこにある片翼を赤に染めた、彼の愛機F-15C。そのコクピットの中。ジョシュアはそこにかけられた梯子を上って、コクピットを覗き込む。ラリーは眠っていた。手の中には本がある。旅行記のようだ。機体の仕様書ならともかく、それはここで読むものではないだろうに。
 ラリーは以前、コクピットの中は意外と休まる、と言っていた。そのとおりらしい。実に安らかで、そして無防備な寝顔だ。彼はもう28歳の青年だが、まだまだ幼い頃の面影が残っている。可愛らしいものだ。
 ジョシュアは小さく息を漏らした。
 どうやって起こそうか、と考える。普通に起こしてやってもいいが、それでは面白くない。せっかくこんなところまで足を運んだのだから、少し愉しみたい。
 大声で起こす?起きなかったら自分が恥ずかしくなるだけだ。頬を引っ張る?潰す?さして面白くもない。彼が目を覚ますまでキスをする?ベタだが、愉しむという点では間違いない。
 そうしよう。
 ジョシュアはラリーの頬に向かって、ゆっくりと手を伸ばす。
 指先が触れる、その寸前でジョシュアは手を止めた。ラリーが目を覚ましたのだ。彼は眉根を寄せつつ、何度か瞬きをした。長いため息を吐いて、逃げるようにもぞもぞと体を動かす。もちろん、狭いコクピットに逃げ場所などないけれど。
 深く眠っているように見えたが、よく目を覚ましたものだ。邪な気配を察したのか。
 ジョシュアは微笑んだ。
「自力でお目覚めか、白雪姫」
 そう言うと、ラリーの眉間の皺が一層深くなる。
「……シンデレラの次は白雪姫か。じゃあアンタは何だ?王子様か?」
「そういうことにしておこうか」
「キスは遠慮するぜ。毒林檎も食べてないしな。……で、何の用だ?」
「まずは棺から出て頂こう。美しい姫」
 白雪姫の呆れ顔を眺めながら、ジョシュアは梯子を降りた。続いて、姫が棺という名のコクピットから出て、梯子を降りてきた。
「おはよう、白雪姫」ジョシュアはラリーの手を取った。「せめてお目覚めのご挨拶を」
 ラリーの手の甲にそっとキスをする。
「そーいうのを、やめろって」彼は手を引っ込めて、さっさと出口の方に歩いて行った。
 ジョシュアは小さく笑い声をこぼす。思いがけずなかなか愉しめた。
 さて、これから用事を済まさねばならないのだが、機嫌を損ねた白雪姫をどうやってなだめようか。そんなことを考えていると、大事な用事を忘れてしまいそうだな。

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